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大怪盗カムラ
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黒龍に挑む人の中には『悪人』と呼ばれる人も存在する。黒龍は強く、それを倒すのが勇者とは限らない。国としては倒せれば職業なんてどうでも良いこと。
故に大盗賊と呼ばれている人もやってくる。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは。かわいらしいお嬢さんですね。ここの店員さんですか?」
「黒龍に挑む直前に休憩をお届けする、しがない宿屋の店主です」
黒龍は全てを破壊する存在。その近くで宿を営むという無謀さに大怪盗と名高いカムラは驚いていた。
「俺はカムラ。ちょっとは実力もある冒険者だ」
「いやいや、あの大怪盗カムラ様ですよね。その身のこなしに心がこもっていない声を聴けばわかりますよ」
「これは驚いた。つまり……」
その瞬間、カムラは店主の後ろに回って腰にぶら下げていたダガーを抜き、店主の首に向かって突き刺そうとした。
が、同時にカムラの首元に果物ナイフが向けられていた。
「君は何者だ?」
「先ほども言いましたが、しがない店主です。ここだとそれなりに強くなれます。今のはご挨拶だと受け取ります。敵意が無いなら、ご飯と一泊の宿の提供をしますよ。
「ここでケガをして、黒龍に挑むのはリスクがあるな。敵意はもう無い。先ほどのは謝罪する」
「謝罪を受け取ります。では、美味しいご飯を用意しますね」
そう言って店主は台所へ行き、料理を始めた。
☆
しばらくするとカムラの前に野菜炒めとスープが出された。それをじっと見た後に、ゆっくりスプーンでスープをすくい、口に運ぶ。野菜から出た良い風味が鼻から抜きで手、しばらく余韻に浸っていた。
野菜炒めも口に運ぶと、香辛料が効いててフォークが止まらなかった。
「俺でも作れそうな料理だと思ったが、香りで違うとわかった。これは王宮の料理に勝る料理だ」
「王宮の料理を食べたことがあるんですか?」
「任務でね」
かつて大怪盗カムラは王宮に忍び込み、国宝の剣を盗もうとした。その際に使用人に変装し侵入したところ、良い香りの料理に抗えず、夢中になって食べてしまったところで見つかって逃亡したという話を店主にした。すると店主はため息をしながらも笑った。
「大怪盗の失敗談はもっとすごい物だと思いました」
「俺も人間ということだ。それに、国宝の短剣は常に女王が持っている。半分諦めていたのさ」
「なぜ短剣を盗もうとしたんですか?」
「黒龍を倒すためさ。ガラン王国の秘宝の短剣は鉱石の精霊が作り出した秘宝。切れない物は無いと聞いて、真っ先に思いついたんだよ」
それを聞いた店主はカムラの装備を見たが、そこには短剣は無かった。代わりに少し長い剣と、丸いガラスの球があった。
「短剣の代わりにこれらで黒龍を倒すのですね?」
その問いにゆっくりと頷く。
剣は特殊な金属で作ったもので、丸い球はとある商人から盗んだ物らしく、精霊や悪魔を封印することができる代物らしい。
「瑠璃色の宝玉は人さえも封印できる禁断の宝玉だ。使うつもりは無いが、あんたに使うこともできる恐ろしい道具だ」
「それは恐ろしい。ですがワタチに使うよりも黒龍に使った方が有意義ですね」
「そうだ。人や悪魔や精霊を封印できる。だが、どの種族でも一度きり。これを作った大魔術師であり魔力化身と呼ばれた者が恐ろしいよ」
そして瑠璃色の球を鞄に入れて食事を続けた。
食事が終わるころに店主は一冊の本を出した。
「これは?」
「ここに来た人に、今の思いや料理の感想を書いてもらおうと思って始めたんです。まだ一人しか書かれていませんが、カムラ様も書いてください」
大怪盗カムラが本を開くと、ほとんどが真っ白だった。しかし最初のページに文字が書かれてあり、そこには剣聖のグランハイツの名が書かれてあった。
各地を救った英雄グランハイツの名は大怪盗カムラも知っていた。表の世界で活躍するのがグランハイツだとすれば、裏の世界はカムラだったからだ。お互い存在は知りつつも出会えば敵対関係となるため、お互いまるで口裏を合わせたかのように避けていた。
一言も会話をしたことも、会ったことも無いのに、ここに来てグランハイツの文字を見るとは思っていなかったカムラは、何度も読み返した。
「なるほど。剣聖は黒龍に負けたんだな」
「遺体は見ていません。ですが、戻っては来ていませんね」
「残念だ。お互い引退したら、一度は酒を交わしたい相手だったよ。まあ、その役目は子孫に託すとしよう」
そしてカムラは自身の名前を書き、メッセージも書いた。
「まるで遺書を書いているかのようだが、死ぬつもりは無いぜ」
「そうですね。瑠璃色の宝玉がありますものね」
「その通りだ」
☆
翌朝。物音をせずにカムラは宿から去っていた。
店主がそれに気が付いたのは、洞窟から巨大な音と熱風が噴出した時だった。
瑠璃色の宝玉は精霊や人間、そして悪魔を封印する禁断の宝玉だが、裏を返せばそれ以外の存在は封印できない。
「撤退もできず、持って来た道具に絶対の信頼を置いて、砕かれる。その時の感情と言うのはどれくらいの物なのでしょうか」
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