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33話

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 俺の手を包むアルベルトさんの大きくて硬い手が熱い。
 そして、黒い目がじっと見つめてきている。
 手を振り払うのは簡単だ。
 でも、こんな嘘つきな俺を守ってやろうと言う、その真摯な気持ちを無下にあしらう事が出来なかった。
 俺のついた嘘があらぬ方向に向かって走り始めているのを止めるのは今しかない。
 嘘を突き通せば真実になるって言葉はあるけど、この嘘は駄目だ。些細な事が大きくなり過ぎてる。
 やましさからアルベルトさんと視線を合わせないまま、唇を噛んでアルベルトさんの手を外して押しやると、ヒュッと小さく息を飲む音が聞こえた。


「グティエレス様とサーラス様のお気持ちは大変有り難いのですが、その必要はございません」

「スルジュっ、俺はっ…」

「まぁ、待ち給え…君はどうしてそう先急ぐんだ。彼の話はまだ終わってない、そうだろう?ドーン君。それに彼が君を拒絶している訳じゃない事は、オガクズが詰まった頭の君にでもわかるだろう」


 断られるとは思っていなかったのか俺の言葉に愕然としたアルベルトさんは、何故だかもどかしげに席を立ち俺の肩を掴もうとしたが、エンリケさんに諌められて椅子に座り直した。 
 そして、あの黒い目はまるで縋るかのように俺へと向けられている。
 ただ簡単に謝るだけで済むようなものじゃない。ちゃんとした弁解しようにもどう弁解すべきか言葉が見当たらず、俺は黙って右顔に貼り付けていた火傷痕シールを2人の目の前で剥がして見せ、剥がしたシールをテーブルに置いた。


「申し訳ありません。ご覧の通り…火傷は偽物です。野盗に焼き討ちされた話は自分の素性を詮索されたくない為の嘘です。騙すつもりはなかったのですが…」


 立ち上がって深々と頭を下げたが、2人からは何も言葉は返ってこない。
 そりゃそうだよな。
 色々と考えて俺を守ってやろうと心を砕いたというのに、それが嘘だと知れば誰だって頭にくる。
 2人が勝手に思い込んだだけだと言ってしまえば、そうなんだけど…でもやっぱりそれじゃ、俺の良心が痛む。


「スルジュ。頭を上げて、顔を見せてくれないか」


 頭の上からアルベルトさんの硬い声がする。
 言われたように頭を上げると、アルベルトさんも立ち上がり顎に手が添えられ顔がよく見えるようにと上げられる。
 指先がシールを貼っていた場所に触れて、本当に何も無いのかと確認しているみたいだ。
 

「何の痕も無い…」


 そのままされるがままになり、目を閉じた。
 目元から頰にかけて数回指の腹で触れるが、その触れ方がまるで壊れ物に触るかのように繊細で優しい。
こんな風に触れられた事は1度もない…。


「本当に火傷は無かったんだな…男の君には抵抗はあるかも知れないが…綺麗だ…」
 

 そりゃな…モデルにしたのはアニメの超美形な悪役キャラで、みてくれだけは誰が見ても綺麗なんだから、そう言われる事には抵抗はないけどさ。
 正直、俺だって自分のこの顔は綺麗だと思うしね。
 それより、怒ってなくない?何で?
 目を開ければ、あの黒い目と目が合う。
 その目からは怒りを感じるどころか、何故かホッとしているように感じた。


「お怒りでは…?」

「何故、怒る必要がある」

「私はグティエレス様に嘘をつきましたが…」


 顔をなぞる指が離れると、両肩に手が置かれてアルベルトさんの口元に笑みが浮かぶ。


「君の素性を考えれば、つかざるを得なかっただけだ。それに…俺たちが勝手に想像し想定した事だ。何も無くて無事であるのが1番いい事じゃないか。キケも同意見だ。だろ?キケ」


 さっきから黙っているエンリケさんへと視線を向ければ…。
 俺が剥がした火傷痕シールを手に取り、興味津々に色々な角度にしながら見て触れていた…。

 何やってんだ、このエリート眼鏡。

 同じ事をアルベルトさんも思ったのか、やや呆れ顔で小さく溜息を吐いた。


「おい、キケ。俺の話を聞いていないのか?」

「ん?あぁ、聞いているともさ。アルベルトの言う通り、私たちの勝手な杞憂でしかなかったんだから、何の問題も無いよ。別にドーン君が謝る必要などないよ」

あの~、聞いてると言うより聞き流してません?
それにめっちゃどうでも良さ気な感じな口調なのは、俺の気のせいですかね?

「それよりドーン君っ!これ、どういう素材使ってるんだい?!見た感じといい質感といい…実に興味深い…。これは君が作った物なのかいっ?!」

 そっちの方が気になるんかいっ!!
 いや、別にいいですよ?
 いいんだけどさ…いいんだけどねっ。
 俺がさっきまで痛めていた良心はどうなるの…。

「私が作った物ではありませんので、素材は…わかりかねます」

 300円ガチャの最下級のC級ハズレ品だからなぁ。
 素材とか言われても、シラネ。

「そうか…なるほど。ならば、誰の作であるかは知ってはいるのだろ?」

 ゲームのデータが物質化してるだけだから、誰の作って言われてもなぁ…。運営作ですとは言えないわな。
 また下手に嘘つくと後が大変だ。
 
「それはお答えしかねます」

「口外してはならないと言われているのかい?ならば、私もこれ以上製作者については聞くのよすが…ドーン君、いつまでも立ってなくて座りたまえ。アルベルトもドーン君に引っ付いていないでさっさと座ったらどうだ」

「べ、別に引っ付いている訳ではっ……全く…」

「グティエレス様、お先にお掛けになって下さい」

「ん、そうだな…」


 アルベルトさんが顔をどことなく顔を赤くして咳払いをすると椅子に座ったので、俺もその後に続いて座る。
 だが、俺が座ったと同時にエンリケさんの眼鏡が、キランっと光ったのを俺は見てしまった。
 これはまた何か企んでそう…。


「私たちの考えがただの杞憂であったのは喜ばしい事ではあるがね…でもやはりドーン君はアルベルトの庇護下に入る方がいいと私は思うよ。何故なら、今後そういう輩が出てこないとは限らないからね。それに君は失われたアイテムボックス所持者でもある。失われた今の時代には非常に稀有な存在で狙われてもおかしくはない」

「スルジュ、庇護下と言っても君を軟禁して拘束するつもりは毛頭ない。最初の約束通りでいい。我が家の使用人という立場にいるだけの話だ」

「グティエレス家の人間…即ちアルベルトの庇護下にいる人間には早々手は出せないからね。一応、こんな奴だが我がレクス公国では1番の強者つわものとして国内外で名を馳せいるんだよ。勿論、私も微力ながら君の力になるよ」


 確かにアルベルトさんのlvは俺が鑑定した中でも飛び抜けて高い。それにこのエリート眼鏡もだ。
 あまり考えたくはないがもし厄介事に巻き込まれる事もあっても、この2人がいれば俺自ら出張る必要もなく事無きに終わりそうではあるよな。
 ここはこれから先穏やかに人中で暮す為にも、庇護下に入っておく方がやはり無難か…。
 でもなぁ、なんかこの2人を利用するような気がして素直に頷けないんだよなぁ。


「スルジュ、何も深刻に考えなくていい。我々が好きで勝手にやっているだけだと捉えて利用しても構わない」

「そうだね、アルベルトの言う通りだ。それでも気になるというのなら我々が助けて欲しい時に力を貸してくれたらいいよ」


 力ねぇ…。
 この2人が揃っていれば、俺なんかがしゃしゃり出る事は先ず無いだろうけどね。
 このエリート眼鏡は、それをわかっていて俺に気兼ねしないように言ってくれてんだろうな。
 まぁ、lv4の人間の力なんてはなっから当てにはしてないよな。


「そこまで仰るなら、そうさせて頂きます。グティエレス様、サーラス様よろしくお願いします」

「そうか…良かった。ありがとう…スルジュ」

 ん?何でそこで礼を言うんだろ。
 寧ろ礼を言うのは俺のような…。

「話はまとまって良かったよ。ところでドーン君、これを私に貰えないかい?」


 エンリケさんが摘んでぴらぴらとしている俺が剥がした火傷痕シールが目に入る。
 あんなゴミが欲しいとは物好きとしか思えない。
 いや、待てよ。
 さっき何か企んでいるような気がしたのは、これかっ!
 そういう事か…自分で作ってみたくなったとかそんな感じか。
 どうも魔術師ウィザードてのは、皆探究心が旺盛らしい。昔血盟にいたヤツもそうだったわ。


「ええ、それは構いませんが…でしたら、こちらもどうぞ」


 エンリケさんの前でも隠す必要がなくなったので、目の前でアイテムボックスから未使用の火傷痕シールを1枚取り出すと、テーブルに置き滑らせてエンリケさんへと差し出した。


「おお、使ってない物まで貰えるとはっ!ドーン君、ありがとうっ!しかし、その空間の歪みからアイテムボックスに出し入れするのか…自分の目で実際に見て何だが、実に面妖なのものだね」


 シールを受け取ると早速使用済みの物とを見比べ始めるエンリケさんの様子に、改めてやはり魔術師ウィザードなんだなと実感させられ苦笑した。
 どうやらエンリケさんはアイテムボックスにはあまり興味は無さそうだった。


「スルジュ、いいのか?あれは貴重な物では…」

「ええ、あと200枚程ありますので大丈夫です」


 夢中になっているエンリケさんにまた呆れているアルベルトさんが身を寄せて耳打ちしてきたので、苦笑したまま答えるとその数にアルベルトさんが驚いていた。
 血盟のメンバーたちがハズレだと投げ捨ててたのを拾ってただけなんだよな。


 こうして、俺は何だかんだとあったけどアルベルトさんの庇護下に入りグティエレス家のなんちゃって庭師として働く事になったのである。




 


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多忙と体調不良で更新がかなり遅れましたm(_ _)m

まだまだ暑い日が続くので、皆さまも体調にはお気をつけ下さいませ。



 


 

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