異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう

文字の大きさ
上 下
105 / 189
南北大陸編

105 南北大陸へ-雪と氷の国/ヒュシバル王国2-

しおりを挟む
 グレウスは久しぶりの実家に肉の串を届けると、そのまま急いで帰宅した。
 先程のフードの人物がオルガならば、まだ家に帰りついてはいないはずだ。人通りがまばらになるや、すぐさま馬に跨って家路を急ぐ。
 貴族の邸宅の間を縫うようにして屋敷の門まで帰り着いたグレウスは、門番をしているロイスが慌てた様子で駆け寄ってくるのに気づいた。
「お帰りなさいませ、旦那様! あの……!」
 何か言おうとするロイスを制して、グレウスは問いかけた。
「オルガは外出中か? それとも中にいるのか?」
「え……奥方様ですか? 奥方様は本日もご在宅で、お出かけのご用命は伺っておりませんが……」
 意外なことを聞かれたかのように、ロイスは戸惑いを隠さない様子で返答した。
 やはりあれは別人だったのかと思いつつも、どうしてもあそこにオルガが居たように思えて仕方がない。
 グレウスの屋敷には正面の門の他に、屋敷の裏手に使用人用の通用門もある。用があるとき以外は鍵が掛かっているはずだが、もしかするとそちらから出入りしているのかもしれない。
 それを確かめるために馬の足を裏手に向けようとした時、正門横の通用口から老執事が姿を現した。
「旦那様、こちらへ」
 老人とは思えない素早い動作で、マートンはグレウスの馬の轡を取った。
 辺りを憚るように見回して、グレウスの馬を壁際の人目につかない所へ誘導する。
 屋敷の中で何事かあったようだと察して、グレウスは馬上から身を屈めて執事に顔を寄せた。
「何かあったのか」
 日頃にない鋭い眼光で正門の方を見据えながら、老執事はしわがれた声を出した。
「ラデナ王国のゼフィエル・ラデナ殿下が、旦那様とのご面会を求めてお越しになっておいでです」
 思いもかけない名前に、グレウスは目を見開いた。






 マートンから話の概要を聞いたグレウスは、愛馬に騎乗したまま門を潜った。屋敷の正面にある車寄せに一台の馬車が停まっているのが見える。
 その馬車の全容を見て、グレウスは唖然と口を開いた。
 えらくゴテゴテと飾り立てられた、派手な馬車だった。
 馬車の車両はカボチャか何かのように大きく膨らんだ曲線を描き、色は白。
 場違いなほど巨大な車輪や扉には、眩しい金の装飾。車両のてっぺんにも金の王冠が鎮座している。
 窓もやたらと大きく、中が丸見えだ。防寒も防衛もあったものではない。さぁここに金持ちが乗っています、襲撃どうぞと言いふらしているような馬車だった。
 アスファロスは魔法が発達し、偽証や犯罪の隠蔽が難しいため比較的治安はいい。が、そうだとしても、個々に鎮座する馬車は一欠けらの危機感も見当たらない乗り物だった。
 正気を疑って思わずマジマジと眺めながら近づくと、グレウスの帰宅に気づいた御者が馬車の扉へと駆け寄った。
 少し離れた場所で馬を降り、グレウスは高貴な客人が馬車から出てくるのを待った。
 中から出てきたのは同年代と思しき青年だったが、その姿にグレウスは二度唖然とした。
 

 身分を誇示する華美な馬車から現れたのは、予想通りと言うかなんと言うべきか、さすがこれだけの馬車を走らせるだけのことはあると唸るような人物だった。
 初めにグレウスの目に入ったのは、光沢を放つ白い絹の靴と、染み一つない真っ白なズボン。それから宝石で飾り立てた腰のベルトと黄金造りの細身の剣。
 金の房飾がこれでもかと付いた真紅の上着の下は、金の刺繍がびっしりと入った真紅のベスト。
 中のシャツは白だったが、呆れるほど大きな襟にレースの装飾までついている。
 肩に掛かるのは丁寧に巻かれた蜂蜜色の巻き毛だ。赤い宝石が嵌まった黄金の宝冠が、その頭のてっぺんに乗っている。
 目のいいグレウスは、その宝冠が馬車のてっぺんに飾られているのと同じ意匠であることに気づいた。
 極めつけに、肩から垂らした真紅のマントには、巨大なラデナ王国の紋章が金糸と宝石で描き出されていた。
 初対面であっても、ラデナ王国の王族以外には見間違えようのない出で立ちだ。
 金・赤・白・赤・金・金・金……。
 近づくと目がチカチカするのを感じながら、一応の礼儀としてグレウスは名を名乗った。
「グレウス・ロアでございます。え、え……と、ゼフィエル・ラデナ殿下でいらっしゃいますか?」
 貴族の屋敷を訪問するには、事前に先触れの使者を出して訪問の可否を問うのが常識だ。
 もしやこの出で立ちで王子ではなくだたの使者だったらどうしようと思っていると、馬車から地面に降り立った貴人はグレウスを一瞥して、雄弁な溜息を吐いた。
 芝居がかった仕草で巻き髪の房を後ろに払いのけると、青年は尊大な調子で言ってのける。
「お前がグレウス・ロア侯爵か。私はゼフィエル・ラデナ。ラデナ王国王太子の第三王子である」





 来客であるゼフィエル・ラデナについては、門の外でマートンが手短に教えてくれていた。
 現在の国王の孫にあたる王族で、王太子の三番目の王子。
 グレウスと同じ二十六歳で、ディルタス皇帝が即位した際の祝賀に、ラデナ国王名代としてアスファロスを訪れた。それ以来オルガに執心なのだという。
 王子からの求婚は、本人が国外への降嫁を拒否しているという理由で退けられたようだが、そうでなくともまったく想像がつかない組み合わせだ。
 片や眩しいほどの金ぴか王子、片や黒ずくめの皇弟――。
 そう思いかけて、自分とオルガも十分想像できない組み合わせだということに、グレウスは思い至ってしまった。
 どんな奇妙な組み合わせであっても、あり得ないということはない。自分たちがいい例だ。
 世が世ならば、この王子とオルガが夫婦になる可能性もあったのだろうか。
 グレウスは眩しい衣装に身を包んだ王子を見下ろした。


 アスファロスとラデナは王族同士の婚姻の歴史もあり、様々な条約を結んだ友好国でもある。
 その国の都に来て、貴族の屋敷を先触れもなく訪れ、挙句にこの態度である。下手をすると外交上の問題になりかねないのに、お付きの従者たちは止めなかったのだろうか。
 従者たちを見渡して、グレウスは溜息を呑み込んだ。王子の奇行にはとっくに慣れているのか、諫めるどころか顔色一つ変えていない。何とも言えない痛々しさだ。
 とにかく顔を合わせないように帰れと命じた騎士団長の気持ちがわかった気がした。
 言葉で説明されていても、実物を見るまできっと理解できなかったに違いない。国民性の違いなのかもしれないが、とても話し合いが可能な相手とは思えなかった。
 何の用で来たかは知らないが、さっさと用件を聞いて追い返すに限る。


「お待たせして申し訳ございません。ひとまず中にお入りください」
「無礼者め……! 私はラデナの王族。このような怪しげな屋敷に入る気はない」
 そう言って中に入ろうとしないことはマートンからも聞いていたので、グレウスはあっさりと諦めた。
「では御用をお伺いしてよろしいでしょうか」
 嫌な用事は早く済ませて、オルガと話がしたい。屋台で見かけた相手は、オルガだったのかそうでなかったのか。それに、子どもの頃に街で出会った時のことも詳しく話がしたかった。
 面倒そうな気配がでてしまったのだろうか、ラデナの王子が眉を吊り上げた。その口から剣呑な言葉が飛び出す。
「盗人がここに居ると聞いたのでな。我が手で成敗しに来たのだ」
「盗人」
 思わずオウム返しに呟いて、グレウスは装飾の激しい馬車に目をやった。
 いくらアスファロスの治安がいいからと言って、あんな馬車で往来すれば盗人の一人や二人は出てもおかしくない。大方目を離したすきに、馬車の装飾品でも盗られたのだろう。
 慰めの言葉でもかけるべきかと思ったが、ゼフィエルの言いたいことは違ったようだ。
「そうだ! 我が婚約者にして麗しの皇子オルガ・ユーリシス殿をよくも寝取ったな! この盗人侯爵が!」
 白い手袋に包まれた指が、糾弾するようにグレウスを指し示した。


 頭一つ低いところにある王子の顔を、グレウスは思わず凝視した。
 顔を真っ赤にして睨みつけてくる王子の顔は、自分の正義を信じて疑いすら持っていないようだ。
 馬鹿馬鹿しい主張だが、今まで誰もこの王子の言うことを否定したり諫めたりはしなかったのだろう。挙句の果てに隣国まで押しかけて、既婚者となった相手を奪い返そうとでも言うのだろうか。
 物の道理もわかっていないような、尊大な口調と表情。まるで駄々をこねる小さな子どものようだ。
 だが――、とグレウスは考える。
 カボチャのような馬車もやたらと煌びやかな衣装も、グレウスの目には少々滑稽に映るほどだが、本人やお付きの従者にとってはこれが当たり前のことなのだろう。
 大勢に傅かれて育ったのだと察せられる、傍若無人な振る舞い。
 髪は過剰なくらいに手入れが行き届いており、肌は日焼けも知らない。白い手袋が真っ白なままでいられるのは、その手で何もすることがないからだろう。
 巨大な窓を持つ馬車を走らせても、少しの危機感も覚えない。
 装飾過多な衣装を重いとも感じずに身に着けて、上等な絹の靴を汚した時には新しいものに履き替えるだけ。
 身の回りの世話はすべて下々に任せて、ただ思うがままに振舞うことだけを許される存在。
 ――これが王族というものだ。
 不意にグレウスは理解した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。 彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。 最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。 一種の童話感覚で物語は語られます。 童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです

元外科医の俺が異世界で何が出来るだろうか?~現代医療の技術で異世界チート無双~

冒険者ギルド酒場 チューイ
ファンタジー
魔法は奇跡の力。そんな魔法と現在医療の知識と技術を持った俺が異世界でチートする。神奈川県の大和市にある冒険者ギルド酒場の冒険者タカミの話を小説にしてみました。  俺の名前は、加山タカミ。48歳独身。現在、救命救急の医師として現役バリバリ最前線で馬車馬のごとく働いている。俺の両親は、俺が幼いころバスの転落事故で俺をかばって亡くなった。その時の無念を糧に猛勉強して医師になった。俺を育ててくれた、ばーちゃんとじーちゃんも既に亡くなってしまっている。つまり、俺は天涯孤独なわけだ。職場でも患者第一主義で同僚との付き合いは仕事以外にほとんどなかった。しかし、医師としての技量は他の医師と比較しても評価は高い。別に自分以外の人が嫌いというわけでもない。つまり、ボッチ時間が長かったのである意味コミ障気味になっている。今日も相変わらず忙しい日常を過ごしている。 そんなある日、俺は一人の少女を庇って事故にあう。そして、気が付いてみれば・・・ 「俺、死んでるじゃん・・・」 目の前に現れたのは結構”チャラ”そうな自称 創造神。彼とのやり取りで俺は異世界に転生する事になった。 新たな家族と仲間と出会い、翻弄しながら異世界での生活を始める。しかし、医療水準の低い異世界。俺の新たな運命が始まった。  元外科医の加山タカミが持つ医療知識と技術で本来持つ宿命を異世界で発揮する。自分の宿命とは何か翻弄しながら異世界でチート無双する様子の物語。冒険者ギルド酒場 大和支部の冒険者の英雄譚。

レベルアップに魅せられすぎた男の異世界探求記(旧題カンスト厨の異世界探検記)

荻野
ファンタジー
ハーデス 「ワシとこの遺跡ダンジョンをそなたの魔法で成仏させてくれぬかのぅ?」 俺 「確かに俺の神聖魔法はレベルが高い。神様であるアンタとこのダンジョンを成仏させるというのも出来るかもしれないな」 ハーデス 「では……」 俺 「だが断る!」 ハーデス 「むっ、今何と?」 俺 「断ると言ったんだ」 ハーデス 「なぜだ?」 俺 「……俺のレベルだ」 ハーデス 「……は?」 俺 「あともう数千回くらいアンタを倒せば俺のレベルをカンストさせられそうなんだ。だからそれまでは聞き入れることが出来ない」 ハーデス 「レベルをカンスト? お、お主……正気か? 神であるワシですらレベルは9000なんじゃぞ? それをカンスト? 神をも上回る力をそなたは既に得ておるのじゃぞ?」 俺 「そんなことは知ったことじゃない。俺の目標はレベルをカンストさせること。それだけだ」 ハーデス 「……正気……なのか?」 俺 「もちろん」 異世界に放り込まれた俺は、昔ハマったゲームのように異世界をコンプリートすることにした。 たとえ周りの者たちがなんと言おうとも、俺は異世界を極め尽くしてみせる!

異世界で魔法が使えるなんて幻想だった!〜街を追われたので馬車を改造して車中泊します!〜え、魔力持ってるじゃんて?違います、電力です!

あるちゃいる
ファンタジー
 山菜を採りに山へ入ると運悪く猪に遭遇し、慌てて逃げると崖から落ちて意識を失った。  気が付いたら山だった場所は平坦な森で、落ちたはずの崖も無かった。  不思議に思ったが、理由はすぐに判明した。  どうやら農作業中の外国人に助けられたようだ。  その外国人は背中に背負子と鍬を背負っていたからきっと近所の農家の人なのだろう。意外と流暢な日本語を話す。が、言葉の意味はあまり理解してないらしく、『県道は何処か?』と聞いても首を傾げていた。  『道は何処にありますか?』と言ったら、漸く理解したのか案内してくれるというので着いていく。  が、行けども行けどもどんどん森は深くなり、不審に思い始めた頃に少し開けた場所に出た。  そこは農具でも置いてる場所なのかボロ小屋が数軒建っていて、外国人さんが大声で叫ぶと、人が十数人ゾロゾロと小屋から出てきて、俺の周りを囲む。  そして何故か縄で手足を縛られて大八車に転がされ……。   ⚠️超絶不定期更新⚠️

神の加護を受けて異世界に

モンド
ファンタジー
親に言われるまま学校や塾に通い、卒業後は親の進める親族の会社に入り、上司や親の進める相手と見合いし、結婚。 その後馬車馬のように働き、特別好きな事をした覚えもないまま定年を迎えようとしている主人公、あとわずか数日の会社員生活でふと、何かに誘われるように会社を無断で休み、海の見える高台にある、神社に立ち寄った。 そこで野良犬に噛み殺されそうになっていた狐を助けたがその際、野良犬に喉笛を噛み切られその命を終えてしまうがその時、神社から不思議な光が放たれ新たな世界に生まれ変わる、そこでは自分の意思で何もかもしなければ生きてはいけない厳しい世界しかし、生きているという実感に震える主人公が、力強く生きるながら信仰と奇跡にに導かれて神に至る物語。

転生社畜、転生先でも社畜ジョブ「書記」でブラック労働し、20年。前人未到のジョブレベルカンストからの大覚醒成り上がり!

nineyu
ファンタジー
 男は絶望していた。  使い潰され、いびられ、社畜生活に疲れ、気がつけば死に場所を求めて樹海を歩いていた。  しかし、樹海の先は異世界で、転生の影響か体も若返っていた!  リスタートと思い、自由に暮らしたいと思うも、手に入れていたスキルは前世の影響らしく、気がつけば変わらない社畜生活に、、  そんな不幸な男の転機はそこから20年。  累計四十年の社畜ジョブが、遂に覚醒する!!

【改稿版】休憩スキルで異世界無双!チートを得た俺は異世界で無双し、王女と魔女を嫁にする。

ゆう
ファンタジー
剣と魔法の異世界に転生したクリス・レガード。 剣聖を輩出したことのあるレガード家において剣術スキルは必要不可欠だが12歳の儀式で手に入れたスキルは【休憩】だった。 しかしこのスキル、想像していた以上にチートだ。 休憩を使いスキルを強化、更に新しいスキルを獲得できてしまう… そして強敵と相対する中、クリスは伝説のスキルである覇王を取得する。 ルミナス初代国王が有したスキルである覇王。 その覇王発現は王国の長い歴史の中で悲願だった。 それ以降、クリスを取り巻く環境は目まぐるしく変化していく…… ※アルファポリスに投稿した作品の改稿版です。 ホットランキング最高位2位でした。 カクヨムにも別シナリオで掲載。

嵌められたオッサン冒険者、Sランクモンスター(幼体)に懐かれたので、その力で復讐しようと思います

ゆさま
ファンタジー
美少女パーティーにオヤジ狩りの標的にされ、生死の境をさまよっていたら、Sランクモンスターに懐かれてしまった、ベテランオッサン冒険者のお話。 懐いたモンスターが成長し、美女に擬態できるようになって迫ってきます。どうするオッサン!?

処理中です...