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番外編:短編

甘々パンケーキ ―コーデリア―

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※本編その後のコーデリアのお話(2023年3月5日個人サイトで公開)※



 コーデリア・ジリウス、二十五歳。ラモントで働いて二年になります。
 食べるのが大好きなので、ラモントは賄いや試作品を頂ける天国のような職場です。
 ですが仕事の方は、尊敬している先輩のサリダさんやクリエさんのようにお客さんを上手くあしらえませんし、鈍臭くてミスもしょっちゅうします。
 働き始めた頃なんて、メニューを覚えるだけでも大変でしたし、ギルド員の顔と名前を覚えるのはもっと大変でした。
 あまり記憶力は良くないかもしれません。

 ギルド員の皆さんは素晴らしい能力をお持ちの方が多く、よく驚かされます。
 私が落としそうになったお皿を魔法でヒョイッと受けて渡してくれたこともありますし、突然誰もいないテーブルに姿を見せて注文するお化けのような方もいます。
 そのお化けがサリダさんの旦那さんだったとは、口が裂けても言えません。
 でも今はお化けのように突然現れたりすることもなく、きちんと店の入口から入ってきてくれます。


「コーデリア、これ六番ね~」
「はーい」

 レオンさんがカウンターに置いたパンケーキプレートを運ぼうとした私は、メニューのものと違ったためレオンさんに確認の視線を向けました。

「あの、これ……」
「六番はそれでいいのよ」

 自信たっぷりにレオンさんがそう言うのなら間違いないのでしょう。
 私は分かりましたとうなずいて、六番のテーブル、ローゼットさんのところへパンケーキプレートを運びました。

「お待たせいたしましたー!」

 パンケーキプレートをテーブルに置くと、ローゼットさんはすかさず私を見ます。
 そりゃそういう反応になりますよね……。

 ラモントのパンケーキプレートは朝食や昼食向けの甘くないメニューとして、肉やサラダ、それに合うソースが添えられています。
 けれどローゼットさんに出したパンケーキプレートは、生クリームやフルーツが盛り盛りに盛られ、上からチョコレートソースがたっぷりかけてあり、真ん中にはくまさんが描かれています。

 私を見ていたローゼットさんの目はすぐに厨房の方へ向けられました。
 つられてそちらへ視線を向けると、レオンさんがにやにやと笑っています。どうやらレオンさんの悪戯のようです。

「…………」

 ローゼットさんは無表情で何もおっしゃいませんが、きっと困惑しているのでしょう。
 お肉が生クリームとフルーツになってしまったのですから。

「あ、あの、お気に召さなければ交換いたしましょうか……?」
「…………いや。このままで」
「あ……はい」

 そういえば以前、サリダさんが毎週のように林檎ケーキを焼いて持ってきていたので、ローゼットさんは甘い物がお好きなのかもしれません。
 とにかく叱られなくて良かったです。

 その後、接客対応に追われ、気づけばローゼットさんは食べ終えて席を立つところでした。
 片付けに行くと、チョコレートソースや生クリームひとつ残っていない奇麗なプレートに感動してしまいました。とっても美味しかったんでしょうね。

「ごちそうさま。レオンにクリームが多いって伝えておいて」
「あ、分かりました。伝えておきます。ありがとうございました!」

 ローゼットさんはそのまま店の入口へ向かうと、ちょうどそこにサリダさんが現れました。

「ロゼ、ごめん! 待たせちゃった?」

 サリダさんは白いリボンのボウタイが可愛らしいレースのブラウスと、紺色の胸元まで編み上げたコルセットスカートを合わせて、普段目にすることのない可愛いお姿でいらっしゃいます。
 今日は仕事がお休みの日だったので出かけていたみたいですね。

「いや、今出てきたところ。もう髪切ったんだ?」
「毛先を整えただけだから結構早かったでしょ」

 美男美女のお二人が並ぶととても目の保養になります。

「あれ、口の端にクリームついてる。何か食べてきたの?」
「おやつ」
「うふふ、子供みたい。はい」

 サリダさんは指でローゼットさんの口についたクリームを取ると、ローゼットさんがサリダさんの指をペロッと舐めました。

 うわああ、甘――――っ!

 普段、ローゼットさんが笑うところをあまり見たことありませんが、サリダさんの前だとすごく甘い笑顔をされるのですね……。
 ご結婚後もお二人は甘々の生活をされているようで、何故か見ている私の方がドキドキしてしまいます。

「あ、コーデリア。お疲れ様!」

 目が合ったサリダさんは私に笑顔で手を振ってくれました。
 サリダさんの笑顔を見ると何故かほっとするような安心感があります。

「こんにちはサリダさん! お出かけですか?」
「ええ。といっても大体用事は終わって、髪を切ってる間ロゼに待ってもらってたの」

 ふんわりしているサリダさんの黒髪はいつもより艶々で毛先まで美しいです。
 そんなサリダさんを見てローゼットさんが微笑まれています。視線が甘い。

「じゃあコーデリア、仕事頑張って。またね」
「あ、はい、頑張ります!」

 そしてお二人は出ていかれました。
 私もサリダさんのような素敵女子になって、あま~いパンケーキを一緒に食べられる素敵な男性に出会ってみたいものです。

 私はイケメンの中でもちょい悪風な人が好みなのですが、好みドストライクだったあの人は犯罪に手を染めてしまってもういません。
 本当に悪いことをする人はダメダメ。除外です。
 またかっこいい男性に出会えたらいいなあとは思いますが、男性に対する理想だけ高くなっても仕方ないですよね。自分を磨かなきゃ。

 片付けた食器をカウンターに運んで洗い場に持っていくと、レオンさんが近づいてきました。

「何か言ってた?」

 何か……?

「あ。そういえばローゼットさん、クリームが多いとおっしゃっていました」
「そう。胸焼けしたのね」

 そう言ってレオンさんはノートに何か書き込んでいます。
 クリームは一切残さず奇麗に食べられていましたがそれで胸焼けしたんでしょうか。
 ふと会計情報を確認できる魔導具に表示された内容を見ていると、ローゼットさんが食べたパンケーキセットは品名が〝シサク〟に変わっており、金額が〝ゼロリート〟になっています。

 つまり、あれは無料の試作品だったようです。

「前からね、ロゼに甘いパンケーキが食べたいって言われてたのよ」
「へー、ローゼットさんのリクエストだったんですね」
「あんたも食べたかったら後で出してあげるわ」

 物欲しそうな顔をしているように見えたんでしょうか。

「ありがとうございます。でもダイエット中なのでまたの機会に……」

 あのデザートパンケーキもそのうちメニューに登場するのですね。
 食べてみたいところですが、かなり甘そうだったので体重に大打撃を与えそうな危険を感じます。

 するとレオンさんは片眉を上げて私を見ました。
 いつも片方の眉だけ上げるのを私も真似してやってみたことありますが全くできません。どうやって動かしているんでしょう。

「んもう、若い子はみーんなダイエットダイエットって。二、三キロの増減なんて誤差の範囲内よ」
「二、三キロ増えたら入らなくなるスカートとかもありますよ……」
「どんだけピチピチの服着てるの? サリダみたいにゆったりした服を着ればいいじゃない」
「そういえばサリダさんってあんまり体のラインが出る服は着ないですね」
「あの子も下半身デブだとか言って隠してんのよ。健康さえ維持してれば別にデブでもいいじゃない」

 オネエ言葉のレオンさんが言うと不思議とセクハラには聞こえませんが、〝デブでもいい〟に同意はできません。
 それにしてもサリダさんでも体型は気にされていらっしゃるんですね。胸が大きいから太って見えないよういつも服装を工夫されているのかも。

「さ、あんたもう早番終わりでしょ。一枚にしといてあげたから裏で食べてらっしゃい」

 そう言って差し出されたプレートにはパンケーキ一枚の上にクリームとフルーツが控えめに乗っていました。私にはうさぎさんが描かれています。

「わあ、ありがとうございます! それではお先に上がらせていただきますね。お疲れさまでした!」


 休憩室で早速頂きました。
 スフレのようにふわしゅわっととろける生地に甘さ控えめなクリーム、酸味のあるセイルベリーと甘くて瑞々しいポワポワの果実が添えられて。パステルピンクで統一されたフルーツがなんだかお洒落です。

 生地が軽いのであっという間に食べ終えてしまいました。
 食べ終えて何も残っていない皿を見て、ローゼットさんが奇麗に食べた理由に納得がいきます。
 一枚じゃ足りない……!

「あ、コーディ試作品食べたんだ? 美味しかった?」

 同じ早番の皆さんはもう着替え終えて帰るところのようです。

「はい! めちゃくちゃ美味しかったです。皆さん召し上がらなかったんですか?」
「うん。太るし」
「は……っ!」

 あれ!?
 レオンさんに断ったはずなのに、何で食べ終えてしまってるんでしょう?
 私、記憶喪失?

「コーディは甘い物に目がないよねー。美味しそうに食べてたから今度うちも少しだけ試食させてもらおうかなあ。んじゃ、おつかれー!」
「あ、お疲れさまでした……!」

 そうですね。甘い物には目がないと言われても仕方ありません。ダイエットのことなんてパンケーキを前にしたらどこか記憶の彼方ですから。
 素敵女子や素敵彼氏を夢見る前に、私に必要なのは自制心かもしれません。

「美味しかった……。ご馳走さまでした」

 ダイエットはまた明日から頑張ろうと思います。
 

〈終〉
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