シャボン玉の君に触れる日まで

氷高 ノア

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藤の花

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「片倉くん、退院おめでとう。これからは無茶して怪我をしないようにね」
 少しずつ春の兆しが見え、暖かくなってきた。学校の出席日数をなんとかしてもらい、無事受験を済ませた俺は、ようやくこの日を迎える。
 一時期、命の危機に瀕したも関わらす、俺は徐々に回復し、なんと完治したのだ。多くの人が、それを奇跡だと言った。
 担当してもらった女医の藤咲先生にお礼を伝え、母と二人、自動ドアを抜ける。先生は最後まで見送ってくれるようだった。
「聖夜、あなた十二月頃、夜中に散歩に行ったこと覚えてる?」
 母が冗談を言うように、でも幸せそうにそう聞いてきた。
「覚えてるよ。だって俺、死んでやろうと思ってたから」
 すると母は驚きの声をあげて、俺を睨んできた。俺は「未遂だよ未遂」と母をなだめる。
「あの時は、一点しか見れなかったんだ。どうしたら楽になれるのか、そればかり考えてた。だけど、もう大丈夫。二度と自分から死のうなんて思わない。だって俺は、誰かに生かされているから」
 母はフッと笑って「なにその名言。誰がそんなこと言ってたの?」と言った。
「うーん。誰だったかな……? 忘れたけど、なんか残ってる」
 暖かくて、どこか寂しいこの言葉。きっと、忘れたくても忘れられないだろう。
 俺は、鞄についたちりめん紐の藤を見つめた。
“決して離れない”
 そんな意味があった気がする。
 いつの間にか、俺の元にあった。髪飾りなんて使わないくせに、どうしても捨てられなくて、紐を付け替えキーホルダーにしたのだ。
 駐車場で車に荷物を乗せる。すると、垣根の向こうから、ひょこっと顔が現れた。
「あ、グッドタイミング! 退院と合格おめでとー! 水泳部入るの楽しみにしてるね~! この前はわざわざ一人で見に来てくれたもんね~」
「はあ? 聖夜はサッカーだろ。俺がみっちり鍛えてやるよ」
 学校説明会の時に出会った、水泳部部長のはる先輩と緑川先輩だった。
 水泳なんて全く興味がないのに、どうして行ったのだろう。はる先輩はいい人だけど、面倒臭いから、絡むようになったことを少し後悔した。
「わざわざありがとうございます。でも、どうして二人で?」
 俺の質問に、二人は目線を宙に泳がせる。焦れったくなったのか、はる先輩が緑川先輩の手を取り、走り出した。
「二人で藤咲湖に行くの! あそこ恋愛スポットだって聞いたから! じゃあ、また学校でね! バイバイ後輩くん!」
 二人は小道に向かって駆けて行った。
 付き合ってたのか。デート中なら、わざわざこっちに顔を出さなくてもいいのに。
 俺と母は、車に乗り込んだ。エンジンがかかり、動き出す。病院の入口に立つ藤咲先生に、頭を下げた。
 これから俺は、大人になるために前へ進み出す。
 
◇◇◇

 小さく頭を下げた子を乗せた車は、駐車場を囲む垣根の外に出て、見えなくなった。
 私は白衣のポケットに手を入れ、肩の力を抜く。
「良かったね、エリ。あなたの残したかったもの、ちゃんとあの子の中に残ってたよ」
 目に見えなくても、そばにいると思い、呟く。
 湖へと繋がる小道には、藤の花が咲き誇っていた。

【完】
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