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宴
85話
しおりを挟む参加者が前菜を食べながら演奏を楽しんでいると渓州のご令嬢からの献上品である地酒が振る舞われた。
渓州は水がとても綺麗なことで有名で、その水で作る酒は絶品だと言われている。
酒は男性の給仕係が注ぐようで、飛龍から順に高官、令嬢と回っていくようだ。
飛龍が注がれた酒を一口含む。しばらく口の中で味を堪能した後、小さく頷く。
「うん、やはり渓州の酒は美味いな。久しぶりに飲めて嬉しいよ」
飛龍は微笑みをたたえながら渓州の令嬢に向かって盃を掲げる。令嬢は遠目から見ても嬉しそうにしているのが分かる。
そんな姿を見て蓮花は、ここにいる令嬢達は妃になりたいのだと実感する。家の命令なのか、それとも自らの意思なのかは分からない。けれど妃になるためにどうやって飛龍の気を引こうかと策略を巡らせているのだと今になって気付いた。
それと同時に飛龍に理不尽なもやもやをいだいてしまった。
きっと飛龍は令嬢の策略などお見通しのはず。喜ばせるようにわざわざ本人に向かって笑いかけなくてもいいのに、と。それとも飛龍はこの五人の中から本当に妃を選んでしまうのだろうか。
今日来ている五人全員、飛龍の隣に立ったとしても引けを取らない美人揃いである。
貴族の令嬢ともあればきっと素晴らしい教育を施され、どこに出しても恥ずかしくないような人なのだろう。それに比べて自分は……。
蓮花はそこまで考えてから疑問が生まれた。なぜ自分と比べるのか。自分は飛龍の妃候補にも入っていないのに。
――それは今ここにいる令嬢の誰より、私が飛様の隣にいたいと思っているから。
蓮花はなぜ自分と令嬢を比べたのかの答えに気づき思わず顔に熱が集まる。
しかし次の瞬間、スッとその熱が引く。蓮花が思い出したのは李星の言葉。
《お前の家の事情はこの辺りのやつらだったら大体は軽く知ってるし、知った上でお前に手出そうってやつはいなかったから――》
蓮花の家の事情。借金まみれの威厳のない中級貴族。間違っても第一皇子である飛龍と結ばれることなど有り得ない。
たとえ借金がなくなったとしても、正妃になれるのは上級貴族に決まっている。
蓮花は自分の恋心に気付いたと同時に失恋してしまった。
その事実に口を固く結ぶ。悪い思考に沈んでいきそうになった時、大きな太鼓の音が響いた。
驚いた蓮花は声こそ出さなかったものの、びくっと反応してしまった。皆が舞台に注目していて良かった、と思ったが隣からふっと笑う声が聞こえた。飛龍だ。
「すまない、あまりにも大きな目をするものだから――ふっ」
そう言いつつ漏れる笑い声。普段の蓮花であれば多少拗ねたりするところだろうが、飛龍の笑顔に思わず見とれてしまって機会を逃す。
「蓮花? 怒ったのか?」
小声でそう問いかける飛龍にハッと意識を取り戻した蓮花は小さく首を振る。
そんな蓮花の様子を不思議そうに見ていた飛龍だったがずっと蓮花を見ている訳にも行かないので前を向いた。
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