上 下
33 / 40

第33話 当然

しおりを挟む
「君に酷いことをしてしまった。本当にすまないと思っている。本当に、心の底から反省している。何度でも君に謝る! だから、俺をことを許してくれ。俺のもとに、戻ってきてくれッ!」

 ウォルトン様と御者の二人に捕まった状態で、そんな事を言いながら彼は無理やり手を伸ばして、私の腕を掴もうとしてくる。気味が悪くて、なるべく後ろに下がって距離を取った。絶対に、目の前で喚いている男に触れられたくない。

「ぐっ! ベリンダ! 危ないから、もっと下がって」
「は、はい! ウォルトン様」
「く、くそっ! 邪魔をするなッ!」

 暴れ続ける彼を、なんとか取り押さえようと必死の二人。ウォルトン様は私のことも気遣いながら、どうにか頑張っている。でも、二人だけじゃ抑えきれそうにない。助けが必要だった。

「何度でも頼む! 戻ってきてくれ、ベリンダ! 君の助けが必要なんだよ」
「……」

 どうしましょう。懇願してくる彼の言葉など無視して、私は考える。この近くに、知り合いの貴族が暮らしている屋敷があった。そこまで私が走り、助けを求めに行くか。それとも、近くに衛兵が待機している場所があったはずだ。そこに向かって走るべきか。

 でも、どちらにしても時間がかかるだろう。それまで、二人が取り押さえてられるかどうか……。それよりも先に、馬車から降りないと。扉で暴れている彼を避けて、無事に馬車から降りることが出来るのか。

 どう対処するか考えていると、誰かが駆け寄ってきた。

「いたぞ! こっちだ!!」

 力強い男性の声だった。立派な装備を身に着けた数人の男達が、馬車の周りを取り囲んだ。彼らは一体。

「我々は王国騎士団です。その男を追っていました。後は、我々にお任せ下さい」

 騎士団の紋章を掲げて、本物であることを証明しながら男性は言った。それから、暴れていた男を代わりに取り押さえる。ガッチリ拘束されて、暴れまわっていた男は身動きが取れなくなった。

 それで、ようやくウォルトン様と御者の二人は落ち着くことが出来た。良かった、誰も怪我をしていないみたい。ホッとして、力が抜ける。

「大変、ご迷惑をおかけしました」
「いいえ、大丈夫ですよ」

 頭を下げて謝る王国騎士団の方に、少し疲れ気味のウォルトン様が対応していた。

「詳しい内容は言えないのですが、この男はとある事件を起こした容疑者として事情を聴取している最中でした。まさか、逃亡するとは予想しておらず。こんな場所まで逃げ出してくるなんて」
「そうだったのですか」

 とある事件とはなんだろう? 王国騎士団が関わっているなんて、相当な大事件。興味はあるけれど、あまり関わりたくないから詳しくは聞かないでおいたほうが良さそう。ウォルトン様も、私と同じように思ったのか追求しようとはしなかった。

「とにかく、今回の件は容疑者を逃してしまった我々の責任でもあります。後ほど、正式な謝罪と補償をさせて頂きます」

 丁寧な口調で、王国騎士団の方は説明してくれた。これで一件落着かと安心していると、拘束されている彼が口を開いた。

「ベリンダ、戻ってきてくれ。君の助けが必要なんだ。以前のように、俺を助けてくれ!」

 往生際の悪い男が、まだ諦めずに喚いている。

「こいつめ! 大人しくしろ!」
「離せっ! 俺は、ベリンダと話しをしているんだ! 婚約者のベリンダと!」
「黙っていろ。お前は、犯罪者なんだ」

 王国騎士団の人に抑えられながらも、彼は私に助けを求めて必死だった。それだけ懇願したら、私が助けると思っているのか。馬鹿らしい。もう二度と関わるつもりはない。それに、私は彼の婚約者ではない。

「私はナハティガル男爵家の娘で、婚約相手はウォルトン様です。貴方とは一切関係ありません」
「な……!?」

 私の答えを聞いて、唖然とした表情で固まった彼。そして、そのまま王国騎士団に連れて行かれた。ようやく、静かになった。騒がしい人がいなくなって、落ち着くことが出来る。

「大変だったな、ベリンダ。……どうする? 今日は、屋敷に戻って休もうか?」
「私は大丈夫です。ウォルトン様こそ、大丈夫ですか?」

 私よりも、ウォルトン様の方が大変だった。あんなに暴れる男を取り押さえようと頑張っていたのだから。

「僕も大丈夫だよ。久しぶりに体を動かして、ちょっと疲れた。けれど、何の問題もないよ」

 そう答える彼の表情に嘘はなさそうだ。心配をかけないように、無理をして笑っているわけでは無さそう。本当に、無事で良かった。

「それなら、屋敷に戻る必要はありません。ちゃんと仕事をしましょう」

 面倒な出来事だったけれど、それほど気にすることでもないわ。それよりも今は、任された仕事をきちんとこなすことを考えよう。それが大事だ。ウォルトン様が私の顔をじっくり確認してから、判断を下した。

「わかった。それじゃあ、今日も頑張ろうか」
「えぇ、頑張りましょう」

 そして私達は、当初の予定通りにパーティー会場の下見へ向かった。
しおりを挟む
感想 44

あなたにおすすめの小説

私を売女と呼んだあなたの元に戻るはずありませんよね?

ミィタソ
恋愛
アインナーズ伯爵家のレイナは、幼い頃からリリアナ・バイスター伯爵令嬢に陰湿ないじめを受けていた。 レイナには、親同士が決めた婚約者――アインス・ガルタード侯爵家がいる。 アインスは、その艶やかな黒髪と怪しい色気を放つ紫色の瞳から、令嬢の間では惑わしのアインス様と呼ばれるほど人気があった。 ある日、パーティに参加したレイナが一人になると、子爵家や男爵家の令嬢を引き連れたリリアナが現れ、レイナを貶めるような酷い言葉をいくつも投げかける。 そして、事故に見せかけるようにドレスの裾を踏みつけられたレイナは、転んでしまう。 上まで避けたスカートからは、美しい肌が見える。 「売女め、婚約は破棄させてもらう!」

父の大事な家族は、再婚相手と異母妹のみで、私は元より家族ではなかったようです

珠宮さくら
恋愛
フィロマという国で、母の病を治そうとした1人の少女がいた。母のみならず、その病に苦しむ者は、年々増えていたが、治せる薬はなく、進行を遅らせる薬しかなかった。 その病を色んな本を読んで調べあげた彼女の名前は、ヴァリャ・チャンダ。だが、それで病に効く特効薬が出来上がることになったが、母を救うことは叶わなかった。 そんな彼女が、楽しみにしていたのは隣国のラジェスへの留学だったのだが、そのために必死に貯めていた資金も父に取り上げられ、義母と異母妹の散財のために金を稼げとまで言われてしまう。 そこにヴァリャにとって救世主のように現れた令嬢がいたことで、彼女の人生は一変していくのだが、彼女らしさが消えることはなかった。

許してもらえるだなんて本気で思っているのですか?

風見ゆうみ
恋愛
ネイロス伯爵家の次女であるわたしは、幼い頃から変わった子だと言われ続け、家族だけじゃなく、周りの貴族から馬鹿にされ続けてきた。 そんなわたしを公爵である伯父はとても可愛がってくれていた。 ある日、伯父がお医者様から余命を宣告される。 それを聞いたわたしの家族は、子供のいない伯父の財産が父に入ると考えて豪遊し始める。 わたしの婚約者も伯父の遺産を当てにして、姉に乗り換え、姉は姉で伯父が選んでくれた自分の婚約者をわたしに押し付けてきた。 伯父が亡くなったあと、遺言書が公開され、そこには「遺留分以外の財産全てをリウ・ネイロスに、家督はリウ・ネイロスの婚約者に譲る」と書かれていた。 そのことを知った家族たちはわたしのご機嫌伺いを始める。 え……、許してもらえるだなんて本気で思ってるんですか? ※独特の異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。 ※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。

婚約破棄宣言は別の場所で改めてお願いします

結城芙由奈 
恋愛
【どうやら私は婚約者に相当嫌われているらしい】 「おい!もうお前のような女はうんざりだ!今日こそ婚約破棄させて貰うぞ!」 私は今日も婚約者の王子様から婚約破棄宣言をされる。受け入れてもいいですが…どうせなら、然るべき場所で宣言して頂けますか? ※ 他サイトでも掲載しています

王太子様には優秀な妹の方がお似合いですから、いつまでも私にこだわる必要なんてありませんよ?

木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるラルリアは、優秀な妹に比べて平凡な人間であった。 これといって秀でた点がない彼女は、いつも妹と比較されて、時には罵倒されていたのである。 しかしそんなラルリアはある時、王太子の婚約者に選ばれた。 それに誰よりも驚いたのは、彼女自身である。仮に公爵家と王家の婚約がなされるとしても、その対象となるのは妹だと思っていたからだ。 事実として、社交界ではその婚約は非難されていた。 妹の方を王家に嫁がせる方が有益であると、有力者達は考えていたのだ。 故にラルリアも、婚約者である王太子アドルヴに婚約を変更するように進言した。しかし彼は、頑なにラルリアとの婚約を望んでいた。どうやらこの婚約自体、彼が提案したものであるようなのだ。

妹が嫌がっているからと婚約破棄したではありませんか。それで路頭に迷ったと言われても困ります。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるラナーシャは、妹同伴で挨拶をしに来た婚約者に驚くことになった。 事前に知らされていなかったことであるため、面食らうことになったのである。 しかもその妹は、態度が悪かった。明らかにラナーシャに対して、敵意を抱いていたのだ。 だがそれでも、ラナーシャは彼女を受け入れた。父親がもたらしてくれた婚約を破談してはならないと、彼女は思っていたのだ。 しかしそんな彼女の思いは二人に裏切られることになる。婚約者は、妹が嫌がっているからという理由で、婚約破棄を言い渡してきたのだ。 呆気に取られていたラナーシャだったが、二人の意思は固かった。 婚約は敢え無く破談となってしまったのだ。 その事実に、ラナーシャの両親は憤っていた。 故に相手の伯爵家に抗議した所、既に処分がなされているという返答が返ってきた。 ラナーシャの元婚約者と妹は、伯爵家を追い出されていたのである。 程なくして、ラナーシャの元に件の二人がやって来た。 典型的な貴族であった二人は、家を追い出されてどうしていいかわからず、あろうことかラナーシャのことを頼ってきたのだ。 ラナーシャにそんな二人を助ける義理はなかった。 彼女は二人を追い返して、事なきを得たのだった。

婚約破棄? 私の本当の親は国王陛下なのですが?

マルローネ
恋愛
伯爵令嬢として育ってきたウィンベル・マリストル、17歳。 サンセット・メジラマ侯爵と婚約をしていたが、別の令嬢と婚約するという身勝手な理由で婚約破棄されてしまった。 だが、ウィンベルは実は国王陛下であるゼノン・ダグラスの実の娘だったのだ。 それを知らないサンセットは大変なことをしてしまったわけで。 また、彼の新たな婚約も順風満帆とはいかないようだった……。

婚約破棄、果てにはパーティー追放まで!? 事故死を望まれた私は、第2王子に『聖女』の力を見出され性悪女にざまぁします

アトハ
恋愛
「マリアンヌ公爵令嬢! これ以上貴様の悪行を見過ごすことはできん! 我が剣と誇りにかけて、貴様を断罪する!」  王子から突如突き付けられたのは、身に覚えのない罪状、そして婚約破棄。  更にはモンスターの蔓延る危険な森の中で、私ことマリアンヌはパーティーメンバーを追放されることとなりました。  このまま私がモンスターに襲われて"事故死"すれば、想い人と一緒になれる……という、何とも身勝手かつ非常識な理由で。    パーティーメンバーを追放された私は、森の中で鍋をかき混ぜるマイペースな変人と出会います。  どうにも彼は、私と殿下の様子に詳しいようで。  というかまさか第二王子じゃないですか?  なんでこんなところで、パーティーも組まずにのんびり鍋を食べてるんですかね!?  そして私は、聖女の力なんて持っていないですから。人違いですから!  ※ 他の小説サイト様にも投稿しています

処理中です...