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本編
20 - 2 君の隣を歩く時間
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後でわかったことだが、あれはわざと私が恋人であることを顕示するために、訓練場へ来るよう仕向けたみたいだ。生徒たちに差し入れしたいから私に運ばせろと、レオンはロゼから注文を受けたらしい。
案の定、噂はあっという間に広がり、私たちはウィスコール内で公認の恋人同士だと認知されていた。
「──もう、本当に止めてよね。ラモントにわざわざ見に来る人もいて指差されるんだから……」
ラモントで夕食を取るロゼとユーディス相手に、私は愚痴を零していた。今日は遅番だからロゼはここで食事して私が終わるのを待つらしい。ユーディスは仕事も終わってロゼに付き合わされている。
「声かけてくる女子に対応するのが面倒だからって、あんなやり方すんのお前くらいだぞ?」
「どこでキスしたって問題ないだろう」
「そんなもん見せつけられる生徒たちが可哀想だな」
呆れたように笑うユーディスに対して、ロゼは一切表情を変えない。この二人は何だかんだ言いながら、仲がいいらしい。
けれどロゼが大胆な行動に出たことで、私が不安を感じたのはあの時の一瞬だけ。あのキスで全て消えてなくなった。ロゼはわかっていて私の中の不安の芽を摘んだんだろうか。
「ユーディスも言ってやって。少しは周りの目を気にするようにって」
「まぁ、言っても無駄だろうな」
お酒を口にしながら笑っているユーディス。以前、彼はロゼのことでたくさん嘘をついたことを私に謝罪した。嘘をつかせたのはロゼなのだから彼が謝る必要はないのだけど、その件はロゼに美味しいお酒をたくさん奢ってもらってチャラになったと笑い飛ばした。私もロゼも彼には頭が下がる思いだ。
「それにしてもロゼって、人見知りで口下手なのによく講師が務まるわよね」
「ん? コイツ、別に人見知りでも口下手でもないぞ? 話すのが面倒臭いから黙ってるだけで。どちらかと言うと仕事中は能弁だしな」
ユーディスの言葉に私は目を見張った。
人見知りじゃないって?
「え? 最初の頃なんて私と目も合わさなかったのよ? 会話だってたまに主語が抜けて通じない時があるし」
「ははは! そりゃお前が相手だからだろ。話すのが照れ臭いのか緊張してるのか……なあ?」
ユーディスがロゼに話を振ると、彼はユーディスの脇腹を小突いている。私と目が合うとロゼはにっこり笑ってすぐに目を逸らした。
ずっと人見知りで口下手だと思っていたのに違うなんて……衝撃だ。
付き合うようになってからロゼの色んな一面を知ることも増え、彼のこともよく分かるようになってきた。いつも外では猫をかぶっているし、ユーディスのような信頼の置ける人間には素が出るのか口調がきつめだ。
もう私に敬語で話すこともなくなったけれど、以前敬語で話していたのは、捜査官の習慣も含めて自分の素を出さないためだったらしい。それでも時折見せる意地悪な顔は隠せていなかったと思う。
客足が落ち着いたタイミングでロゼのいるテーブルに顔を出していると、店の入り口の方がざわめき、やって来た人物がロゼの隣に腰を下ろした。
「こんばんは。皆さんお揃いで」
ギルドマスターのジュリアンだ。二十時を過ぎるこの時間でも、仕事の疲れを見せない爽やかな笑顔を振りまいている。油断しているといつの間にか懐柔されてしまうほど、彼は物腰が柔らかく人たらしだ。
だが今、彼は私の天敵でもある。
「ジュリアン、わざわざ来たのか?」
「ロゼがいるって耳にしたからね。サリダ、何か適当に持ってきてくれるかな?」
「はい、では本日のオススメをお持ちしますね」
ジュリアンは笑顔を向けてうなずいた。料理をテーブルに運べば、ジュリアンはまた違う注文をする。料理を運ぶ度に一品ずつ注文をして、しばらくどこかへ行っていろとでも言うように、私をロゼのテーブルから遠ざける。
さりげなくやっていて周りは気付いていないだろうが、私にはジュリアンの企みなどお見通しだ。
「こーら。眉間にシワの寄った顔でホールに立たないでちょうだい!」
カウンターからロゼのテーブルを睨みつけているとレオンに注意され、私はそっと眉間のシワを指で伸ばした。
「だって、ジュリアンがロゼを口説いてるんだもの! 近付いたら注文して私のこと遠ざけるのよっ」
ウィスコールのギルド員は今や百五十人に上る。ジュリアンはそれは人たらしで人望も厚い。他のギルドからベテランを引き抜いたりもする。そんな彼が、捜査官を辞めてこの国に来た有能なロゼを見逃すはずがなかった。
危険な仕事に反対する私と、ロゼを戦力としてスカウトしたいジュリアンは、今まさに敵同士なのだ。
「馬鹿言ってないで仕事しなさい。アンタは彼のこと信じてたらいいのよ」
レオンにそう言われて溜息をついていると、私の頭にぽんと誰かの手が乗った。こんな風に私に触れられる人は唯一、彼だけ。
「何、溜息ついてるの? まあ大方考えてることは想像付くけど」
「ロゼ、またジュリアンに口説かれてたんでしょう?」
「ああ……ランク八の試験受けないかってね。断ったよ。別に金にも困ってないし」
トレイを抱き締めながらその言葉にホッとする。またロゼがウィスコールの仕事を受けるんじゃないかと心配なのだ。ジュリアンはそう簡単に諦める人ではないと、ユーディスから聞かされている。
案の定、噂はあっという間に広がり、私たちはウィスコール内で公認の恋人同士だと認知されていた。
「──もう、本当に止めてよね。ラモントにわざわざ見に来る人もいて指差されるんだから……」
ラモントで夕食を取るロゼとユーディス相手に、私は愚痴を零していた。今日は遅番だからロゼはここで食事して私が終わるのを待つらしい。ユーディスは仕事も終わってロゼに付き合わされている。
「声かけてくる女子に対応するのが面倒だからって、あんなやり方すんのお前くらいだぞ?」
「どこでキスしたって問題ないだろう」
「そんなもん見せつけられる生徒たちが可哀想だな」
呆れたように笑うユーディスに対して、ロゼは一切表情を変えない。この二人は何だかんだ言いながら、仲がいいらしい。
けれどロゼが大胆な行動に出たことで、私が不安を感じたのはあの時の一瞬だけ。あのキスで全て消えてなくなった。ロゼはわかっていて私の中の不安の芽を摘んだんだろうか。
「ユーディスも言ってやって。少しは周りの目を気にするようにって」
「まぁ、言っても無駄だろうな」
お酒を口にしながら笑っているユーディス。以前、彼はロゼのことでたくさん嘘をついたことを私に謝罪した。嘘をつかせたのはロゼなのだから彼が謝る必要はないのだけど、その件はロゼに美味しいお酒をたくさん奢ってもらってチャラになったと笑い飛ばした。私もロゼも彼には頭が下がる思いだ。
「それにしてもロゼって、人見知りで口下手なのによく講師が務まるわよね」
「ん? コイツ、別に人見知りでも口下手でもないぞ? 話すのが面倒臭いから黙ってるだけで。どちらかと言うと仕事中は能弁だしな」
ユーディスの言葉に私は目を見張った。
人見知りじゃないって?
「え? 最初の頃なんて私と目も合わさなかったのよ? 会話だってたまに主語が抜けて通じない時があるし」
「ははは! そりゃお前が相手だからだろ。話すのが照れ臭いのか緊張してるのか……なあ?」
ユーディスがロゼに話を振ると、彼はユーディスの脇腹を小突いている。私と目が合うとロゼはにっこり笑ってすぐに目を逸らした。
ずっと人見知りで口下手だと思っていたのに違うなんて……衝撃だ。
付き合うようになってからロゼの色んな一面を知ることも増え、彼のこともよく分かるようになってきた。いつも外では猫をかぶっているし、ユーディスのような信頼の置ける人間には素が出るのか口調がきつめだ。
もう私に敬語で話すこともなくなったけれど、以前敬語で話していたのは、捜査官の習慣も含めて自分の素を出さないためだったらしい。それでも時折見せる意地悪な顔は隠せていなかったと思う。
客足が落ち着いたタイミングでロゼのいるテーブルに顔を出していると、店の入り口の方がざわめき、やって来た人物がロゼの隣に腰を下ろした。
「こんばんは。皆さんお揃いで」
ギルドマスターのジュリアンだ。二十時を過ぎるこの時間でも、仕事の疲れを見せない爽やかな笑顔を振りまいている。油断しているといつの間にか懐柔されてしまうほど、彼は物腰が柔らかく人たらしだ。
だが今、彼は私の天敵でもある。
「ジュリアン、わざわざ来たのか?」
「ロゼがいるって耳にしたからね。サリダ、何か適当に持ってきてくれるかな?」
「はい、では本日のオススメをお持ちしますね」
ジュリアンは笑顔を向けてうなずいた。料理をテーブルに運べば、ジュリアンはまた違う注文をする。料理を運ぶ度に一品ずつ注文をして、しばらくどこかへ行っていろとでも言うように、私をロゼのテーブルから遠ざける。
さりげなくやっていて周りは気付いていないだろうが、私にはジュリアンの企みなどお見通しだ。
「こーら。眉間にシワの寄った顔でホールに立たないでちょうだい!」
カウンターからロゼのテーブルを睨みつけているとレオンに注意され、私はそっと眉間のシワを指で伸ばした。
「だって、ジュリアンがロゼを口説いてるんだもの! 近付いたら注文して私のこと遠ざけるのよっ」
ウィスコールのギルド員は今や百五十人に上る。ジュリアンはそれは人たらしで人望も厚い。他のギルドからベテランを引き抜いたりもする。そんな彼が、捜査官を辞めてこの国に来た有能なロゼを見逃すはずがなかった。
危険な仕事に反対する私と、ロゼを戦力としてスカウトしたいジュリアンは、今まさに敵同士なのだ。
「馬鹿言ってないで仕事しなさい。アンタは彼のこと信じてたらいいのよ」
レオンにそう言われて溜息をついていると、私の頭にぽんと誰かの手が乗った。こんな風に私に触れられる人は唯一、彼だけ。
「何、溜息ついてるの? まあ大方考えてることは想像付くけど」
「ロゼ、またジュリアンに口説かれてたんでしょう?」
「ああ……ランク八の試験受けないかってね。断ったよ。別に金にも困ってないし」
トレイを抱き締めながらその言葉にホッとする。またロゼがウィスコールの仕事を受けるんじゃないかと心配なのだ。ジュリアンはそう簡単に諦める人ではないと、ユーディスから聞かされている。
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