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番外編:もう一つの舞台
01 黒髪のホール店員
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初めてコッツミルズの町にある大きなギルド『ウィスコール』にやってきた俺とディランは、施設内に大きなダイニングが入っていることに衝撃を受けた。鍛冶工房もあるというし、大きなギルドは何でもあるんだな、と。
近隣諸国では僅かな魔力を魔導回路で増幅させてエネルギー源とする乗り物が主流で、ギオクラウス国からニーリル国には魔導列車でやってきた。
寝ていたディランは、寝癖の付いたダークブロンドの髪を逆立てたまま、ウィスコールの建物に入ってはしゃいでいる。物見遊山に来たんじゃないのに。
特殊捜査官の部署なんてとても小さくて、こんな立派な設備など何もない。ディランとここでずっと働きたいなと言えるくらいには環境が整っていた。
ダイニング『ラモント』に初めて昼食を取りに来た。ディランは打ち合わせでいない。支給された魔導士ローブのフードをかぶり、俺は一人広い店内を見回した。店員が女しかいない。
色々会話するのが面倒だと思い、いつも無意識に使っている目眩ましの魔法で自分の存在を気付かれないようにしたまま、適当な席に座った。
しばらく様子を見て会話の少なそうな店員を探していたが、客とおしゃべりを楽しむ店員が多い。ギルド員は皆、常連なんだろう。これは嫌でも会話しなきゃいけないやつだなと溜息をついた時、声をかけられた。
「あら? まだ誰も注文を取ってなかったのね。ごめんなさい」
声の主に視線を向ける。店員が俺に話しかけていた。目眩ましの魔法はまだ解いていない。何故、気付かれたんだ……?
「いえ……。最近ギルドに入ったばかりなので、よくわからなくて……」
長い黒髪を後ろで一つにまとめ、しっかりした眉、幅広い二重で濃いまつ毛の隙間から見える漆黒の瞳。シャープな鼻やぷっくりした唇はバランス良く配置されている。化粧はほとんどしていないのか、何も隠していない肌。
飾り気のない自然なままの彼女は、俺に柔らかい笑顔を向けた。
「新人さんだったのね! 私はホール店員のサリダよ。会計はランクカードで支払えるわ」
「ロゼ、です。よろしくお願いします」
サリダには目眩ましの魔法が効かなかった。いや、効いているのかもしれないが、察知する能力でもあるのかもしれない。
翌日も目眩ましの魔法をかけたままラモントへ行き、しばらく店内の様子を窺っていた。
「こんにちは、ロゼ。注文まだよね? お待たせしてごめんなさい」
「え?」
やはり声をかけてきたのはサリダだった。魔法を見破られている? ここは百人くらいのギルド員がいたはずだが、昨日の今日でもう俺のことを覚えているのか。
「あ……いえ。サリダはお忙しそうですね」
「ああ、少し混んでただけよ。でも気にしないでいつでも呼んでちょうだいね!」
それからも数日通ってみてわかったのは、目眩ましの魔法はサリダにもちゃんと効いている。五分くらい俺がいることに気付いていなかったのだ。
この魔法は視覚的に気付かれにくくするだけで、姿が見えなくなるものではない。彼女は客をよく見ていて雰囲気の違いや人の気配、そういったものに敏感なようだ。気配などで人がいるのに注文を取っていないテーブルがあると感じ取ったのだろう。
俺はサリダの目を見て話すことが出来なかった。いつも真っすぐ俺の目を見て話す彼女が何だかまぶしくて。それに彼女は俺のことを何も聞いてこない。
色んな話を聞かせてくれるが長話も決してしない。客との距離を保っているのだろう。俺はいつも彼女の話を聞いて相槌を打つだけだった。
数日後にラモントでアスターという男を初めて見かけた。甘いマスクでいかにもモテそうな男だ。女好きで女たらしだと噂に聞いたがもったいない奴だ。
あいつは一直線にサリダの元へ行く。声をかけて体に触れ、サリダが本気で怒っている。サリダがあそこまで怒っているのを見るのは初めてだった。怒られたアスターはそれを喜んでいて、全く効果がなさそうだったが。
いつもああやってアスターは彼女をからかっているんだと思っていたが、ずっと奴を観察しているうちに彼女をからかっているのではなく、本気で好意を寄せているのだと感じた。なのに彼女には嫌がられていて、好きな子をいじめたい子供の不器用な片思いのようだった。それを誤魔化すように他の女に手を出して、アスターは本物の馬鹿だった。
近隣諸国では僅かな魔力を魔導回路で増幅させてエネルギー源とする乗り物が主流で、ギオクラウス国からニーリル国には魔導列車でやってきた。
寝ていたディランは、寝癖の付いたダークブロンドの髪を逆立てたまま、ウィスコールの建物に入ってはしゃいでいる。物見遊山に来たんじゃないのに。
特殊捜査官の部署なんてとても小さくて、こんな立派な設備など何もない。ディランとここでずっと働きたいなと言えるくらいには環境が整っていた。
ダイニング『ラモント』に初めて昼食を取りに来た。ディランは打ち合わせでいない。支給された魔導士ローブのフードをかぶり、俺は一人広い店内を見回した。店員が女しかいない。
色々会話するのが面倒だと思い、いつも無意識に使っている目眩ましの魔法で自分の存在を気付かれないようにしたまま、適当な席に座った。
しばらく様子を見て会話の少なそうな店員を探していたが、客とおしゃべりを楽しむ店員が多い。ギルド員は皆、常連なんだろう。これは嫌でも会話しなきゃいけないやつだなと溜息をついた時、声をかけられた。
「あら? まだ誰も注文を取ってなかったのね。ごめんなさい」
声の主に視線を向ける。店員が俺に話しかけていた。目眩ましの魔法はまだ解いていない。何故、気付かれたんだ……?
「いえ……。最近ギルドに入ったばかりなので、よくわからなくて……」
長い黒髪を後ろで一つにまとめ、しっかりした眉、幅広い二重で濃いまつ毛の隙間から見える漆黒の瞳。シャープな鼻やぷっくりした唇はバランス良く配置されている。化粧はほとんどしていないのか、何も隠していない肌。
飾り気のない自然なままの彼女は、俺に柔らかい笑顔を向けた。
「新人さんだったのね! 私はホール店員のサリダよ。会計はランクカードで支払えるわ」
「ロゼ、です。よろしくお願いします」
サリダには目眩ましの魔法が効かなかった。いや、効いているのかもしれないが、察知する能力でもあるのかもしれない。
翌日も目眩ましの魔法をかけたままラモントへ行き、しばらく店内の様子を窺っていた。
「こんにちは、ロゼ。注文まだよね? お待たせしてごめんなさい」
「え?」
やはり声をかけてきたのはサリダだった。魔法を見破られている? ここは百人くらいのギルド員がいたはずだが、昨日の今日でもう俺のことを覚えているのか。
「あ……いえ。サリダはお忙しそうですね」
「ああ、少し混んでただけよ。でも気にしないでいつでも呼んでちょうだいね!」
それからも数日通ってみてわかったのは、目眩ましの魔法はサリダにもちゃんと効いている。五分くらい俺がいることに気付いていなかったのだ。
この魔法は視覚的に気付かれにくくするだけで、姿が見えなくなるものではない。彼女は客をよく見ていて雰囲気の違いや人の気配、そういったものに敏感なようだ。気配などで人がいるのに注文を取っていないテーブルがあると感じ取ったのだろう。
俺はサリダの目を見て話すことが出来なかった。いつも真っすぐ俺の目を見て話す彼女が何だかまぶしくて。それに彼女は俺のことを何も聞いてこない。
色んな話を聞かせてくれるが長話も決してしない。客との距離を保っているのだろう。俺はいつも彼女の話を聞いて相槌を打つだけだった。
数日後にラモントでアスターという男を初めて見かけた。甘いマスクでいかにもモテそうな男だ。女好きで女たらしだと噂に聞いたがもったいない奴だ。
あいつは一直線にサリダの元へ行く。声をかけて体に触れ、サリダが本気で怒っている。サリダがあそこまで怒っているのを見るのは初めてだった。怒られたアスターはそれを喜んでいて、全く効果がなさそうだったが。
いつもああやってアスターは彼女をからかっているんだと思っていたが、ずっと奴を観察しているうちに彼女をからかっているのではなく、本気で好意を寄せているのだと感じた。なのに彼女には嫌がられていて、好きな子をいじめたい子供の不器用な片思いのようだった。それを誤魔化すように他の女に手を出して、アスターは本物の馬鹿だった。
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