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第2章 学園編
閑話08 鏡桜の場合
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約束の時間まで、もう間もない。
どの服を着ていこうか、朝から迷いに迷っている。女らしくするためにジーパンとシャツというラフな格好は、優君に受けるだろうか。
それともビシッと決めるスラックスにワイシャツで、余裕っぽさを醸し出した服装のほうが良いだろうか。
学園に行くから、単純に制服を着て行くか。でも今日は、休日だから。それとも、それとも……。
あぁ、もう時間がない! 時計を見て焦る。約束した時間に絶対、遅れないようにしないと。1時間ほど迷った結果、一番最初に思いついたらラフな格好で行くことに決めた。
ズボンのポケットに財布だけを入れて、家を出る。財布の中には、預かった部費も入っている。なので、絶対に落とさないようにしないと。
「母さん、ちょっと学園に行ってくるから」
「あれ? あんた、今日は休みじゃないの?」
「部活だよ」
「そう。わかった、行ってらっしゃい」
母さんの適当な返事を背に受けながら家を出る。学園に行く前に、ちょっと用事がある。けれど、それは母さんには言わない。言う必要もない。
電車に乗って、待ち合わせの場所へと到着する。予定の時間より5分ぐらい早めに来たというのに、既に優君は約束の場所で待っていた。
「おはようございます。鏡さん」
「ごめんなさい。遅れちゃったわね」
「いいえ、気にしないで下さい。僕が約束の時間よりも早く来ていただけですから。それに、僕もさっき来たばかりなので大丈夫ですよ」
「そうなの」
優君が私に笑いかけてくれる。待たせてしまったのに彼はなんて優しいのだろう。しかも、漫画でよくあるようなシチュエーションに感動している。
まさか私が、男性とこんな会話を交わせるなんて。嬉しすぎる。
「桜でいいよ、佐藤さん」
「それじゃあ僕も優って呼んでください、桜さん」
「う、うん。優君」
「はい」
なんて幸せな時間なのかしら。休日の朝から私が、こんなに男性と会話するなんて想像していなかった。
「じゃあ、行きますか」
「えぇ。行きましょう」
優君に促されて、学園近くにある商店街へ行くことになった。
***
「これとこれを買うんで、これとかオマケしてもらえませんか?」
「いいよぉ、これとこれをおまけしてあげる。ついでにこれもあげちゃう」
「ほんとですか? ありがとうございます」
優君は先ほどから、八百屋の女主人と楽しそうにお話しながら買い物をしている。すごく楽しそうにしているので、見ているこっちも嬉しい。意外と女性と話すことに慣れている優君。
「あれ、桜じゃん。何してるの、こんなところで?」
嫌な奴に出会ってしまった。同じクラスに所属している陽キャの美人に分類される女子生徒。肉付きがよくて、髪型もショートが似合うので非常にモテていた。学園の男子生徒からも人気だった。既に彼氏が居るという噂を聞いたことがある。
本当に羨ましい。
そんな彼女は、よくクラスメートの女子たちをイジっていた。私も、ターゲットにされてしまい苦手だった。休日には絶対に会いたくなかった人物。
こんなところで、会ってしまうなんて不運だった。
「……」
話したくない。無視して離れようとしたのに、彼女はちょっとムッとしてこちらに詰め寄ってきて、言う。なんで、わざわざ来たのか。今は放っておいてほしいのに。
「おい、無視すんなよ。ブス」
すると、そこに買い物を終えた優君が戻ってくる。あぁ、なんてタイミングなの。彼女に会わせたくはなかったのに。早く離れるべきだった。
「あっ、佐藤さん。こんなところで出会えるなんて、奇遇ですね!」
すぐに猫を被る彼女に、イラッとする私。それに騙されている男子生徒を、何人か見たことがある。そして、彼女は優君の事を知っていた。彼も、学園で有名だから。もしかしたら、2人は知り合いなのかしら。
だけど彼女に話しかけられた優君は、とても不安そうな表情だった。
「えっと、……こんにちわ」
「どうしたの? せっかく休みの日に会えたのに、そんなに遠慮して」
彼女は勘違いしている。遠慮しているんじゃなくて、彼は怖がっている。ここは、私が助けないと!
「彼、怖がってるでしょ。離れなさいよ」
馴れ馴れしく手を伸ばして、優君に触れようとする彼女の前に立ちふさがる。
「何よ、桜のくせに。用があるのは佐藤さんの方。邪魔しないで」
「……」
睨んでくる彼女に、視線を返す。
「ねぇ、佐藤さん。これから私と遊びに行かない?」
「え、無理です」
「えっ……」
「この後、用事があるので」
「……そ、そうなの」
優君を遊びに誘うが、断られしまう彼女。まさか断られるなんて思っていなかったのか、優君の答えを聞いて少し呆然としていた。
「……フン!」
そして彼女は、不機嫌そうに去っていく。後ろで、ふぅとため息を吐く優君。
「迷惑でしたか?」
「えっ、いえ全然。むしろ、見知らぬ女性から急に迫られて、ビックリしてました。だから、とても助かりました」
「そう、よかった」
もしかしたら、迷惑がられるかもしれないとちょっと不安になっていた。だけど、助けに入って良かった。優君が、彼女の誘いを断ってくれた事も本当に嬉しかった。料理部を復興するために、本気で取り組んでくれているのが分かった。
「あっ、買った食材は持ちますよ。貸してください」
「えっ、いいですよ。これは、自分で持ちますよ、これでも男ですから」
いやいや、男だから重い荷物は持っちゃだめなんですよ優君。
「いいから、貸してください。女の私が荷物を持たないで男性の横を歩いていると、私が責められちゃいますから」
まだ悩んでいる優君の手から、無理やり袋を取り上げる。
「……じゃぁ、お願いします」
優君は観念して、私に荷物を預けてくれた。少し重いが、これぐらいなら大丈夫。学園まで頑張って運ぼう。
「それで、さっきの人は誰ですか? クラスメート?」
「うん。彼女は、学園でも人気の美人。優君も、あんな女性が好み?」
聞いてしまった。異性の好みを聞くなんて、少し踏み込みすぎた質問だったかも。質問した後に、ちょっと不安になった。だが彼は、すぐに答えてくれた。
「いや、全然。僕は、桜さんの方が好きですよ」
私の目を見て、真剣にそう言ってくれる。彼はなんて、優しいんだろう。私なんて女性を好きと言ってくれるなんて。人生で初めての経験に、私は全身が痺れるような幸せを感じていた。生きててよかった!
そんなよう会話をしながら、休日の午前中の買い出しは楽しく終わった。そして、私達は学校へ向かった。
どの服を着ていこうか、朝から迷いに迷っている。女らしくするためにジーパンとシャツというラフな格好は、優君に受けるだろうか。
それともビシッと決めるスラックスにワイシャツで、余裕っぽさを醸し出した服装のほうが良いだろうか。
学園に行くから、単純に制服を着て行くか。でも今日は、休日だから。それとも、それとも……。
あぁ、もう時間がない! 時計を見て焦る。約束した時間に絶対、遅れないようにしないと。1時間ほど迷った結果、一番最初に思いついたらラフな格好で行くことに決めた。
ズボンのポケットに財布だけを入れて、家を出る。財布の中には、預かった部費も入っている。なので、絶対に落とさないようにしないと。
「母さん、ちょっと学園に行ってくるから」
「あれ? あんた、今日は休みじゃないの?」
「部活だよ」
「そう。わかった、行ってらっしゃい」
母さんの適当な返事を背に受けながら家を出る。学園に行く前に、ちょっと用事がある。けれど、それは母さんには言わない。言う必要もない。
電車に乗って、待ち合わせの場所へと到着する。予定の時間より5分ぐらい早めに来たというのに、既に優君は約束の場所で待っていた。
「おはようございます。鏡さん」
「ごめんなさい。遅れちゃったわね」
「いいえ、気にしないで下さい。僕が約束の時間よりも早く来ていただけですから。それに、僕もさっき来たばかりなので大丈夫ですよ」
「そうなの」
優君が私に笑いかけてくれる。待たせてしまったのに彼はなんて優しいのだろう。しかも、漫画でよくあるようなシチュエーションに感動している。
まさか私が、男性とこんな会話を交わせるなんて。嬉しすぎる。
「桜でいいよ、佐藤さん」
「それじゃあ僕も優って呼んでください、桜さん」
「う、うん。優君」
「はい」
なんて幸せな時間なのかしら。休日の朝から私が、こんなに男性と会話するなんて想像していなかった。
「じゃあ、行きますか」
「えぇ。行きましょう」
優君に促されて、学園近くにある商店街へ行くことになった。
***
「これとこれを買うんで、これとかオマケしてもらえませんか?」
「いいよぉ、これとこれをおまけしてあげる。ついでにこれもあげちゃう」
「ほんとですか? ありがとうございます」
優君は先ほどから、八百屋の女主人と楽しそうにお話しながら買い物をしている。すごく楽しそうにしているので、見ているこっちも嬉しい。意外と女性と話すことに慣れている優君。
「あれ、桜じゃん。何してるの、こんなところで?」
嫌な奴に出会ってしまった。同じクラスに所属している陽キャの美人に分類される女子生徒。肉付きがよくて、髪型もショートが似合うので非常にモテていた。学園の男子生徒からも人気だった。既に彼氏が居るという噂を聞いたことがある。
本当に羨ましい。
そんな彼女は、よくクラスメートの女子たちをイジっていた。私も、ターゲットにされてしまい苦手だった。休日には絶対に会いたくなかった人物。
こんなところで、会ってしまうなんて不運だった。
「……」
話したくない。無視して離れようとしたのに、彼女はちょっとムッとしてこちらに詰め寄ってきて、言う。なんで、わざわざ来たのか。今は放っておいてほしいのに。
「おい、無視すんなよ。ブス」
すると、そこに買い物を終えた優君が戻ってくる。あぁ、なんてタイミングなの。彼女に会わせたくはなかったのに。早く離れるべきだった。
「あっ、佐藤さん。こんなところで出会えるなんて、奇遇ですね!」
すぐに猫を被る彼女に、イラッとする私。それに騙されている男子生徒を、何人か見たことがある。そして、彼女は優君の事を知っていた。彼も、学園で有名だから。もしかしたら、2人は知り合いなのかしら。
だけど彼女に話しかけられた優君は、とても不安そうな表情だった。
「えっと、……こんにちわ」
「どうしたの? せっかく休みの日に会えたのに、そんなに遠慮して」
彼女は勘違いしている。遠慮しているんじゃなくて、彼は怖がっている。ここは、私が助けないと!
「彼、怖がってるでしょ。離れなさいよ」
馴れ馴れしく手を伸ばして、優君に触れようとする彼女の前に立ちふさがる。
「何よ、桜のくせに。用があるのは佐藤さんの方。邪魔しないで」
「……」
睨んでくる彼女に、視線を返す。
「ねぇ、佐藤さん。これから私と遊びに行かない?」
「え、無理です」
「えっ……」
「この後、用事があるので」
「……そ、そうなの」
優君を遊びに誘うが、断られしまう彼女。まさか断られるなんて思っていなかったのか、優君の答えを聞いて少し呆然としていた。
「……フン!」
そして彼女は、不機嫌そうに去っていく。後ろで、ふぅとため息を吐く優君。
「迷惑でしたか?」
「えっ、いえ全然。むしろ、見知らぬ女性から急に迫られて、ビックリしてました。だから、とても助かりました」
「そう、よかった」
もしかしたら、迷惑がられるかもしれないとちょっと不安になっていた。だけど、助けに入って良かった。優君が、彼女の誘いを断ってくれた事も本当に嬉しかった。料理部を復興するために、本気で取り組んでくれているのが分かった。
「あっ、買った食材は持ちますよ。貸してください」
「えっ、いいですよ。これは、自分で持ちますよ、これでも男ですから」
いやいや、男だから重い荷物は持っちゃだめなんですよ優君。
「いいから、貸してください。女の私が荷物を持たないで男性の横を歩いていると、私が責められちゃいますから」
まだ悩んでいる優君の手から、無理やり袋を取り上げる。
「……じゃぁ、お願いします」
優君は観念して、私に荷物を預けてくれた。少し重いが、これぐらいなら大丈夫。学園まで頑張って運ぼう。
「それで、さっきの人は誰ですか? クラスメート?」
「うん。彼女は、学園でも人気の美人。優君も、あんな女性が好み?」
聞いてしまった。異性の好みを聞くなんて、少し踏み込みすぎた質問だったかも。質問した後に、ちょっと不安になった。だが彼は、すぐに答えてくれた。
「いや、全然。僕は、桜さんの方が好きですよ」
私の目を見て、真剣にそう言ってくれる。彼はなんて、優しいんだろう。私なんて女性を好きと言ってくれるなんて。人生で初めての経験に、私は全身が痺れるような幸せを感じていた。生きててよかった!
そんなよう会話をしながら、休日の午前中の買い出しは楽しく終わった。そして、私達は学校へ向かった。
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