薄暗い闇の先に

瀬間諒

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43話 異変

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 あり得ない。
 そんなあれは自分を揶揄っているだけの筈。
 自分を欲しがっているのは、異世界あちらから飛ばされて来たという物珍しいさだけで、要は毛色が違う女に興味があるだけだ。

 顔を覆っていた手を膝に置くと、ズボンの生地をぎゅっと握り締める。
 


「やだな…変な冗談はやめて下さいね。ジェフさんと同じで物珍しいだけですから…ほらザックさんも男だし、身近で手頃な私で発散したいだけです。私は手のかかる所有物ペットみたいなもんです」
 
「それは違う。あんたをそう思っちゃいないよ」

「違いません。何度も言いますが、私は何の力もない取るに足りない小娘で、人であれ何であれ欲しがられる価値はありません。あっちゃダメなんですよ」



  頑なな五十鈴の言葉とその強張った顔に、マルグリットはそれ以上の言葉を紡ぐ事は止める。
 マルグリットが言うまでもなく、五十鈴自身も既に薄々では気がついている筈なのだが、まるで自分には異性から求められる資格が無いと自身に言い聞かせているようにしか見えない。

 何がこの娘を頑なにさせているのだろう…五十鈴の心の奥底に潜む微かな闇を感じたマルグリットは、無言で哀れみの込もった眼差しを向けると、五十鈴は浮かべていた虚げな笑みを失い、見る見るうちに酷く怯えたものへと変化し瞳が大きく揺れる。



「み、見ないで…そんな目で私を見ないで…」



 椅子から立ち上がるとマルグリットからの視線から逃れようと、顔を背けて数歩後退る。
 身体全体がどんどん冷えていくような錯覚を感じて、自身の身体に腕を回し、カタカタと小刻みに震える。
 五十鈴の異変に、マルグリットも立ち上がり眼を見張り五十鈴へと近づく。

 
 
「ちょっ、イスズ?」


「お願い…見ないで…」



 色を失い震える唇から懇願にも似た言葉が小さく溢れると、身を翻してギルドの入口の扉へと足を絡れさせながら走り出す。



「イスズっ!」



  マルグリットの手が瞬時に伸ばされ、引き止めようと五十鈴の腕を掴もうとしたが、その身体は何ならかの衝撃を受けその圧力で吹き飛ばされ、後ろの壁へと激しく打ち付けられてその場に蹲る。
 蹲るギルドマスターへとチャドとジェフ慌てて駆け寄り、その身体を起こそうとするが、低い呻きを漏らしながら右手で衝撃を受けた胸を押さえ、左手を2人に向けて振ると壁に背をつけながら自力で立ち上がった。
 痛みに顔を顰めながら、前へと視線を向けるとそこにはもがく五十鈴の身体に両腕を回して胸に抱き止めいるザッカスの姿があった。



「イスズ…俺の目を見ろ」



 低い冷たい声が静かに五十鈴へと向けられが、その声は五十鈴へとは届いてはなく、手を握りザッカスの胸や腕を叩きもがき、頭を左右に振っている。



「…お前は悪くない」



 『お前は悪くない』その言葉に、反応したらしく五十鈴の動きが止まるのを感じると、ザッカスは両手で五十鈴の俯いている顔を挟み、自分の目と合わせるべく上げてその目を見る。
 焦点の合ってない瞳はザッカスを見てはいない。自分を通り越して何処か遠くを見ていた。
 自分を見ない事に、微かな苛立ちを胸に感じるが、再度同じ言葉を五十鈴に静かに囁く様に告げた。



「お前は悪くない」



 焦点の合わない瞳に、涙が溢れこぼれ落ちる。頰に伝わり落ち続け始めた涙を顔を挟んだまま指先で拭う。



「お前は悪くない」

「私は…悪くな…い?」

「お前は悪くない、だから俺の目を見ろ」


 
 涙で潤みきった瞳が動き、ザッカスの闇色の瞳と合わさった瞬間闇色の瞳が一瞬赤く光る。
 五十鈴の身体から力が抜け落ち、ガクリとザッカスに凭れかかる。
 気を失った五十鈴の身体を軽々と肩に担ぎ、壁に背中を預けてようやく立っているマルグリットの前に立つ。
 まるで全てを凍てつかせる程冷ややかな闇色の瞳が、衝撃のダメージを受けて胸の疼痛に荒い息をしている目の前の見据える。
 チャドとジェフは、ザッカスから出る激しい威圧感に身動き一つ出来ないでいる。



に何をした?」

「何も、して…ない…さ…」

に何を言った?」

「ザック…あんた…が、イスズを、本気で…欲しがっ…てるって…それ、だけさ…」

「それだけか?」

「ああ…イスズ、は…揶揄ってるだけだって、否定してたけど…ね」

「マルグリット、今回だけはに免じて見逃してやる。聡いお前なら意味がわかろう。もうに必要以上構うな。お前の部屋のソファを使うぞ」



 底冷えする程の冷たく低い声で、言い捨てると五十鈴を肩に担いだまま2階のマルグリットの執務室へと向かう。
 その後ろ姿が残された3人の視界から見えなくなると、それぞれ深い溜息を吐き出した。
 マルグリットは気力で何とか立っていたが、そのままずるずると、壁に背中を付けたまま床に座り込む。



「マルグリットさん…大丈夫ですか?」

 

 ジェフは座り込むマルグリットの傍に両膝をついて、青ざめた顔でおろおろとしている。
 右手を胸の中心に当てたまま、心配するなとばかりに左手を力なく振りつつ疼痛に顔を顰める。



「大丈夫な…もんかい…こりゃ、肋骨4本ぐらい…やられたね…」

「あんた、何やらかしたんですか?あっしらはもう何が何だかんださっぱり…」



 チャドも傍にしゃがむと自分の腰に携帯している雑嚢から、鎮痛薬の小瓶を取り出してマルグリットに手渡した。
 小さく「すまないね」と詫びて、鎮痛薬を飲み干して口に残る苦さに、うえっと舌を出す。
 その様に、チャドは苦笑い浮かべる。



「これだけで済んだのは、幸いと思わねぇと…」

「まぁねぇ…相当…手加減、されてた感は…あるからね」

「全くですね。あの方が本気でしたらマルグリット嬢は、とっくにお亡くなりになってたでしょうね」



 聞きなれない穏やかな声が、極自然に会話に入ってきた事に3人は眼を見張る。
 いつの間にか彼等の前に、1人の男が立っていた。




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