芙蓉は後宮で花開く

速見 沙弥

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動乱

61話

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 紫僑は渧淳から届いた文と小さな小瓶を見る。そして文を広げ読み始める。

【紫僑様、いかがお過ごしでしょうか。
 私は貴女と会えない日々がとても長く感じ、二人を隔てるこの後宮という壁を恨めしく思っています。
例の作戦の第一歩が成功したことをご報告致します。万が一のために例の葉物の中和薬をお渡ししておきます。貴女も貴妃である以上、皇帝と食を共にする可能性はあるでしょう。
 もし貴女が例の葉物を口にしてしまってもこれがあれば心配ありません。
 この文は念の為読んだら燃やすようにお願いします。
 貴女が皇帝と共にいる所を考えるだけで嫉妬で狂いそうです。早く貴女を妻にしたい――。
 それもあと数ヶ月です。私を信じて待っていてください。
 いつでも紫僑様の事を想っています。
 ―――梠 渧淳】

 軽く文に目を通し、興味なさげに横に置く。小瓶を光に透かしにっこり笑う。

「これがあれば私が泰龍様を救って差し上げられる。あの邪魔な皇后は指をくわえて見ていることしか出来ない――こんなに愉快なことはないわ」

 ちゃぷちゃぷと揺れる無色透明な液体を大事に持ち箪笥の小さな抽斗《ひきだし》抽斗ひきだしにしまう。

 紫僑は寝台に寝ながらこれまでのことを思い返す。

 

 渧淳は紫僑にとっていいカモだった。十六歳までは渧淳の許嫁としていつか結婚するのだと思っていた。地位もそれなりにあり、お金も潤沢にある。顔も悪くないし、紫僑のことを愛しているとわかっていた。特に不満はなく結婚の日取りを決めようかという頃、紫僑の運命は大きく変わることになる。

 それまで皇后しか妻にしないと宣言していた皇帝が臣下達の猛烈な嘆願により妃を娶ることを決めたというのだ。
 紫僑はまだ少女だった頃、宴で見かけた皇帝の麗しい姿に心を奪われていた。しかし相手はこの国一番の地位にいて、その横には既に妻がいた。
 ずっと想い続けて独り身でいるなんて馬鹿らしい。現実をわかっていた紫僑はそんな態度をおくびにも出さないで渧淳と交流を深めていた。

 そんな時に起こったこのお達しは運命なのだと紫僑は思った。まだ婚姻を結んでいない真っ白な時に自分の耳に入るなんて自分がなるべきなのだと言われているようだった。
 皇后しか寵愛を得なかったのはきっと皇后しか娶らないと確固たる意思があったから。私が妻になる機会がなかったから皇帝陛下は皇后を寵愛しているだけで、私が妻になれば私にだけ寵愛をくださるはず。
 
 紫僑は父に一生のお願いだと泣いて縋った。父は確かに上級貴族であるため資格はあるが今まで婚約を結んでいた梠家に申し訳が立たないと渋っていた。
 しかしいつものおねだりとは様子が違う娘に、大事な一人娘のお願いを叶えてあげたいとついに父が折れる。
 梠家には謝罪として大金をはたいて事なきを得た。しかし、渧淳は突然の婚約破棄に激昂し晏家に乗り込んできた。

 紫僑は渧淳に向かってさめざめと泣き続けた。私も心苦しい、でもお家のためにはこれが一番なの、と。自分から言い出したのではなく、あくまで一族の総意なのだと。
 渧淳はどうにか紫僑を説得しようと駆け落ちまで持ちかけてきたが、紫僑はなんとかなだめ続けた。渧淳は最後には紫僑を強く抱き締めて言った。

「必ず、必ず迎えに行きます。貴女は私の妻だ」

 渧淳を説得し、他の候補を押さえつけ紫僑は貴妃の地位についた。しかし後宮での日々は思い描いていたものとは違うものとなる。皇帝は紫僑を迎えても通いつめることはなく、皇后の元へベッタリだった。夜伽はあるが必要最低限。紅龍を授かってからは夜伽はほぼなくなりたまに夕食を共にする程度。
 久しぶり夜伽に来てくれたと高鳴っていた鼓動は、女官の噂話で皇后が紫僑の元へ行くように促したと聞きどん底に落ちる。
 もうこんな日々はうんざり。あの皇后と第一皇子がいなければきっと紫僑に目を向けてくれる。
  
 まさかここまで来て渧淳がこうも役に立つとは思わなかった。過去の自分を褒めてあげたいと紫僑は思わず笑い声をあげた。


 
 紫僑はいつの間にか寝ていたようで微笑みながら、ふと意識が浮上する。欠伸を漏らしながら伸びをする。

「この部屋とももうすぐでお別れね。私の部屋は皇后の部屋になるのだから。あの女が使っていたものは全て捨てて私好みの部屋にするのが楽しみだわ」

 まるで少女のような笑顔で部屋をぐるりと見渡し、紫僑は自分の明るい未来へと思いを馳せていた。

 
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