妹が自ら手放した騎士の価値~家を出たいと願った令嬢との運命の出会い~

キョウキョウ

文字の大きさ
3 / 22

第3話 妹の婚約相手

しおりを挟む
 いつものように自室で過ごしていた。本の世界に没頭することこそが、この屋敷で生きる唯一の慰めだった。

 読書中は、自分がどこか遠い国の王女様になったり、勇敢な冒険者になったりできる。ヴァンローゼ家の冷遇された長女ではなく、物語の主人公として生きられる時間。古い本を何度も繰り返し読んでいるけれど、いつも楽しい。

 そんな束の間の平穏を破るように、屋敷が急に騒がしくなった。

「あぁぁぁっ、もう! 信じられない!」

 壁越しに聞こえるのは、間違いなく妹の声だった。ヴィヴィアンが何かで大騒ぎをしている。また何か気に入らないことでも起きたのだろうか。ここまで聞こえるなんて。

 読んでいた本を置いて、時計を見る。もう夕食の時間が近い。

「行きたくないけど……」

 時間に遅れれば、また食事抜きにされてしまう。最近はヴィヴィアンが特に意地悪をしてきていて、少しでも遅れると「お姉様が礼儀知らずで」と両親に告げ口して、結果として私は何も食べられなくなるのだ。

 嫌なことが起こりそうな予感はしたが、空腹で倒れたくない。

「……はぁ」

 観念して、私は自室を出た。廊下を歩いていると、玄関ホールから激しい会話が聞こえてきた。

「信じられませんわ! まさか、こんな事になるなんて!!」

 ヴィヴィアンの声だ。普段は愛嬌のある甘い声を使う彼女。だけど、今は明らかに怒りが滲んでいた。

「どうしたというのだ、私の可愛いヴィヴィアン?」

 続いて聞こえたのは父の声。ルカス・ヴァンローゼは娘の機嫌を取るように、優しく問いかけていた。

「お父様! 聞いて下さい。酷いんですよ!」

 私は廊下の角に隠れ、彼らの姿を窺った。玄関ホールには父と母、そしてヴィヴィアンの姿があった。妹は頬を紅潮させ、足を小刻みに踏み鳴らしていた。完全に癇癪を起こしている。

 食堂へは別の廊下からも行ける。彼らに見つからずに通り抜けようと思った瞬間、妹の次の言葉が私の足を止めた。

「私の婚約者であるエドモンド様が、仕事で大失敗して怪我もしたらしいんです!」
「まぁ、それは大変ね」

 母が心配そうな声で応じた。

「だが、彼は騎士だからな。怪我をすることもあるだろう」

 父は論理的に言った。実際、騎士という職業柄、怪我は付き物だろう。

「でもでも、だって!」

 ヴィヴィアンはさらに声を上げた。まるで幼い子供のように足を踏み鳴らす。

 私は少し首を傾げた。婚約者が怪我をしたと聞けば、普通は心配するはず。だけど妹の声には心配の色はなく、むしろ……強く非難しているようだった。

 何か違和感を覚えた私は、そのまま立ち去ることができず、少し気になって会話の続きを聞くことにした。柱の陰に身を隠し、息を殺して耳を澄ます。

「騎士団に大損害を与える失敗をしたらしいのよ!」

 ヴィヴィアンは両手を広げて大げさに言った。

「それに、怪我は包帯で全身ぐるぐる巻きになるほどの大怪我だとか。顔まで傷ついて、しかも、自力では歩けなくなったんですって!」
「なに? そんなに重症なのか……」

 父は眉を寄せて、真剣な表情になった。エドモンド・ウィンターフェイドは名門貴族の息子であり、王国の騎士として将来を嘱望されていた。その彼が大怪我をしたとなれば、確かに大変な事態だ。

 しかし、私の注目はヴィヴィアンの反応に向いていた。心配するどころか、まるで不満を述べているようだった。そんな彼女の態度が、私には理解できない。

 どうして、自分の婚約相手のことを心配してあげないのかしら。とても大変そうなのに。

 そして次の瞬間、ヴィヴィアンの本音が飛び出した。

「私、あの人と結婚するのが嫌になりました」

 結婚したくない。ヴィヴィアンは静かに、しかし決然と言い切った。

「え? どういう事かしら、ヴィヴィアン?」

 母が驚いて尋ねる。

「酷い見た目になって、しかも仕事に失敗するような騎士が婚約の相手なんて、意味ないもん!」

 妹は両手を腰に当て、顎を上げた。

「見た目が悪くなったら、どうやって私と一緒に社交界に出ればいいのよ? しかも仕事に失敗するような人じゃ、出世に響いたでしょうし将来が不安よ! 私、もっと素敵な人と結婚したいの!」

 私は思わず息を呑んだ。その言葉があまりにも残酷で、あまりにも浅はかだったから。

 いつも自慢していた婚約者を、たった一度の怪我と失敗でこんなにも簡単に見捨てるなんて。見た目と地位しか見ていなかったということか。そんな彼女が恐ろしい。

「し、しかしだな、ヴィヴィアン」

 父はたじろぎながらも、諭そうとした。

「婚約するのは決まっていることで。もう既に、お前たちの結婚の日まで決まっていて……ウィンターフェイド侯爵家との約束だ。簡単に破棄できるものではない」
「嫌! 絶対に、嫌よ!」

 ヴィヴィアンは足を踏み鳴らし、両手をみっともなく振り回した。

「私、あの人とは結婚しません。婚約は破棄です!」

 断固として、結婚したくないと言い続ける。ああなってしまったら思い通りになるまで、どうすることも出来ない。最終的にはヴィヴィアンの望んだ通りになってしまい、婚約は破棄されることになるでしょう。

「あっ、そうだわ!」

 彼女の目に、突然閃くような光が宿った。そして、にやりと笑った。その笑顔に、私は背筋に寒気を感じた。

「そうだわ! お姉様が居るじゃありませんか! 私の代わりに、お姉様があの人と結婚すれば全て解決するでしょ?」
「……え?」

 突然のことに、私は思わず声を漏らしてしまった。何故か急に、私は巻き込まれることになってしまったみたい。意味が分からない。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

(完)貴女は私の全てを奪う妹のふりをする他人ですよね?

青空一夏
恋愛
公爵令嬢の私は婚約者の王太子殿下と優しい家族に、気の合う親友に囲まれ充実した生活を送っていた。それは完璧なバランスがとれた幸せな世界。 けれど、それは一人の女のせいで歪んだ世界になっていくのだった。なぜ私がこんな思いをしなければならないの? 中世ヨーロッパ風異世界。魔道具使用により現代文明のような便利さが普通仕様になっている異世界です。

(完)人柱にされそうになった聖女は喜んで死にました。

青空一夏
恋愛
ショートショート。早い展開で前編後編で終了。バッドエンド的な展開で暗いです。後味、悪いかも。

[完結]だってあなたが望んだことでしょう?

青空一夏
恋愛
マールバラ王国には王家の血をひくオルグレーン公爵家の二人の姉妹がいる。幼いころから、妹マデリーンは姉アンジェリーナのドレスにわざとジュースをこぼして汚したり、意地悪をされたと嘘をついて両親に小言を言わせて楽しんでいた。 アンジェリーナの生真面目な性格をけなし、勤勉で努力家な姉を本の虫とからかう。妹は金髪碧眼の愛らしい容姿。天使のような無邪気な微笑みで親を味方につけるのが得意だった。姉は栗色の髪と緑の瞳で一見すると妹よりは派手ではないが清楚で繊細な美しさをもち、知性あふれる美貌だ。 やがて、マールバラ王国の王太子妃に二人が候補にあがり、天使のような愛らしい自分がふさわしいと、妹は自分がなると主張。しかし、膨大な王太子妃教育に我慢ができず、姉に代わってと頼むのだがーー

婚約者を奪っていった彼女は私が羨ましいそうです。こちらはあなたのことなど記憶の片隅にもございませんが。

松ノ木るな
恋愛
 ハルネス侯爵家令嬢シルヴィアは、将来を嘱望された魔道の研究員。  不運なことに、親に決められた婚約者は無類の女好きであった。  研究で忙しい彼女は、女遊びもほどほどであれば目をつむるつもりであったが……  挙式一月前というのに、婚約者が口の軽い彼女を作ってしまった。 「これは三人で、あくまで平和的に、話し合いですね。修羅場は私が制してみせます」   ※7千字の短いお話です。

(完結)あなたが婚約破棄とおっしゃったのですよ? 

青空一夏
恋愛
スワンはチャーリー王子殿下の婚約者。 チャーリー王子殿下は冴えない容姿の伯爵令嬢にすぎないスワンをぞんざいに扱い、ついには婚約破棄を言い渡す。 しかし、チャーリー王子殿下は知らなかった。それは…… これは、身の程知らずな王子がギャフンと言わされる物語です。コメディー調になる予定で す。過度な残酷描写はしません(多分(•́ε•̀;ก)💦) それぞれの登場人物視点から話が展開していく方式です。 異世界中世ヨーロッパ風のゆるふわ設定ご都合主義。タグ途中で変更追加の可能性あり。

(完結)お姉様、私を捨てるの?

青空一夏
恋愛
大好きなお姉様の為に貴族学園に行かず奉公に出た私。なのに、お姉様は・・・・・・ 中世ヨーロッパ風の異世界ですがここは貴族学園の上に上級学園があり、そこに行かなければ女官や文官になれない世界です。現代で言うところの大学のようなもので、文官や女官は○○省で働くキャリア官僚のようなものと考えてください。日本的な価値観も混ざった異世界の姉妹のお話。番の話も混じったショートショート。※獣人の貴族もいますがどちらかというと人間より下に見られている世界観です。

(完結)元お義姉様に麗しの王太子殿下を取られたけれど・・・・・・エメリーン編

青空一夏
恋愛
「元お義姉様に麗しの王太子殿下を取られたけれど・・・・・・」の続編。エメリーンの物語です。 以前の☆小説で活躍したガマちゃんズ(☆「お姉様を選んだ婚約者に乾杯」に出演)が出てきます。おとぎ話風かもしれません。 ※ガマちゃんズのご説明 ガマガエル王様は、その昔ロセ伯爵家当主から命を助けてもらったことがあります。それを大変感謝したガマガエル王様は、一族にロセ伯爵家を守ることを命じます。それ以来、ガマガエルは何代にもわたりロセ伯爵家を守ってきました。 このお話しの時点では、前の☆小説のヒロイン、アドリアーナの次男エアルヴァンがロセ伯爵になり、失恋による傷心を癒やす為に、バディド王国の別荘にやって来たという設定になります。長男クロディウスは母方のロセ侯爵を継ぎ、長女クラウディアはムーンフェア国の王太子妃になっていますが、この物語では出てきません(多分) 前の作品を知っていらっしゃる方は是非、読んでいない方もこの機会に是非、お読み頂けると嬉しいです。 国の名前は新たに設定し直します。ロセ伯爵家の国をムーンフェア王国。リトラー侯爵家の国をバディド王国とします。 ムーンフェア国のエアルヴァン・ロセ伯爵がエメリーンの恋のお相手になります。 ※現代的言葉遣いです。時代考証ありません。異世界ヨーロッパ風です。

(完結)無能なふりを強要された公爵令嬢の私、その訳は?(全3話)

青空一夏
恋愛
私は公爵家の長女で幼い頃から優秀だった。けれどもお母様はそんな私をいつも窘めた。 「いいですか? フローレンス。男性より優れたところを見せてはなりませんよ。女性は一歩、いいえ三歩後ろを下がって男性の背中を見て歩きなさい」 ですって!! そんなのこれからの時代にはそぐわないと思う。だから、お母様のおっしゃることは貴族学園では無視していた。そうしたら家柄と才覚を見込まれて王太子妃になることに決まってしまい・・・・・・ これは、男勝りの公爵令嬢が、愚か者と有名な王太子と愛?を育む話です。(多分、あまり甘々ではない) 前編・中編・後編の3話。お話の長さは均一ではありません。異世界のお話で、言葉遣いやところどころ現代的部分あり。コメディー調。

処理中です...