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遠い背を夢見て

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 ハゲヤクザには別れる時に前もって梵字付きの苦無を渡してあったので、それを目印にして転移した。ダンジョンに飲み込まれないように、定期的に苦無を抜き差しして貰う必要があるために、差しっぱなしには出来ないのだ。
 そこで見たのは以前と同じように土壁で覆った拠点の隙間でボロボロになりながら必死に戦う12人の姿だった。

「むっ!小僧か……もしや見つかったのか?」
「はい、163階層で見つかりましたので迎えに来ました」
「おおっ!それは重畳重畳!ちょうど飽きてきていたところよ」
「どこに繋がっているかはわかっているのかい?」
「いえ、どうせならその楽しみを共有したいだろうって師匠が」
「さすが御館様」

 俺が突然現れてハゲヤクザたちと会話し始めた事にギョッとした表情を浮かべていた迅雷のメンバー。話の内容が進むに連れどんどんと悲壮感に満ちて行っているようだ。きっと置いて行かれる事を察したのだろう。

「ど、どこかへ行かれるのですか?」

 意を決したという表情で話しかけて来た東雲さん……話しかけるだけでその表情って、一体離れている間にどんな事があったんだろうか……聞きたい気もするけど怖い。

「うむ、163階層にて隠し部屋が見つかったらしいでの、儂らは行くつもりじゃ」
「で、では代わりに横川くんがここに?」
「そんな訳なかろう、小僧は共に行くに決まっとる」
「……ひっ」

 確かに101階層からのモンスターは狡猾だし、上層のゴブリンとは比べ物にならないほど強くはあるけれど、そこまで怯える程の事かな?12人……いや6人でしっかりと固まりながら冷静に対処すれば、それほど苦労するとは思えないんだけど。しかも30日間もあったんだから、それなりの修行をこなせていると思うんだけど……よっぽどハゲヤクザたちにしごかれたのかな?俺にやったように、延々とモンスターを引き連れてきて襲わせるとか。うん、きっとそれで恐怖に支配されてしまっているに違いないね。

「気をしっかりと持たんかっ!!」
「しょうがないね~分身を数体出して一帯を掃討して来てくれるかい。その間……そうだね、6時間ほどあんたたちはしっかりと休んでいいよ」
「見張りはよろしいので?」
「全部我らがやっておくから、しっかりと心身を休めてきな」
「ありがとうございます。横川くんも申し訳ない」

 うん、東雲さんはちゃんと礼を言ってくれるからいい人だ。東さんたちと同じような光景だったから、少し嫌な気分になるかと怯えていたけれど良かったよ。
 鉄扇鉄塊とナル森もさすがにこちらを睨む力も残っていないようだしね。

 8時間ほど延々と狩り続けてリポップ待ちになったところで、ようやく163階層へと移動する事となった。
 迅雷は6時間でちゃんと起きて用意をしてきていたんだけど、キリがいい所まで片付けたという形だ。で、その間の時間は迅雷の面々だけで話し合いをさせていた。密かに分身を潜らせて話を聞いてみたところ、戦い方についてや癌3人衆へのダメ出しなどが主だった。会話の中で「あんなバケモノに喧嘩を売るとか頭がおかしいのか?俺たちを巻き込まないでくれ!」って言っていたんだけど、もしかしてハゲヤクザや鬼畜治療師にも喧嘩を打ったのかな?本当にバカなんだね。

 そして新たに分身を10体ほど発現させてから走り出したんだ。まぁ少し離れて彼らに察知出来ない場所で2人には次元世界へと移って貰ってから転移したんだけどね。次元世界の事は基本的にこれ以上知っている人間を増やしてはならないらしい。尋常ではないほどの荷物運べるし、もし今世界で核戦争などが起きたとしても、絶対に安全なシェルターにもなるから、広く知られてしまうようになると世界中の権力者などが目の色を変えて襲ってくるだろうという恐れからだ。

 再度合流したところで、少し休憩してから突入する事となった。
 今回の扉がある場所は川の中だった。側面にひっそりと周りの色に合わせたような土色の扉があったのだ。これを見つけたのはあられで、褒美は本人が望む甲羅磨きだったので布でしっかり丁寧に磨いておいた。

 3時間ほど休憩をしたところで万全の準備を整え、気を引き締めて扉を開け入った先は1つ目の巨人がひしめいていた。まるで砂漠のような茶色い景色の中に、山ほどの体長10mを超す緑色の巨人が闊歩している。遥か先にはまるで山のような城……いや、中世の神殿のような物が見える。一見した感じでは1つ目の巨人ばかりかと思えたが、4本腕や6本腕が遠くにいるようにも見える。更にそれらは武器防具を着けてもいるようだ。
 うどん情報では階層ではなく、いわゆるモンスターハウスと呼ばれる場所のようだ。全てを討伐しない限り部屋から出る事は出来ないらしい。

「ふむ……どうやらここは1つ目の巨人の里といった感じのようだな。奥の神殿には王か皇帝やらが玉座にて待つのやもしれんな」
「ですな……酒は期待できんか。いや、里ならば酒蔵があってもおかしくないか」
「きっと宝物殿もあるに違いないね」
「ふふふ……巨人との手合わせか、せいぜい図体がデカいたけではない事を期待しようかの」
「お爺さん、あんまり張り切りすぎて一太や香織たちの分も屠ってはダメですよ」

 巨人のモンスターがこれでもかと見えているというのに、この人たちはブレないね。それぞれが欲望を口にして、めちゃくちゃ楽しそうに笑っているし。

「お前たちは手前の普通のモノ……腰に布を巻き素手や棍棒をふりまわしているのだけを相手しておれ、我らが奥へと行く」
「わかりました。スキルなどは使用可です?」
「あぁ、構わんが……構わんが我らも共に戦闘している事を踏まえて使えよ?決して巻き込んでくれるなよ」

 これはフリかな?
 バカでかいのをぶっぱなしちゃえっていうフリなのかな?
 ……ってそんなわけないか、これだけ張り切っている師匠たちを巻き込むようなのをぶっぱなしたら、恐ろしい反撃を受けそうだし。

「集合は神殿前じゃな、それまでは各々思う存分戦おうぞ」
「では行け」

 師匠の言葉と同時にまずは俺たちだけがモンスターひしめく中へと突っ込む。とりあえずスキルは封印して、ここまでの修行の成果を試す事にする。
 龍牙の刀で以前海を割った時のように振る……
 予定では後方にいるモノも数体巻き込んで真っ二つになるはずだったのだが、意外にも1体しか屠る事が出来なかった。
 ただデカいだけではなく、防具を着けずともかなり硬い表皮を持っているみたいだ。これはかなり気合いを入れて望まないと、恐ろしく時間が掛かりそうだね。奥にいる武器防具を着けているのは、きっと俺たちが相手しているモノの上位種か何かなのだろうけど、これでこの硬さとなると、どれほどの強さとなるのか気になるところだ。
 って、今はそんな事を考えている余裕なんてないんだったよ。

「分身っ!!」

 とりあえず200体ほど発現させて、香織さんのフォローが出来るように近くに30体ほどと影に数体潜ませて、後は散開させて挑む。とりあえず当面はスキルは無使用で行こうと思う。巻き込むのが怖いのもあるけれど、スキルを使用しない戦い方の重要さも修行を通してよくわかったしね。あくまでも補助として考えていきたい。

「気張り過ぎるなよ」
「無理はせんようにの」

 俺たちが刀を振るう中、前方へと駆けながらそれぞれが軽く声を掛けてくれていった。一瞬で豆粒のようになったゆくその背を見つつ全力をもってして相対する。
 いつからあの人たちに並び立つ事を夢見ながら……
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