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第1話 王子の野望と令嬢が望む平穏
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現代とは違った世界に生まれ変わった私たちは今、向かい合って座っていた。
私の名前は、エリザベート・ローゼンベルク。この大げさな名前と家名から分かる通り、貴族の令嬢、ローゼンベルク公爵家の娘の一人である。そして、前世の記憶を持ったまま生まれ変わった転生者だ。
ちなみに、ローゼンベルク公爵家には優秀な兄妹や姉妹がいるので、私は影が薄い存在である。注目されないのは、自由にさせてもらえるというメリットがあった。
そして今、私の目の前に座っている男の名前はアレクサンダー・グランツライヒ。彼も転生者であり、グランツライヒ王国の王子様である。王位継承権の順位は低く、王になれる可能性も限りなく低い。だけど、正真正銘の王子である。
そんな彼と私は、婚約関係だった。けれど、その関係は崩壊しようとしていた。
「本気なの?」
「もちろん、本気だ」
この話は誰にも聞かれないように、声を小さく問いかけた。遠くに控えている侍女たちには聞こえないように小さな声で。彼は、とても真剣な表情で答えた。
「本気で王位を狙っている。俺は、王になりたい」
「そんなことすれば、平穏な暮らしから遠ざかるのに。どうして、そんなことを?」
「王族として生まれてきた俺は、その役目を果たさないといけない。だから王の座を諦めたくないんだ」
「はぁ……」
呆れてしまう。おそらく、側近の者たちにそそのかされたのね。少し前までは私と同じように、平穏を望んでいたのに。周りに影響されて意見を変えるなんて。
なんて簡単な男。周りに言われて、その気になって。その選択が、今後どのようなことになるのか想像できないの? そう思ったが、口には出さない。
そのことよりも他の問題について、問いかける。
「貴方の上には、とても優秀な王子たちがいるのよ? それでも、王になりたいの? 他の王子たちに任せるべきじゃない?」
「助けると約束してくれた人達がいるんだ。彼らを頼れば、俺ならできると思った。そして、転生者である俺にしかできないことがあると思うんだ」
「……」
うんざりする。少し前から、彼が自分の優秀さを周囲にアピールしているのを私も感じていた。このためだったのね。
だけど、その優秀さは前世の知識があるからこそ。早熟しているだけ。今は、ちょっとしたリードで勝てている。でも、本当優秀な人が育ってきた時に対抗できる? 国王になれたとして、本当に王国を統治することができるの? 私には疑問だった。そんな疑問も、私は口に出さずに黙っていた。
「それで、君にも手伝ってほしいんだ。この国を良くするため。同じ転生者として、この世界で生きる人たちが持っていないような知識がある。それを活用していけば、きっと成功する。どうかな?」
「もちろん、お断りよ」
「……どうしても、ダメか?」
「どうしても、ダメ」
おそらく彼は、私の転生者としての知識だけでなく、私が仲良くしている大商人の力も狙っているのでしょうね。
ウィルフレッド。王国内外で様々な商売を手掛ける、若き商人。数々の事業を立ち上げて、優れた商品開発能力と交渉能力、多くの商人や貴族から信頼されている人物である。
資産も、とんでもない額を持っている。下手したら、王族が保有している資産より多いかもしれない。そう思えるぐらい裕福だ。そこまで組織を大きく成長させたのが彼だ。そして私は、彼の成り上がりを少しだけお手伝いした。そんな関係だった。
アレクサンダーは、その力を利用したいのでしょう。彼だけでなくて、彼と一緒に仲良くしている側近たちも。
もちろん、そんなことは許さない。協力したくない。
そもそも、話しておくべき大事な話がある。私たちがお互いを転生者であると認識した時に交わした、大事な約束について。
「つまり、貴方は私との約束をやぶるのね?」
「いや、それは。本当に、申し訳ないと思っている」
気持ちのこもっていない謝罪。不快だった。アレクサンダーにとって約束は、その程度の取り決めだったのね。私は、本気で約束を守りたいと思っていたのに。
「でも、前世の記憶を持ったまま生まれてきたことには、何か意味があるはずだ!」
「そんなの、ないと思うけどね」
この世界には、魔王なんて明確な敵は存在していない。世界の崩壊も感じないし、勇者が現れることもない。自分たちが主要な登場キャラクターだとは思えなかった。
ごくごく普通な世界だった。前世の知識があるのも偶然で、転生者である私たちが出会ったのも偶然。
この世界で、私たちは数多くいる人間の一人でしかないでしょう。ならば、平穏に暮らすのが一番だと思う。もう既に、王子と公爵家の令嬢という恵まれた立場で生きている。これ以上、望むべきじゃない。
お互いが転生者だと気付いたとき、私たちは約束を交わした。自分が転生者だからといって特別だと思わないように、物語の登場人物のように事件に首を突っ込んだりせず、大人しく普通に過ごしましょうと。
王になろうなんて、そんなことをしたら平穏に暮らすことなど不可能になるわよ。つまり、その約束を破ろうとしているアレクサンダー。それが、私は許せなかった。
「どうしても、俺に協力してくれないのか?」
アレクサンダーの問いかけに、私は真っ直ぐに彼の瞳を見つめ返した。
「うん。協力は、できないよ」
きっぱりと言い切る。私の決意は揺るがない。
彼の表情が、一瞬歪んだように見えた。失望と苛立ちが混ざり合ったような複雑な表情。それでも、すぐに引き締まった表情に戻る。
「わかった。では、最後に聞くが……」
アレクサンダーは私の顔をじっと見つめて、一呼吸置いてから続けた。
「君は、俺との婚約を続ける気はないんだな?」
その問いに、私は小さく息を呑んだ。協力しないなら、婚約は破棄する。そういう脅しをしてくるのね。それでも、私の答えは決まっている。
「……そうね。私たちの約束を破るあなたと、婚約を続ける意味はないわね」
言葉を選びながら、私は静かに答えた。私の望みは、平穏な暮らしだけだ。それを脅かすような人と、一緒にいたくない。それが私の本当の気持ち。
アレクサンダーは目を伏せ、しばし沈黙する。
やがて、彼はゆっくりと顔を上げ、凛とした表情で言った。
「ならば、婚約を破棄する」
その言葉は、重く空気に響いた。これが、アレクサンダーの下した判断。私は深々と息を吐き出し、小さく頷いた。
「……わかりました。それが、あなたの選択なら」
もう、後戻りはできない。私たちの間に横たわる溝は、決定的に深まったのだ。
私の名前は、エリザベート・ローゼンベルク。この大げさな名前と家名から分かる通り、貴族の令嬢、ローゼンベルク公爵家の娘の一人である。そして、前世の記憶を持ったまま生まれ変わった転生者だ。
ちなみに、ローゼンベルク公爵家には優秀な兄妹や姉妹がいるので、私は影が薄い存在である。注目されないのは、自由にさせてもらえるというメリットがあった。
そして今、私の目の前に座っている男の名前はアレクサンダー・グランツライヒ。彼も転生者であり、グランツライヒ王国の王子様である。王位継承権の順位は低く、王になれる可能性も限りなく低い。だけど、正真正銘の王子である。
そんな彼と私は、婚約関係だった。けれど、その関係は崩壊しようとしていた。
「本気なの?」
「もちろん、本気だ」
この話は誰にも聞かれないように、声を小さく問いかけた。遠くに控えている侍女たちには聞こえないように小さな声で。彼は、とても真剣な表情で答えた。
「本気で王位を狙っている。俺は、王になりたい」
「そんなことすれば、平穏な暮らしから遠ざかるのに。どうして、そんなことを?」
「王族として生まれてきた俺は、その役目を果たさないといけない。だから王の座を諦めたくないんだ」
「はぁ……」
呆れてしまう。おそらく、側近の者たちにそそのかされたのね。少し前までは私と同じように、平穏を望んでいたのに。周りに影響されて意見を変えるなんて。
なんて簡単な男。周りに言われて、その気になって。その選択が、今後どのようなことになるのか想像できないの? そう思ったが、口には出さない。
そのことよりも他の問題について、問いかける。
「貴方の上には、とても優秀な王子たちがいるのよ? それでも、王になりたいの? 他の王子たちに任せるべきじゃない?」
「助けると約束してくれた人達がいるんだ。彼らを頼れば、俺ならできると思った。そして、転生者である俺にしかできないことがあると思うんだ」
「……」
うんざりする。少し前から、彼が自分の優秀さを周囲にアピールしているのを私も感じていた。このためだったのね。
だけど、その優秀さは前世の知識があるからこそ。早熟しているだけ。今は、ちょっとしたリードで勝てている。でも、本当優秀な人が育ってきた時に対抗できる? 国王になれたとして、本当に王国を統治することができるの? 私には疑問だった。そんな疑問も、私は口に出さずに黙っていた。
「それで、君にも手伝ってほしいんだ。この国を良くするため。同じ転生者として、この世界で生きる人たちが持っていないような知識がある。それを活用していけば、きっと成功する。どうかな?」
「もちろん、お断りよ」
「……どうしても、ダメか?」
「どうしても、ダメ」
おそらく彼は、私の転生者としての知識だけでなく、私が仲良くしている大商人の力も狙っているのでしょうね。
ウィルフレッド。王国内外で様々な商売を手掛ける、若き商人。数々の事業を立ち上げて、優れた商品開発能力と交渉能力、多くの商人や貴族から信頼されている人物である。
資産も、とんでもない額を持っている。下手したら、王族が保有している資産より多いかもしれない。そう思えるぐらい裕福だ。そこまで組織を大きく成長させたのが彼だ。そして私は、彼の成り上がりを少しだけお手伝いした。そんな関係だった。
アレクサンダーは、その力を利用したいのでしょう。彼だけでなくて、彼と一緒に仲良くしている側近たちも。
もちろん、そんなことは許さない。協力したくない。
そもそも、話しておくべき大事な話がある。私たちがお互いを転生者であると認識した時に交わした、大事な約束について。
「つまり、貴方は私との約束をやぶるのね?」
「いや、それは。本当に、申し訳ないと思っている」
気持ちのこもっていない謝罪。不快だった。アレクサンダーにとって約束は、その程度の取り決めだったのね。私は、本気で約束を守りたいと思っていたのに。
「でも、前世の記憶を持ったまま生まれてきたことには、何か意味があるはずだ!」
「そんなの、ないと思うけどね」
この世界には、魔王なんて明確な敵は存在していない。世界の崩壊も感じないし、勇者が現れることもない。自分たちが主要な登場キャラクターだとは思えなかった。
ごくごく普通な世界だった。前世の知識があるのも偶然で、転生者である私たちが出会ったのも偶然。
この世界で、私たちは数多くいる人間の一人でしかないでしょう。ならば、平穏に暮らすのが一番だと思う。もう既に、王子と公爵家の令嬢という恵まれた立場で生きている。これ以上、望むべきじゃない。
お互いが転生者だと気付いたとき、私たちは約束を交わした。自分が転生者だからといって特別だと思わないように、物語の登場人物のように事件に首を突っ込んだりせず、大人しく普通に過ごしましょうと。
王になろうなんて、そんなことをしたら平穏に暮らすことなど不可能になるわよ。つまり、その約束を破ろうとしているアレクサンダー。それが、私は許せなかった。
「どうしても、俺に協力してくれないのか?」
アレクサンダーの問いかけに、私は真っ直ぐに彼の瞳を見つめ返した。
「うん。協力は、できないよ」
きっぱりと言い切る。私の決意は揺るがない。
彼の表情が、一瞬歪んだように見えた。失望と苛立ちが混ざり合ったような複雑な表情。それでも、すぐに引き締まった表情に戻る。
「わかった。では、最後に聞くが……」
アレクサンダーは私の顔をじっと見つめて、一呼吸置いてから続けた。
「君は、俺との婚約を続ける気はないんだな?」
その問いに、私は小さく息を呑んだ。協力しないなら、婚約は破棄する。そういう脅しをしてくるのね。それでも、私の答えは決まっている。
「……そうね。私たちの約束を破るあなたと、婚約を続ける意味はないわね」
言葉を選びながら、私は静かに答えた。私の望みは、平穏な暮らしだけだ。それを脅かすような人と、一緒にいたくない。それが私の本当の気持ち。
アレクサンダーは目を伏せ、しばし沈黙する。
やがて、彼はゆっくりと顔を上げ、凛とした表情で言った。
「ならば、婚約を破棄する」
その言葉は、重く空気に響いた。これが、アレクサンダーの下した判断。私は深々と息を吐き出し、小さく頷いた。
「……わかりました。それが、あなたの選択なら」
もう、後戻りはできない。私たちの間に横たわる溝は、決定的に深まったのだ。
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