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番外編:短編
男運がない彼女 ―クリエ―〈後〉
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「ロゼ、もう時間だから行くわ。送ってくれてありがとう」
「また夜迎えに来るよ」
そう言ってまたキスをする二人。ラブラブか。
というかサリダ、いつの間に……。
「サリダお疲れさま。彼氏できたの?」
二人に近寄って声をかければ、私に気付いていなかったサリダの肩が跳ね上がる。
「あ、お……つかれクリエ! 彼は、この前、最近付き合い始めた人で……」
サリダは目を白黒させながら狼狽えて、頬がほんのりと色付く。
あら可愛い。職場では見せたことのないような顔しちゃって。
ちらりと彼の方へ視線を向けると、何となく見覚えのある人だ。かなり前にラモントの客として来ていて、サリダがよく接客していた気がする。
当時のイメージはぼんやりしていて、サリダがよく接客していた人という印象以外あまり記憶に残っていなかったのに、こうして間近で見るとすんごい男前。何でこんな目を引く人をはっきり覚えてなかったんだろう。
すると私と目が合った彼は爽やかな笑顔で挨拶してきた。
「ローゼット・ベリニークです。以前ここのギルド員だったんで、もしかしたら見覚えあるかもしれないけど」
クールな男前に見えたのに笑顔は少年のような可愛さがあって、笑顔の破壊力が途轍もない。しかも心地良い低音の声。マジで何でこんな目を引く人をはっきり覚えてなかったの!?
「ええ。何となく覚えてるわ。私はクリエ・オーガスタ。サリダと同期なの。よろしくね」
ラモントに来ていたはずなのに不思議と名前には覚えがなくて不躾にジロジロ見てしまったが、彼は嫌な顔一つせず悠然と構えている。
私は目をまん丸くしているサリダに視線を向けた。
「ねえサリダ、いつの間に——」
「あーっ、もう時間だから後でゆっくり話すわ! それじゃロゼ、また夜にねっ」
サリダに背中を押されて建物の中へ入り、そのままラモントへ連れて行かれて仕事が始まった。
たくさん聞きたいことがあったけれどその欲求を抑えながら仕事をする。
ステーキの量を倍にしろという注文や、茸とハーブのホットサラダの茸抜きに、ミルルア貝のスパゲッティソースでパイを作ってくれ、などの要求をぴしゃりと撥ね付けながら、休憩時間になるのをひたすら待った。
「あなたたちいつから付き合ってるの?」
バックヤード横の休憩室で、夜の賄いを頂きながらサリダの話を聞く。
「ええ、と。同棲し始めたのが一週間前で――」
「同棲ーっ! ちょっと待って、いつの間にそんなことにっ」
そういえばしばらくサリダとシフトが被らなくて、話す機会もなかったんだった。
「あはっ、ごめん。バタバタして話すのが遅くなったんだけど……」
彼氏のローゼットさんは、一年以上サリダのことを好きでいてくれたらしく、彼女がギルド員と付き合わないことを知ってウィスコールを辞めたのだという。
そこまでされたらそりゃコロッと落ちるわ。高身長であの顔だし。
「ふうん、サリダって面食いだったのねえ」
「えっ、や、そういうわけじゃないんだけど……、でも、確かに彼は格好いいわよね」
そう話すサリダは漆黒の瞳にきらきら光を宿し、上気したような頬で柔らかく微笑む。幸せな恋をしている顔だ。
「本当に報告が遅くなってごめん。色んな人を紹介してもらったのに……」
謝る必要などないのに、サリダは申し訳なさそうに頭を下げる。
自信を持って紹介できた男なんていなかったのに。それどころかこちらの方が申し訳ない気持ちになる。
「いやいや、こればっかりはご縁だしね。自然に笑えるようになって良かっ――」
自然に、なんて表現はまずかった。サリダは笑顔を貼り付けていた自覚なんてなかったかもしれないのに。
「あなたが幸せそうで安心したわ」
すぐに言い直せば、口の中の物を飲み込んだサリダは熱いお茶をふぅ、と冷まし「ありがとう」と笑う。
何の憂いもないその顔に心から安堵する。それと同時に、恋人の前で笑うサリダを思い出すと少しだけ寂しさを覚えた。
サリダが貼り付けていた作り笑顔を剥がしたのは、彼なんだ。
「クリエ、ごめん。ずっと心配かけてたわよね……。辛いことが色々あったんだけど……その時は誰かに話そうなんて思ってもなくて」
え?
突然サリダが私の気にしていた話題を持ち出し、私は手にしていたフォークを皿に置いた。
私が心配していたことを知っているのは、彼氏くらいだと思ってたのに……。いや、私がサリダの変化に気付いたように、ずっと一緒に働いているサリダの方も私が心配していることに気付いてたんだ。
「でも、もう大丈夫。クリエが今まで何も聞かないでいてくれたの、本当に救われた。……ありがとう」
サリダは笑みを浮かべたまま何のことかは語らず、手にしていたカップをそっとテーブルに置いた。
救われた、なんて……。一人で耐えてそれらを消化するのに、サリダは第三者の干渉を望まなかった。物を壊してしまう性質上、人前で泣けない子だから彼女はそんな選択しかできなかったんだろう。
「サリダは辛いことがあっても一人で耐えるタイプなんだろうなとは思ってた。でも一人で耐えるって選択はあんまりお勧めしないな。どこにも捌け口がなくなってしまったら、塞き止められた感情はどこに行けばいいの? 下手すれば壊れちゃうじゃない」
サリダの手がきゅっとカップを握り締める。
「辛い時は話さなくていいと思う。でもそういう時は、そばにいるくらいできるから声かけてよ。何なら掃除用具入れの小部屋に行く? あそこは壊れる物もないしね」
冗談ぽく言えば黒い瞳が少し潤んだように見えたけど、サリダはくしゃっと破顔して笑った。
「あはっ、ありがとう。……そうね、そうする。また……落ち着いたら色々聞いてくれる?」
「もちろん、いつでも」
サリダが話そうと思ってくれただけでも嬉しかった。今はローゼットさんがいるから、もう私が心配する必要はないだろう。いつか彼女が私に話してくれる日をのんびり待つことにしよう。
そう思うと、すうっと胸のつかえが取れたかのように心が軽くなった。
「それにしてもローゼットさんっていい人そうね。ウィスコール辞めて、今何してるの?」
「ああ、今は何もしてなくてのんびりしてるかな」
何もしていない。
無職……?
「え……。まさか、ヒモ……?」
「あはは、違うわよ。家賃も食費も全部彼が出してくれてるし」
無職なのに生活費全負担……?
「仕事してないんでしょ? 大丈夫なの? 貯金は? もう一緒に住んじゃってるなら、今の状態がずっと続くのは危険だと思うけど……。まさかラブラブすぎて現実的なとこ見えてないとか?」
私がじっと見つめると、サリダは目をぱちぱちと瞬いた。
「そ、んなことは……ないけど……」
あるんだ。
どんなに男前でラブラブだとしても仕事してないなんて……。
サリダはやっぱり男運がないんだ……。
あれこれ問い質しては回答に困るサリダを面白半分、心配半分にたくさん話を聞いた。その大半は惚気話だったけれど。
彼女が私を安心させてくれたのは、それから一月経った頃だった。
そして心配なのがもう一人。
「うっ、うっ、ふ、うう……ぐすっ、ぐす……っ」
ドロウェは部屋に籠もって子供のようにマジ泣きしていた。
デートをして今後もしかしたら恋人関係に発展するかもと淡い期待を寄せていた矢先、サリダに彼氏ができてその期待は儚く消えた。
憧れの女性のように見ているのだと思っていたら本気だったらしい。こんな面倒くさい男、やっぱりサリダに合わなかったなと思ったのは心の内に留めておこう。
ドロウェにも誰かご縁がありますようにと、流れ星に願い事をする程度に祈りながら、片手に酒瓶を持ってあいつの部屋の扉をノックした。
〈終〉
「また夜迎えに来るよ」
そう言ってまたキスをする二人。ラブラブか。
というかサリダ、いつの間に……。
「サリダお疲れさま。彼氏できたの?」
二人に近寄って声をかければ、私に気付いていなかったサリダの肩が跳ね上がる。
「あ、お……つかれクリエ! 彼は、この前、最近付き合い始めた人で……」
サリダは目を白黒させながら狼狽えて、頬がほんのりと色付く。
あら可愛い。職場では見せたことのないような顔しちゃって。
ちらりと彼の方へ視線を向けると、何となく見覚えのある人だ。かなり前にラモントの客として来ていて、サリダがよく接客していた気がする。
当時のイメージはぼんやりしていて、サリダがよく接客していた人という印象以外あまり記憶に残っていなかったのに、こうして間近で見るとすんごい男前。何でこんな目を引く人をはっきり覚えてなかったんだろう。
すると私と目が合った彼は爽やかな笑顔で挨拶してきた。
「ローゼット・ベリニークです。以前ここのギルド員だったんで、もしかしたら見覚えあるかもしれないけど」
クールな男前に見えたのに笑顔は少年のような可愛さがあって、笑顔の破壊力が途轍もない。しかも心地良い低音の声。マジで何でこんな目を引く人をはっきり覚えてなかったの!?
「ええ。何となく覚えてるわ。私はクリエ・オーガスタ。サリダと同期なの。よろしくね」
ラモントに来ていたはずなのに不思議と名前には覚えがなくて不躾にジロジロ見てしまったが、彼は嫌な顔一つせず悠然と構えている。
私は目をまん丸くしているサリダに視線を向けた。
「ねえサリダ、いつの間に——」
「あーっ、もう時間だから後でゆっくり話すわ! それじゃロゼ、また夜にねっ」
サリダに背中を押されて建物の中へ入り、そのままラモントへ連れて行かれて仕事が始まった。
たくさん聞きたいことがあったけれどその欲求を抑えながら仕事をする。
ステーキの量を倍にしろという注文や、茸とハーブのホットサラダの茸抜きに、ミルルア貝のスパゲッティソースでパイを作ってくれ、などの要求をぴしゃりと撥ね付けながら、休憩時間になるのをひたすら待った。
「あなたたちいつから付き合ってるの?」
バックヤード横の休憩室で、夜の賄いを頂きながらサリダの話を聞く。
「ええ、と。同棲し始めたのが一週間前で――」
「同棲ーっ! ちょっと待って、いつの間にそんなことにっ」
そういえばしばらくサリダとシフトが被らなくて、話す機会もなかったんだった。
「あはっ、ごめん。バタバタして話すのが遅くなったんだけど……」
彼氏のローゼットさんは、一年以上サリダのことを好きでいてくれたらしく、彼女がギルド員と付き合わないことを知ってウィスコールを辞めたのだという。
そこまでされたらそりゃコロッと落ちるわ。高身長であの顔だし。
「ふうん、サリダって面食いだったのねえ」
「えっ、や、そういうわけじゃないんだけど……、でも、確かに彼は格好いいわよね」
そう話すサリダは漆黒の瞳にきらきら光を宿し、上気したような頬で柔らかく微笑む。幸せな恋をしている顔だ。
「本当に報告が遅くなってごめん。色んな人を紹介してもらったのに……」
謝る必要などないのに、サリダは申し訳なさそうに頭を下げる。
自信を持って紹介できた男なんていなかったのに。それどころかこちらの方が申し訳ない気持ちになる。
「いやいや、こればっかりはご縁だしね。自然に笑えるようになって良かっ――」
自然に、なんて表現はまずかった。サリダは笑顔を貼り付けていた自覚なんてなかったかもしれないのに。
「あなたが幸せそうで安心したわ」
すぐに言い直せば、口の中の物を飲み込んだサリダは熱いお茶をふぅ、と冷まし「ありがとう」と笑う。
何の憂いもないその顔に心から安堵する。それと同時に、恋人の前で笑うサリダを思い出すと少しだけ寂しさを覚えた。
サリダが貼り付けていた作り笑顔を剥がしたのは、彼なんだ。
「クリエ、ごめん。ずっと心配かけてたわよね……。辛いことが色々あったんだけど……その時は誰かに話そうなんて思ってもなくて」
え?
突然サリダが私の気にしていた話題を持ち出し、私は手にしていたフォークを皿に置いた。
私が心配していたことを知っているのは、彼氏くらいだと思ってたのに……。いや、私がサリダの変化に気付いたように、ずっと一緒に働いているサリダの方も私が心配していることに気付いてたんだ。
「でも、もう大丈夫。クリエが今まで何も聞かないでいてくれたの、本当に救われた。……ありがとう」
サリダは笑みを浮かべたまま何のことかは語らず、手にしていたカップをそっとテーブルに置いた。
救われた、なんて……。一人で耐えてそれらを消化するのに、サリダは第三者の干渉を望まなかった。物を壊してしまう性質上、人前で泣けない子だから彼女はそんな選択しかできなかったんだろう。
「サリダは辛いことがあっても一人で耐えるタイプなんだろうなとは思ってた。でも一人で耐えるって選択はあんまりお勧めしないな。どこにも捌け口がなくなってしまったら、塞き止められた感情はどこに行けばいいの? 下手すれば壊れちゃうじゃない」
サリダの手がきゅっとカップを握り締める。
「辛い時は話さなくていいと思う。でもそういう時は、そばにいるくらいできるから声かけてよ。何なら掃除用具入れの小部屋に行く? あそこは壊れる物もないしね」
冗談ぽく言えば黒い瞳が少し潤んだように見えたけど、サリダはくしゃっと破顔して笑った。
「あはっ、ありがとう。……そうね、そうする。また……落ち着いたら色々聞いてくれる?」
「もちろん、いつでも」
サリダが話そうと思ってくれただけでも嬉しかった。今はローゼットさんがいるから、もう私が心配する必要はないだろう。いつか彼女が私に話してくれる日をのんびり待つことにしよう。
そう思うと、すうっと胸のつかえが取れたかのように心が軽くなった。
「それにしてもローゼットさんっていい人そうね。ウィスコール辞めて、今何してるの?」
「ああ、今は何もしてなくてのんびりしてるかな」
何もしていない。
無職……?
「え……。まさか、ヒモ……?」
「あはは、違うわよ。家賃も食費も全部彼が出してくれてるし」
無職なのに生活費全負担……?
「仕事してないんでしょ? 大丈夫なの? 貯金は? もう一緒に住んじゃってるなら、今の状態がずっと続くのは危険だと思うけど……。まさかラブラブすぎて現実的なとこ見えてないとか?」
私がじっと見つめると、サリダは目をぱちぱちと瞬いた。
「そ、んなことは……ないけど……」
あるんだ。
どんなに男前でラブラブだとしても仕事してないなんて……。
サリダはやっぱり男運がないんだ……。
あれこれ問い質しては回答に困るサリダを面白半分、心配半分にたくさん話を聞いた。その大半は惚気話だったけれど。
彼女が私を安心させてくれたのは、それから一月経った頃だった。
そして心配なのがもう一人。
「うっ、うっ、ふ、うう……ぐすっ、ぐす……っ」
ドロウェは部屋に籠もって子供のようにマジ泣きしていた。
デートをして今後もしかしたら恋人関係に発展するかもと淡い期待を寄せていた矢先、サリダに彼氏ができてその期待は儚く消えた。
憧れの女性のように見ているのだと思っていたら本気だったらしい。こんな面倒くさい男、やっぱりサリダに合わなかったなと思ったのは心の内に留めておこう。
ドロウェにも誰かご縁がありますようにと、流れ星に願い事をする程度に祈りながら、片手に酒瓶を持ってあいつの部屋の扉をノックした。
〈終〉
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