61 / 114
動乱
61話
しおりを挟む紫僑は渧淳から届いた文と小さな小瓶を見る。そして文を広げ読み始める。
【紫僑様、いかがお過ごしでしょうか。
私は貴女と会えない日々がとても長く感じ、二人を隔てるこの後宮という壁を恨めしく思っています。
例の作戦の第一歩が成功したことをご報告致します。万が一のために例の葉物の中和薬をお渡ししておきます。貴女も貴妃である以上、皇帝と食を共にする可能性はあるでしょう。
もし貴女が例の葉物を口にしてしまってもこれがあれば心配ありません。
この文は念の為読んだら燃やすようにお願いします。
貴女が皇帝と共にいる所を考えるだけで嫉妬で狂いそうです。早く貴女を妻にしたい――。
それもあと数ヶ月です。私を信じて待っていてください。
いつでも紫僑様の事を想っています。
―――梠 渧淳】
軽く文に目を通し、興味なさげに横に置く。小瓶を光に透かしにっこり笑う。
「これがあれば私が泰龍様を救って差し上げられる。あの邪魔な皇后は指をくわえて見ていることしか出来ない――こんなに愉快なことはないわ」
ちゃぷちゃぷと揺れる無色透明な液体を大事に持ち箪笥の小さな抽斗《ひきだし》抽斗にしまう。
紫僑は寝台に寝ながらこれまでのことを思い返す。
渧淳は紫僑にとっていいカモだった。十六歳までは渧淳の許嫁としていつか結婚するのだと思っていた。地位もそれなりにあり、お金も潤沢にある。顔も悪くないし、紫僑のことを愛しているとわかっていた。特に不満はなく結婚の日取りを決めようかという頃、紫僑の運命は大きく変わることになる。
それまで皇后しか妻にしないと宣言していた皇帝が臣下達の猛烈な嘆願により妃を娶ることを決めたというのだ。
紫僑はまだ少女だった頃、宴で見かけた皇帝の麗しい姿に心を奪われていた。しかし相手はこの国一番の地位にいて、その横には既に妻がいた。
ずっと想い続けて独り身でいるなんて馬鹿らしい。現実をわかっていた紫僑はそんな態度をおくびにも出さないで渧淳と交流を深めていた。
そんな時に起こったこのお達しは運命なのだと紫僑は思った。まだ婚姻を結んでいない真っ白な時に自分の耳に入るなんて自分がなるべきなのだと言われているようだった。
皇后しか寵愛を得なかったのはきっと皇后しか娶らないと確固たる意思があったから。私が妻になる機会がなかったから皇帝陛下は皇后を寵愛しているだけで、私が妻になれば私にだけ寵愛をくださるはず。
紫僑は父に一生のお願いだと泣いて縋った。父は確かに上級貴族であるため資格はあるが今まで婚約を結んでいた梠家に申し訳が立たないと渋っていた。
しかしいつものおねだりとは様子が違う娘に、大事な一人娘のお願いを叶えてあげたいとついに父が折れる。
梠家には謝罪として大金をはたいて事なきを得た。しかし、渧淳は突然の婚約破棄に激昂し晏家に乗り込んできた。
紫僑は渧淳に向かってさめざめと泣き続けた。私も心苦しい、でもお家のためにはこれが一番なの、と。自分から言い出したのではなく、あくまで一族の総意なのだと。
渧淳はどうにか紫僑を説得しようと駆け落ちまで持ちかけてきたが、紫僑はなんとかなだめ続けた。渧淳は最後には紫僑を強く抱き締めて言った。
「必ず、必ず迎えに行きます。貴女は私の妻だ」
渧淳を説得し、他の候補を押さえつけ紫僑は貴妃の地位についた。しかし後宮での日々は思い描いていたものとは違うものとなる。皇帝は紫僑を迎えても通いつめることはなく、皇后の元へベッタリだった。夜伽はあるが必要最低限。紅龍を授かってからは夜伽はほぼなくなりたまに夕食を共にする程度。
久しぶり夜伽に来てくれたと高鳴っていた鼓動は、女官の噂話で皇后が紫僑の元へ行くように促したと聞きどん底に落ちる。
もうこんな日々はうんざり。あの皇后と第一皇子がいなければきっと紫僑に目を向けてくれる。
まさかここまで来て渧淳がこうも役に立つとは思わなかった。過去の自分を褒めてあげたいと紫僑は思わず笑い声をあげた。
紫僑はいつの間にか寝ていたようで微笑みながら、ふと意識が浮上する。欠伸を漏らしながら伸びをする。
「この部屋とももうすぐでお別れね。私の部屋は皇后の部屋になるのだから。あの女が使っていたものは全て捨てて私好みの部屋にするのが楽しみだわ」
まるで少女のような笑顔で部屋をぐるりと見渡し、紫僑は自分の明るい未来へと思いを馳せていた。
0
お気に入りに追加
60
あなたにおすすめの小説
極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。
猫菜こん
児童書・童話
私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。
だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。
「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」
優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。
……これは一体どういう状況なんですか!?
静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん
できるだけ目立たないように過ごしたい
湖宮結衣(こみやゆい)
×
文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
貸本屋七本三八の譚めぐり
茶柱まちこ
キャラ文芸
【書籍化しました】
【第4回キャラ文芸大賞 奨励賞受賞】
舞台は東端の大国・大陽本帝国(おおひのもとていこく)。
産業、医療、文化の発展により『本』の進化が叫ばれ、『術本』が急激に発展していく一方で、
人の想い、思想、経験、空想を核とした『譚本』は人々の手から離れつつあった、激動の大昌時代。
『譚本』専門の貸本屋・七本屋を営む、無類の本好き店主・七本三八(ななもとみや)が、本に見いられた人々の『譚』を読み解いていく、幻想ミステリー。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜
菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。
まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。
なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに!
この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。
便利屋ブルーヘブン、営業中。~そのお困りごと、大天狗と鬼が解決します~
卯崎瑛珠
キャラ文芸
とあるノスタルジックなアーケード商店街にある、小さな便利屋『ブルーヘブン』。
店主の天さんは、実は天狗だ。
もちろん人間のふりをして生きているが、なぜか問題を抱えた人々が、吸い寄せられるようにやってくる。
「どんな依頼も、断らないのがモットーだからな」と言いつつ、今日も誰かを救うのだ。
神通力に、羽団扇。高下駄に……時々伸びる鼻。
仲間にも、実は大妖怪がいたりして。
コワモテ大天狗、妖怪チート!?で、世直しにいざ参らん!
(あ、いえ、ただの便利屋です。)
-----------------------------
ほっこり・じんわり大賞奨励賞作品です。
カクヨムとノベプラにも掲載しています。
私が美女??美醜逆転世界に転移した私
鍋
恋愛
私の名前は如月美夕。
27才入浴剤のメーカーの商品開発室に勤める会社員。
私は都内で独り暮らし。
風邪を拗らせ自宅で寝ていたら異世界転移したらしい。
転移した世界は美醜逆転??
こんな地味な丸顔が絶世の美女。
私の好みど真ん中のイケメンが、醜男らしい。
このお話は転生した女性が優秀な宰相補佐官(醜男/イケメン)に囲い込まれるお話です。
※ゆるゆるな設定です
※ご都合主義
※感想欄はほとんど公開してます。
異世界召喚されたけどヤバい国だったので逃げ出したら、イケメン騎士様に溺愛されました
平山和人
恋愛
平凡なOLの清水恭子は異世界に集団召喚されたが、見るからに怪しい匂いがプンプンしていた。
騎士団長のカイトの出引きで国を脱出することになったが、追っ手に追われる逃亡生活が始まった。
そうした生活を続けていくうちに二人は相思相愛の関係となり、やがて結婚を誓い合うのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる