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番外編:もう一つの舞台
02 苦手な男
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ウィスコールの四階にある会議室が捜査チームで使う部屋となっていて、俺たちはギルド員の任務を適度にこなしながら、魔法薬アンリベルの調査をしていた。
また、ニーリル国の研究塔にある魔法研究部門で週に一度、魔法検知や解析技術の向上を図っていた。
今日、ディランは治安警備隊に入っている特殊捜査官の上官への月報告でおらず、俺一人で作業をしていた時だった。施錠された扉がランクカードで開錠され、誰かが会議室に入って来た。
「お? ロゼ一人か」
高すぎず低すぎず、よく通る声が室内に響く。入口に目をやると入ってきたのはユーディスだった。一つしかボタンの留まっていない白いシャツを着ている。この男はいつもボタンをきちんと留めない。
「お疲れ様です」
「お疲れ。これ、治安警備隊から資料が届いた」
「ありがとうございます」
ユーディスには捜査チームの仮リーダーとして立ってもらっている。俺とディランがギオクラウスの特殊捜査官だと知っているのは、この男とランク七の信頼できるギルド員二人。
温厚な男でディランのように何でもできる万能タイプのレミ。
様々な魔法が得意で、高ランクでは数少ない女性のべルルーシュ。
二人ともユーディスの後輩らしい。それ以外のギルド員にはこの男に従ってもらう。ウィスコールで信頼も厚く慕われているようだが、俺は初対面からこの男にあまりいい印象がない。
『お奇麗な顔だな。モテるだろ?』
それが俺に向けたこの男の最初の一言だった。昔から女みたいだと言われることがあり、ずっと抱いているコンプレックス。それが褒め言葉として向けられたのだとしても、そう聞こえたことはほとんどない。
『ローゼットって女みたい顔だな』
『実は女じゃねぇの? パンツ脱いで見せてみろよ』
馬鹿にされる度、相手をボコボコにした。女に見られたくなくて体も常に鍛えてきた。売られたケンカも全て買った。子供の頃はかなりの問題児だったと思う。
別に目立ちたかったわけじゃないが、トラブルが起こる度目立つようになって、気が付いたら女にも騒がれるようになり、一番に身に付けたのが目眩ましの魔法だった。女の前で笑顔を見せると変な勘違いをされることもあり、感情もあまり表に出さなくなった。
今でも顔のことを言われるのは不快なだけだ。それが表情に出てしまったようで、ユーディスはすぐに話題を変えた。
それ以来、何かと俺に声をかけては距離を詰めようとしてくるから、少々鬱陶しく感じていた。
治安警備隊から届いた被害者の資料に目を通しながら、ふと視線を窓の外へ向けると、外の木の枝にいる二羽の鳥が目に留まった。
全体がエメラルドグリーンの羽毛で尾羽だけ黄色という鮮やかな鳥。顔周りはフワフワの毛に覆われて可愛らしい顔だ。ギオクラウスでは見たことがない。
二羽並んで仲良く毛繕いをして、クチバシ同士を合わせてキスしてるみたいだ。番なのか、可愛くて見ていると癒やされる。
「あれはヤマバシだな。ギオクラウスにはいないのか?」
俺が見ていた先を同じように覗き込むユーディス。あまり口を開かない俺と共通の話題を探しているんだろう。仕方なくこの男に返事をする。
「……母国ではあまり見かけない鳥ですね」
「ヤマバシはこの国のあちこちで見られる鳥だ。森に生息してたんだが増えすぎて町中でもよく飛んでる。ギオクラウスの方は魔法生物がよく出没するらしいな。ロゼは見たことあるのか?」
魔法生物は人間と同じように魔法を使う生物だが、生息数が少なく保護生物に指定されていて捕獲などはできない。実家の私有地で子供の頃に見たことはあるが、別にこの男と世間話がしたいわけではなく、見たことはないと答えた。
ユーディスはそれからも会議室に居続け、家族は何人だとか、彼女はいるのかとかプライベートなことを色々聞かれて数字だけで答えていると、そのまま一緒にラモントで昼食を取ることになった。こいつも暇じゃないだろうに、そんなに俺と距離を縮めたいんだろうか。
ラモントに来るとフードをかぶったまま、ユーディスが座った席の向かい側に腰を下ろした。
「お前、いつもそのフードかぶって食ってんのか」
いちいち口出ししてくるこの男に思わず溜息が出た。
「……気にしないでください」
「溜息つくなよ」
クククッと喉を鳴らして笑うユーディス。
この男といると何だか調子が狂う。
「あ、ユーディスさん。こんにちは!」
注文を取りに来た店員が笑顔でユーディスに声をかけた。無意識に店内を見回して彼女の姿が見当たらないとわかると、視線をこの店員に戻した。
「よう、コーデリア。今日サリダは休みか?」
「はい今日はお休みですよ。もうそれ聞かれたの何回目だか……」
コーデリアと呼ばれた店員は苦笑しながら、ユーディスの注文を聞く。
「今日のランチセットはこちらです。お肉はヤマバシ、魚の方はトロンタを使用しています」
ん?
「じゃあ俺は肉で。ロゼは?」
ユーディスが俺に顔を向けて話を振ると、コーデリアは目を丸くして俺に視線を向けた。目眩ましの魔法を解いていないから、今初めて俺がいることを認識したんだろう。お化けでも見たような顔をしている。
それより、今ヤマバシって言った?
さっき見たあの可愛い鳥?
「トロンタも旨いが、ヤマバシがなかなか旨いんだ。たまにしか入らないラモントの人気メニューだぞ」
この国の人間はあんな可愛い鳥を食うのか……。
カルチャーショックだ。
「……魚で……」
注文したものが運ばれてくると、ユーディスのプレートには一口サイズにされたヤマバシの肉が山盛り乗っていた。何羽殺されたんだ……。胃の奥がズンと重くなった気がした。
「どした? 食いたいのか?」
ユーディスのプレートをチラチラ見ていたから、物欲しそうな顔にでも見えたらしい。
「結構です」
食事が終わるまで自分のプレート以外、視界に入れなかった。
また、ニーリル国の研究塔にある魔法研究部門で週に一度、魔法検知や解析技術の向上を図っていた。
今日、ディランは治安警備隊に入っている特殊捜査官の上官への月報告でおらず、俺一人で作業をしていた時だった。施錠された扉がランクカードで開錠され、誰かが会議室に入って来た。
「お? ロゼ一人か」
高すぎず低すぎず、よく通る声が室内に響く。入口に目をやると入ってきたのはユーディスだった。一つしかボタンの留まっていない白いシャツを着ている。この男はいつもボタンをきちんと留めない。
「お疲れ様です」
「お疲れ。これ、治安警備隊から資料が届いた」
「ありがとうございます」
ユーディスには捜査チームの仮リーダーとして立ってもらっている。俺とディランがギオクラウスの特殊捜査官だと知っているのは、この男とランク七の信頼できるギルド員二人。
温厚な男でディランのように何でもできる万能タイプのレミ。
様々な魔法が得意で、高ランクでは数少ない女性のべルルーシュ。
二人ともユーディスの後輩らしい。それ以外のギルド員にはこの男に従ってもらう。ウィスコールで信頼も厚く慕われているようだが、俺は初対面からこの男にあまりいい印象がない。
『お奇麗な顔だな。モテるだろ?』
それが俺に向けたこの男の最初の一言だった。昔から女みたいだと言われることがあり、ずっと抱いているコンプレックス。それが褒め言葉として向けられたのだとしても、そう聞こえたことはほとんどない。
『ローゼットって女みたい顔だな』
『実は女じゃねぇの? パンツ脱いで見せてみろよ』
馬鹿にされる度、相手をボコボコにした。女に見られたくなくて体も常に鍛えてきた。売られたケンカも全て買った。子供の頃はかなりの問題児だったと思う。
別に目立ちたかったわけじゃないが、トラブルが起こる度目立つようになって、気が付いたら女にも騒がれるようになり、一番に身に付けたのが目眩ましの魔法だった。女の前で笑顔を見せると変な勘違いをされることもあり、感情もあまり表に出さなくなった。
今でも顔のことを言われるのは不快なだけだ。それが表情に出てしまったようで、ユーディスはすぐに話題を変えた。
それ以来、何かと俺に声をかけては距離を詰めようとしてくるから、少々鬱陶しく感じていた。
治安警備隊から届いた被害者の資料に目を通しながら、ふと視線を窓の外へ向けると、外の木の枝にいる二羽の鳥が目に留まった。
全体がエメラルドグリーンの羽毛で尾羽だけ黄色という鮮やかな鳥。顔周りはフワフワの毛に覆われて可愛らしい顔だ。ギオクラウスでは見たことがない。
二羽並んで仲良く毛繕いをして、クチバシ同士を合わせてキスしてるみたいだ。番なのか、可愛くて見ていると癒やされる。
「あれはヤマバシだな。ギオクラウスにはいないのか?」
俺が見ていた先を同じように覗き込むユーディス。あまり口を開かない俺と共通の話題を探しているんだろう。仕方なくこの男に返事をする。
「……母国ではあまり見かけない鳥ですね」
「ヤマバシはこの国のあちこちで見られる鳥だ。森に生息してたんだが増えすぎて町中でもよく飛んでる。ギオクラウスの方は魔法生物がよく出没するらしいな。ロゼは見たことあるのか?」
魔法生物は人間と同じように魔法を使う生物だが、生息数が少なく保護生物に指定されていて捕獲などはできない。実家の私有地で子供の頃に見たことはあるが、別にこの男と世間話がしたいわけではなく、見たことはないと答えた。
ユーディスはそれからも会議室に居続け、家族は何人だとか、彼女はいるのかとかプライベートなことを色々聞かれて数字だけで答えていると、そのまま一緒にラモントで昼食を取ることになった。こいつも暇じゃないだろうに、そんなに俺と距離を縮めたいんだろうか。
ラモントに来るとフードをかぶったまま、ユーディスが座った席の向かい側に腰を下ろした。
「お前、いつもそのフードかぶって食ってんのか」
いちいち口出ししてくるこの男に思わず溜息が出た。
「……気にしないでください」
「溜息つくなよ」
クククッと喉を鳴らして笑うユーディス。
この男といると何だか調子が狂う。
「あ、ユーディスさん。こんにちは!」
注文を取りに来た店員が笑顔でユーディスに声をかけた。無意識に店内を見回して彼女の姿が見当たらないとわかると、視線をこの店員に戻した。
「よう、コーデリア。今日サリダは休みか?」
「はい今日はお休みですよ。もうそれ聞かれたの何回目だか……」
コーデリアと呼ばれた店員は苦笑しながら、ユーディスの注文を聞く。
「今日のランチセットはこちらです。お肉はヤマバシ、魚の方はトロンタを使用しています」
ん?
「じゃあ俺は肉で。ロゼは?」
ユーディスが俺に顔を向けて話を振ると、コーデリアは目を丸くして俺に視線を向けた。目眩ましの魔法を解いていないから、今初めて俺がいることを認識したんだろう。お化けでも見たような顔をしている。
それより、今ヤマバシって言った?
さっき見たあの可愛い鳥?
「トロンタも旨いが、ヤマバシがなかなか旨いんだ。たまにしか入らないラモントの人気メニューだぞ」
この国の人間はあんな可愛い鳥を食うのか……。
カルチャーショックだ。
「……魚で……」
注文したものが運ばれてくると、ユーディスのプレートには一口サイズにされたヤマバシの肉が山盛り乗っていた。何羽殺されたんだ……。胃の奥がズンと重くなった気がした。
「どした? 食いたいのか?」
ユーディスのプレートをチラチラ見ていたから、物欲しそうな顔にでも見えたらしい。
「結構です」
食事が終わるまで自分のプレート以外、視界に入れなかった。
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