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動乱
75話
しおりを挟む母が横たわっているはずの寝台が空だという事実に頭が混乱する晋奏。さっきまで寝ていたという風でもなく、ただ空だった。
晋奏は部屋を見渡して、鏡台に目を向けた時違和感に気づく。母が大事にしていた祖母の形見の硝子細工の置物が無くなっている。
毎日鏡台で姿を整える時に目に入ると一日を頑張ろうと思えるのだ、と笑って言っていた姿が目に浮かぶ。
そんな母が置物をしまうはずがないと晋奏に嫌な胸騒ぎが襲いかかる。
慌てて近所にある叔母の家へと向かった。
「すいません! 誰かいませんか!」
ドンドンと扉を叩く音が響く。しばらくすると扉の向こう側から物音がして扉が開いた。
「ちょっと、なんなのよ! 急に来てうるさいわね……。――し、晋奏!?」
扉を開いたのは叔母だった。叔母は羽州にいるはずの甥が目の前に現れたことに驚いていた。
「母さんはどこだ! 家に行ってみたらもぬけの殻じゃないか! ここにいるんだろ!」
叔母を押しのけて奥に入ろうとすると、慌てて肩を掴まれる。
「こっちにも予定ってものがあるんだから、連絡くらいくれないと困るんだよ」
「それは悪かったですけど、早く母さんに会いたいんです! 合わせてください!」
もごもごと晋奏を引き留めようとする叔母にもどかしい気持ちになりながらそう伝えると諦めたような顔で叔母が言い放った。
「ああもう! 姉さんは死んだよ!」
「……え? 何言ってんだよ、この前金の催促してきてただろ! 母さんが死んだなんておかしいだろ!」
そう晋奏が叔母に掴みかかると、どこからそんな力があったのか思いっきり晋奏を突き飛ばす。
「あんたがいない間私が姉さんの世話をしてやったんだよ! 手間賃くらい貰ったっていいじゃないか!」
「まさか、母さんの硝子細工も?!」
「――っうるさいねえ!!」
突き飛ばされた勢いで壁にぶつかった晋奏は叔母の言葉が全く飲み込めずにいた。
必死に母のために働いて、借金をしてまで叔母の分も仕送りをした。それなのにいつからか母が知らぬ間に亡くなっていて、金は叔母に取られていた。
それに気づかず親友を裏切り、逃げてきた自分。晋奏は自分の運と芯ののなさに言葉もなかった。
「母さんの墓はどこだ」
「……集合墓地の所さ。もううちには関わんないでおくれ。手切れ金としてあの金は貰っとくさね」
叔母の言うおかしな言い分に言い返す気力もなく墓地へと向かう。
墓地に着いた晋奏は一列一列墓に刻まれる名前を見ていく。
最後の一番端に来て母の名前を見つけた時、晋奏は崩れ落ちた。信じたくなかったことが現実だった。もう母はこの世にいないのだ。
抱きしめることの出来なくなった母の代わりに墓石に覆い被さる。
晋奏に伝わるのは冷たく固い感触で、より一層虚しさを引き立てていた。
しばらく泣き続けもう涙も出なくなった頃、晋奏はふらふらと歩き始めた。
晋奏が故郷である梠州を離れている間に、村のはずれには賭博場ができていた。ぼうっと見ていると、そこの胴元が晋奏に目をつけ声をかけてきた。
「兄さん、一勝負どうだい? 一攫千金も夢じゃないよ」
「あ、いや俺は金はないからやめとくよ」
そう断りを入れると堂本は肩を組んできた。
「大丈夫ですよ、ここは担保も保証人も無しで金を貸しているんです。儲けが出ればその分で返してもらえればいいですから」
それでも断ろうとしたがあまりにしつこく誘ってくる。晋奏は当面の生活費もなかったため少額だけ借りることにしようと賭博場に足を踏み入れた。
最初は賭博に興味がなかった晋奏も、羽州で賭博をした時の感覚が蘇ってきた。結果が出るまでのあの緊張感と周りの熱気。あの時の刺激は晋奏生きている実感をもたらしていた。
一度だけ、一度だけなら。
気付けば晋奏は丁半の賭けを始めていた。
後ろでいやらしく笑う胴元にも気付かず。
晋奏の心は現実の悪夢を忘れたいという気持ちで溢れていた。現実逃避をしなければ晋奏の心は壊れてしまうと本能的にわかっていたから――。
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