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#9:Opportunity.
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この街に住みたいと思った理由は、いくつかあった。
あの忌々しい空間…実家から出て行きたかったこと、初めて訪れた時に感じた運命めいた感覚、T-CAT(東京シティエアターミナル)が近くて、空港までのアクセスが良いことも要因のひとつだった。
羽田から三十分もかからずに、バスで隣駅まで辿り着けるという優越感がたまらなかった。こんな優越感を持つのは、ボクだけかもしれないけれど。
自分を見つめ直す旅は『ことのほか』効果的で、自分が本当にやりたいことを考える『きっきけ』を与えてくた。
子供の頃になりたかった職業、自分が楽しいと思えること、好きな食べ物、やり残していたこと、積み上げてきたものを捨て去ってでも守りたいもの…。
あの『アルバム』を開き進めることは未だ出来ていなかったけれど、自分の記憶に向き合おうと、一度目の休職中にお世話になった深川図書館に、約一年ぶりに足を運ぶことにした。
入って右手の児童コーナーにある『からくり時計』、二階に続くゆったりと左に旋回する階段に、レトロな手すりと照明。階段のちょうど中腹に広がる大きな窓と、左右に並んだ『ステンドグラス』。
一年前に来た時とは少し見え方が違って、胸が少しヒリついたけれど、指定席だったあの席に、適当に選んだ小説を手に取って体を預けた。
この『適当』にはボクなりのこだわりがあって、タイトルと装丁のデザインだけで選ぶという、ギャンブル要素を孕むものだったけれど、今まで選んだ本は嘘偽りなく『どれもボク好み』の作品で、その出逢いを楽しんでいた。
三月末の平日だったけれど、相変わらずほとんどの席が埋まっていて、静けさの中にも多くの人の時間が費やされているこの空間は、映画館とかライブ会場、競技場にいるかのような『熱』を感じさせるものがあった。
また良い作品に出逢えた、と喜びを噛みしめながら、作者の紡ぐ言葉に没入していると、机を挟んだ対面に腰掛ける人の姿が視界の端に入ってきた。
花が描かれたその『絵本』には見覚えがあった。
自分が楽しいと思えること、やり残していたこと、捨て去ってでも守りたいもの…。
この本を読む人は、どんな人なんだろうという好奇心は、没入していた文字の世界から、ボクを現実に引き戻すには十分過ぎるものだった。
目線を上げた先には、サングラスもキャップもなかったけれど、同一人物だとすぐに分かる姿があった。
ボクに絵本の装丁を見せつけるように、立てて読んでいる彼女と目が合うと、咄嗟に目を逸らしてしまった。
途端いたたまれなくなって、席を立ち貸出機に向かった。
貸出カードのバーコードを読み込ませて、本を貸出機に乗せて貸出点数を選び、ジャーナルに印字された貸出票を切り取って、逃げ出すように階段を目指した。席の方を振り返ると、もう彼女の姿は無かった。
悪い事をしたような気持ちになったけれど、自宅でコーヒーを飲みながら、仕切り直して小説を読もうと思い、正面エントランスを出て階段を降りた。
図書館の目の前にある『清澄庭園児童公園』から、ブランコが稼働する音がして、目を向けると、あの彼女が待ってましたとばかりに、そのブランコから降りて近づいてきた。
あの時と同じで、図書館内では『身につけていなかった』キャップとサングラスをしていたけれど、髪はおろしたままで、耳にかかる金色のイヤリングカラーは相変わらず輝いて見えた。
人違いですと言いたかったけれど、それを言わせてくれそうな雰囲気ではなかった。
一頻り周囲を見渡すと、キャップを取り、サングラスを外した。最初から外していればいいのに…なんの意味があるのか理解に苦しんだけれど、ボクの顔をしっかりと確認するように見た彼女は、ボクにこう尋ねてきた。
「聞きたいことがあるんですけど、いまからお時間ありますか?」
「いや~、あの、これから予定があって家に帰るところなので…」
芝居がかってしまったけれど、これで話は終わると思っていた自分が甘かった。
「そうなんですか。じゃあ私も着いて行って良いですか?」
(何なんだこの娘は、初対面…いや、二度目のご対面の男に着いて行くなんて、どんなハチャメチャな思考を持ち合わせているんだ…親の顔が見てみたい)
「それはちょっと…ねえ?」はぐらかすのがやっとだった。
「じゃあ『何時からなら』お話できますか?」
どうしてもボクと話がしたいらしい。もう降参するしかなかった。
「はぁ…分かったよ。じゃあ近くのカフェでもいいかな?」
「やった!」
ボク達は図書館の近くにある『角の生えた兎』がモチーフのカフェに向かうことになった。
あの忌々しい空間…実家から出て行きたかったこと、初めて訪れた時に感じた運命めいた感覚、T-CAT(東京シティエアターミナル)が近くて、空港までのアクセスが良いことも要因のひとつだった。
羽田から三十分もかからずに、バスで隣駅まで辿り着けるという優越感がたまらなかった。こんな優越感を持つのは、ボクだけかもしれないけれど。
自分を見つめ直す旅は『ことのほか』効果的で、自分が本当にやりたいことを考える『きっきけ』を与えてくた。
子供の頃になりたかった職業、自分が楽しいと思えること、好きな食べ物、やり残していたこと、積み上げてきたものを捨て去ってでも守りたいもの…。
あの『アルバム』を開き進めることは未だ出来ていなかったけれど、自分の記憶に向き合おうと、一度目の休職中にお世話になった深川図書館に、約一年ぶりに足を運ぶことにした。
入って右手の児童コーナーにある『からくり時計』、二階に続くゆったりと左に旋回する階段に、レトロな手すりと照明。階段のちょうど中腹に広がる大きな窓と、左右に並んだ『ステンドグラス』。
一年前に来た時とは少し見え方が違って、胸が少しヒリついたけれど、指定席だったあの席に、適当に選んだ小説を手に取って体を預けた。
この『適当』にはボクなりのこだわりがあって、タイトルと装丁のデザインだけで選ぶという、ギャンブル要素を孕むものだったけれど、今まで選んだ本は嘘偽りなく『どれもボク好み』の作品で、その出逢いを楽しんでいた。
三月末の平日だったけれど、相変わらずほとんどの席が埋まっていて、静けさの中にも多くの人の時間が費やされているこの空間は、映画館とかライブ会場、競技場にいるかのような『熱』を感じさせるものがあった。
また良い作品に出逢えた、と喜びを噛みしめながら、作者の紡ぐ言葉に没入していると、机を挟んだ対面に腰掛ける人の姿が視界の端に入ってきた。
花が描かれたその『絵本』には見覚えがあった。
自分が楽しいと思えること、やり残していたこと、捨て去ってでも守りたいもの…。
この本を読む人は、どんな人なんだろうという好奇心は、没入していた文字の世界から、ボクを現実に引き戻すには十分過ぎるものだった。
目線を上げた先には、サングラスもキャップもなかったけれど、同一人物だとすぐに分かる姿があった。
ボクに絵本の装丁を見せつけるように、立てて読んでいる彼女と目が合うと、咄嗟に目を逸らしてしまった。
途端いたたまれなくなって、席を立ち貸出機に向かった。
貸出カードのバーコードを読み込ませて、本を貸出機に乗せて貸出点数を選び、ジャーナルに印字された貸出票を切り取って、逃げ出すように階段を目指した。席の方を振り返ると、もう彼女の姿は無かった。
悪い事をしたような気持ちになったけれど、自宅でコーヒーを飲みながら、仕切り直して小説を読もうと思い、正面エントランスを出て階段を降りた。
図書館の目の前にある『清澄庭園児童公園』から、ブランコが稼働する音がして、目を向けると、あの彼女が待ってましたとばかりに、そのブランコから降りて近づいてきた。
あの時と同じで、図書館内では『身につけていなかった』キャップとサングラスをしていたけれど、髪はおろしたままで、耳にかかる金色のイヤリングカラーは相変わらず輝いて見えた。
人違いですと言いたかったけれど、それを言わせてくれそうな雰囲気ではなかった。
一頻り周囲を見渡すと、キャップを取り、サングラスを外した。最初から外していればいいのに…なんの意味があるのか理解に苦しんだけれど、ボクの顔をしっかりと確認するように見た彼女は、ボクにこう尋ねてきた。
「聞きたいことがあるんですけど、いまからお時間ありますか?」
「いや~、あの、これから予定があって家に帰るところなので…」
芝居がかってしまったけれど、これで話は終わると思っていた自分が甘かった。
「そうなんですか。じゃあ私も着いて行って良いですか?」
(何なんだこの娘は、初対面…いや、二度目のご対面の男に着いて行くなんて、どんなハチャメチャな思考を持ち合わせているんだ…親の顔が見てみたい)
「それはちょっと…ねえ?」はぐらかすのがやっとだった。
「じゃあ『何時からなら』お話できますか?」
どうしてもボクと話がしたいらしい。もう降参するしかなかった。
「はぁ…分かったよ。じゃあ近くのカフェでもいいかな?」
「やった!」
ボク達は図書館の近くにある『角の生えた兎』がモチーフのカフェに向かうことになった。
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