芙蓉は後宮で花開く

速見 沙弥

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動乱

71話

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 雲嵐は飛龍から指示を受けてから数日の間、厨房の方に立ち寄り気づかれないように宇民を観察した。
 頭に布巾を巻き、よれた服を着ている細身の男。確かに報告通り笑顔で同僚と交流を深めているようで、周囲の者も悪い感情は持って無さそうだ。

 しかし宇民の笑顔を見た雲嵐は貼り付けたような笑顔に違和感を拭えなかった。なんのために偽の経歴を手に入れて毒見役になったのか。
 皇帝の料理に異物が混入していたことはほぼ確実だという証拠は雲嵐の元にある。
 宇民が一体誰の指示を受けているのか。それによって集めなければいけない証拠が変わってくる。素直に吐いてくれれば良いのだが、と思わず皺がよってしまうのに気付き指で眉間を揉む。
 そして雲嵐は翌日、宇民を飛龍の元へと連れて行くとに決めた。




「あなたが宇民さんですか?」
「え? ええ……そうですが」

 宇民は突如現れた白猫の獣人に驚く。装いから身分の高い人物であろうとは予想がついた。心臓がばくばくと嫌な音をたて始める。

「貴方にお会いして欲しい方がいるんです。業務に影響がないよう申し伝えておきますので一緒に来ていただけますか?」

 柔らかな笑顔でそういう男に頭の中で警報が鳴る。行っては行けないと。それははるか昔に身体の一部と共に消えた獣人としての本能だったのかもしれない。
 しかし宇民には拒む手段も、気力も全くなかった。

「ああ、申し遅れました。私は第一皇子の側近で、胡 雲嵐と申します」

 そしてその肩書きを聞いた瞬間。宇民は目をつむった。――とうとうこの時が来てしまった、と。




 体から吹き出る冷や汗と小さな手の震えが止まらない。宇民はまるで身体中に重りが着いているかのような錯覚を起こした。それほどまでに廊下を進む足取りは重く、息も上手く吸えない。
 雲嵐はこちらの様子に気付いていないのか、それとも気付かないフリをしているのか何も言わず先導する。

 今日、自分の人生は終わるのだろう。ずっとこの日が来ることを恐れていた。なんの確信もなく皇子の側近がこちらに接触するはずがない。宇民はぼんやりする頭の中で考える。
 こんなことになるのであれば……せめて、せめて最後に謝りたい。人生で一番の親友になってくれた――自分が最悪の裏切りをしてしまったあいつに。

 宇民の頭には命乞いをする気は全くなく、ただ悔いなく死にたいとそれだけが頭にぐるぐると回っていた。

「さあ、着きました。中には飛龍皇子がいらっしゃいます。気を楽になさってくださいね」

 笑顔で宇民に告げる雲嵐の姿が、宇民には死刑の執行を宣言する死神のように見えた。



 
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