薄い彼女/多重世界の旅人シリーズⅠ

りゅう

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22 別世界ということ

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 共感定期便にも慣れたある日、俺たちは神海意次から共感遷移の次のステップ『別世界遷移』についてレクチャーを受けていた。

「別世界ですか? それって、未来のことじゃないんですか?」
「ん? ああ、そう思ったか。確かに選択肢の数だけ世界はあるが」

「俺たちは共感定期便で『神海一族の住む世界』を選んではいるが、その世界のことじゃない」
「違うんですか」

「あれは、誤差に近い近傍の世界を選んでいるに過ぎないんだ」
「誤差に近い?」
「そうだ。龍一が会社を選んだのも誤差のうちだ」

「並行世界だと、世界を糸の束で例えたりしますね」これは、上条絹だ。

 別世界遷移の勉強は彼女にはまだ早いというのに、俺たちと一緒に参加している。まぁ、優秀な学生だしな。バディの夢野妖子はただ聞いているだけだが。

「うん、そうだな。1つの世界は少しづつ違う複数の糸の束のようなものだ」

「そのロープみたいな束が、一つの世界なんですか?」

「そういうことだ」

「ということは、他にもロープがあるんですね」

「そういうことだ。それを『別世界』と言っている」

「そのロープは沢山あるんですか?」

「沢山ある。星の数ほどな。だが、俺たちが関心を寄せているのはそのうちの三つだけだ」

「三つですか」

「そうだ。なぜなら神海一族が、この三つの世界にいるからだ」

 さすがに驚いた。神海一族って何者だ?

 聞くところによると神海一族というのは、もともと別の世界から移ってきた一族なのだという。およそ千年前の話だ。
 そのとき、神海一族は三世界に分かれることになった。
 だが、共感能力があるためずっと連絡を取り合っているのだそうだ。それは彼らの元居た世界に戻るためだという。それこそが、神海民族の最終目標なのだという。

 ちょっと言葉を失った。
 こんな壮大な話、いきなりだったら冗談にしか聞こえないところだ。だが、驚くべき『共感能力』を知ってしまった今では安易に否定することなどできない。ただ、本当に信じられるかというと、それもちょっと自信がない。

 いや、神海一族が凄い一族だとは分かっている。
 大国でもないのに、ものすごい技術を保持しているからだ。だが、話は、そういうレベルじゃない。

「驚いたわね。想像以上よ」

 さすがの上条絹も、平常心ではいられないようだ。

  *  *  *

「『別世界共感能力』というのは、多重世界の別世界にいる自分に遷移する能力だ。これが本来の使い方だ」

 意次は話を続けた。

「別世界にいる自分に遷移するって? 神海一族は無理なんじゃ?」と絹。

「おっ、気づいたな。そうなんだ。唯一の存在の神海一族はこの別世界遷移が使えない」

 なんだって~っ? 神海一族が開発した能力なのに神海一族が使えない?

「俺は出来るのか? あ、麗華は出来ないのか?」

「落ち着け。つまり神海一族は、この技術で自分たちが唯一の存在だと確認したようだ」

 なるほど。そういうことか。確かにそうだな。
 しかし皮肉なものだな。別世界と連携したい自分たちが、別世界と連携できない存在だったとは。

  *  *  *


「『別世界遷移』で飛び先を識別する方法は、この存在確率しかないんですね」

 意識表面に表示されている存在確率の数値を見ながら俺は言った。
 『自分のいる世界の存在確率』は共感能力の機能として提供されていた。そして『別世界遷移』とは、この存在確率の数値を指定して遷移する機能だった。

 未来に飛ぶときのアバウトさに比べれば、かなり優秀と言えるだろう。

「まぁ、優秀と言えば優秀だな。存在確率が変動しなければ、もっと安心なんだが」

 意次はあっさり問題点を指摘した。

「世界の存在確率って、変動してるんですか」

「そりゃ、存在確率だからな。選択肢を選ぶだけでも変わる」

「じゃぁ、厳密には存在確率で『世界の特定』はできないんですね」と絹。

「そうだ。だから最新データを得る必要がある」

「同じ存在確率で別の世界というのもあるのかしら?」
「それはないらしい。可能性としてはあるが確認はされてないそうだ」
「そうですか。ちょっと安心しました」

「多重世界には同じ確率の世界は存在しないという研究者もいる」

「まだ、研究中なんですね」
「そういうことだ」

 別世界遷移というのは、あまり安定した技術ではないのかも知れない。まぁ、普通の共感遷移も安定はしていないか。

  *  *  *

 俺たちは別世界遷移のレクチャーの後、希美の煎れたお茶を飲んで寛いでいた。

「神海一族は元居た世界に戻ったら、普通の存在に戻れるんでしょうか?」

 ふと思いついて言ってみたが、答えを知ってる奴はいないようだ。

「さぁな。その辺は俺もわからん」と意次。

「それ、とっても興味深い話よね!」これは上条絹である。

「その話を聞いて研究したいって思ったのよ! 普通の人間だから出来ることもあるしね!」

 なるほど。この話を聞いて彼女は共感エージェントになることを承諾したのか!
 まぁ、こいつの場合はこれが普通だ。もともと研究者肌だからな。

「あら、絹さんも龍一も、もう普通の人間では無いわよ?」

 神海希美はスイーツをテーブルに置きながら言った。

「えっ? そうなんですか?」
「そりゃそうだよ。まぁ、別世界遷移は出来るけどな」

「あぁ、運命共同体ですからね。俺たち」

 神海一族とは離れられない関係になったんだ。

「えっ? じゃぁ、私も運命共同体なの?」と上条絹。
「そうなるな」と意次。
「えええっ! じゃ、責任取ってね! 龍一くん」

「意味不明。なんで、俺なんだよ」
「龍一君に責任取って欲しい」
「あ、それ私も」と妖子。

「何言ってんのお前ら。俺にそんな責任はない。そもそも、俺は一人だし。責任取れないし」
「でも、俺に任せろって言った」と絹。
「うん、私も聞いた」と妖子。
「そうなの? じゃぁ、龍一が責任取らなくちゃね! 私も言われた気がするなぁ」と麗華。

 えっ? そんなこと言ったか?

「お前には言ってないだろ」
「待ってるんだけど」と麗華。そう来たか。

 あれ? そういえば、共感エージェントになる時、付き合いをどうするとか言ってたな。
 一族に入る決心はしたが、そのことを直接麗華に言ってなかったか?

「そうだった。じゃ、後で」
「今、聞きたい」

 麗華は真面目な表情になって言った。もう、先送りは許されない雰囲気だ。

「そうか。分かった。俺はお前とずっと一緒にいたい。だからこの仕事を続けることに決めた」
「そう。分かったわ。絶対一緒だからね!」
「望むところだ!」

「おめでと~っ、私もよろしくね~っ」と絹。
「おめでと~、私も私も~っ」と妖子。
「お前らのそれ、意味分からん」
「龍一君! わたしも~っ」と希美。

 ふざけ過ぎだし。ちょっと、嬉しいけど。

「おい、それは無理だろ」と意次。

 いや、前の二人も無理なんですけど?

「うそ~っ、ちょっと年上なだけじゃない!」と希美。
「そういう問題じゃないだろ」と意次。

 まぁ、運命共同体ならアリといえばアリか。けど、意次も同じ立場だよな?

 そんなわけで、俺は別世界への遷移を仕事としてやることになったのだった。
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