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36話

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 グティエレス家に勤めて、はや3カ月。
 のんびりとして穏やかな暮らしをしている俺。
 引き篭もりをしていた時よりは遥かに賑やかではあるけどね。
 そして、今だに毎朝玄関先には花が1輪置かれて続けている。置かれる花の種類は日により色々変わったりしていて、今では俺の楽しみの1つになっていた。


 アルベルトさんが2週間前から遠征訓練の為ずっと留守にしている。
 ここで1つ疑問。
 近衛騎士団の団長様が何故遠征訓練に行っているかだ…。
 近衛って言えば君主…すなわちこの国の大公殿下の護衛が仕事じゃね?それが遠征訓練とか普通しない気がするんだよなぁ。
 それが定期的に遠征訓練をしていると言う話だから、妙に腑に落ちない。
 アルベルトさんが指導とかなんとかで副官を連れての参加というのであればまだ話はわかるが、どうやら近衛騎士団でも腕利きの面子だけを連れての参加らしい。
 表向きは単なる訓練という話だけど…実のところはお忍びで遠征訓練に参加している大公殿下の護衛と言うか…おりってところが妥当か…。
 民草の噂じゃ、文武に秀でた大公殿下らしいから太子の頃から遠征訓練に参加してんだろうなぁ。王様なら王様らしく王宮に引っ込んでりゃいいものをこれじゃ…おっと…いかん、いかん。
 俺には関係無い事じゃないかぁー。
 ついつい深読みして余計なことを考えてしまうのは悪い癖だよなぁ…。


 でだ。
 遠征訓練から今日の夕方ぐらいにアルベルトさんがご帰還されるそうで、そのせいかグティエレス家の人々は朝からバタバタしていた。
 主人が帰還するぐらいで、なんでそんなに慌ただしいのかとエディさんに尋ねたら遠征訓練の打ち上げを毎回しているそうだった。
 なんでもアルベルトさんの親しい同僚や直属の部下が10~15人ぐらいやって来て、身分を越えての無礼講で飲めや歌えのどんちゃん騒ぎになるらしい。
 それで広間の調度品の数々を避難させたりと忙しいとの事だった。

 そりゃなぁ、アルベルトさんみたいなごつい連中がどんちゃん騒ぎするなら避難させるのは当たり前だよなぁ。
 俺も何度も経験あるからわかる。
 騒ぐ方は気にしないけど、後を片付ける身になるとたまったもんじゃないよな。
 俺は片付ける側じゃなくて騒いで破壊というか壊滅させてた方だけど…。


「では、私も手が空き次第お手伝いしますね」

「スルさんが手伝ってくれるなら、作業が早く終わるから助かります。あ、ついで何ですけど打ち上げの時の給仕もお願い出来ますか?多分、フリオさんからもお話があると思いますが…」

 給仕かぁ…やった事ないんだけどなぁ~。

「私に出来るでしょうか?」

「そんなに気を遣わなくても大丈夫ですよ。どうせ酔っ払ってぐでんぐでんになってるアホ…いえ、脳筋…いえ、殿方ばかりですから」

 おーい…今サラッとアホって言ってなかったか?脳筋とも言ってなかった?
 相変わらず物怖じしないで笑顔で毒吐くメガネっ娘だなぁ…。

「毎回フリオさんとイネスさんが給仕されてるんですが、今回はイネスさんが用事でご自分の実家に泊りがけで行かれるそうなんです。旦那様がいらしても流石に私やダフネが代わりにっていう訳にはいかないので…」

 あー、なんかイネスさんが実家に行くって話聞いてたけど、今日なのか…なるほど。
 うら若い娘さん方に酔っ払い供の給仕は色んな意味で危険だ。うん。
 俺なら酔っ払らい相手の扱いは慣れているし、いざとなればこっそり1発殴って黙らせりゃいいだけだしな。

「そうですね、わかりました。私で良ければ給仕役をお引き受けしますよ」

「おぉ、流石スルさんっ。話がわかるっ!じゃ、フリオさんには私から了解を貰った事を伝えおきます」

「ええ、そうして下さいな」


 エディさんに軽く手を振りつつ後ろ姿を見送り、正面を向けば半分目が座ってどんよりとしたオーラを醸し出しているマルセロさんが、少し離れた壁の角にしがみついて俺を見ていた…。
 
 こわっ!!
 マルセロさん…それめっちゃ怖いっすよ…。

 慌てて両手を振って「違うから!誤解だから!」と苦笑いしてサインを送ると、フッと暗い顔で笑いどんよりオーラを出したままふらふらと何処かに行ってしまった。

 こりゃ後でマルセロさんのフォローしとかないとだ…。
 マルセロさんも好きなら好きって、さっさと告白してしまえばいいのに。
 あ、でも…相手はあのエディさん…。
 うん…マルセロさん…毎度のことながら言える言葉はただ1つ。
 頑張れ。


 
 エディさんからフリオさんに話は通っていたらしく、「助かります」と言ってくれたもののフリオさんの顔は少し困った様な感じが伺えた。やはり、俺に対して何かしらの遠慮をしているようだ。
 だが流石に1人で給仕などの対応はきついらしく、「背に腹は変えられない」と溜息混じりに呟いていた。

 うーん…フリオさんの立場からしてみれば、グティエレス男爵家…すなわちお貴族様としての体面を考えると、何処の馬の骨かわからなくて得体の知れない俺みたいなのが粗相したらそらヤバいわなぁ。

 ふふふ…でもね俺、こう見えてもやるときゃやる男だよ?
 いい意味でも悪い意味でもねっ!
 俺、頑張っちゃうよーっ!!
 


 俺はフリオさんのお古の黒一色の執事の衣装を借り、髪を後ろに黒い細めのリボンで1つに纏めた。
 髪を人に弄られるのはあまり好きじゃないけど、ダフネちゃんがどうしても結いたいって言うので、半ば押し切られる感じで了承した。
 満足気なダフネちゃんに手鏡を渡されて自分の顔と結った髪型を見て、思わず目を見開いた。

 や、これ駄目じゃね?
 いや~、絶対駄目だろ。
 
 自分で言うのも変っていうか妙ちきりんなんだけど…なんか…微妙に…エロい。
 髪の長さが中途半端だから余計にそうなんだろうけど、それを逆手にとってダフネちゃんが意図的に出したおくれ毛が…特に首筋辺りのおくれ毛が…そこはかとなくエロい雰囲気を出してるような…。


「あ、あのダフネさん…給仕するのにこれでは少し髪が…」

「スルジュさん、お綺麗ですよ?このぐらいなら全然問題ないですよっ!ね?フリオさん」

「ええ…まぁ、そのぐらいでしたら大丈夫かと。少しは華があっても良いかと…」

「ほら、フリオさんも大丈夫って!」

 いやいや、全然大丈夫じゃねーだろ…。
 そこはもう少し清潔感を出した方がいいって言わないとっ!
 てか、華って何?!
 俺に何を求めてるのっ?!

「えーと…ですね…私としてはもう少し…あ、いえ…何でもないです、はい」


 ダフネちゃんの「どうして駄目なの?」と問いかけくる大きなうるうるとした目に見つめられて、俺は諦めた。



 そして、日が暮れて宵闇に辺りが包まれ始めた頃、近衛騎士団の方々ら総勢13人をぞろぞろと引き連れたアルベルトさんがご帰還された。



 
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