9 / 10
藤の花
しおりを挟む「片倉くん、退院おめでとう。これからは無茶して怪我をしないようにね」
少しずつ春の兆しが見え、暖かくなってきた。学校の出席日数をなんとかしてもらい、無事受験を済ませた俺は、ようやくこの日を迎える。
一時期、命の危機に瀕したも関わらす、俺は徐々に回復し、なんと完治したのだ。多くの人が、それを奇跡だと言った。
担当してもらった女医の藤咲先生にお礼を伝え、母と二人、自動ドアを抜ける。先生は最後まで見送ってくれるようだった。
「聖夜、あなた十二月頃、夜中に散歩に行ったこと覚えてる?」
母が冗談を言うように、でも幸せそうにそう聞いてきた。
「覚えてるよ。だって俺、死んでやろうと思ってたから」
すると母は驚きの声をあげて、俺を睨んできた。俺は「未遂だよ未遂」と母をなだめる。
「あの時は、一点しか見れなかったんだ。どうしたら楽になれるのか、そればかり考えてた。だけど、もう大丈夫。二度と自分から死のうなんて思わない。だって俺は、誰かに生かされているから」
母はフッと笑って「なにその名言。誰がそんなこと言ってたの?」と言った。
「うーん。誰だったかな……? 忘れたけど、なんか残ってる」
暖かくて、どこか寂しいこの言葉。きっと、忘れたくても忘れられないだろう。
俺は、鞄についたちりめん紐の藤を見つめた。
“決して離れない”
そんな意味があった気がする。
いつの間にか、俺の元にあった。髪飾りなんて使わないくせに、どうしても捨てられなくて、紐を付け替えキーホルダーにしたのだ。
駐車場で車に荷物を乗せる。すると、垣根の向こうから、ひょこっと顔が現れた。
「あ、グッドタイミング! 退院と合格おめでとー! 水泳部入るの楽しみにしてるね~! この前はわざわざ一人で見に来てくれたもんね~」
「はあ? 聖夜はサッカーだろ。俺がみっちり鍛えてやるよ」
学校説明会の時に出会った、水泳部部長のはる先輩と緑川先輩だった。
水泳なんて全く興味がないのに、どうして行ったのだろう。はる先輩はいい人だけど、面倒臭いから、絡むようになったことを少し後悔した。
「わざわざありがとうございます。でも、どうして二人で?」
俺の質問に、二人は目線を宙に泳がせる。焦れったくなったのか、はる先輩が緑川先輩の手を取り、走り出した。
「二人で藤咲湖に行くの! あそこ恋愛スポットだって聞いたから! じゃあ、また学校でね! バイバイ後輩くん!」
二人は小道に向かって駆けて行った。
付き合ってたのか。デート中なら、わざわざこっちに顔を出さなくてもいいのに。
俺と母は、車に乗り込んだ。エンジンがかかり、動き出す。病院の入口に立つ藤咲先生に、頭を下げた。
これから俺は、大人になるために前へ進み出す。
◇◇◇
小さく頭を下げた子を乗せた車は、駐車場を囲む垣根の外に出て、見えなくなった。
私は白衣のポケットに手を入れ、肩の力を抜く。
「良かったね、エリ。あなたの残したかったもの、ちゃんとあの子の中に残ってたよ」
目に見えなくても、そばにいると思い、呟く。
湖へと繋がる小道には、藤の花が咲き誇っていた。
【完】
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
【完結】君への祈りが届くとき
remo
青春
私は秘密を抱えている。
深夜1時43分。震えるスマートフォンの相手は、ふいに姿を消した学校の有名人。
彼の声は私の心臓を鷲掴みにする。
ただ愛しい。あなたがそこにいてくれるだけで。
あなたの思う電話の相手が、私ではないとしても。
彼を想うと、胸の奥がヒリヒリする。
カフェノートで二十二年前の君と出会えた奇跡(早乙女のことを思い出して
なかじまあゆこ
青春
カフェの二階でカフェノートを見つけた早乙女。そのノートに書かれている内容が楽しくて読み続けているとそれは二十二年前のカフェノートだった。 そして、何気なくそのノートに書き込みをしてみると返事がきた。 これってどういうこと? 二十二年前の君と早乙女は古いカフェノートで出会った。 ちょっと不思議で切なく笑える青春コメディです。それと父との物語。内容は違いますがわたしの父への思いも込めて書きました。
どうぞよろしくお願いします(^-^)/
余命三ヶ月、君に一生分の恋をした
望月くらげ
青春
感情を失う病気、心失病にかかった蒼志は残り三ヶ月とも言われる余命をただ過ぎ去るままに生きていた。
定期検診で病院に行った際、祖母の見舞いに来ていたのだというクラスメイトの杏珠に出会う。
杏珠の祖母もまた病気で余命三ヶ月と診断されていた。
「どちらが先に死ぬかな」
そう口にした蒼志に杏珠は「生きたいと思っている祖母と諦めているあなたを同列に語らないでと怒ると蒼志に言った。
「三ヶ月かけて生きたいと思わせてあげる」と。
けれど、杏珠には蒼志の知らない秘密があって――。
深海の星空
柴野日向
青春
「あなたが、少しでも笑っていてくれるなら、ぼくはもう、何もいらないんです」
ひねくれた孤高の少女と、真面目すぎる新聞配達の少年は、深い海の底で出会った。誰にも言えない秘密を抱え、塞がらない傷を見せ合い、ただ求めるのは、歩む深海に差し込む光。
少しずつ縮まる距離の中、明らかになるのは、少女の最も嫌う人間と、望まれなかった少年との残酷な繋がり。
やがて立ち塞がる絶望に、一縷の希望を見出す二人は、再び手を繋ぐことができるのか。
世界の片隅で、小さな幸福へと手を伸ばす、少年少女の物語。
鬼の子
柚月しずく
青春
鬼の子として生まれた鬼王花純は、ある伝承のせいで、他人どころか両親にさえ恐れられる毎日を過ごしていた。暴言を吐かれることは日常で、誰一人花純に触れてくる者はいない。転校生・渡辺綱は鬼の子と知っても、避ける事なく普通に接してくれた。戸惑いつつも、人として接してくれる綱に惹かれていく。「俺にキスしてよ」そう零した言葉の意味を理解した時、切なく哀しい新たな物語の幕が開ける。
岩にくだけて散らないで
葉方萌生
青春
風間凛は父親の転勤に伴い、高知県竜太刀高校にやってきた。直前に幼なじみの峻から告白されたことをずっと心に抱え、ぽっかりと穴が開いた状態。クラスにもなじめるか不安な中、話しかけてきたのは吉原蓮だった。
蓮は凛の容姿に惹かれ、映像研究会に誘い、モデルとして活動してほしいと頼み込む。やりたいことがなく、新しい環境になじめるか不安だった凛は吉原の求めに応じ、映像研究会に入るが——。
【完結】あきらめきれない恋をした
東 里胡
青春
雪降る入試の日、お守りを無くしてしまった二宮花菜は、他校生の及川空人に助けられ恋をする。
高校生になった花菜は空人と再会するが、彼には一つ年上の春香という彼女がいることを知り早速失恋。
空人の幸せを願い、想いを口にすることなく、友達として付き合っていくことに決めた花菜。
だが、花菜の想いに気づいてしまった春香は、空人に近寄らないでと泣く。
どんな時も良くも悪くもあきらめが悪い花菜だったが、空人のことはあきらめなければと想いを抑え込もうとしたが――。
空人の親友真宙を交え、絡んでいく恋心と同じように花菜の病が加速していく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる