妹が自ら手放した騎士の価値~家を出たいと願った令嬢との運命の出会い~

キョウキョウ

文字の大きさ
8 / 22

第8話 自分の役目

しおりを挟む
 扉が開き、数人の侍女たちが料理を運び込んできた。テーブルの上に次々と並べられていく料理の数々に、私は思わず息を呑んだ。昼食にしては、立派すぎる料理。

 香りに誘われ、私のお腹が小さく鳴った。恥ずかしさで頬が熱くなる。少し前まで緊張のあまり食欲など感じていなかったのに、目の前に並べられた料理を見れば、急に空腹感が押し寄せてきた。

 侍女たちは手際よく配膳を終えると、最後にナプキンとカトラリーを丁寧に配置した。

「エドモンド様、エレノア様、お食事の準備ができました」

 侍女の一人が丁寧に告げた。

 私が礼を言おうとした瞬間、ベッドの上のエドモンド様が動き出した。包帯に覆われた体を起こし、端に腰掛けようとする。

「エドモンド様、お手伝いをします」

 私は反射的に席から立ち上がった。父の言葉が脳裏をよぎる。「エドモンド様のお世話をしなさい」そう言われて、私はここにいるのだから。

「必要ない」

 彼の声は冷たく、ピシャリと私の申し出を断った。

 突然の拒絶に、私は一瞬固まった。余計なことを言ってしまったのだろうか。彼の誇りを傷つけてしまったのだろうか。不安がよぎる。

「体は問題なく動く」

 エドモンド様は淡々と言った。そして、その言葉通り、包帯で巻かれた足をスムーズに動かし、テーブルの椅子に移動した。確かに動きに不自由さはなく、自力で食事するのも問題なさそうだった。

 彼は私に一瞥をくれると、そのまま食事を始めた。包帯の巻かれた腕を動かして、口元に料理を運んでいく。

 私は立ったまま、どうすべきか迷っていた。結局、何の役にも立てないようだ。

「君も、遠慮せずに食べるがいい」

 彼は食事の手を止めず、そう言った。

「は、はい……」

 椅子に座り、料理を見つめた。確かにお腹は空いている。でも、何も役に立っていないのに、こんなに豪華な食事をいただいていいのだろうか。

 ためらいながらもフォークを手に取り、サラダを一口。

「美味しい!」

 思わず声が漏れた。一口食べた瞬間、新鮮な野菜の甘みが口の中に広がる。これまで我慢していた空腹感が一気に押し寄せてきた。

「そうか。口に合って良かった」
「あ」

 エドモンド様の声に、私は我に返った。思わず声を出してしまったことに恥ずかしさを覚え、頬が熱くなる。

 しかし、少し顔を上げると、彼の目が柔らかく微笑んでいるように見えた。包帯の隙間から覗く琥珀色の瞳に、優しさが宿っている。

 そんな彼の反応に、私も少しずつ緊張がほぐれ、料理を楽しむことができた。長い間、十分な食事ができなかった体が、一つ一つの味に喜びを覚える。



 気がつけば、私の皿はすっかり空になっていた。

「いい食いっぷりだな」

 エドモンド様の声に、私はハッとした。夢中で食べていたことに気づき、再び恥ずかしさで顔が燃えるようだった。

「ご、ごめんなさい。食べすぎました」

 慌てて謝る私に、彼は首を横に振った。

「いいや。俺が君に、遠慮せずに食ってくれと言ったからな。全く気にしていない」

 その声には、本当に気にしていない雰囲気があった。むしろ、私が食べたことを喜んでいるようにさえ感じた。

「は、はい。ありがとうございます」

 久しぶりに最後まで食べきった満腹感が心地よかった。ヴァンローゼ家での食事はいつも妹に邪魔されて、最後まで食事を終えられたことなど稀だったから。

 それでも、淑女として育てられた身として、会ったばかりの人の前でこんなに食べてしまったことが恥ずかしく、内心で反省していた。

 食事が終わり、侍女たちが静かに片付けを始めた。エドモンド様は一杯の紅茶を前に、窓の外を見つめている。日差しが彼の白い包帯を照らしていた。その姿が、とても優雅だった。見惚れてしまうほど。

 静けさの中で、私は勇気を出して尋ねた。

「私はこれから、どうやってエドモンド様のお世話をすればよろしいでしょうか?」

 彼は紅茶から目を離し、私を見た。

「いや、世話は必要ない」
「っ!」

 拒否されてしまった。やはり役に立たないと思われているのだろうか。だとしたら、私がここに来た意味は何なのか。絶望感が胸を締め付けた。

 彼は続けて言った。

「しばらく仕事に集中する。こうやって顔を合わせる時間もないだろう」
「そう、なのですか」

 エドモンド様から、会えないと言われる。絶望は続く。やっぱり、彼は怒っているのか。妹の代わりなんかで、私のような女が来たから。関わるのを嫌がって、遠ざけようとしているのか。

「君には、ウィンターフェイド家で自由に過ごしてほしい。要望があれば聞く。何かないか?」
「えっと」

 いきなりの質問に、私は言葉に詰まった。

「なんでも良い。言ってくれ」

 彼の眼差しは真剣で、本当に私の希望を聞きたいと思っているようだった。なにか答えないと。

「そ、それじゃあ……。本を」
「本?」
「読書が、好き、なので……」

 ぱっと思いついたことを言ってみる。か細い声になってしまったが、彼は満足そうに頷いた。

「わかった。用意させよう」

 不思議な気持ちが私を包んだ。エドモンド様は私を嫌っているわけではない。むしろ、とても配慮してくれている。どうして?

「仕事が落ち着いたら、会いに行く」

 そう言われて、彼との初めての対面は終わった。自分の立場や役目、どうするべきかを理解できないまま。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

なんでも押し付けてくる妹について

里見知美
恋愛
「ねえ、お姉さま。このリボン欲しい?」 私の一つ下の妹シェリルは、ことある毎に「欲しい?」と言っては、自分がいらなくなったものを押し付けてくる。 しかもお願いっていうんなら譲ってあげる、と上から目線で。 私よりもなんでも先に手に入れておかないと気が済まないのか、私が新品を手に入れるのが気に食わないのか。手に入れてしまえば興味がなくなり、すぐさま私に下げ渡してくるのである。まあ、私は嫡女で、無駄に出費の多い妹に家を食い潰されるわけにはいきませんから、再利用させていただきますが。 でも、見た目の良い妹は、婚約者まで私から掠め取っていった。 こればっかりは、許す気にはなりません。 覚悟しなさいな、姉の渾身の一撃を。 全6話完結済み。

【完結】幼馴染を寵愛する婚約者に見放されたけれど、監視役の手から離れられません

きまま
恋愛
婚約破棄を告げられた令嬢エレリーナ。 婚約破棄の裁定までの間、彼女の「監視役」に任じられたのは、冷静で忠実な側近であり、良き友人のテオエルだった。 同じ日々を重ねるほど、二人の距離は静かに近づいていき—— ※拙い文章です。読みにくい文章があるかもしれません。 ※自分都合の解釈や設定などがあります。ご容赦ください。

(完結)元お義姉様に麗しの王太子殿下を取られたけれど・・・・・・エメリーン編

青空一夏
恋愛
「元お義姉様に麗しの王太子殿下を取られたけれど・・・・・・」の続編。エメリーンの物語です。 以前の☆小説で活躍したガマちゃんズ(☆「お姉様を選んだ婚約者に乾杯」に出演)が出てきます。おとぎ話風かもしれません。 ※ガマちゃんズのご説明 ガマガエル王様は、その昔ロセ伯爵家当主から命を助けてもらったことがあります。それを大変感謝したガマガエル王様は、一族にロセ伯爵家を守ることを命じます。それ以来、ガマガエルは何代にもわたりロセ伯爵家を守ってきました。 このお話しの時点では、前の☆小説のヒロイン、アドリアーナの次男エアルヴァンがロセ伯爵になり、失恋による傷心を癒やす為に、バディド王国の別荘にやって来たという設定になります。長男クロディウスは母方のロセ侯爵を継ぎ、長女クラウディアはムーンフェア国の王太子妃になっていますが、この物語では出てきません(多分) 前の作品を知っていらっしゃる方は是非、読んでいない方もこの機会に是非、お読み頂けると嬉しいです。 国の名前は新たに設定し直します。ロセ伯爵家の国をムーンフェア王国。リトラー侯爵家の国をバディド王国とします。 ムーンフェア国のエアルヴァン・ロセ伯爵がエメリーンの恋のお相手になります。 ※現代的言葉遣いです。時代考証ありません。異世界ヨーロッパ風です。

契約結婚なら「愛さない」なんて条件は曖昧すぎると思うの

七辻ゆゆ
ファンタジー
だからきちんと、お互い納得する契約をしました。完全別居、3年後に離縁、お金がもらえるのをとても楽しみにしていたのですが、愛人さんがやってきましたよ?

(完)人柱にされそうになった聖女は喜んで死にました。

青空一夏
恋愛
ショートショート。早い展開で前編後編で終了。バッドエンド的な展開で暗いです。後味、悪いかも。

(完結)元お義姉様に麗しの王太子殿下を取られたけれど・・・・・・(5話完結)

青空一夏
恋愛
私(エメリーン・リトラー侯爵令嬢)は義理のお姉様、マルガレータ様が大好きだった。彼女は4歳年上でお兄様とは同じ歳。二人はとても仲のいい夫婦だった。 けれどお兄様が病気であっけなく他界し、結婚期間わずか半年で子供もいなかったマルガレータ様は、実家ノット公爵家に戻られる。 マルガレータ様は実家に帰られる際、 「エメリーン、あなたを本当の妹のように思っているわ。この思いはずっと変わらない。あなたの幸せをずっと願っていましょう」と、おっしゃった。 信頼していたし、とても可愛がってくれた。私はマルガレータが本当に大好きだったの!! でも、それは見事に裏切られて・・・・・・ ヒロインは、マルガレータ。シリアス。ざまぁはないかも。バッドエンド。バッドエンドはもやっとくる結末です。異世界ヨーロッパ風。現代的表現。ゆるふわ設定ご都合主義。時代考証ほとんどありません。 エメリーンの回も書いてダブルヒロインのはずでしたが、別作品として書いていきます。申し訳ありません。 元お姉様に麗しの王太子殿下を取られたけれどーエメリーン編に続きます。

[完結]だってあなたが望んだことでしょう?

青空一夏
恋愛
マールバラ王国には王家の血をひくオルグレーン公爵家の二人の姉妹がいる。幼いころから、妹マデリーンは姉アンジェリーナのドレスにわざとジュースをこぼして汚したり、意地悪をされたと嘘をついて両親に小言を言わせて楽しんでいた。 アンジェリーナの生真面目な性格をけなし、勤勉で努力家な姉を本の虫とからかう。妹は金髪碧眼の愛らしい容姿。天使のような無邪気な微笑みで親を味方につけるのが得意だった。姉は栗色の髪と緑の瞳で一見すると妹よりは派手ではないが清楚で繊細な美しさをもち、知性あふれる美貌だ。 やがて、マールバラ王国の王太子妃に二人が候補にあがり、天使のような愛らしい自分がふさわしいと、妹は自分がなると主張。しかし、膨大な王太子妃教育に我慢ができず、姉に代わってと頼むのだがーー

(完結)妹の身代わりの私

青空一夏
恋愛
妹の身代わりで嫁いだ私の物語。 ゆるふわ設定のご都合主義。

処理中です...