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本編

13 - 2 彼らの任務

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 確かロゼの家に戻ったのは日が沈んだ頃。
 記憶をさかのぼり、思い出せる範囲で私はぽつりぽつりと口にしていく。

 家に戻ると、部屋の中に傷だらけのアスターがいたこと。私のペンダントを引きちぎられ、ピアスキャッチを飲まされたこと。
 それからアスターに押さえつけられ、拘束されたと言葉にした時、口に衣服を詰められた時と同じように、指先が冷たくなりまた息が苦しくなる。
 同じことをまた体験したような感覚になり、酸っぱいものが喉元まで上がって冷たい汗が流れる。

「ぐ……っ……、は、はあ、はあ……」
「大丈夫だ。ゆっくり深呼吸しろ」

 ユーディスがすぐに私の背中をゆっくり擦る。

「サリダ、全部言わなくていい。最後に覚えてるのは?」
「……酸欠になって、意識が朦朧もうろうとした辺り……です」
「ギルド員が突入した後のことは覚えてないか」

 それにうなずくと、ユーディスは私の頭を子供にするようになでた。

「ありがとう。……よく頑張ったな」

 ゆっくり呼吸を繰り返し、乱れた呼吸は少しずつ落ち着いていく。緊張で強張った体が温かい手で解れていく。ユーディスは私が落ち着くまでずっと背中を擦ってくれた。
 あの時のアスターは、見たこともないような恐ろしい顔をしていた。それに私は……されたんだろうか。

「……聞きたくないだろうが聞け。お前は汚されてはいない。直前にアスターを追っていたギルド員が家に突入し、取り押さえた。ガラスの割れた音を聞いた見回りの者から連絡があって発見が早かった」

 それを早く伝えたかったのか、ユーディスは早口で告げた。その言葉に心から安堵し、私は小さく息をついた。
 ユーディスは窓際に置かれた椅子に腰を下ろすと、アスターが魔法薬の使用者で中毒症状が確認されたこと、私が飲まされた薬をアスター自身も何度も服用していたと告げた。

「使われたのは性的興奮を得るアンリベルという、二年以内に見つかった新しい魔法薬だ。副作用で記憶が残りにくいから性的暴行事件に使われていて、被害者が被害に遭った記憶がなく未解決が多い。摂取後すぐに検査しないとアンリベルの魔法検出は難しく、現場を押さえるしかなかった」

 ユーディスが背もたれに体を預けると、古い椅子から木の軋む音が響いた。彼の眉間には深いシワが刻まれている。

「あれは何度も摂取すると中毒になってまず止められない。……中毒者の社会復帰は絶望的らしい。抑制剤のおかげで、サリダには中毒症状が出ていないから安心していい」
「それを飲ませてくれたんですね……。ありがとうございました」

 どうやって助かったのか記憶にはないけれど、ウィスコールの人たちが助けてくれたんだ。
 私は一時でもユーディスが犯罪に関わっているかも、なんて考えたことを恥ずかしく思った。彼はやはり信頼に足る人だった。

 アンリベルの使用者が最初に発見されたのは、隣国のギオクラウス。酷い中毒症状で話せる状態になく、魔法薬の入手経路も分かっていない。アンリベルの現物が確保できたのはその時の僅かな量の粉末のみ。
 酷い中毒症状に見られるのは著しい記憶力の低下。そんな状態で発見されると、得られる情報はあまりないのだという。
 アンリベルを検出する最新の魔導具や、熟練の魔導士による魔法解析も難しい、非常に厄介な魔法薬なのだとユーディスは告げた。魔法解析はどんな魔法がかけられているかを調べる方法だ。
 その当時、アンリベルの魔法効果は推測でしかなかったという。記憶のない妊婦が増え始め、性犯罪と魔法薬の関連、被害者の症状から性的興奮を得るものと断定された。

 私はそんな犯罪に巻き込まれていたのだと知り、今更恐ろしくなった。
 魔法薬の効果を抑える抑制剤はギオクラウス国から伝わり、ニーリル国の研究塔で作られたもの。まだ魔法薬を打ち消すほどのものではないらしい。けれど私はそれに救われた。

「前に記憶をなくした時のことは?」
「以前、お酒を飲みすぎて記憶が飛んだ時ですね……」
「お前はその時にも恐らくアスターに飲まされている。酒との相性は最悪みたいだな。薬を飲まされる以前の記憶まで飛んでる」
「そう、なんですか……。道理で誰と飲んだかも覚えていないわけですね」
「その時も抑制剤を飲ませて、お前から採取した血液を検査したが遅かったらしく何も出なかった」

 検査までされていたと知り、驚愕きょうがくする。本当に何も覚えていなくて、私は呑気に毎日を過ごしていたことが恥ずかしくて居たたまれなくなった。

 そういえば前に聞きそびれたけれど、記憶をなくしたあの夜、ユーディスは私といたんだろうか。

「あの……、その夜に利用した宿の支払いと窓の弁償をされたのって、ユーディスさんですか……?」
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