上 下
1 / 5

前編

しおりを挟む
「これより大罪人、リテラシー元王妃の処刑を執り行う!」

 群衆が見守る中、ぼろを着せられ両手首を縛られた、この国の王妃だった人が断頭台へ向かい引き立てられていく。そのみすぼらしい姿に、かつての美しさはない。落ちぶれたという印象を抱かせるには充分過ぎるほどだった。

「さっさと罪を認めないからこうなるんだ!」
「我が国の恥さらしが、責任とって命をもって償え!」
「邪悪な魔女め、親父と一緒に地獄に落ちろ!!」

 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! …

 父が命を賭して尽くした民衆の口から吐き出された呪いの言葉が、身を切り裂いていく。憎悪に歪められた表情は醜悪で、異常な空気がその場を支配していた。
 中には「宰相閣下も王妃殿下もそんな人じゃない! 目を覚まして!」という叫びもあったが、『悪』を裁くという『正義感』に陶酔し切った大合唱に飲み込まれ、王妃の耳には届かない。

(お父様……これが、こんな人たちが、あなたが人生を犠牲にしてでも守り抜いた……これからも守るべき存在なのでしょうか)

 力のない足取りで、急き立てられながらも断頭台の階段を上っていく。

 傍らには、つい先日まで夫だった若き国王ミゴス=メディアと、朝日のように煌めく金髪の側妃サニア=サヒールの姿があった。サニアは民間の大手新聞社の娘で、一見愛嬌のある見た目と振る舞いから元々は愛妾として毎日寵愛を受けていたが、懇意にしている貴族に養子入りした事で実家と王家が共同で情報を発信していくと発表されていた。
 父への不当なバッシングが過激化したのは、そのあたりだっただろうか……

 最早何の感慨もなく、リテラシーは無抵抗のまま断頭台の上で首を固定された。本日、彼女は家族ぐるみで悪魔を崇拝した邪悪なる魔女として公開処刑される。父が存命の頃から潔白を訴え続けていたリテラシーも、今となっては全ての気力を奪い尽くされていた。何より、守るべき民衆が彼女の死を望んでいるのだ。

「最後に、言い残した事はあるか?」

 せめてもの恩情のつもりか、ミゴスがそんな事を訊ねてくるので笑いたくなった。リテラシーの言葉など、まともに聞いてもくれなかったくせに。彼も最初はこんなに酷くはなかったのだ。いつの間に、声は届かなくなっていたのだろう。

(お父様……この国は、どうしてこんな事に)

 ふと、幼い頃に父と交わした会話が思い起こされる。もし、どうしようもなく悪意に押し潰されそうになった時は――

 リテラシーの瞳から一筋の涙が零れ、唇が動いた。

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 メディア王国の宰相サンド=ファンヴァーグの暗殺は、世界中を騒然とさせた。
 彼は一国の宰相という域を超え、世界のリーダーとも呼べる数々の功績を残しており、この訃報には200ヶ国以上の国々が弔意を示した。また、現場では連日多くの国民たちが花を供えに訪れていた。

 しかし一部の層……と言うより情報媒体は違った。
 彼らは普段から宰相の批判記事ばかりを書き連ね、政策に反対する大臣やその勢力はここぞとばかりに流れに乗っかっていた。自分たちこそが民衆の代弁者であり、宰相の独裁を糾弾できる正義の味方なのだと。
 その内容は政策批判に留まらず、彼の行動の一挙一投足にまで及んだ。最も顕著だったのがサヒール新聞社であり、嘘か真か【サンド=ファンヴァーグの葬式はサヒールが出す】という社是があるとまで囁かれるほどだった。

 普通はこうした批判は規制の対象になるもので、メディア王国にも情報規制法は存在する。政治的に公平である事、報道は事実をまげないでする事、意見が対立している問題については多くの角度から論点を明らかにする事、と定められているのだが、この法律には罰則がなく、公平性も曖昧だった。
 新聞社同士が手を組んでお互いに嘘はないと庇い合い、また『国民の知る権利』『表現の自由』を主張し、これにメスを入れる事は国家権力による横暴だと吹聴する始末。

 しかし宰相が外交に力を入れ、国外の情報も徐々に入ってくるにつれ、真実に気付いた国民が増え始めた。この国の新聞は確かに一見すると嘘は書かれていない。しかし同時に、真実の全体像もまたぼかされていた。諸外国の宰相に対する好意的な評価や国内の雇用の回復により、新聞を妄信する中高年はともかく若者層からの支持が上がっていった。
 一人娘のリテラシーが王太子の婚約者に選ばれ、やがて王妃になった事も概ね好意的に受け入れられていた。


 全てが崩れ出したのは、視察に訪れた地方で宰相が突如暗殺された事だった。責められるべきは犯人と、警護の杜撰さであるべきなのだが――

【ファンヴァーグ宰相と『火の玉会』との黒い繋がり! 邪教に人生を狂わされた恨みか】

 なんと各新聞社はこぞって殺された宰相の方を『悪』だと断罪し、暗殺者が自供した『動機』を根拠に加害者側に同情的な論調を展開し始めたのだ。

 メディア王国には国教が定められてはいるものの、あくまで王家が準拠するものであり、民衆には基本的に宗教の自由が約束されている。そんな中で『火の玉会』が邪教とされているのは、国教に反する『魔法』という概念を信奉している事と、眉唾ものの魔道具を高額で売りさばいているためだった。
 前者はともかく、後者に関しては宰相が被害者への救済措置を取ったため、火の玉会としては詐欺商法への旨味がなくなっていたのだが、新聞社の『報道しない自由』により民衆の中でこの制度を知る者は少ない。

 サヒール新聞社は、暗殺者の親が火の玉会の信者だった事、二世がどれだけ悲惨な境遇に遭ってきたかを『時期を伏せて』連日記事にした。そして若きサンド=ファンヴァーグがこの邪教のかつてのアジトを集会の場とし、信者らと親しくしていたと書き立てたのだった――

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

水しか操れない無能と言われて虐げられてきた令嬢に転生していたようです。ところで皆さん。人体の殆どが水分から出来ているって知ってました?

ラララキヲ
ファンタジー
 わたくしは出来損ない。  誰もが5属性の魔力を持って生まれてくるこの世界で、水の魔力だけしか持っていなかった欠陥品。  それでも、そんなわたくしでも侯爵家の血と伯爵家の血を引いている『血だけは価値のある女』。  水の魔力しかないわたくしは皆から無能と呼ばれた。平民さえもわたくしの事を馬鹿にする。  そんなわたくしでも期待されている事がある。  それは『子を生むこと』。  血は良いのだから次はまともな者が生まれてくるだろう、と期待されている。わたくしにはそれしか価値がないから……  政略結婚で決められた婚約者。  そんな婚約者と親しくする御令嬢。二人が愛し合っているのならわたくしはむしろ邪魔だと思い、わたくしは父に相談した。  婚約者の為にもわたくしが身を引くべきではないかと……  しかし……──  そんなわたくしはある日突然……本当に突然、前世の記憶を思い出した。  前世の記憶、前世の知識……  わたくしの頭は霧が晴れたかのように世界が突然広がった……  水魔法しか使えない出来損ない……  でも水は使える……  水……水分……液体…………  あら? なんだかなんでもできる気がするわ……?  そしてわたくしは、前世の雑な知識でわたくしを虐げた人たちに仕返しを始める……──   【※女性蔑視な発言が多々出てきますので嫌な方は注意して下さい】 【※知識の無い者がフワッとした知識で書いてますので『これは違う!』が許せない人は読まない方が良いです】 【※ファンタジーに現実を引き合いに出してあれこれ考えてしまう人にも合わないと思います】 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるよ! ◇なろうにも上げてます。

そんなの知らない。自分で考えれば?

ファンタジー
逆ハーレムエンドの先は? ※小説家になろう、カクヨム、pixivにも同じものを投稿しております。

(完)聖女様は頑張らない

青空一夏
ファンタジー
私は大聖女様だった。歴史上最強の聖女だった私はそのあまりに強すぎる力から、悪魔? 魔女?と疑われ追放された。 それも命を救ってやったカール王太子の命令により追放されたのだ。あの恩知らずめ! 侯爵令嬢の色香に負けやがって。本物の聖女より偽物美女の侯爵令嬢を選びやがった。 私は逃亡中に足をすべらせ死んだ? と思ったら聖女認定の最初の日に巻き戻っていた!! もう全力でこの国の為になんか働くもんか! 異世界ゆるふわ設定ご都合主義ファンタジー。よくあるパターンの聖女もの。ラブコメ要素ありです。楽しく笑えるお話です。(多分😅)

聖女召喚

胸の轟
ファンタジー
召喚は不幸しか生まないので止めましょう。

(完結)初恋の勇者が選んだのは聖女の……でした

青空一夏
ファンタジー
私はアイラ、ジャスミン子爵家の長女だ。私には可愛らしい妹リリーがおり、リリーは両親やお兄様から溺愛されていた。私はこの国の基準では不器量で女性らしくなく恥ずべき存在だと思われていた。 この国の女性美の基準は小柄で華奢で編み物と刺繍が得意であること。風が吹けば飛ぶような儚げな風情の容姿が好まれ家庭的であることが大事だった。 私は読書と剣術、魔法が大好き。刺繍やレース編みなんて大嫌いだった。 そんな私は恋なんてしないと思っていたけれど一目惚れ。その男の子も私に気があると思っていた私は大人になってから自分の手柄を彼に譲る……そして彼は勇者になるのだが…… 勇者と聖女と魔物が出てくるファンタジー。ざまぁ要素あり。姉妹格差。ゆるふわ設定ご都合主義。中世ヨーロッパ風異世界。 ラブファンタジーのつもり……です。最後はヒロインが幸せになり、ヒロインを裏切った者は不幸になるという安心設定。因果応報の世界。

くだらない冤罪で投獄されたので呪うことにしました。

音爽(ネソウ)
恋愛
<良くある話ですが凄くバカで下品な話です。> 婚約者と友人に裏切られた、伯爵令嬢。 冤罪で投獄された恨みを晴らしましょう。 「ごめんなさい?私がかけた呪いはとけませんよ」

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

愚者による愚行と愚策の結果……《完結》

アーエル
ファンタジー
その愚者は無知だった。 それが転落の始まり……ではなかった。 本当の愚者は誰だったのか。 誰を相手にしていたのか。 後悔は……してもし足りない。 全13話 ‪☆他社でも公開します

処理中です...