芙蓉は後宮で花開く

速見 沙弥

文字の大きさ
上 下
108 / 114
決断

108話

しおりを挟む


 翌日、目が覚めた蓮花は身支度を整えて市場の方へと繰り出した。
 

 市場に入ると人々の活気に溢れていた。まるで宮廷で起きた出来事がなかったかのように。
 国民たちが心を平穏に暮らせるように。そう言った皇帝の言葉を聞いた後に、楽しそうな市場の様子を見るとちゃんとその言葉が実行できているのを実感できる。

 蓮花は色んな人に声を掛けられながら道を進むと、鍛冶屋が出てきた。李星が働く場所だ。邪魔にならないように中を覗くと、火の前で汗を流しながら真剣な表情で鉄を見つめる李星の姿があった。

 一段落するまで待とうと、踵を返そうとしたとき。

「……あれ、蓮花?」

 一足遅く李星に気付かれてしまった。仕事を中断させてはいけないので手短に声をかけた。

「ごめんね、仕事中に。あともう少しで休憩なら時間貰ってもいいかな」

 李星は蓮花の言葉を聞き、何かを察したように頷いた。

「分かった。斜向かいに甘味屋があるだろ。そこでまっててくんね? これで俺の分の団子も頼んどいて」

 にかっと歯を見せて笑う李星に蓮花も笑い返し鍛冶屋を後にする。
 蓮花は甘味屋ののれんをくぐりながら今日話すべきことを考えて深呼吸した。






「いやー、疲れた! 悪いな、待たせちゃって」
「ううん、こっちこそ急にごめんね。あ、これ李星のだよ」
「ありがとな」

 李星はお茶を飲み干した後に団子を一口頬張る。蓮花はそういえば李星は昔から甘いものが好きだったなと思い出す。 

「うん、うまい! もう一本頼みたいくらいだな」

 こちらに笑いかける李星に頷く。どう切り出そうかと、待っている間考えていたがいい言葉が出てこない。

 口を開こうとしては音が出ずまた閉じる。そんなことを何回しただろう。

「もういいって」
「え……」

 不意に李星から飛び出た。一瞬意味がわからなかった蓮花だったが、李星の目を見て口を閉じた。

「俺に返事くれようとしたんだよな。蓮花のその顔見てれば分かるよ。蓮花が好きなのは俺じゃないって」
「……李星」
「お前優しいからさ。はっきり言うの辛いだろ」

 そう言った李星は新しく貰ったお茶を飲む。
 蓮花は李星がくれた逃げ道に甘えてしまいたくなった。でもきちんと自分の言葉で断らないと、自分の気持ちを伝えてくれた李星に申し訳がたたない。

「李星、この前は私の事好きって言ってくれてありがとう。全然そんな素振り気づかなくてすごく、驚いた。」

 膝の上に置いた手をぎゅっと握り勇気を絞り出す。

「でも……ごめんなさい。私、好きな人がいるの。身分も、容姿も、心持ちも全然私じゃ釣り合わないくらい素敵な人。でもその人の事が好きなの。あの人が辛い時はそれを半分にしてあげたいし、あの人が嬉しい時はそれを二倍にしてあげたい。あの人を支えたい」

 蓮花は振る側の自分が泣く訳には行かない、込み上げてくる涙を目を閉じてやり過ごす。
  
「それってこの前、明苑が言ってたやつ?」
「……そう」

 李星は大きく息を吐き空を見上げた。

「やっぱりかあ。正直あの話聞いた時から俺に望みがないのは分かってた。……でも何もせずに連れて行かれるより出来ることはやってから連れて行かれたいじゃん? だから、あんまに気に病むなよ? お前が落ち込んでたら俺の好きな蓮花じゃねえし」
 
 ポンと背に当てられた李星の手。その優しさに少しの間、蓮花は甘えることにした。
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~

tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。 番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。 ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。 そして安定のヤンデレさん☆ ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。 別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

後宮の裏絵師〜しんねりの美術師〜

あきゅう
キャラ文芸
【女絵師×理系官吏が、後宮に隠された謎を解く!】  姫棋(キキ)は、小さな頃から絵師になることを夢みてきた。彼女は絵さえ描けるなら、たとえ後宮だろうと地獄だろうとどこへだって行くし、友人も恋人もいらないと、ずっとそう思って生きてきた。  だが人生とは、まったくもって何が起こるか分からないものである。  夏后国の後宮へ来たことで、姫棋の運命は百八十度変わってしまったのだった。

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる

えくれあ
恋愛
丞相の娘として生まれながら、蔡 重華は生まれ持った髪の色によりそれを認められず使用人のような扱いを受けて育った。 一方、母違いの妹である蔡 鈴麗は父親の愛情を一身に受け、何不自由なく育った。そんな鈴麗は、破格の待遇での皇帝への輿入れが決まる。 しかし、わがまま放題で育った鈴麗は輿入れ当日、後先を考えることなく逃げ出してしまった。困った父は、こんな時だけ重華を娘扱いし、鈴麗が見つかるまで身代わりを務めるように命じる。 皇帝である李 晧月は、後宮の妃嬪たちに全く興味を示さないことで有名だ。きっと重華にも興味は示さず、身代わりだと気づかれることなくやり過ごせると思っていたのだが……

処理中です...