71 / 114
動乱
71話
しおりを挟む雲嵐は飛龍から指示を受けてから数日の間、厨房の方に立ち寄り気づかれないように宇民を観察した。
頭に布巾を巻き、よれた服を着ている細身の男。確かに報告通り笑顔で同僚と交流を深めているようで、周囲の者も悪い感情は持って無さそうだ。
しかし宇民の笑顔を見た雲嵐は貼り付けたような笑顔に違和感を拭えなかった。なんのために偽の経歴を手に入れて毒見役になったのか。
皇帝の料理に異物が混入していたことはほぼ確実だという証拠は雲嵐の元にある。
宇民が一体誰の指示を受けているのか。それによって集めなければいけない証拠が変わってくる。素直に吐いてくれれば良いのだが、と思わず皺がよってしまうのに気付き指で眉間を揉む。
そして雲嵐は翌日、宇民を飛龍の元へと連れて行くとに決めた。
「あなたが宇民さんですか?」
「え? ええ……そうですが」
宇民は突如現れた白猫の獣人に驚く。装いから身分の高い人物であろうとは予想がついた。心臓がばくばくと嫌な音をたて始める。
「貴方にお会いして欲しい方がいるんです。業務に影響がないよう申し伝えておきますので一緒に来ていただけますか?」
柔らかな笑顔でそういう男に頭の中で警報が鳴る。行っては行けないと。それははるか昔に身体の一部と共に消えた獣人としての本能だったのかもしれない。
しかし宇民には拒む手段も、気力も全くなかった。
「ああ、申し遅れました。私は第一皇子の側近で、胡 雲嵐と申します」
そしてその肩書きを聞いた瞬間。宇民は目をつむった。――とうとうこの時が来てしまった、と。
体から吹き出る冷や汗と小さな手の震えが止まらない。宇民はまるで身体中に重りが着いているかのような錯覚を起こした。それほどまでに廊下を進む足取りは重く、息も上手く吸えない。
雲嵐はこちらの様子に気付いていないのか、それとも気付かないフリをしているのか何も言わず先導する。
今日、自分の人生は終わるのだろう。ずっとこの日が来ることを恐れていた。なんの確信もなく皇子の側近がこちらに接触するはずがない。宇民はぼんやりする頭の中で考える。
こんなことになるのであれば……せめて、せめて最後に謝りたい。人生で一番の親友になってくれた――自分が最悪の裏切りをしてしまったあいつに。
宇民の頭には命乞いをする気は全くなく、ただ悔いなく死にたいとそれだけが頭にぐるぐると回っていた。
「さあ、着きました。中には飛龍皇子がいらっしゃいます。気を楽になさってくださいね」
笑顔で宇民に告げる雲嵐の姿が、宇民には死刑の執行を宣言する死神のように見えた。
0
お気に入りに追加
62
あなたにおすすめの小説
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

私と母のサバイバル
だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。
しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。
希望を諦めず森を進もう。
そう決意するシャリーに異変が起きた。
「私、別世界の前世があるみたい」
前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?
皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる
えくれあ
恋愛
丞相の娘として生まれながら、蔡 重華は生まれ持った髪の色によりそれを認められず使用人のような扱いを受けて育った。
一方、母違いの妹である蔡 鈴麗は父親の愛情を一身に受け、何不自由なく育った。そんな鈴麗は、破格の待遇での皇帝への輿入れが決まる。
しかし、わがまま放題で育った鈴麗は輿入れ当日、後先を考えることなく逃げ出してしまった。困った父は、こんな時だけ重華を娘扱いし、鈴麗が見つかるまで身代わりを務めるように命じる。
皇帝である李 晧月は、後宮の妃嬪たちに全く興味を示さないことで有名だ。きっと重華にも興味は示さず、身代わりだと気づかれることなくやり過ごせると思っていたのだが……
男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜
春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!>
宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。
しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——?
「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!
【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜
光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。
それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。
自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。
隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。
それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。
私のことは私で何とかします。
ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。
魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。
もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ?
これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。
表紙はPhoto AC様よりお借りしております。
わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない
鈴宮(すずみや)
恋愛
孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。
しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。
その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?
忌み子と呼ばれた巫女が幸せな花嫁となる日
葉南子
キャラ文芸
第8回キャラ文芸大賞 奨励賞をいただきました!
応援ありがとうございました!
★「忌み子」と蔑まれた巫女の運命が変わる和風シンデレラストーリー★
妖が災厄をもたらしていた時代。
滅妖師《めつようし》が妖を討ち、巫女がその穢れを浄化することで、人々は平穏を保っていた──。
巫女の一族に生まれた結月は、銀色の髪の持ち主だった。
その銀髪ゆえに結月は「忌巫女」と呼ばれ、義妹や叔母、侍女たちから虐げられる日々を送る。
黒髪こそ巫女の力の象徴とされる中で、結月の銀髪は異端そのものだったからだ。
さらに幼い頃から「義妹が見合いをする日に屋敷を出ていけ」と命じられていた。
その日が訪れるまで、彼女は黙って耐え続け、何も望まない人生を受け入れていた。
そして、その見合いの日。
義妹の見合い相手は、滅妖師の名門・霧生院家の次期当主だと耳にする。
しかし自分には関係のない話だと、屋敷最後の日もいつものように淡々と過ごしていた。
そんな中、ふと一頭の蝶が結月の前に舞い降りる──。
※他サイトでも掲載しております

獣人の世界に落ちたら最底辺の弱者で、生きるの大変だけど保護者がイケオジで最強っぽい。
真麻一花
恋愛
私は十歳の時、獣が支配する世界へと落ちてきた。
狼の群れに襲われたところに現れたのは、一頭の巨大な狼。そのとき私は、殺されるのを覚悟した。
私を拾ったのは、獣人らしくないのに町を支配する最強の獣人だった。
なんとか生きてる。
でも、この世界で、私は最低辺の弱者。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる