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番外編:もう一つの舞台
03 特別ではない
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ラモントへはほぼ毎日通っていた。普段、自分で自炊なんて面倒でしないしギルド員なら安く食える。料理長レオンの料理も美味いし、毎日メニューが変わるから飽きることはなかった。
テーブル席で店内を眺めていると、声をかけてくれるのは決まってサリダだった。相変わらず目眩ましの魔法は無意識に使っていたが、しばらく待つと彼女は俺に気付く。
魔法を解かなくても気付いてくれるから、彼女に見付けてもらうのが毎日楽しみになっていた。たまにレオンと目が合うのが気になったが。
相変わらずラモントでアスターを見かけると、サリダにちょっかいを出している。よくあいつの対応を真面目に出来るなと思っていたが、彼女は客との距離をちゃんと保っている人だ。
客として来ている以上、セクハラされても怒って拒絶はするものの、それ以外は他の客と同じように接している。それが返ってイライラした。彼女は上手くあしらっているつもりなんだろうが、アスターはそれすら楽しんでいる男だった。
「ロゼ、おはよう。今日は早いのね」
「おはようございます。はい、仕事で……。いつものサンドをお願いしますね」
もうラモントで目眩ましの魔法をかけている時は、サリダに影響がないようにしていた。俺の姿を見つけると、すぐに彼女は声をかけてくれるようになった。
彼女の前ではフードもかぶらなくなったが、俺の容姿について触れたことは一度もない。だからか、彼女には安心して接することが出来た。不思議と彼女の声を聞くと元気になる気がした。
朝にラモントへ来ると、昼も夜も一日三食ここで食べている日もある。そうなると必然と自分の好みをサリダも把握するようになる。
「ええ? ロゼってヤマバシ食べられないの? 美味しいのにもったいない」
今日のメニューに使われている肉がヤマバシだと聞いて、豚にしてもらった。サリダもあの鳥を食うのか。
「……可愛くて食べられません」
「可愛いって……ふふっ。ヤマバシが好きなのね。そりゃ食べられないわね」
普段の接客の時とは違う自然な笑顔が浮かび、こんな風に可愛く笑ったりするんだなと、その顔に思わず見とれた。
「はい……。サリダはあの可愛い鳥が料理に出てきても平気なんです?」
「あー、確かに可愛いけど、昔からのこの国の食べ物だからねぇ。豚と変わらない感じ?」
「そう言われれば豚は食べられますね。そういうもんなんですか」
この国の人間には、あの可愛い鳥が食料に見えるんだな。少しは食えるようになった方がいいんだろうか。美味しいと言うし、郷に従えと言うし。
「ヤマバシってすごく数が増えるのよ。体内に精子を一年くらい保存できるから一度交尾するとオスがいなくても産んじゃうのよね」
「詳しいんですね」
「ふふ、これは狩猟者さんの受け売りなの。あの羽根もなくなっちゃえば何の鳥かもわからなくなるし。……ってごめんなさい、これから食事するのに。私の話なんて気にしなくていいから、ロゼは好きなものを食べてね」
そう言って可愛く笑うと、サリダは注文を通すためにカウンターへ向かった。
「――無口なお前でもサリダとは話すんだな」
突然背後から聞こえた声に驚き、振り向くとその男は俺の向かいの席に腰を下ろす。その横にはべルルーシュが。
「……ユーディス。今日は夕方まで出てるって聞いてましたけど」
「午前中の案件が終わってすぐ呼び戻されたんだ。また飯食ったら出るけどな」
「お疲れロゼ。私もこれから同じ任務なんだ。お邪魔させてもらうよ」
べルルーシュは長い髪をポニーテールにしてはいるが、ウィスコールの防御コートを着ていて勇ましい女性だ。男ばかりの中で上手く立ち回るための処世術なのか、口調も男らしい。
ユーディスは防御コートの下に、またボタンを一つしか留めていない黒いシャツを着ている。
「相変わらずシャツのボタン留めてないんですね」
「面倒臭いんだ」
「ボタンのない服を選べばいいのでは……?」
「シャツが好きなんだ」
意味がわからない。シャツには必ずボタンが付いているのに?
俺が理解に苦しんでいると、べルルーシュはツボに入ったのか笑いを堪えている。
「こいつはシャツの形が好きなだけだから、気にせず放っておけ」
左の口角を上げたユーディスはまたサリダをこのテーブルに呼んだ。この男の姿を認めたサリダは笑顔になってやってきた。
「ユーディスさん、ベル、お疲れ様です。ロゼと一緒だったんですね。ご注文はどうされます?」
「今日は一角カガネ、豚、ヤマバシか。ロゼは何した?」
「豚にしました」
「そういえばヤマバシ食ってみた?」
「いえ……」
「今日のおすすめは一角カガネですよ!」
俺たちの会話にサリダが口を挟んだ。
「今朝、海で捕れたばかりの珍しい魚で数量限定なんですよ」
「まだあるならそれにしようかな」
「では私もそれを」
「はーい。それじゃ先に飲み物をお持ちしますね!」
サリダは俺に笑顔を見せるとすぐにカウンターへ向かった。話を逸らしてくれたのか。彼女の後ろ姿を目で追っていると、ユーディスの視線を感じた。
「へえ、ロゼもああいう美人が好みなのか」
「……特に容姿のこだわりはないです」
彼女は他の奴から見ると美人なのか。どちらかというと――。
「ま、あいつは止めとけ。ギルド員とは付き合わないからな」
そうなのか……。何かこだわりでもあるんだろうか。
俺が黙っているとべルルーシュが続ける。
「面倒な奴も関わってくるしな」
アスターのことだ。奴はサリダにちょっかいを出す男が他にいると、裏で制裁を加えて彼女に近付かせないようにしているんだとか。訓練場で骨を折られた奴もいるようで、そこまでくるとただのイジメだ。
表向きは上手く隠しているらしいが、上の人間の耳にはちゃんと入っている。アスターがランク七に上がれない理由はそれらしい。
ここに来て三ヶ月以上経つが、サリダはどの客にも平等だった。
もう俺の好みも熟知していて、デザートのメニューを増やしてくれたりもしたが、そういうことは他の客にもきっと同じようにしているんだろう。
ここでは自分だけが特別ではない。彼女はどの客にも贔屓などせず、みんな平等に接する。あの男、アスターにも。
テーブル席で店内を眺めていると、声をかけてくれるのは決まってサリダだった。相変わらず目眩ましの魔法は無意識に使っていたが、しばらく待つと彼女は俺に気付く。
魔法を解かなくても気付いてくれるから、彼女に見付けてもらうのが毎日楽しみになっていた。たまにレオンと目が合うのが気になったが。
相変わらずラモントでアスターを見かけると、サリダにちょっかいを出している。よくあいつの対応を真面目に出来るなと思っていたが、彼女は客との距離をちゃんと保っている人だ。
客として来ている以上、セクハラされても怒って拒絶はするものの、それ以外は他の客と同じように接している。それが返ってイライラした。彼女は上手くあしらっているつもりなんだろうが、アスターはそれすら楽しんでいる男だった。
「ロゼ、おはよう。今日は早いのね」
「おはようございます。はい、仕事で……。いつものサンドをお願いしますね」
もうラモントで目眩ましの魔法をかけている時は、サリダに影響がないようにしていた。俺の姿を見つけると、すぐに彼女は声をかけてくれるようになった。
彼女の前ではフードもかぶらなくなったが、俺の容姿について触れたことは一度もない。だからか、彼女には安心して接することが出来た。不思議と彼女の声を聞くと元気になる気がした。
朝にラモントへ来ると、昼も夜も一日三食ここで食べている日もある。そうなると必然と自分の好みをサリダも把握するようになる。
「ええ? ロゼってヤマバシ食べられないの? 美味しいのにもったいない」
今日のメニューに使われている肉がヤマバシだと聞いて、豚にしてもらった。サリダもあの鳥を食うのか。
「……可愛くて食べられません」
「可愛いって……ふふっ。ヤマバシが好きなのね。そりゃ食べられないわね」
普段の接客の時とは違う自然な笑顔が浮かび、こんな風に可愛く笑ったりするんだなと、その顔に思わず見とれた。
「はい……。サリダはあの可愛い鳥が料理に出てきても平気なんです?」
「あー、確かに可愛いけど、昔からのこの国の食べ物だからねぇ。豚と変わらない感じ?」
「そう言われれば豚は食べられますね。そういうもんなんですか」
この国の人間には、あの可愛い鳥が食料に見えるんだな。少しは食えるようになった方がいいんだろうか。美味しいと言うし、郷に従えと言うし。
「ヤマバシってすごく数が増えるのよ。体内に精子を一年くらい保存できるから一度交尾するとオスがいなくても産んじゃうのよね」
「詳しいんですね」
「ふふ、これは狩猟者さんの受け売りなの。あの羽根もなくなっちゃえば何の鳥かもわからなくなるし。……ってごめんなさい、これから食事するのに。私の話なんて気にしなくていいから、ロゼは好きなものを食べてね」
そう言って可愛く笑うと、サリダは注文を通すためにカウンターへ向かった。
「――無口なお前でもサリダとは話すんだな」
突然背後から聞こえた声に驚き、振り向くとその男は俺の向かいの席に腰を下ろす。その横にはべルルーシュが。
「……ユーディス。今日は夕方まで出てるって聞いてましたけど」
「午前中の案件が終わってすぐ呼び戻されたんだ。また飯食ったら出るけどな」
「お疲れロゼ。私もこれから同じ任務なんだ。お邪魔させてもらうよ」
べルルーシュは長い髪をポニーテールにしてはいるが、ウィスコールの防御コートを着ていて勇ましい女性だ。男ばかりの中で上手く立ち回るための処世術なのか、口調も男らしい。
ユーディスは防御コートの下に、またボタンを一つしか留めていない黒いシャツを着ている。
「相変わらずシャツのボタン留めてないんですね」
「面倒臭いんだ」
「ボタンのない服を選べばいいのでは……?」
「シャツが好きなんだ」
意味がわからない。シャツには必ずボタンが付いているのに?
俺が理解に苦しんでいると、べルルーシュはツボに入ったのか笑いを堪えている。
「こいつはシャツの形が好きなだけだから、気にせず放っておけ」
左の口角を上げたユーディスはまたサリダをこのテーブルに呼んだ。この男の姿を認めたサリダは笑顔になってやってきた。
「ユーディスさん、ベル、お疲れ様です。ロゼと一緒だったんですね。ご注文はどうされます?」
「今日は一角カガネ、豚、ヤマバシか。ロゼは何した?」
「豚にしました」
「そういえばヤマバシ食ってみた?」
「いえ……」
「今日のおすすめは一角カガネですよ!」
俺たちの会話にサリダが口を挟んだ。
「今朝、海で捕れたばかりの珍しい魚で数量限定なんですよ」
「まだあるならそれにしようかな」
「では私もそれを」
「はーい。それじゃ先に飲み物をお持ちしますね!」
サリダは俺に笑顔を見せるとすぐにカウンターへ向かった。話を逸らしてくれたのか。彼女の後ろ姿を目で追っていると、ユーディスの視線を感じた。
「へえ、ロゼもああいう美人が好みなのか」
「……特に容姿のこだわりはないです」
彼女は他の奴から見ると美人なのか。どちらかというと――。
「ま、あいつは止めとけ。ギルド員とは付き合わないからな」
そうなのか……。何かこだわりでもあるんだろうか。
俺が黙っているとべルルーシュが続ける。
「面倒な奴も関わってくるしな」
アスターのことだ。奴はサリダにちょっかいを出す男が他にいると、裏で制裁を加えて彼女に近付かせないようにしているんだとか。訓練場で骨を折られた奴もいるようで、そこまでくるとただのイジメだ。
表向きは上手く隠しているらしいが、上の人間の耳にはちゃんと入っている。アスターがランク七に上がれない理由はそれらしい。
ここに来て三ヶ月以上経つが、サリダはどの客にも平等だった。
もう俺の好みも熟知していて、デザートのメニューを増やしてくれたりもしたが、そういうことは他の客にもきっと同じようにしているんだろう。
ここでは自分だけが特別ではない。彼女はどの客にも贔屓などせず、みんな平等に接する。あの男、アスターにも。
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