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本編
02 - 1 ダイニング『ラモント』
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私の勤め先であるラモントは、賑やかな大衆食堂という雰囲気ではなく、天井から吊るされた照明や、ダークウッドの床に無垢板テーブルと椅子が並ぶ、とてもお洒落な雰囲気だ。この内装は全てギルドマスターの好みなのだとか。
食事は美味しいし、夜はお酒の提供もしていて飲みにやって来るギルド員もたくさんいる。
今週は早番のため、六時出勤だ。
着替えを終えて店内に足を踏み入れた途端、低音を裏返して可愛く作ったような声が私に向いた。
「おはよう、サリダ・ブランカ。アンタ一昨日、大丈夫だったのー?」
声の主はこのダイニングの経営者兼、料理長のレオン。たくましく鍛えられた筋肉でダークブロンドの短い髪をアップバングにした、口調だけが女性らしい男性だ。これでも可愛らしい娘さんがいるのだから、先入観や偏見を持つものではない。
「おはよう、レオン。大丈夫って何が」
胸まである長い黒髪を後ろで一つに束ねて少し伸びた前髪は横に流し、黒のシャツに黒のパンツ、ダークブラウンの腰エプロンを巻いた制服。
それをきっちり着こなして、私は床にモップを走らせながらレオンに答えた。
「アンタ相当飲んでフラフラだったのよ? ちゃんと帰れたの?」
レオンはその時のことを覚えているみたいだ。
誰といたか知っているかもしれない。
「あー……、それがあんまり記憶になくて。私、誰と飲んでたっけ?」
「客のテーブルに呼ばれる度、アンタ飲まされてたのよ。五人くらいいたわね。覚えてないなんて、何かやらかしてないでしょうね?」
じろりと睨むレオンに背筋が冷えた。こんな彼でもここをまとめる責任者だ。ギルドマスターの許可を得て運営するダイニングだから、ギルドとトラブルを起こせば退店させられてしまう。
いわばこの店は貸店舗なのである。そこで雇われている私はギルド員ではなくラモントの従業員だ。もしも私がトラブルの元となればクビになり兼ねない。
「えー……と、多分ギルドの誰かと寝た」
「何ですって!?」
正直に口にした私に鬼の形相で詰め寄るレオン。でかい図体に顎髭のオッサン顔で、壁際まで詰め寄られれば誰だって恐怖する。
これでも店内のトラブルをものともせず解決できる手腕の持ち主だ。この施設内では怒らせたらマズイ人物の一人に入っている。
「それが覚えてないのよっ。私あの時、何飲んでた!?」
「は? それも覚えてないっての!? 飲酒禁止にするわよ!?」
客からもらった酒は奢りだ。
自腹で飲む酒より旨いのだから禁止にされては堪らない。
「そ、それは勘弁……っ。いや、私今まで記憶なくすほど飲んだことないじゃないっ!? だからおかしいなーって!」
寄せていた眉根のシワがなくなり「それもそうね」と至近距離に迫っていた顔が離れて、ほっと小さく息をついた。
「一昨日アンタが飲まされたテーブルにいたのは、剣術士アスター、聖導士ディラン、魔導士ロゼ、ギルド受付のユリアナとハノンだったわね」
レオンは記憶力が良い。全員の名前がスラスラと出てきた。
女性のユリアナとハノンを除けば三人か。だけど、その三人は……。
「そういえばみんなで飲んでたわね。でも彼ら、ランク五と六よね」
「そうだけど、ランクがどうかしたの?」
「宿の支払いが高ランクカードだったから相手の名前もわからないのよ」
私の言葉を聞いて呆れた顔をするレオン。
何が言いたいかはもうわかっている。
「何で覚えてないのよー!?」
ほら言った。
だけど彼は本当に頼りになるし口も堅い。叱られるとわかっていたが、彼に頼れば何とかなることも多いのだ。
「ランク八以上って、五人しかいないじゃないのっ」
「ギルドマスターとサブマスターはここに来てないでしょ!? その二人はきっとないわ! ……たぶん」
はあ、と大きな溜め息をつくレオン。
「トラブルは勘弁してほしいところだけど、相手がアンタを気に入ったならまた寄ってくるでしょうよ。とりあえず今は仕事!」
パンッと乾いた音が店内に響き、合わせた手を開いたレオンは中断していた作業を再開する。
私も店内のモップがけの続きを始め、他の従業員も出勤し、ダイニング『ラモント』は七時に開店した。
食事は美味しいし、夜はお酒の提供もしていて飲みにやって来るギルド員もたくさんいる。
今週は早番のため、六時出勤だ。
着替えを終えて店内に足を踏み入れた途端、低音を裏返して可愛く作ったような声が私に向いた。
「おはよう、サリダ・ブランカ。アンタ一昨日、大丈夫だったのー?」
声の主はこのダイニングの経営者兼、料理長のレオン。たくましく鍛えられた筋肉でダークブロンドの短い髪をアップバングにした、口調だけが女性らしい男性だ。これでも可愛らしい娘さんがいるのだから、先入観や偏見を持つものではない。
「おはよう、レオン。大丈夫って何が」
胸まである長い黒髪を後ろで一つに束ねて少し伸びた前髪は横に流し、黒のシャツに黒のパンツ、ダークブラウンの腰エプロンを巻いた制服。
それをきっちり着こなして、私は床にモップを走らせながらレオンに答えた。
「アンタ相当飲んでフラフラだったのよ? ちゃんと帰れたの?」
レオンはその時のことを覚えているみたいだ。
誰といたか知っているかもしれない。
「あー……、それがあんまり記憶になくて。私、誰と飲んでたっけ?」
「客のテーブルに呼ばれる度、アンタ飲まされてたのよ。五人くらいいたわね。覚えてないなんて、何かやらかしてないでしょうね?」
じろりと睨むレオンに背筋が冷えた。こんな彼でもここをまとめる責任者だ。ギルドマスターの許可を得て運営するダイニングだから、ギルドとトラブルを起こせば退店させられてしまう。
いわばこの店は貸店舗なのである。そこで雇われている私はギルド員ではなくラモントの従業員だ。もしも私がトラブルの元となればクビになり兼ねない。
「えー……と、多分ギルドの誰かと寝た」
「何ですって!?」
正直に口にした私に鬼の形相で詰め寄るレオン。でかい図体に顎髭のオッサン顔で、壁際まで詰め寄られれば誰だって恐怖する。
これでも店内のトラブルをものともせず解決できる手腕の持ち主だ。この施設内では怒らせたらマズイ人物の一人に入っている。
「それが覚えてないのよっ。私あの時、何飲んでた!?」
「は? それも覚えてないっての!? 飲酒禁止にするわよ!?」
客からもらった酒は奢りだ。
自腹で飲む酒より旨いのだから禁止にされては堪らない。
「そ、それは勘弁……っ。いや、私今まで記憶なくすほど飲んだことないじゃないっ!? だからおかしいなーって!」
寄せていた眉根のシワがなくなり「それもそうね」と至近距離に迫っていた顔が離れて、ほっと小さく息をついた。
「一昨日アンタが飲まされたテーブルにいたのは、剣術士アスター、聖導士ディラン、魔導士ロゼ、ギルド受付のユリアナとハノンだったわね」
レオンは記憶力が良い。全員の名前がスラスラと出てきた。
女性のユリアナとハノンを除けば三人か。だけど、その三人は……。
「そういえばみんなで飲んでたわね。でも彼ら、ランク五と六よね」
「そうだけど、ランクがどうかしたの?」
「宿の支払いが高ランクカードだったから相手の名前もわからないのよ」
私の言葉を聞いて呆れた顔をするレオン。
何が言いたいかはもうわかっている。
「何で覚えてないのよー!?」
ほら言った。
だけど彼は本当に頼りになるし口も堅い。叱られるとわかっていたが、彼に頼れば何とかなることも多いのだ。
「ランク八以上って、五人しかいないじゃないのっ」
「ギルドマスターとサブマスターはここに来てないでしょ!? その二人はきっとないわ! ……たぶん」
はあ、と大きな溜め息をつくレオン。
「トラブルは勘弁してほしいところだけど、相手がアンタを気に入ったならまた寄ってくるでしょうよ。とりあえず今は仕事!」
パンッと乾いた音が店内に響き、合わせた手を開いたレオンは中断していた作業を再開する。
私も店内のモップがけの続きを始め、他の従業員も出勤し、ダイニング『ラモント』は七時に開店した。
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