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決断
108話
しおりを挟む翌日、目が覚めた蓮花は身支度を整えて市場の方へと繰り出した。
市場に入ると人々の活気に溢れていた。まるで宮廷で起きた出来事がなかったかのように。
国民たちが心を平穏に暮らせるように。そう言った皇帝の言葉を聞いた後に、楽しそうな市場の様子を見るとちゃんとその言葉が実行できているのを実感できる。
蓮花は色んな人に声を掛けられながら道を進むと、鍛冶屋が出てきた。李星が働く場所だ。邪魔にならないように中を覗くと、火の前で汗を流しながら真剣な表情で鉄を見つめる李星の姿があった。
一段落するまで待とうと、踵を返そうとしたとき。
「……あれ、蓮花?」
一足遅く李星に気付かれてしまった。仕事を中断させてはいけないので手短に声をかけた。
「ごめんね、仕事中に。あともう少しで休憩なら時間貰ってもいいかな」
李星は蓮花の言葉を聞き、何かを察したように頷いた。
「分かった。斜向かいに甘味屋があるだろ。そこでまっててくんね? これで俺の分の団子も頼んどいて」
にかっと歯を見せて笑う李星に蓮花も笑い返し鍛冶屋を後にする。
蓮花は甘味屋ののれんをくぐりながら今日話すべきことを考えて深呼吸した。
「いやー、疲れた! 悪いな、待たせちゃって」
「ううん、こっちこそ急にごめんね。あ、これ李星のだよ」
「ありがとな」
李星はお茶を飲み干した後に団子を一口頬張る。蓮花はそういえば李星は昔から甘いものが好きだったなと思い出す。
「うん、うまい! もう一本頼みたいくらいだな」
こちらに笑いかける李星に頷く。どう切り出そうかと、待っている間考えていたがいい言葉が出てこない。
口を開こうとしては音が出ずまた閉じる。そんなことを何回しただろう。
「もういいって」
「え……」
不意に李星から飛び出た。一瞬意味がわからなかった蓮花だったが、李星の目を見て口を閉じた。
「俺に返事くれようとしたんだよな。蓮花のその顔見てれば分かるよ。蓮花が好きなのは俺じゃないって」
「……李星」
「お前優しいからさ。はっきり言うの辛いだろ」
そう言った李星は新しく貰ったお茶を飲む。
蓮花は李星がくれた逃げ道に甘えてしまいたくなった。でもきちんと自分の言葉で断らないと、自分の気持ちを伝えてくれた李星に申し訳がたたない。
「李星、この前は私の事好きって言ってくれてありがとう。全然そんな素振り気づかなくてすごく、驚いた。」
膝の上に置いた手をぎゅっと握り勇気を絞り出す。
「でも……ごめんなさい。私、好きな人がいるの。身分も、容姿も、心持ちも全然私じゃ釣り合わないくらい素敵な人。でもその人の事が好きなの。あの人が辛い時はそれを半分にしてあげたいし、あの人が嬉しい時はそれを二倍にしてあげたい。あの人を支えたい」
蓮花は振る側の自分が泣く訳には行かない、込み上げてくる涙を目を閉じてやり過ごす。
「それってこの前、明苑が言ってたやつ?」
「……そう」
李星は大きく息を吐き空を見上げた。
「やっぱりかあ。正直あの話聞いた時から俺に望みがないのは分かってた。……でも何もせずに連れて行かれるより出来ることはやってから連れて行かれたいじゃん? だから、あんまに気に病むなよ? お前が落ち込んでたら俺の好きな蓮花じゃねえし」
ポンと背に当てられた李星の手。その優しさに少しの間、蓮花は甘えることにした。
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