薄暗い闇の先に

瀬間諒

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47話 毒蛇の涙

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 バタンと閉じられた扉を金の瞳は、暫く眺めていた。
 人の子を護るより主人であるザッカスの供回りをしたい気持ちが強く追いかけて行きたい思いがあった。
 溜息1つ溢れてしまうが、緩く頭を左右に振って僅かばり沈んだ気持ちを切り換える。


「さてと…」


 ソファで身体を丸めて眠っている五十鈴の傍に立ち、その場にしゃがんで観察を始める。
 年の頃は10代半ば、身体の線は細く痩せ気味で、柔らかそうな短い黒髪にこじんまりとしているが整ったあまり見たことのない顔立ちの少年。
 幼さを残した可愛らしさがある感じがした。
 先程は触ろうとしたらザッカスに止められたが、今はそのザッカスは居ない。
 眠りの妨げにならないようにと、ザッカスと同じく指先で黒髪に触ってみる。
 サラサラとしながら思っていたより柔らかい。


「ほう…ちょっと意外でしたね」


 次は、頰に触れてみる。
 つんつんと突いてみるとぷにぷにとして柔らかい感触が心地良くて、何度も突く。
 これはザッカスでも気に入る筈だと思った。
 見るからに柔らかそうな唇に触れてみる。ザッカスが特に触れいたのが唇だった。
 唇の輪郭をなぞる。
 頰よりかなり柔らかで、これもまた感触が心地良い。
 人差し指で、唇を軽く押してみるとその唇が薄く開きパクリとそれを咥えてしまう。
 目覚めたのかと一瞬思ったが、そうではなかった。


「えー…食べられちゃいましたよ…なんでしょ、この子…」


 指を引き抜こうとしたが、思い留まる。自分の指をどうするのか興味が湧いたのである。
 軽く歯を当てるだけで、噛むことはない。
 舌先がちろちろと口腔の中で指の腹を舐めている。
 が、顔が顰められるとペッと吐き出され、呟かれるか細い声。


「…まずっ…」


 吐き出され唾液に濡れた自分の指を呆然としてじっと見つめる。


「えーー…不味いって言いましたよね…不味いって。そりゃ指ですし、味などありませんけど…そんなに不味いものなんですかねぇ、私の指」


 深く考えることなく、不味いと言われた自分の指を舐めみる。
 ひと舐めして、シュガーは驚きで瞠目する。
 不味いなんてものではない。
 それは堪らなく甘く感じられた。自分の味覚がおかしくなったのかと思い、中指を舐めるが当然味などしない。
 

「この子の体質なのか、異世界あちらの人間特有のものなのか……」


 うーん…と考え込むが、それより気になる事がシュガーにはあった。
 ザッカスが居た時は離れていたので、気がつかなかったが五十鈴から甘い花の香りのようないい匂いがしている。何処かで嗅いだことがある匂いに、眉根を寄せる。
 シュガーは顔を近づけ目を閉じて、その匂いを深く嗅いだ。
 脳裏に遥か昔の薄れた記憶が浮かび上がり、頭の中に少女の声が響く。


『お砂糖みたいに白いから、あなたの名前はシュガーちゃんね』

『私はシュガーちゃんのお母さんだからね』


 顔ははっきりとした記憶が無いが、長い黒髪で黒い瞳の人間の少女が小さかった自分にいつも笑顔で語りかけていた。
 小さく力も無く少女の言葉は殆ど理解出来ず、ただ認識出来たのは何度も繰り返された「シュガー」と「オカアサン」の2つの単語だけであった。   


「オカアサンと同じ匂い…」


 開いた金の瞳からぼろぼろと大粒の涙が溢れ流れる。
 シュガーは無意識に両手で五十鈴の顔を包む様に挟んで、涙で潤む目でその顔を見た。
 ぽたぽたと五十鈴の顔に涙が落ちていく。
 オカアサンは自分の目の前で死んだ。この人の子は少年でオカアサンではないと頭ではわかっていても、もしかしたらオカアサンなのかもしれないと思ってしまう。
 

「オカ、アサン…オカアサ、ン……オ、カアサン、ですか?」


 嗚咽しながら眠る五十鈴に呼びかける。
 五十鈴のまつ毛が震え薄っすらと瞼が上がり、虚げな黒い瞳が現れるとシュガーの大粒の涙は更にぽたぽたと流れ落ちた。


「何がそんなに悲しいの?」

「違います…」


 優しく囁かれる声の問いに否定すると、五十鈴の掌が涙で濡れ続けているシュガーの頰に添えられる。
 少年と思い込んでいたシュガーは、その声でそうでないことに気づく。


「辛いの?」

「…さぁ、どうでしょう…」


 心配そうに自分を見る虚ろげな黒い瞳に笑おうとするが、唇は震え涙は止めどなく溢れ流れ続け笑うことが出来ない。


「そう…」


 五十鈴の両手がシュガーの頭へと伸びると、優しく自分の胸に引き寄せ抱きしめ、その頭をゆっくりと撫でる。
 

「よしよし…」


 トクトクと胸の鼓動を感じながら、遥か昔の薄れた記憶に啜り哭いた。

 抱きしめられていた腕の力が抜けるのを感じて、シュガーは身を起こして五十鈴を見る。
 また深い眠り戻ったらしく、静かな寝息をたてていた。
 衣装の懐からハンカチを取り出して涙を拭うと、五十鈴の手を両手で包み込むと、その甲に唇を落とし自分の額に押し当てる。


「今度こそ私が貴女を護ります」


 自分なりの決意の表れとして、騎士さながらの誓いを立てた。
 誓いは立てたが、ザッカスの庇護下にある以上自分の出番は今回だけで後はあまり無さそうだと少し淋しく感じてしまうが、護る事が出来ればそれで十分満足ではないかと自分に言い聞かせる。


「まずは早速、片付けちゃいますか。折角主人マスターから好きにしていいとお許しも出ていますし…ね」



 
 薄暗い路地に、ロイとその部下2人の3人は潜んでいた。
 マントのフードを目深に被り、冒険者ギルドの建物の様子を伺っている。
 ロイはフードを僅かに上にずらし、顔を歪めギラつく目で冒険者ギルドの建物を睨む。
 酒場での出来事は、栄えある騎士団の一員である矜持を傷付けられた上に、与えられた任務の遂行も出来ず面目も潰され屈辱的な大きな汚点となった。
 その怒りは腹の底から煮えたぎり、報復せずにはいられなかった。
 その報復は、自分の言いなりにならなかった五十鈴へ向けられた。

 逃亡した重罪人である娘を捉えれば、それを理由にして面目を保つことが出来、あの酒場の連中の悔しがり慌てふためく姿を見れば多少なりに溜飲を下げられる。
 そして、あの娘を好きなだけ嬲り弄ぶことも出来る。
 
 嗜虐的嗜好が強いロイに、ひ弱な五十鈴が格好の獲物にしか見えなかった。

 

 

 


 

 
 
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