芙蓉は後宮で花開く

速見 沙弥

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出会い

33話

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「ここはお前みたいなやつが来るところじゃないぞ! さっさと出ていけ!」
「お前が変な髪してるのはこの国のやつじゃないからだろ!」

 次々に発せられる大声に、綉礼は萎縮してしまい何も言うことが出来ない。ここは大人はあまり通らず子供の遊び場になっている所だ。いつもなら近くにいる大人が怒ってくれるのだがそれも期待できない。
 綉礼がどうしようかと思っていると手に持った袋がガキ大将に奪われる。

「あっ! なにするの!」
「何持ってんだよ。なんだこれ? 髪紐か?」

 綉礼の持っていた袋には先程購入した髪紐が入っていた。

「返して!」
「お前変な頭してるんだからこんなん付けても無駄だよ!」
「そうだそうだ! ブス!」
「この髪紐は使っても無駄だから俺が捨てといてやるよ」

 ガキ大将は手を高く上げて髪紐を掲げている。綉礼は取り返そうと必死に飛ぶがあと一歩の所で届かない。泣きたくないのに視界がどんどん潤んでいく。もういっそ諦めてしまおうか、と思った時――。

「あ!何すんだよ!」

 突然ガキ大将が叫んだと思ったら彼の後ろには髪紐を手にした雲嵐がいた。

「雲嵐様……」
「返せよ!」
「元々これはお前のものじゃないだろう」

 雲嵐は手にした髪紐を綉礼に渡す。やっと返ってきたという事にほっとしてそれまで我慢していた涙が零れた。
 
「――!」
「うぅ……」

 しゃくりあげる綉礼に雲嵐は驚いていた。止めようと思ってもなかなか涙はすぐには止まらない。

「お前誰だよ! 邪魔すんなよ!」
「こんな事で女の子を泣かせるなんて男として終わっているな。恥ずかしくないのか」
「お前もこんなやつといると、髪の毛が変になるぞ!」

 ガキ大将の言葉にフッと笑う。ガキ大将は馬鹿にされたのがわかったのか顔を赤くした。

「何笑ってんだよ!」
「この髪の美しさが分からないなんて可哀想だな」
「え?」
「まあ、お前たちには分からなくてもいい。それより二度とこの子に近づくな。もしまた余計な事をしていたら容赦しないからな」

 聞き間違いでなければ今、雲嵐は綉礼の髪を綺麗と言ったような気がする。一瞬の事だったので自分が聞いた言葉が本当に雲嵐から発せられたのか信じられなかった。雲嵐はガキ大将達を睨みつけるとそう言い放った。

「誰がこんな奴に好き好んで近づくかよ!」

 ガキ大将はそう言い捨てて仲間と共に走り去って行った。雲嵐はその姿を見えなくなるまで見ていたかと思うと綉礼の方を振り返った。
 綉礼はお礼を言わなければと言葉を出そうとするが涙が止まらないままなので上手く声が出てこない。

「あ、ありがっと、ございっまし、た」
「怪我はないですか? もう泣かないで」

 雲嵐は懐から手巾しゅきんを出して綉礼の涙を拭ってくれる。

「さあ、帰りますよ」

 雲嵐は綉礼に背を向けて宋家の邸に向かって歩き出そうとする。置いていかれると思った綉礼は思わず目の前にあった白いしっぽの根元を掴んでしまう。

「うわっ! なにするんですか!」
「すいません! 置いて行かれるかと思ってつい……」

 振り返った雲嵐の顔は何故か赤くて先程までガキ大将と対峙していた時と違い、何やら慌てている。

「いいですか、猫獣人のしっぽの根元なんてみだりに触ってはいけません! 分かりましたか!」
「ご、ごめんなさい」

 どうやら綉礼には分からないがしっぽはあまり触って欲しくないところのようだ。助けてもらったのに嫌がることをしてしまった、と落ち込む綉礼。
 するとおもむろに綉礼の手が暖かいものに包まれる。

「これでいいですか?」

 そこには少し照れた顔で綉礼と手を繋ぐ雲嵐がいた。綉礼は嬉しくて満面の笑みで頷く。

 そうして邸に着いた二人は両親にどこに行っていたのかと聞かれたが雲嵐はガキ大将に絡まれたことは内緒にしてくれた。綉礼の気持ちを慮ってそうしてくれたようだ。
 その日から雲嵐は綉礼の特別な人になったのだ――。
 
 
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