芙蓉は後宮で花開く

速見 沙弥

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動乱

58話

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 紅龍は一人自室にこもり机に向かっていた。そこには数々の名前が連なっている。ここ数ヶ月で随分とここにある名前も増えた。その事実に紅龍は薄い笑いを浮かべ、そして今日また一人の名を末尾に書き足す。
 ふうと一息ついて墨が乾いたのを確認し慎重に紙を巻き、鍵付きの箱に納める。

「紅龍様、湖玉です」
「入って」

 扉の外から腹心の部下、湖玉から声がかけられたので入室を許した。入ってきた湖玉があまりに渋い顔をしていたので苦笑する。

「またそんな怖い顔して。眉間の皺が消えなくなるよ」
「私は紅龍様がご無理をなさっていないか心配なだけです。ただでさえ貴妃様と関わると、お辛い思いをされているのに」
「私をそんなに心配してくれる部下は湖玉ぐらいだよ、ありがとう」

 自分が傷ついているように沈痛な面持ちでいる湖玉に表情を和らげる紅龍。湖玉は恐縮だというように頭を下げた。
 紅龍が用意していた茶を飲んで一息つく頃に湖玉が懐から文を差し出してきた。紅龍はそれを受け取って広げる。そこにはここ数ヶ月でよく見るようになった筆跡で文字が綴られていた。

「とうとうか……。決行の時期が決まった」
「そう、ですか。――いつになるかお伺いしてもよろしいでしょうか」
「おおよそ三ヶ月後くらいだろうと。長丁場になるから気を引き締めないと」

 紅龍の言葉にハッとした湖玉はグッと手を握る力が強くなる。この主は小さな体でどれほどの重圧を今感じているのだろう。些細な手助けしかできない自分の立場にふがいない気持ちで溢れる。湖玉のそんな気持ちに気が付いているのか紅龍は湖玉の腕に触れて言った。

「湖玉が味方でいてくれて私も心強い。これからもよろしく頼むよ」
「ありがたきお言葉。この湖玉でできることであれば誠心誠意やらせていただきます」

  しみじみと言う部下の言葉にお互いの信頼関係を改めて確認できた紅龍だった。






 
一方その頃、文の主である人物はつい笑いがこみ上げてくるのを抑えていた。ずっと探していた品がとうとう手に入ったと報告があったのだ。それが手に入らないと計画も前に進めないので尻込みしていたが、その悩みも解消した。

「これで紫僑様を私の妻にでき、私は次期皇帝の父となるのだ……。忌々しい皇帝と第一皇子を排除するのをどれだけ楽しみにしていたか」


 不穏なその言葉に呼応されてか、外の天気が曇りはじめ窓に雨粒がぽつぽつと当たり始める。次第に雨は強まり雷鳴が轟く。

 それは誰の行く先を暗示しているのか――今は誰にも分からない

 

 
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