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本編
16 - 3 頑なな選択
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三日後、私はラモントの仕事に復帰した。今回は遅番だろうと思っていたら、長い間休んでしまったので、また早番が回ってきてしまったらしい。
更衣室で黒のシャツに黒のパンツを着用し、ダークブラウンの腰エプロンを巻いた。全身鏡を確認して、よし、とうなずく。
「あ! サリダ、おはようっ!! 良かった、元気になったのねーっ」
「おはようございます~! サリダさん良かった!」
同じホール店員のクリエとコーデリアが私の姿を見つけるとそばに寄ってきた。私は体調不良でしばらく休んでいたことになっていた。
「おはよう、二人とも! もうすっかり元気になったわ。また今日からよろしくね!」
「サリダがいない間、ウィスコールの人たちに何で休んでるのかって頻繁に聞かれたのよー?」
クリエは相手をするのが面倒だったのか、やれやれといった表情を見せた。
「あら、そうだったの。常連さんに心配かけちゃってたのね」
「それが常連じゃない人も聞きに来てましたよ? やっぱりあの、アスターさんが捕まったからでしょうかね……?」
アスターに熱を上げていたコーデリアは、彼が捕まったのがショックだっただろう。でもアスターがいないからって何故、他のギルド員が私のことを聞きに来るんだろうか。
「それが何かアスターと関係あるの?」
そう言うと二人は私の方に向き直る。
「そりゃ、アナタ。邪魔者がいないとわかれば声もかけたくなるでしょうよ」
「そうですよ! サリダさんは高嶺の花ですからね~っ。モテる女は大変ですねえ」
高嶺の花……。
「え……!? 私モテた覚えないわよ?」
「それはまあ、アスターがずっとあなたを狙って周りの男に牽制してたから、誰も手を出せなかったんでしょうね」
クリエは羨望の眼差しを向け、ぷっくりした唇が奇麗な弧を描いた。ラモントで一番デートに誘われることが多いのはクリエなのに何を言っているのやら。
ウィスコールは男性の数が多いから、女性ばかりのホール店員はみんな無条件でモテるのだ。
「牽制って……。あの女好きがいつもちょっかいかけに来てただけじゃない」
「イケメンでも落とせないんじゃ自分は無理だろうって、自粛してるギルド員もどれだけいるかしらねえ?」
「そんなの噂かなんかでしょ。だってほら、噂って勝手に独り歩きするものじゃない?」
私の返事にクリエとコーデリアは本気で呆れているようで、二人は顔を見合わせて溜息をついた。
「そこまで自覚がないっていうのもすごいわ……。うん」
「サリダさんって黒髪黒眼だから地味、とか思ってません? そんな黄金比率の造形美はなかなかないですよ。そこにある鏡を見て自覚してください」
「はあ……」
ユーディスと同じようなことを言われ、鏡を覗き込む。そこに映るのは父の面影を残した見慣れた顔。少し痩せたのか頬がこけた気もする。後でレオンに会ったら何か言われるかもしれない。
正直私みたいな男っぽい顔より、クリエやコーデリアのような柔らかくて女性らしい顔の方が可愛いと思うのだけど。だって好みの問題なのだから、世間一般が好む顔なんて私にはよくわからない。
『君は高嶺の花だから』
突然、ロゼの言葉が頭に浮かぶ。あれはロゼが大げさに言っているんだと思っていた。
あんなにしつこく誘ってきていたアスターを煩わしいと思っていたけれど、まさかあれが他の男よけになっていたなんて、何だか皮肉なものだ。
男よけで思い出し、首元のペンダントに手で触れた。あれからずっと着けたままだ。あんな経験をしたせいか、知らない男に触れられるのは少し恐怖心が湧く。けれど、これのおかげで何とか自分を保っていられた。
ホールに出るとすぐに大きな足音が私に近付いてきた。
「サリダー! もう大丈夫なのアンタ!?」
でかい図体が接近してきたかと思うと、思い切り抱き締められた。
バチバチッと音がして、同時にレオンの叫び声が店内に木霊した。
「ギャアアーッ!! 痛っ! 痛あ~っ!! 何か電気っ、電気きたわよっっ!?」
「あ……言い忘れたけど、このペンダント着けてる間、男性が触れた時に魔法が発動するんだったわ」
首にぶら下げている緑の石が付いたペンダントをレオンに見せた。
「ば、馬鹿あーっ! 早く言いなさいっ!!」
「あはは、ごめんなさい。それに長いこと休んで悪かったわね」
「あんなことがあったんだから、もっと休んでも良かったのに。アンタは心身ともに大丈夫なの? ちょっと痩せたんじゃない? 食べたい物があったらこっそり食べていいわよ!?」
心身ともになんて聞き方、レオンらしい。天引きするとも言わないんだ。彼は私が事件の被害者だと知っていて、ずっと心配してくれたのだろう。真っ直ぐな言葉で、父のような眼差しで、私はその優しさにいつも救われてきた。
「体はもう何ともないの。レオンのリゾット美味しかったわ。すっごく元気が出たのよ! 後は働いてたら、そのうち……大丈夫になるでしょ」
レオンは仕方がないと納得したのか、小さく息をついて微笑んだ。
「……アンタがそうしたいなら好きになさい。でも自分のことは大事にしなさいよ」
自分を大事に。その言葉を聞いて、ふと以前も同じことを誰かに言われた気がした。それが誰の言葉だったのか思い出せない。レオンに言われたんだろうか。
更衣室で黒のシャツに黒のパンツを着用し、ダークブラウンの腰エプロンを巻いた。全身鏡を確認して、よし、とうなずく。
「あ! サリダ、おはようっ!! 良かった、元気になったのねーっ」
「おはようございます~! サリダさん良かった!」
同じホール店員のクリエとコーデリアが私の姿を見つけるとそばに寄ってきた。私は体調不良でしばらく休んでいたことになっていた。
「おはよう、二人とも! もうすっかり元気になったわ。また今日からよろしくね!」
「サリダがいない間、ウィスコールの人たちに何で休んでるのかって頻繁に聞かれたのよー?」
クリエは相手をするのが面倒だったのか、やれやれといった表情を見せた。
「あら、そうだったの。常連さんに心配かけちゃってたのね」
「それが常連じゃない人も聞きに来てましたよ? やっぱりあの、アスターさんが捕まったからでしょうかね……?」
アスターに熱を上げていたコーデリアは、彼が捕まったのがショックだっただろう。でもアスターがいないからって何故、他のギルド員が私のことを聞きに来るんだろうか。
「それが何かアスターと関係あるの?」
そう言うと二人は私の方に向き直る。
「そりゃ、アナタ。邪魔者がいないとわかれば声もかけたくなるでしょうよ」
「そうですよ! サリダさんは高嶺の花ですからね~っ。モテる女は大変ですねえ」
高嶺の花……。
「え……!? 私モテた覚えないわよ?」
「それはまあ、アスターがずっとあなたを狙って周りの男に牽制してたから、誰も手を出せなかったんでしょうね」
クリエは羨望の眼差しを向け、ぷっくりした唇が奇麗な弧を描いた。ラモントで一番デートに誘われることが多いのはクリエなのに何を言っているのやら。
ウィスコールは男性の数が多いから、女性ばかりのホール店員はみんな無条件でモテるのだ。
「牽制って……。あの女好きがいつもちょっかいかけに来てただけじゃない」
「イケメンでも落とせないんじゃ自分は無理だろうって、自粛してるギルド員もどれだけいるかしらねえ?」
「そんなの噂かなんかでしょ。だってほら、噂って勝手に独り歩きするものじゃない?」
私の返事にクリエとコーデリアは本気で呆れているようで、二人は顔を見合わせて溜息をついた。
「そこまで自覚がないっていうのもすごいわ……。うん」
「サリダさんって黒髪黒眼だから地味、とか思ってません? そんな黄金比率の造形美はなかなかないですよ。そこにある鏡を見て自覚してください」
「はあ……」
ユーディスと同じようなことを言われ、鏡を覗き込む。そこに映るのは父の面影を残した見慣れた顔。少し痩せたのか頬がこけた気もする。後でレオンに会ったら何か言われるかもしれない。
正直私みたいな男っぽい顔より、クリエやコーデリアのような柔らかくて女性らしい顔の方が可愛いと思うのだけど。だって好みの問題なのだから、世間一般が好む顔なんて私にはよくわからない。
『君は高嶺の花だから』
突然、ロゼの言葉が頭に浮かぶ。あれはロゼが大げさに言っているんだと思っていた。
あんなにしつこく誘ってきていたアスターを煩わしいと思っていたけれど、まさかあれが他の男よけになっていたなんて、何だか皮肉なものだ。
男よけで思い出し、首元のペンダントに手で触れた。あれからずっと着けたままだ。あんな経験をしたせいか、知らない男に触れられるのは少し恐怖心が湧く。けれど、これのおかげで何とか自分を保っていられた。
ホールに出るとすぐに大きな足音が私に近付いてきた。
「サリダー! もう大丈夫なのアンタ!?」
でかい図体が接近してきたかと思うと、思い切り抱き締められた。
バチバチッと音がして、同時にレオンの叫び声が店内に木霊した。
「ギャアアーッ!! 痛っ! 痛あ~っ!! 何か電気っ、電気きたわよっっ!?」
「あ……言い忘れたけど、このペンダント着けてる間、男性が触れた時に魔法が発動するんだったわ」
首にぶら下げている緑の石が付いたペンダントをレオンに見せた。
「ば、馬鹿あーっ! 早く言いなさいっ!!」
「あはは、ごめんなさい。それに長いこと休んで悪かったわね」
「あんなことがあったんだから、もっと休んでも良かったのに。アンタは心身ともに大丈夫なの? ちょっと痩せたんじゃない? 食べたい物があったらこっそり食べていいわよ!?」
心身ともになんて聞き方、レオンらしい。天引きするとも言わないんだ。彼は私が事件の被害者だと知っていて、ずっと心配してくれたのだろう。真っ直ぐな言葉で、父のような眼差しで、私はその優しさにいつも救われてきた。
「体はもう何ともないの。レオンのリゾット美味しかったわ。すっごく元気が出たのよ! 後は働いてたら、そのうち……大丈夫になるでしょ」
レオンは仕方がないと納得したのか、小さく息をついて微笑んだ。
「……アンタがそうしたいなら好きになさい。でも自分のことは大事にしなさいよ」
自分を大事に。その言葉を聞いて、ふと以前も同じことを誰かに言われた気がした。それが誰の言葉だったのか思い出せない。レオンに言われたんだろうか。
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