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本編

11 - 1 臆病者

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 どんよりとした灰色の空を見上げながら、仕事が終わってウィスコールの建物を後にした。一緒に仕事を終えた同期のクリエも帰路に就く。

「クリエ、お疲れ様。今日は普段来ないお客さんが多かったわね」
「おつかれー! ああ、そういえばそうかも。アスターがいないからじゃない?」
「そうなの? アスターって嫌われてたっけ」
「ウィスコールの女の子にも手を出したって噂で、ギルド員同士のトラブルもあるみたいよ」
「ああ、そういうこと……。でも去年はそこまで女に無節操ではなかったのに、何だか変わったわね」
「さあねー、荒れてるのかな。誰かさんは振り向いてくれないし?」

 からかうクリエの背中を小突いた。彼女の言葉がチクリと胸を刺したが気付かないふりをして。
 彼女はこれから雑貨を見に行くらしく、一緒に行かないかと腕を引かれたが、私はアパートの状況を確認しに行かなければならず、残念ながらまたの機会にと断った。

 アパート近くの公園も人はまばらで、天気が悪いせいかセリーヌの姿もなかった。アパートまでの道のりには珍しく、ウィスコールのギルド員をチラホラと見かけた。

 アパートの自室の玄関扉を開くと、前回見た部屋の様子と何も変わらない。足を踏み入れると生臭さや下水の臭いが鼻を刺激した。
 天井には水漏れした跡がくっきりとわかる染みができている。天井は湾曲しているようにも見える。きっと工事が必要になるだろう。ここに住み続けるのは難しそうだ。
 窓を開けて換気し、家具の状態を確認してベッドやソファなどは廃棄することに決めた。気に入っていた物だから未練はあるが、何とか踏ん切りをつけた。

 私は部屋を出ると螺旋階段を上がって四階の一室へ向かった。扉のドアノッカーを叩いて中の反応を待つ。少し待っても反応がなく、もう一度ドアノッカーで叩いた。

「セリーヌ? サリダだけど、いる?」

 少し待つと玄関の扉が開いて、セリーヌが顔を見せた。相変わらず大きな目の下にクマを作り、傷んだオレンジ寄りの茶色い髪を後ろで一つにまとめている。作業着なのか、汚れたワンピースには絵の具の色が染み込んでいた。

「ごめんなさい、作業をしていて気付かなかったわ! どうぞ入って! あ、足元に気をつけてね」

 中に招かれると、室内はとんでもないことになっていた。
 昨日水漏れしたせいで絵画道具を守るためか、テーブルやソファの上に荷物が山積みになっており、床は板を剥がしたまま塞がれていない。腰を下ろす場所も食事をする場所もない。室内は絵の具なのか薬品なのか、少し下水の臭いも混じって何とも言えない臭いがしている。

「忙しい時にお邪魔して悪かったわね……」
「サリダにも迷惑かけてしまってごめんなさい」
「本当にびっくりしたわよ。セリーヌの絵は無事だったみたいで良かったわ」
「もう必死だったのよー。お客さんの絵を駄目にしたら殺されちゃうわっ」

 コロコロと可愛らしく笑いながら、恐ろしいことを口にするセリーヌ。絵を一つ駄目にしたぐらいで殺されたら堪らない。
 床が剥がされたままなのは応急処置しただけらしく、下の部屋まで水漏れしないように色々工事が必要らしい。

「セリーヌ、私の部屋なんだけど、今のままだと住めそうにないから引っ越そうと思うの」
「え! やだ本当に!? アタシのせいよね、本当にごめんなさい。だったら費用は全部出すわ!」

 そういうとセリーヌはチェストから紙幣を取り出して、ポンと一束私の手に握らせた。ざっと見ても五十万リートはありそうな厚みでギョッとした。この辺の相場なら半分もしない。
 慌てて多すぎると断ったが、引っ越すのに敷金礼金もかかるだろうと、迷惑料も込みということで受け取ることになってしまった。彼女は私と金銭感覚が違うのだろうけど、惜しげもなくポンと出せるなんて驚くばかりだ。

「うちもまた引っ越すことになるかもしれないわねえ。何度も引っ越しって面倒臭い。サリダはどこに引っ越すの? もしかしてこの間、連れてた男のところ!?」

 ロゼのことを覚えているらしい。確かに今は彼の家にいるが、引っ越し先は探すつもりだ。

「あれはギルドの人だって言ったでしょ。それにこの間の言い方はすごく失礼よ? 私、後で説教されたんだから」
「ごめんなさい……。アタシそういうの鈍いのよ。気を悪くしたなら彼に謝っておいてくれる?」
「ええ。本人はそれほど気にしてないと思うけど……」

 そのせいでロゼとは変な関係になってしまった。あの時、セリーヌに言われたことがなければ、彼は普通に家に送り届けて帰っていただろうか。
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