女男の世界

キョウキョウ

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第1章 姉妹編

閑話04 佐藤沙希の場合

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 部活から帰る途中。学校から家までの距離を一気に走る。部活で疲れている体を、思いっきり動かし残りの体力をギリギリまで消耗する。いつもの通りだ。

「ただいま!」

 ハァハァと息が乱れて、だいぶ疲れたが心地良い疲労感だった。家に入り、自分の部屋に向かう。自室に辿り着くまで誰とも会わなかった。家に居ないのかな。

 荷物を置いてから、ユニフォームを着替える。上下真っ赤のジャージに身を包む。暖かくて動きやすい服装になった。これが私の部屋着だ。脱いだ服と下着をまとめてかごに入れておく。面倒だけど、後で洗濯機まで持って行かなければ。

 お腹が鳴った。かなりお腹が減っている。時間を見るともうすぐ夕食の時間だけど我慢できそうにないから、何か食べよう。冷蔵庫に何か置いてあるかもしれないかと思って、ダイニングルームに向かう。

 母さんが居るのを見つけたので、声をかける。

「ご飯まだー?」

 くるっとこちらを見る。その顔を見て、やばいと思った。なぜか怒っている。

「サキちゃん、今日当番だったでしょ?なんで捨てに行ってないの」

 指の先に、ゴミ袋がある。確かに、今日ゴミ出し当番だったが朝起きるのが遅れて紗綾に頼んだはずだ。だけど、今口答えすると説教されるに決まっている。ここは、素直に謝っておく。

「ごめんなさい」
「次のゴミの日に捨てておいてね、じゃこの話はこれでおしまい。ご飯はもう少し待っててね」

 紗綾のせいなのに。イライラしていく。紗綾に頼んだのになんで捨てに行ってくれなかったのか。いつもそうだった。私が頼んだのに、無視してやってくれない。

 そこに立っていると物にあたってしまいそうになったので、私は椅子に座ってから落ち着こうとする。

 すると、紗綾がダイニングルームに入ってきた。

 紗綾はちらっと台所を見ると、向かいの一番端の椅子に座った。こっちには目線を一つも向けない。いつもの無視か。

 そんな彼女に、何か言ってやらないと気分が晴れそうにない。

「ゴミ、頼んだのになんで捨てなかった?」
「私の当番じゃないわ」

 ぼそっと答える。自分は悪くないというような紗綾の返答に、怒りがこみ上げてくる。なんて生意気な子だろうか。

「あんたのせいで、母さんに怒られたじゃん」
「私のせいじゃないわよ。当番なのに、ゴミを捨てなかったあなたが悪い」

 じっとしていられなかった。椅子から立ち上がって指を指す。

「だから、朝頼んだのにやらなかったあんたが悪いって言ってんだよ!」
「私は分かったとは言ってないわ。あなたが勝手に頼んだだけ」

 ちっとも慌てず、淡々としている紗綾にまたイライラが募る。

「たまに手伝ってやってるんだから、俺のいうことも聞けよ!」
「勝手に手伝ってるだけでしょ。私は頼んでないわ」

 もう止まれない。怒りが沸々と湧いてくる。

「だからって、助けてやってるのは事実だろ!」
「そんなの、あなたの勝手よ。助けてやったからって今度は私の番なんて、あなたのわがままだわ」

 ああ言えばこう言う。

「くっ」

 謝ろうとしない彼女の態度に歯ぎしりをする、イライラが最高潮に達していた。

 あのイラつく顔を、おもいっきり殴ってやりたい。このままだと、本当にやってしまいそうになる。紗綾の顔から目を逸らして、テーブルを見る。

 過去に殴りかかって、母さんに思い切り怒られたことと、小遣いを減らされたことを思い出して、自分を止める。ここで殴ったら、負けだ。

 飯前に怒られるようなことがあれば、飯抜きにされるだろう。それも辛い。

 イライラで体が震えるのを感じる。息を吸って吐いて、心が落ち着くのを待った。このイラつきは、ご飯を食って落ち着くに限る。そう思って、夕飯の準備をしている母さんの方を見ようとする。



「あっ、優!」

 扉付近に春姉ちゃんが居ることに気が付く。傍らに、優が居た。思わず声が出る。

 母さんから、数日前には目が覚めた事と記憶喪失になっていることは聞いていた。記憶喪失など、テレビの中の出来事だと思っていた。身近な人がそんな状態になってしまうなんて予想もしていないし、本人もめちゃくちゃ大変なんじゃなかろうか。

「帰ってきたんだ、心配したんだぞ! 記憶喪失だって母さんから聞いたけど大丈夫か? 俺のことは、分かる?」
「えっと、沙希さんの事は春お姉ちゃんに聞きました」

 優が答える。いつもの、ぶすっとイライラしたような顔じゃない。返事もなんだか変だと思った。だけど、久しぶりに聞いた優の声は本人に間違いないな。

 優の返事、姉ちゃんに聞いたということは、俺のことも忘れてしまったということだろう。これが、記憶喪失というものなのか。

 一気に身体の力が抜ける。

「そっか、俺のことも忘れてたか」

 忘れられたという事も気になるが、もう一つ気になることがある。

「それよりも! 姉ちゃん、優に近い!」

 姉ちゃんに指を指し抗議する。手を伸ばせば優に触れられる距離。いつもは家族にも警戒して近づけさせない距離だ。姉ちゃんが優の方に手を乗せる。

「なっ!?」

 微かに漏れる、私の声。そんな、彼に接近するなんて羨ましい。

「優は、嫌かい?」
「い、嫌じゃない……です」

 優に質問して、嫌じゃないと言う答えを聞き出す姉ちゃん。

「だ、そうだ。優が良いって言っているから良いんだ」
「ぐっ」

 優の言うことだから、仕方ない。だけど、モヤモヤとする。なんで、姉ちゃんだけあんな距離に近づけて、俺は離れているんだ。ずるい。すると、次に沙綾が近づいて何事か優にささやく。

 いつも先を越される。ここで沙綾に不満を言うと、優に嫌がられるかもしれない。そんなことを思うと、私は何も言えなくなる。出遅れてしまった。

 椅子に座って会話が終わるのを、大人しく待つ。沙綾が彼から手を離すのを見て、すかさず声をかける。

「じゃ、俺の事は姉貴って呼んでくれ」

 沙綾も葵も呼んでくれない呼称。かなりの憧れがある。

「あ、あねき……」

 うつむく優を見て、調子に乗りすぎたかと思う。今の優の感じだと、許してくれると思ったが、やりすぎたか。馴れ馴れしいと思われたかもしれない。

 母さんがご飯を持ってくる。優の興味は、夕飯へと変わったようだ。ほっとする。今の優との距離感が、イマイチつかめない。

 どうしたら良いかを考えながら、今はとりあえず減った腹を満たそうと夕飯を食べ始めた。
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