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パラダイスとトラウマと

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     名古屋でも有名な蓬莱軒。
 全国放送や色々な番組でもよく紹介される名店だ。

 美味しかった。
 手順というか、食べ方が全くわからなくて戸惑いはしたけれど、クソ忍者に教えて貰いながら腹いっぱいになるまで食べた。
 メインのひつまぶし以外にも、卵焼きの中にウナギが入っているやつとか、肝を煮たのとか、骨せんべいだとか色々と。

 寿司の時もそうだったけれど、孤児院では出た事などないし、かといって学生の身でわざわざ食べに行こうとも思わない。
 高い割りにはそこまでお腹いっぱいになりそうになしいね……
 それになんかウナギ屋って敷居が高いし。大人の店って感じがしてた。
 よく「匂いだけでご飯数杯はいける」とか聞くけれど、食べた事がないのでわからなかった。まぁ匂いくらいはスーパーで嗅いだ事はあるけどさ。

 だから有名店だから美味しいのか、それともウナギ自体が美味いのかはわからないけれど、とにかく大満足だ。

 食後は近衛の人が運転する車に乗って、錦にある高そうなキャバクラへと移動した。

 胸元や肩がバッチリでた、なんという名前かは知らないけど派手なドレスを着た綺麗な女性がずらりと入り口に並んで俺たちを迎え入れてくれた。

「若様お久しぶりでございます、さあどうぞこちらへ」

 中でも一番貫禄がある女性が出てきて、クソ忍者の肩にそっと手を添えて店の奥へと誘おうとしている。
 若様というくらいだから、ここも一全流の系列店なのかな?そうなると……リノンさんの部下?
 うーん、それを考えてしまうと、なんかまた企てられているのではないかと思ってしまえるな……

「今日の主役はこやつだ、俺の事はどうでもいい」

 こういう場所の責任者はママって言うんだっけ?そのママの腕をサッとすり抜け、寄ってきて俺の肩を軽く叩いた。そして俺にだけ聞こえる程度の声で、「ここのママと幾人かの男だけはリノンの部下だが、他は全くの無関係の従業員だから気にしなくていい」と教えてくれた。

「あら、そうなんですか」

 いかにも意外といった表情でこちらを向いたママの視線は、一瞬で上から下まで俺を品定めした感じだった。
 うーん、居心地悪い。

「こちらへどうぞ」

 案内されたのは、L字型に置かれたいかにも高そうなソファーと、無駄に煌びやかなテーブルのある場所だった。
 その真ん中へと座らされ、左右から若く綺麗な女性2人づつが俺を挟み込む感じで座った。

 くっ、嫌な感じだったけど、さすがは錦の一流クラブのママなのか、あの一瞬で俺の好みを理解したというのだろうか……俺を囲む4人の胸元は大きく盛り上がり、谷間がキラキラと光っているではないかっ!

「それは一応まだ未成年だから、ソフトドリンクで頼む」
「かしこまりました」
「横川、今日は貸切にしてあるから好きなようにしてくれ。ちょっと横川は今心が傷ついているので皆優しくしてやって欲しい」
「「「「は~い」」」」

 おおうっ、こ、これが男のパラダイスか……
 あのハゲが妾を増やしてしまう気持ちも分かる気がするよ。
 いやらしくない程度のボディタッチや、両腕に押し付けられた大きな膨らみが4つ。しかも代わる代わる、柔らかいのやら少し硬いのやら、大きさも違うのが俺を襲ってくる。
 口を開ければ、運ばれてくる甘く瑞々しいフルーツ。
 何を話しても褒められたり、愚痴を話せば柔らかく慰めてくれる。

 客だから持て囃されているとはわかるけど、それでも「可愛い」とか「タイプ」「持ち帰りしちゃいたい」などなど言われたら、その気になって勘違いしてしまいそうだ。
 これはダメだ……
 金があったらハマる大人の気持ちも理解出来てしまう。

 お酒も飲んでいないはずなのに、ふわふわとした気分になるね、これは。

 なんて場所に連れて来てくれたんだク……師匠様っ!!
 最高ではないですかっ!!

 その師匠をチラリと見てみれば、ママを適当に軽くあしらいながら、凄い勢いでこれまた高そうなウィスキー?を飲んでいる。
 俺が見ただけでも既にあれは3本目のはずだ。
 何か嫌なことでもあったんだろうか……うん、心労だね、きっと。

「んっ?どうした、楽しんでいるか?」

 視線に気が付いた師匠が声を掛けてくれた。
 本人は一切楽しそうではないように見えるから、俺だけこれほど楽しくていいのだろうかと不安になるな。

「えぇ、はい」
「俺の事は気にするな、そうだな22時になったら帰るから、それまで楽しんでくれ」

 そう言ってまたグラスを呷る師匠。
 もしかしたらあの琥珀色の物は水なのかと疑ってしまうほど、ゴクゴクと気楽に飲み干しているな……

「はい、一太くんはお酒はダメだからこれ飲もうね」
「ヨコちゃん、はい、あ~ん」

 幸せだ……
 初めてのあ~んがこれほど素敵なものだとは思ってもいなかったよ。

 それにしても谷間が気になる……
 どうして光っているんだろう。でもさすがに聞けないよな……いや、酔ったフリをして聞けば……ついでにタッチしちゃったり……
 って、お酒飲んでいないんだった。
 残念だ、残念極まりない。
 これほどまでに早く大人になりたいと思った事があるだろうか、いや、ない!

「も~胸ばっかり見てる~」

 おうっ、しまった……ガン見し過ぎたか。

「可愛いっ」

 えっ?
 何が可愛いの?見ていいの?
 わからん、何が正解なのか全くわからん……だがただただ幸せである。

 楽しかったり幸せな時間というのは、早く経つようだ。
 気が付けばあっという間に時計の針は22時を回っていた。

「名残惜しいかと思うが帰るぞ」

 本当に名残惜しいが、スポンサーが帰ると仰っているので帰らざるを得ない。

 お姉さまたちの引き止める声に後ろ髪を引かれながら、車へと戻る事となった。
 お会計見ていないけど、一体幾らなんだろう……
 まっ、いいか気にしなくても、あのクソジジイのお財布だろうしね。

「本当にこの度はすまなかったな」

 ゆっくりとネオン光る夜の街を走り出した車の中で、師匠がため息を吐くようにまた謝罪の言葉を口にした。

「いえ、もう大丈夫ですから。こちらこそ今日はありがとうございました」
「俺もな……若い頃に同じような目にあってな」

 師匠も被害者だったのか……だからここまでの謝罪という事なのかな。

「纐纈さんにですか?」
「あぁ、お前よりもう少し若い10の頃にな、纐纈と御館様……まぁ父親と祖父が纐纈と共謀してやられた。俺の時は飲み薬だったんだが、屋敷に住み込んでいる下働きの女が部屋に来て、まぁお前と同じような感じにされてな。俺は立場が立場だからな、翌日焦って父親に報告に行ったら、ネタバレされて笑われた挙句に、薬にやられるとは何事かと叱咤されたよ。しかも3人は薬が効いて騙されるかどうかを賭けてやがった」

 おおぅ……俺よりハードじゃないですか。
 身内に賭けの対象にされた挙句に騙され、しかも笑われて怒られるとか……

「よく皆殺しにしませんでしたね」 
「殺しはせんが、家出はしたな……数時間後には捕まったがな」

 今日は酔っているのかかなり饒舌だ。
 俺の件でトラウマが呼び起こされたのかな。

「だから同じような目に誰も合わせたくないと思っていたんだが……ここ数年大人しくしているからもうやらんかと思ったら、お前という興味深い対象が出来たせいか……まさかまたやらかすとは思わなんだ。俺が甘かった……だから本当にすまない」
「いえ、もう気持ちは受け取りましたので」

 ここまで殊勝だと、逆にやりにくい……
 傲慢、太太しい感じのイメージが一気に崩れたというか、師匠も普通の人間だったんだなとは思うけどね。親近感も湧いてきたし。

「この度の事はしっかりと纐纈も〆るし、リノンたちにも横川の心を弄ぶなと言い聞かせておいた」
「リノンさんたちにはもう言って頂いたんですか?」
「あぁ、しっかりとな」

 既にって事はだ、最後にすれ違った時の態度は真実って事!?
 エミちゃんのキスや言葉も本当の事なのか!?
 やはりモテ期が来ちゃったのか!?

 独り心の内で盛り上がり始めた頃、孤児院の前へと車は到着した。

「今日はありがとうございました」
「いや、こちらこそ悪かったな。ではまた明日な」

 あっ、すっかり忘れてた……
 そういや明日からまた修行なのね。
 でもこれまでよりは少しだけ素直に挑める気がするよ。
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