上 下
19 / 31

第19話 不当な要求

しおりを挟む
「お姉様!」

 実家の廊下を歩いていると背後から突然、妹リリアンの甲高い声が聞こえてきた。久しぶりの再会に、私は驚きつつも立ち止まって振り返る。

 最近、彼女は婚約者のルーカス様の屋敷に入り浸っているようで、あまり実家には戻ってこない。一方、私もジェイミー様の屋敷で過ごすことが多くなり、実家にいる時間も段々と減っていた。そんな事情から、私たち姉妹が顔を合わせる機会はめっきり減ってしまっていた。

「お姉様の保管室に置いてあった物が、全て無くなっていましたよ! 一体どういうことですか?」

 リリアンが早足で近づいてきて、詰め寄るように尋ねてくる。その瞳には、怒気のようなものが宿っていた。

「え? ああ。あそこに置いていたものは全て、ジェイミー様の屋敷に移したのよ」

 ジェイミー様が私のために新しい保管庫を用意してくださり、輸送の費用まで負担してくれたおかげで、大切な品々を問題なく移動することができたのだ。

「私、聞いてませんでしたよ! 勝手に持ち出して、何考えてるんですか!」

 リリアンが不満げに言う。その声は、廊下に響いた。

「えっと……。別に、知らせる必要はないと思ったから」

 妹の剣幕に、戸惑いを隠せない。確かに報告はしていなかったけれど、自分の物を移動するのに、妹の許可を得る必要はないと思ったから。彼女は一瞬、怒った様子を見せたが、すぐに表情を変えて話題を切り替えた。

「まあ、それはいいとして。それよりも、大変なことになったんですから」
「大変なこと?」

 妹の深刻な面持ちに、私は首を傾げる。一体何があったというのだろう。

「私をお披露目するヴァレンタイン家のパーティーが、大失敗に終わったんですよ。装飾や料理の手配がうまくいかなくて、ゲストの評判も散々でした。本当に酷い有様だったんです。お姉様だって、そう思うでしょう?」

 そんな事言われても、私は戸惑ってしまう。リリアンは眉をひそめ、憤慨した様子。

「まあ、大変だったのね……」

 私は同情の言葉をかけるが、リリアンの表情はさらに曇っていく。

「パーティーを台無しにしたのは、あのいけ好かないメイドたちのせいよ。お姉様を慕っていた連中が、私の邪魔をしてきたんですから」

 ヴァレンタイン家のメイドたちは、優秀な人も多かったはず。そう簡単に失敗するとは思えないのだけど。私がヴァレンタイン家を去った後、メイドが入れ替わったのかしら。

「お姉様、人ごとみたいに言わないでください。だって、お姉様にも責任があるんじゃないの? 裏で指示でもしていたんでしょ、メイドたちに」

 リリアンは疑うような目を向けてくる。まるで私が、事前に細工でもしていたかのような口ぶりで、疑われる。でも、やっぱり入れ替えたりしていないみたい。それなら、私がお世話になったメイドたちが失敗したということ?

 その責任を、私に押し付ける? 考えてみても、意味がわからない。

「違うわ。私はそんなことしていない。責任なんて」
「ルーカス様は、メイドたちを全員クビにすることに決めたのよ。お姉様の影響を取り除かなきゃ、私たちの未来のためにならないからって」

 リリアンの言葉に、私は愕然とする。大勢の無実のメイドたちが、不当に職を失うことになるなんて。

「ちょっと待って、リリアン。それは、行き過ぎよ! どうしてそんなことに。私、ルーカス様に直接掛け合ってみるわ」

 かつての婚約者との関係は終わったが、世話になったメイドたちが不幸になるのは見過ごせない。何とか助けたい一心で、私はそう告げた。

「なに言ってるんですか、お姉様。ルーカス様が決めたことを、覆すようなマネはやめてください」

 リリアンは冷たく言い放つ。私の言葉に耳を貸す様子はない。

「とにかく、そういうことよ。お姉様のせいで、パーティーは失敗したし、メイドも入れ替えることになった。その損害分を、お姉様が持っている物で支払ってもらうから。覚悟しておいてね」
「は? ちょっと、リリアン……」

 身に覚えのない損害賠償の要求に、私は絶句した。事情も確かめずに、一方的に責任を押し付けられるなんて。

 リリアンはそれ以上話を聞こうとせず、クルリと踵を返して足早に立ち去っていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

何を間違った?【完結済】

maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。 彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。 今真実を聞いて⋯⋯。 愚かな私の後悔の話 ※作者の妄想の産物です 他サイトでも投稿しております

愛されなければお飾りなの?

まるまる⭐️
恋愛
 リベリアはお飾り王太子妃だ。  夫には学生時代から恋人がいた。それでも王家には私の実家の力が必要だったのだ。それなのに…。リベリアと婚姻を結ぶと直ぐ、般例を破ってまで彼女を側妃として迎え入れた。余程彼女を愛しているらしい。結婚前は2人を別れさせると約束した陛下は、私が嫁ぐとあっさりそれを認めた。親バカにも程がある。これではまるで詐欺だ。 そして、その彼が愛する側妃、ルルナレッタは伯爵令嬢。側妃どころか正妃にさえ立てる立場の彼女は今、夫の子を宿している。だから私は王宮の中では、愛する2人を引き裂いた邪魔者扱いだ。  ね? 絵に描いた様なお飾り王太子妃でしょう?   今のところは…だけどね。  結構テンプレ、設定ゆるゆるです。ん?と思う所は大きな心で受け止めて頂けると嬉しいです。

断罪された公爵令嬢に手を差し伸べたのは、私の婚約者でした

カレイ
恋愛
 子爵令嬢に陥れられ第二王子から婚約破棄を告げられたアンジェリカ公爵令嬢。第二王子が断罪しようとするも、証拠を突きつけて見事彼女の冤罪を晴らす男が現れた。男は公爵令嬢に跪き…… 「この機会絶対に逃しません。ずっと前から貴方をお慕いしていましたんです。私と婚約して下さい!」     ええっ!あなた私の婚約者ですよね!?

平凡令嬢は婚約者を完璧な妹に譲ることにした

カレイ
恋愛
 「平凡なお前ではなくカレンが姉だったらどんなに良かったか」  それが両親の口癖でした。  ええ、ええ、確かに私は容姿も学力も裁縫もダンスも全て人並み程度のただの凡人です。体は弱いが何でも器用にこなす美しい妹と比べるとその差は歴然。  ただ少しばかり先に生まれただけなのに、王太子の婚約者にもなってしまうし。彼も妹の方が良かったといつも嘆いております。  ですから私決めました!  王太子の婚約者という席を妹に譲ることを。  

婚約破棄が成立したので遠慮はやめます

カレイ
恋愛
 婚約破棄を喰らった侯爵令嬢が、それを逆手に遠慮をやめ、思ったことをそのまま口に出していく話。

婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい

矢口愛留
恋愛
【全11話】 学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。 しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。 クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。 スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。 ※一話あたり短めです。 ※ベリーズカフェにも投稿しております。

【完結】長年の婚約者を捨て才色兼備の恋人を選んだら全てを失った!

つくも茄子
恋愛
公爵家の跡取り息子ブライアンは才色兼備の子爵令嬢ナディアと恋人になった。美人で頭の良いナディアと家柄は良いが凡庸な婚約者のキャロライン。ブライアンは「公爵夫人はナディアの方が相応しい」と長年の婚約者を勝手に婚約を白紙にしてしまった。一人息子のたっての願いという事で、ブライアンとナディアは婚約。美しく優秀な婚約者を得て鼻高々のブライアンであったが、雲行きは次第に怪しくなり遂には……。 他サイトにも公開中。

目が覚めました 〜奪われた婚約者はきっぱりと捨てました〜

鬱沢色素
恋愛
侯爵令嬢のディアナは学園でのパーティーで、婚約者フリッツの浮気現場を目撃してしまう。 今まで「他の男が君に寄りつかないように」とフリッツに言われ、地味な格好をしてきた。でも、もう目が覚めた。 さようなら。かつて好きだった人。よりを戻そうと言われても今更もう遅い。 ディアナはフリッツと婚約破棄し、好き勝手に生きることにした。 するとアロイス第一王子から婚約の申し出が舞い込み……。

処理中です...