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本編
03 - 1 声の仕事
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十五時半ちょうど。ロゼに指定された甘い香りの漂う店の前で待っていると、横から低音の落ち着く声が耳に響く。
「お待たせしてすみません」
精霊結晶を織り込んだ黒の生地に金糸刺繍が施された、魔法効果を高める魔導士ローブを羽織って足音もなく近付いてきたロゼ。
アッシュブロンドの髪が軽やかに風になびいて、キリッとした涼し気な目元にシャープな顔。よく見れば端正な作りだ。
何故、彼ではなくアスターがモテるのだろうといつも不思議に思う。甘さで言えばアスターなんだろうか。
ロゼは人見知りで最初の頃はろくに話してもくれなかった。そのせいなのか、女に騒がれているところを一度も見たことがない。
毎日店に来るようになって一年経つ今では、だいぶ気安く話してくれるようになった。
「店にいる時と随分印象が違うんですね」
「あ、髪を下ろしてるからかしら? 服も仕事ではパンツだけど、普段はワンピースなの」
普段、私はワンピースばかり着ている。一枚で着られるから楽だという理由だけれど、たくさん服を買う余裕もそんなにあるわけではない。
太っているわけではないが痩せているわけでもなく、立ち仕事のせいか太腿なんてしっかりした太さだ。ワンピースは体型を誤魔化すのにちょうど良かった。
今日もいつも着ている内の一枚で、リネンのゆったりした七分袖ワンピースに、ベルト代わりの革紐をウエストで巻いている。その上にいつもポンチョ型コートを羽織る。束ねていた長い黒髪も、ふんわりと下ろしていた。
「普段は柔らかい雰囲気で可愛らしいんですね」
ロゼは無表情で本心かどうかもわからないが、褒めてくれたようだ。職業柄、お世辞など言われ慣れている私は向けられた言葉を素直に受け取れなくなってしまっていたけれど、あまりそのようなことを口にしないロゼに面と向かって言われ、少し照れくさいようなくすぐったさを感じた。
「あ……ありがとう」
「では現地に向かいますね」
ロゼはいつもと変わらない様子で目的地に向かって足を進めた。
私を連れて行くということは声が必要なんだろう。
町の大通りから川へ向かい、川沿いに下りていくと下水道へ繋がる大きなトンネルがある。石タイルを積み上げてできたようなトンネルで、真ん中に下水が流れ両端に細いが歩ける通路がある。
今は柵がしてあり、中には入れない。その周りには数人のギルド員がいた。
「すみません、実はこの近辺でネズミが大量発生してまして……。ここら一帯の住宅から被害届が相次いでいるんです」
「ああ、なるほど。それで私の声ってことなのね」
「察しが良くて助かります。駆除が必要なので、汚くて申し訳ないですが奥へ進みましょう」
ロゼは下水道を塞ぐ柵を外して中に入り、私も後に続いた。
通路に足を踏み入れるとトンネルの奥まで足音が響く。少しひんやりした空気が肌に触れ、水は静かに流れて音はほとんど聞こえない。私たちが移動する足音だけが、生き物の存在を知らせているみたいだ。
「私の声がこんな所で役に立つなんてね。ふふ、災害でしかなかったのに」
「あなたのそれは個性ですよ」
物を壊すことしかできない迷惑なものなのに、それを利用しようと考える人がいるなんて、目から鱗が落ちるような思いだ。しかも個性なんて言ってくれる人は初めてで、少し気分が高揚した。
先端に透明の石がついたシンプルな短い杖を出し、ロゼはそれに小さな光を灯すと先頭を歩く。しかし中は下水道。かなりの悪臭が漂っていて鼻がもげそうだ。
ショールか何か巻くものを持ってくれば良かったと思いながら鼻をつまんでいると、ロゼが私たちの周りに魔法をかけた。
「気が回らなくてすみません。周囲の匂いを遮断したので悪臭は消えたと思います」
「あ、本当……。もう臭わないわ。ありがとう」
端の方を歩きながら薄暗い中を進むと、小さな影がちらほら見える。恐らくネズミなのだろう。
強い光を放つと逃げると言うので、小さな灯りだけで足元を見ながら歩いた。
すると私の手を大きな冷たい手が包んだ。
「つかまっていてください。ここは足場が狭いので気を付けて」
ロゼが私の手を引いて先へ誘導してくれる。手をしっかりと握り、危ない所があれば止まって忠告してくれた。
いつも無表情で人に関心がなさそうだったけれど、こういう優しい気遣いのできる人だとわかると不思議と胸が温かくなる。
しばらく歩くと広い空間に出て、ロゼの足が止まった。
「お待たせしてすみません」
精霊結晶を織り込んだ黒の生地に金糸刺繍が施された、魔法効果を高める魔導士ローブを羽織って足音もなく近付いてきたロゼ。
アッシュブロンドの髪が軽やかに風になびいて、キリッとした涼し気な目元にシャープな顔。よく見れば端正な作りだ。
何故、彼ではなくアスターがモテるのだろうといつも不思議に思う。甘さで言えばアスターなんだろうか。
ロゼは人見知りで最初の頃はろくに話してもくれなかった。そのせいなのか、女に騒がれているところを一度も見たことがない。
毎日店に来るようになって一年経つ今では、だいぶ気安く話してくれるようになった。
「店にいる時と随分印象が違うんですね」
「あ、髪を下ろしてるからかしら? 服も仕事ではパンツだけど、普段はワンピースなの」
普段、私はワンピースばかり着ている。一枚で着られるから楽だという理由だけれど、たくさん服を買う余裕もそんなにあるわけではない。
太っているわけではないが痩せているわけでもなく、立ち仕事のせいか太腿なんてしっかりした太さだ。ワンピースは体型を誤魔化すのにちょうど良かった。
今日もいつも着ている内の一枚で、リネンのゆったりした七分袖ワンピースに、ベルト代わりの革紐をウエストで巻いている。その上にいつもポンチョ型コートを羽織る。束ねていた長い黒髪も、ふんわりと下ろしていた。
「普段は柔らかい雰囲気で可愛らしいんですね」
ロゼは無表情で本心かどうかもわからないが、褒めてくれたようだ。職業柄、お世辞など言われ慣れている私は向けられた言葉を素直に受け取れなくなってしまっていたけれど、あまりそのようなことを口にしないロゼに面と向かって言われ、少し照れくさいようなくすぐったさを感じた。
「あ……ありがとう」
「では現地に向かいますね」
ロゼはいつもと変わらない様子で目的地に向かって足を進めた。
私を連れて行くということは声が必要なんだろう。
町の大通りから川へ向かい、川沿いに下りていくと下水道へ繋がる大きなトンネルがある。石タイルを積み上げてできたようなトンネルで、真ん中に下水が流れ両端に細いが歩ける通路がある。
今は柵がしてあり、中には入れない。その周りには数人のギルド員がいた。
「すみません、実はこの近辺でネズミが大量発生してまして……。ここら一帯の住宅から被害届が相次いでいるんです」
「ああ、なるほど。それで私の声ってことなのね」
「察しが良くて助かります。駆除が必要なので、汚くて申し訳ないですが奥へ進みましょう」
ロゼは下水道を塞ぐ柵を外して中に入り、私も後に続いた。
通路に足を踏み入れるとトンネルの奥まで足音が響く。少しひんやりした空気が肌に触れ、水は静かに流れて音はほとんど聞こえない。私たちが移動する足音だけが、生き物の存在を知らせているみたいだ。
「私の声がこんな所で役に立つなんてね。ふふ、災害でしかなかったのに」
「あなたのそれは個性ですよ」
物を壊すことしかできない迷惑なものなのに、それを利用しようと考える人がいるなんて、目から鱗が落ちるような思いだ。しかも個性なんて言ってくれる人は初めてで、少し気分が高揚した。
先端に透明の石がついたシンプルな短い杖を出し、ロゼはそれに小さな光を灯すと先頭を歩く。しかし中は下水道。かなりの悪臭が漂っていて鼻がもげそうだ。
ショールか何か巻くものを持ってくれば良かったと思いながら鼻をつまんでいると、ロゼが私たちの周りに魔法をかけた。
「気が回らなくてすみません。周囲の匂いを遮断したので悪臭は消えたと思います」
「あ、本当……。もう臭わないわ。ありがとう」
端の方を歩きながら薄暗い中を進むと、小さな影がちらほら見える。恐らくネズミなのだろう。
強い光を放つと逃げると言うので、小さな灯りだけで足元を見ながら歩いた。
すると私の手を大きな冷たい手が包んだ。
「つかまっていてください。ここは足場が狭いので気を付けて」
ロゼが私の手を引いて先へ誘導してくれる。手をしっかりと握り、危ない所があれば止まって忠告してくれた。
いつも無表情で人に関心がなさそうだったけれど、こういう優しい気遣いのできる人だとわかると不思議と胸が温かくなる。
しばらく歩くと広い空間に出て、ロゼの足が止まった。
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