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45話 蛇と蛙
しおりを挟む脅し付けた時のマルグリットの表情は、予想外に良い表情だったとシュガーはほくそ笑む。
人間の恐れや怯える表情を見るのが、好きなのである。
特に他者を虐げて愉悦を感じている人間のそういう表情が堪らない。
「しかし、使い慣れない言葉や口調は難しいものですね…もう少し練習した方がいいですか…」
ブツブツと呟きながら待合室に戻ると、所在げなく立っているチャドとジェフの2人と視線が合う。
ギルドマスターであるマルグリットの事が心配なのだろうと思ったシュガーは近づいて、にっこりと微笑む。
「大丈夫ですよ。見た感じから肋骨にヒビが入っただけですから、暫くの間、安静にすれば直ぐに治りますよ。で、今日はこれからオルトロスを討伐あるんですよね。私もご一緒しても良いですか?貴方がたも行かれるのでしょ?でしたら、討伐のお邪魔しませんので同行だけでもさせて頂きたいのですが…」
突然のシュガーからの願いに、チャドとジェフは互いの顔を見る。
「そう言われても…あっしらが決める事じゃねぇんで……その、ザックの旦那に聞いて貰えませんかね?」
戸惑いながらもチャドは、何を考えているのかわからないシュガーに告げると、見るからに不満そうに口を小さく尖らせた。
「えー…そんなの最初からダメって言われるに決まってるじゃないですか…だから貴方がたにお願いしてるのですが…お邪魔しません。だから、ね?」
上目遣いで蠱惑的な笑みを浮かべ強請るシュガーに、どこか薄ら寒いものを感じて、言葉を詰まらしてしまう。
ヤバイ、ヤバイ…コイツもヤバイ…。
自分の中で、何が激しく騒めき、気を付けろと警戒しろと囁く。
そんなチャドの肩を叩いてジェフが口を挟んでくる。
「チャドさん、同行して貰いましょうよ。シュガーさんが居てくれたら僕らも色んな意味で安心じゃないですか?」
コイツ…また余計な事を…。
また相手の見た目だけで判断をして、坊や扱いされた事への意趣返しを企んでいるのが手に取る様にわかる。
ジェフを止めなくてはと、口を開いたのだが…。
「あ、でも私、同行するだけで自分の身を守るだけ以外は何もしませんよ」
「へ?」「 えっ?」
「え?別に驚く事じゃないかと…」
テーブルに置かれてあるティーセット視線を向け、まだ使われていない伏せられたカップを手にして、ポットに残っていたお茶を淹れると、椅子に座って優雅にカップのお茶を一口飲む。
「んー…それなりに美味しいですが、やはり温いし渋みも出ていますね」
のほほんとお茶の感想を呟く。
言われた意味が理解出来ないとばかりに、じっと自分を見つめている2人に穏やかな声が向けられる。
「最初にお邪魔しませんと言いましたよ?それに討伐は貴方がたの依頼でしょ?貴方の依頼に私がどういう形であれ、手を出すのは筋が違います。それは冒険者としての決まりから外れていますからね」
手に持っていたカップをテーブルに置くと、右手の人差し指の爪先でコツコツと一定のリズムでテーブルを叩き始め。
シュガーのごもっともな正論に黙する事しか出来ない2人を笑みが消え無表情となったシュガーの金の瞳が見据える。
「ましてや私は貴方がたとは初対面で何の面識も義理もありません。私に何かして欲しいのであれば、まずはギルドを通して私への指名依頼をお出しなさいな」
パシッと右の掌がテーブルを叩く。
その音にチャドは片目を瞑り、ジェフはその身をびくりと小さく跳ねさせた。
ザッカス程ではないがそれでも尋常ではない異質な冷たい威圧がピリピリと肌に感じる。
正しく蛇に睨まれた蛙な2人。
「随分と前に少々勘違いされた冒険者の方がいらしましてね」
いきなり話を変えて喋り始めるシュガーにまだ笑みはない。
これは黙ったまま聞いていた方がいいと判断したチャドは、なんとかしてくれと横目で訴えてくるジェフを「知るかよっ!」と殴りつけたい気持ちを押さえて無視する。
「その方のとある討伐依頼に同行させて頂いたのですが、その方はいざという時に私を盾と囮にして逃亡され、そのままあろうことかギルドに依頼達成報告されましてね。あの時は非常に不愉快でした。勿論、その方にはそれ相当以上の報復はさせて頂きましたよ。あ、誤解がない様に言いますが、貴方がたがその様な事をするとは思っていませんのでご安心を」
言い終わると、最後に清々しさを感じせる綺麗な微笑みを浮かべた。
「……」「……」
お前ら(正確にはジェフ1人)の浅い企みなどお見通しで、そんな真似をすれば、きっちり倍返し以上の報復をするから覚悟しておけ、と言ってるとしか聞こえない。
蒼白になって顔が引き攣るジェフに、とばっちりで何で自分までもと深い溜息を吐いて項垂れるチャド。
「あ、あの…じゃあ、何の為に同行したいんですかね?」
恐る恐るチャドは、シュガーに疑問に思っていた事を問う。
「私、今凄く暇なんです。オルトロス討伐と聞きましたので、ちょっと面白そうかなぁと思いまして。それにザックさんも絡んでらっしゃるようですしね」
のほほんと微笑んで答えたシュガーに、チャドは絶句した。
目的が単なる暇潰し。
オルトロス討伐に物見遊山感覚で同行したいなど、普通の考えではない。
いくらSランクの冒険者であるシュガーであっても、かなり頭がおかしいのではないかと疑いたくなる。
2階から降りてきたザッカスが、シュガーの姿を見ると僅かに眉根を寄せて、シュガーの方へと向かっていく。
ザッカスの姿を見て満面の笑顔になったシュガーだが、かなり不機嫌である事を敏感に察知し表情が固まり青褪める。
椅子から立ち上がって逃げようと身体を反転したところで、近づいたザッカスの腕が伸びシュガーの衣装の襟首を掴んで捕らえられた。
長身のシュガーをまるで悪さをした犬猫の様にぶらんと持ち上げた。
「お前が何故ここにいる?」
抑揚の無い冷たく低い声が背後から聞こえ、シュガーの額に冷や汗が滲む。
「…んー…何ででしょ…」
誤魔化しは無駄だとわかっていても、つい口から惚けた言葉で誤魔化そうとしてしまう。
正直に言ってしまえばいいのだろうが、機嫌が悪いザッカスの怒りを買ってしまいそうで言えない。
「…シュガー」
名前を呼ばれ、冷や汗が一気にダラダラと流れ始める。
「えーと…あ、あのですね…ごめんなさい…」
観念してシュガーは幼な子の様に謝るが、襟首から手は離れず床に足が着いてない状態のままでいる。
「…まぁいい…。チャド、小僧、30分後に巣に向かう。準備しておけ。シュガー、お前はこっちだ」
下された両足が床に着くものの、掴んでいる手は離れないままずるずるとザッカスに引き摺られて2階へと上がって行く。
襟首を掴まれて抵抗しないまま引き摺られいくシュガーをチャドとジェフは何とも微妙な表情をして見つめる。
マルグリットを子供扱いにしていたシュガー。
そのシュガーを子供ではなく動物扱いにしているザッカス。
「何なんですか…あれ」
「知るかよ…つか、お前なぁ…」
チャドの拳骨が、ジェフの頭を1発落とされた。
「ほら、準備するぞ。気ぃ、引き締めなっ」
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