薄い彼女

りゅう

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21 バディを探せ2

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 翌日、共感定期便から帰った俺たちを待っていたのは緊急事態だった。

 俺たちが戻った時、事務所には誰もいなかった。
 神海意次も神海希美もいなかったのだ。しばらく呆気に取られていたら奥の仮眠室から声が聞こえた。

「麗華ちゃ~ん。龍一く~ん」希美の声だ。

 急いで行ってみたら、意次、上条絹、夢野妖子と三人が並んで横になっていて、泣きそうな希美がいた。

「どうしたんですか」と麗華。

「どうしよう! 麗華ちゃん!」
「落ち着いてください希美さん。大丈夫、大丈夫ですから。ね! 龍一」
「そう、大丈夫です。ゆっくり教えてください」

「わ、わかったわ。ごめんなさい」

 俺たちが戻って安心したのか希美は涙を流し始めた。
 それまで、我慢していたのかも知れない。

 少ししたら落ち着いてきたのか少しづつ話始めた。
 まず夢野妖子が指導する形で上条絹の定点遷移の訓練を始めたそうだ。
 これは、いつも通りだ。ただ、妖子の時のように、絹はいつまでたっても帰ってこなかったという。

 こういう場合、本当は強制的に引き戻すのが正解らしい。
 しかし、俺が妖子を迎えに行ったのを思い出したようで、妖子も同じ行動を取ってしまった。もちろん、もう一人共感エージェントを頼んでからならそれでもいいのだが、意次や希美を呼ばずに転移してしまったのだ。

 意次と希美が気が付いた時は一時間ほど経過した後だったという。
 希美から説明を受けている間に意次が戻ってきた。

「おう、お前ら帰ったか」
「状況は聞いてます。どうでしたか?」
「だめだ、この日時に飛んだはずなんだが見当たらない」

 共感遷移ログを見ながら意次が言った。
 ログによると行った先は昼休みの時間だった。

「私が行きます」と麗華。
「いや、お前は今帰ったばかりだ。俺が行こう」

 今日の共感定期便は麗華だった。

「そうね。わかったわ」
「絹たちの居そうな場所と言ったら……」
「やっぱり、あの公園かな?」
「わかった」
「頼むぞっ」

 意次に代わって上条絹の隣に横になり、俺は目的のポイントに飛んだ。

  *  *  *

 俺は、五年後の未来へ飛んだ。昼休みなので俺は事務所のソファでお茶していた。

「ちょっと出て来ます」
「おう、わかった」意次は、もちろん分かっている。

 俺は真直ぐ公園へ向かった。
 ここにいなければ絹の自宅くらいしかない。
 公園には、ベンチでおろおろする妖子がいた。

「おい。どうした」と声を掛けた。

「龍一さん! どうしよう」

 妖子は俺を見てベンチから駆け寄ってきた。

「落ち着け。お前は過去から来た状態だな?」
「はい」
「で、何があった?」
「それが、いつも絹さんとここで待ち合わせてるんですけど、今日は来ませんでした」
「うん」
「それで、時間がズレたんだと思ってアパートにも行ってみたんですけどいないんです。ボスは事務所にも来ていないって言ってました」
「そうか。そうなると今日じゃないのかもな。妖子の時みたいに前の日とかかな」

「そうですね。あれ?」
「どした?」
「絹さん!」

 振り向くと、いつの間にかベンチに絹が座っていた。
 何処から来たんだ? だが、ただならぬ表情でそこにいた。
 俺たちは急いでベンチの絹のところへ駆け寄った。

「おい、大丈夫か?」

「あぁ、龍一さん! 妖子ちゃん!」

 絹は、ちょっと惚けていたが、すぐに気が付いた。

「真っ暗な世界があって、それから真っ白な世界へ行って、どんなに歩いても何処にも行けなくて!」

 絹は訳の分からないことを言った。

「大丈夫だ、もう大丈夫だ。落ち着け! 一緒に帰るんだ!」
「でも、わたし、わたしは」

 絹は大粒の涙を流しながらしがみ付いて来た。

「大丈夫だ! 俺に任せろ。一緒に帰ろう!」
「うん!」

 妖子もそうだったが、共感遷移とはこんなに危険な仕事だったんだと改めて思った。俺自身の負担が軽かったせいで、ちょっと安易に考え過ぎてたかも知れない。

「遷移解除!」

 少しして落ち着いた絹は過去へ帰って行った。

「じゃ、私も帰ります。遷移解除!」

 続いて妖子も帰った。

 さっきまで泣いていた絹の顔は、次第に晴れていった。

「うふっ」
「うん? あ、ごめん」
「いいの。なんだか自然な感じね」

 絹は俺から離れながら言った。

「私と一緒です」
「そうなんだ!」
「一緒じゃないだろ。あ、一緒か」
「一緒です」

 まぁ、微妙に違うんだが、それは秘密だ。

  *  *  *

 その後、絹の話は問題になった。
 妖子の場合は暗転時間が長いことによるパニックだったが、これはよくあることだそうだ。
 だが、絹の場合は違った。
 絹の話によると、暗転後に『白い世界』へと迷い込んだと言うのだ。

「真っ白で何もない世界でした」

 そんなものは、意次も含め誰も知らなかった。勿論、俺も経験していない。
 夢を見たのかとも思ったが意識は失っていないという。
 さすがに彼女からの情報しかないため、意次が後で神海中央研究所に報告するということになった。

 それから、絹自身の今後については少し時間を置いてからエージェントとして働くかどうかを決めてもらうことになった。
 止めたとしても誰も責めたりはしない。
 俺と同じで外部の人間だったわけだしな。俺の場合は麗華と付き合っているから違うが、絹には共感エージェントに拘る理由は無い。

  *  *  *

 数日して、俺は絹をまたあの公園で見かけた。
 あの時のようにベンチに座っていたので俺はドキッとして声を掛けた。

「私、続けてみようと思ってる」

 絹は、晴れ晴れとした顔で言った。トラウマはなさそうでほっとした。

「無理しなくていいんだぞ」

 そんなことは、勿論分かっているだろう。

「そうね。でも、わたし自身が体験した『白い世界』の謎を追求したいの」

 絹は、思わぬことを言った。

「追及?」
「ええ。あれにはきっと何か新しい発見があるはずよ」絹はちょっとギラギラした目で言った。

 そう言えばゼミは違うが、俺と同じ学科だったよなと思い出した。しかも、絹は特待生だ。
 共感エージェントに興味があるというより、『共感』について研究したいようだ。それはそれで、絹らしい。
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