21 / 34
21 バディを探せ2
しおりを挟む
翌日、共感定期便から帰った俺たちを待っていたのは緊急事態だった。
俺たちが戻った時、事務所には誰もいなかった。
神海意次も神海希美もいなかったのだ。しばらく呆気に取られていたら奥の仮眠室から声が聞こえた。
「麗華ちゃ~ん。龍一く~ん」希美の声だ。
急いで行ってみたら、意次、上条絹、夢野妖子と三人が並んで横になっていて、泣きそうな希美がいた。
「どうしたんですか」と麗華。
「どうしよう! 麗華ちゃん!」
「落ち着いてください希美さん。大丈夫、大丈夫ですから。ね! 龍一」
「そう、大丈夫です。ゆっくり教えてください」
「わ、わかったわ。ごめんなさい」
俺たちが戻って安心したのか希美は涙を流し始めた。
それまで、我慢していたのかも知れない。
少ししたら落ち着いてきたのか少しづつ話始めた。
まず夢野妖子が指導する形で上条絹の定点遷移の訓練を始めたそうだ。
これは、いつも通りだ。ただ、妖子の時のように、絹はいつまでたっても帰ってこなかったという。
こういう場合、本当は強制的に引き戻すのが正解らしい。
しかし、俺が妖子を迎えに行ったのを思い出したようで、妖子も同じ行動を取ってしまった。もちろん、もう一人共感エージェントを頼んでからならそれでもいいのだが、意次や希美を呼ばずに転移してしまったのだ。
意次と希美が気が付いた時は一時間ほど経過した後だったという。
希美から説明を受けている間に意次が戻ってきた。
「おう、お前ら帰ったか」
「状況は聞いてます。どうでしたか?」
「だめだ、この日時に飛んだはずなんだが見当たらない」
共感遷移ログを見ながら意次が言った。
ログによると行った先は昼休みの時間だった。
「私が行きます」と麗華。
「いや、お前は今帰ったばかりだ。俺が行こう」
今日の共感定期便は麗華だった。
「そうね。わかったわ」
「絹たちの居そうな場所と言ったら……」
「やっぱり、あの公園かな?」
「わかった」
「頼むぞっ」
意次に代わって上条絹の隣に横になり、俺は目的のポイントに飛んだ。
* * *
俺は、五年後の未来へ飛んだ。昼休みなので俺は事務所のソファでお茶していた。
「ちょっと出て来ます」
「おう、わかった」意次は、もちろん分かっている。
俺は真直ぐ公園へ向かった。
ここにいなければ絹の自宅くらいしかない。
公園には、ベンチでおろおろする妖子がいた。
「おい。どうした」と声を掛けた。
「龍一さん! どうしよう」
妖子は俺を見てベンチから駆け寄ってきた。
「落ち着け。お前は過去から来た状態だな?」
「はい」
「で、何があった?」
「それが、いつも絹さんとここで待ち合わせてるんですけど、今日は来ませんでした」
「うん」
「それで、時間がズレたんだと思ってアパートにも行ってみたんですけどいないんです。ボスは事務所にも来ていないって言ってました」
「そうか。そうなると今日じゃないのかもな。妖子の時みたいに前の日とかかな」
「そうですね。あれ?」
「どした?」
「絹さん!」
振り向くと、いつの間にかベンチに絹が座っていた。
何処から来たんだ? だが、ただならぬ表情でそこにいた。
俺たちは急いでベンチの絹のところへ駆け寄った。
「おい、大丈夫か?」
「あぁ、龍一さん! 妖子ちゃん!」
絹は、ちょっと惚けていたが、すぐに気が付いた。
「真っ暗な世界があって、それから真っ白な世界へ行って、どんなに歩いても何処にも行けなくて!」
絹は訳の分からないことを言った。
「大丈夫だ、もう大丈夫だ。落ち着け! 一緒に帰るんだ!」
「でも、わたし、わたしは」
絹は大粒の涙を流しながらしがみ付いて来た。
「大丈夫だ! 俺に任せろ。一緒に帰ろう!」
「うん!」
妖子もそうだったが、共感遷移とはこんなに危険な仕事だったんだと改めて思った。俺自身の負担が軽かったせいで、ちょっと安易に考え過ぎてたかも知れない。
「遷移解除!」
少しして落ち着いた絹は過去へ帰って行った。
「じゃ、私も帰ります。遷移解除!」
続いて妖子も帰った。
さっきまで泣いていた絹の顔は、次第に晴れていった。
「うふっ」
「うん? あ、ごめん」
「いいの。なんだか自然な感じね」
絹は俺から離れながら言った。
「私と一緒です」
「そうなんだ!」
「一緒じゃないだろ。あ、一緒か」
「一緒です」
まぁ、微妙に違うんだが、それは秘密だ。
* * *
その後、絹の話は問題になった。
妖子の場合は暗転時間が長いことによるパニックだったが、これはよくあることだそうだ。
だが、絹の場合は違った。
絹の話によると、暗転後に『白い世界』へと迷い込んだと言うのだ。
「真っ白で何もない世界でした」
そんなものは、意次も含め誰も知らなかった。勿論、俺も経験していない。
夢を見たのかとも思ったが意識は失っていないという。
さすがに彼女からの情報しかないため、意次が後で神海中央研究所に報告するということになった。
それから、絹自身の今後については少し時間を置いてからエージェントとして働くかどうかを決めてもらうことになった。
止めたとしても誰も責めたりはしない。
俺と同じで外部の人間だったわけだしな。俺の場合は麗華と付き合っているから違うが、絹には共感エージェントに拘る理由は無い。
* * *
数日して、俺は絹をまたあの公園で見かけた。
あの時のようにベンチに座っていたので俺はドキッとして声を掛けた。
「私、続けてみようと思ってる」
絹は、晴れ晴れとした顔で言った。トラウマはなさそうでほっとした。
「無理しなくていいんだぞ」
そんなことは、勿論分かっているだろう。
「そうね。でも、わたし自身が体験した『白い世界』の謎を追求したいの」
絹は、思わぬことを言った。
「追及?」
「ええ。あれにはきっと何か新しい発見があるはずよ」絹はちょっとギラギラした目で言った。
そう言えばゼミは違うが、俺と同じ学科だったよなと思い出した。しかも、絹は特待生だ。
共感エージェントに興味があるというより、『共感』について研究したいようだ。それはそれで、絹らしい。
俺たちが戻った時、事務所には誰もいなかった。
神海意次も神海希美もいなかったのだ。しばらく呆気に取られていたら奥の仮眠室から声が聞こえた。
「麗華ちゃ~ん。龍一く~ん」希美の声だ。
急いで行ってみたら、意次、上条絹、夢野妖子と三人が並んで横になっていて、泣きそうな希美がいた。
「どうしたんですか」と麗華。
「どうしよう! 麗華ちゃん!」
「落ち着いてください希美さん。大丈夫、大丈夫ですから。ね! 龍一」
「そう、大丈夫です。ゆっくり教えてください」
「わ、わかったわ。ごめんなさい」
俺たちが戻って安心したのか希美は涙を流し始めた。
それまで、我慢していたのかも知れない。
少ししたら落ち着いてきたのか少しづつ話始めた。
まず夢野妖子が指導する形で上条絹の定点遷移の訓練を始めたそうだ。
これは、いつも通りだ。ただ、妖子の時のように、絹はいつまでたっても帰ってこなかったという。
こういう場合、本当は強制的に引き戻すのが正解らしい。
しかし、俺が妖子を迎えに行ったのを思い出したようで、妖子も同じ行動を取ってしまった。もちろん、もう一人共感エージェントを頼んでからならそれでもいいのだが、意次や希美を呼ばずに転移してしまったのだ。
意次と希美が気が付いた時は一時間ほど経過した後だったという。
希美から説明を受けている間に意次が戻ってきた。
「おう、お前ら帰ったか」
「状況は聞いてます。どうでしたか?」
「だめだ、この日時に飛んだはずなんだが見当たらない」
共感遷移ログを見ながら意次が言った。
ログによると行った先は昼休みの時間だった。
「私が行きます」と麗華。
「いや、お前は今帰ったばかりだ。俺が行こう」
今日の共感定期便は麗華だった。
「そうね。わかったわ」
「絹たちの居そうな場所と言ったら……」
「やっぱり、あの公園かな?」
「わかった」
「頼むぞっ」
意次に代わって上条絹の隣に横になり、俺は目的のポイントに飛んだ。
* * *
俺は、五年後の未来へ飛んだ。昼休みなので俺は事務所のソファでお茶していた。
「ちょっと出て来ます」
「おう、わかった」意次は、もちろん分かっている。
俺は真直ぐ公園へ向かった。
ここにいなければ絹の自宅くらいしかない。
公園には、ベンチでおろおろする妖子がいた。
「おい。どうした」と声を掛けた。
「龍一さん! どうしよう」
妖子は俺を見てベンチから駆け寄ってきた。
「落ち着け。お前は過去から来た状態だな?」
「はい」
「で、何があった?」
「それが、いつも絹さんとここで待ち合わせてるんですけど、今日は来ませんでした」
「うん」
「それで、時間がズレたんだと思ってアパートにも行ってみたんですけどいないんです。ボスは事務所にも来ていないって言ってました」
「そうか。そうなると今日じゃないのかもな。妖子の時みたいに前の日とかかな」
「そうですね。あれ?」
「どした?」
「絹さん!」
振り向くと、いつの間にかベンチに絹が座っていた。
何処から来たんだ? だが、ただならぬ表情でそこにいた。
俺たちは急いでベンチの絹のところへ駆け寄った。
「おい、大丈夫か?」
「あぁ、龍一さん! 妖子ちゃん!」
絹は、ちょっと惚けていたが、すぐに気が付いた。
「真っ暗な世界があって、それから真っ白な世界へ行って、どんなに歩いても何処にも行けなくて!」
絹は訳の分からないことを言った。
「大丈夫だ、もう大丈夫だ。落ち着け! 一緒に帰るんだ!」
「でも、わたし、わたしは」
絹は大粒の涙を流しながらしがみ付いて来た。
「大丈夫だ! 俺に任せろ。一緒に帰ろう!」
「うん!」
妖子もそうだったが、共感遷移とはこんなに危険な仕事だったんだと改めて思った。俺自身の負担が軽かったせいで、ちょっと安易に考え過ぎてたかも知れない。
「遷移解除!」
少しして落ち着いた絹は過去へ帰って行った。
「じゃ、私も帰ります。遷移解除!」
続いて妖子も帰った。
さっきまで泣いていた絹の顔は、次第に晴れていった。
「うふっ」
「うん? あ、ごめん」
「いいの。なんだか自然な感じね」
絹は俺から離れながら言った。
「私と一緒です」
「そうなんだ!」
「一緒じゃないだろ。あ、一緒か」
「一緒です」
まぁ、微妙に違うんだが、それは秘密だ。
* * *
その後、絹の話は問題になった。
妖子の場合は暗転時間が長いことによるパニックだったが、これはよくあることだそうだ。
だが、絹の場合は違った。
絹の話によると、暗転後に『白い世界』へと迷い込んだと言うのだ。
「真っ白で何もない世界でした」
そんなものは、意次も含め誰も知らなかった。勿論、俺も経験していない。
夢を見たのかとも思ったが意識は失っていないという。
さすがに彼女からの情報しかないため、意次が後で神海中央研究所に報告するということになった。
それから、絹自身の今後については少し時間を置いてからエージェントとして働くかどうかを決めてもらうことになった。
止めたとしても誰も責めたりはしない。
俺と同じで外部の人間だったわけだしな。俺の場合は麗華と付き合っているから違うが、絹には共感エージェントに拘る理由は無い。
* * *
数日して、俺は絹をまたあの公園で見かけた。
あの時のようにベンチに座っていたので俺はドキッとして声を掛けた。
「私、続けてみようと思ってる」
絹は、晴れ晴れとした顔で言った。トラウマはなさそうでほっとした。
「無理しなくていいんだぞ」
そんなことは、勿論分かっているだろう。
「そうね。でも、わたし自身が体験した『白い世界』の謎を追求したいの」
絹は、思わぬことを言った。
「追及?」
「ええ。あれにはきっと何か新しい発見があるはずよ」絹はちょっとギラギラした目で言った。
そう言えばゼミは違うが、俺と同じ学科だったよなと思い出した。しかも、絹は特待生だ。
共感エージェントに興味があるというより、『共感』について研究したいようだ。それはそれで、絹らしい。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
多重世界の旅人/多重世界の旅人シリーズII
りゅう
SF
とある別世界の日本でごく普通の生活をしていたリュウは、ある日突然何の予告もなく違う世界へ飛ばされてしまった。
そこは、今までいた世界とは少し違う世界だった。
戸惑いつつも、その世界で出会った人たちと協力して元居た世界に戻ろうとするのだが……。
表紙イラスト:AIアニメジェネレーターにて生成。
https://perchance.org/ai-anime-generator
原初の星/多重世界の旅人シリーズIV
りゅう
SF
多重世界に無限回廊という特殊な空間を発見したリュウは、無限回廊を実現している白球システムの危機を救った。これで、無限回廊は安定し多重世界で自由に活動できるようになる。そう思っていた。
だが、実際には多重世界の深淵に少し触れた程度のものでしかなかった。
表紙イラスト:AIアニメジェネレーターにて生成。
https://perchance.org/ai-anime-generator
絶世のディプロマット
一陣茜
SF
惑星連合平和維持局調停課に所属するスペース・ディプロマット(宇宙外交官)レイ・アウダークス。彼女の業務は、惑星同士の衝突を防ぐべく、双方の間に介入し、円満に和解させる。
レイの初仕事は、軍事アンドロイド産業の発展を望む惑星ストリゴイと、墓石が土地を圧迫し、財政難に陥っている惑星レムレスの星間戦争を未然に防ぐーーという任務。
レイは自身の護衛官に任じた凄腕の青年剣士、円城九太郎とともに惑星間の調停に赴く。
※本作はフィクションであり、実際の人物、団体、事件、地名などとは一切関係ありません。

無限回廊/多重世界の旅人シリーズIII
りゅう
SF
突然多重世界に迷い込んだリュウは、別世界で知り合った仲間と協力して元居た世界に戻ることができた。だが、いつの間にか多重世界の魅力にとらわれている自分を発見する。そして、自ら多重世界に飛び込むのだが、そこで待っていたのは予想を覆す出来事だった。
表紙イラスト:AIアニメジェネレーターにて生成。
https://perchance.org/ai-anime-generator

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる