スカイ・コネクト

宮塚恵一

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第6話 ペルセウス座

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 夏にもなると花恋も大学の研究で研究室に夜遅くまで残ることも増えたせいか、早朝のバードウォッチングに毎日ついてくる、ということはなくなった。
 けれどその代わりに蓮司もラインの連絡を再開したので、それが理由で少し物悲しくなる、などということはなかった。
 六月のあの公演の日に、花恋に「やっぱり連絡手段がメールだけは不便っす」と押し切られた勢いで蓮司は花恋にスマホを貸して、みるみるうちにログインさせられ直されてしまった。
 蓮司のもとに花恋からの連絡は毎日のように、真琴からも演劇サークルの練習の様子から他愛無い朝や寝る前の挨拶までが定期的に届くようになった。
 他人と関わるわずらわしさから止めていたSNSであったが、二人からの連絡は蓮司も不思議と嫌な気分はしなかった。

「そういやセンパイの劇、なんか大会でもやるみたいっすね」
「俺の劇ではない。真琴からも連絡きてた」
 今日も花恋は外で天体観測のようで、外の風の音が時折電話先の受話器がひろっているのが聞こえる。
「センパイの書いた話なんだから、センパイの劇みたいなもんじゃないっすか」
「それはなんか、違う気が」
 真琴たちの演じる舞台には蓮司はノータッチなのであり、それを自分のものと言ってしまうのは傲慢だろう。
 あの劇は、あくまで真琴たちのものだ。

「で、今日は何だ?」
「今日はいよいよペルセウス座流星群っすよ。七月からのみずがめ座デルタ流星群もなんつーか、乙なものでしたけど、今年は何年かぶりの好条件ですからね。楽しみにしてたっす」
「結城は流れ星見るのが好きなの?」
「や、別に天体ショー関連は毎日チェックしてますけど、流星群って天体観測興味ない人にも分かりやすいじゃないっすか。だから運が良ければセンパイも見れるかなー、と」
「なるほど」
 蓮司は前の時と同じように外に出た。真夏の夜は蒸し暑い。部屋の冷気が逃げないように窓をしっかりと閉め、空を見上げた。
「おー、晴れてるな」
「マジっすか。例によってピークはまだっすけど、もしかしたら見れるかもっすよ」
 と、花恋がいい終わるかどうかと言った時だった。
 空に一筋の光が、きらりと煌めき伸びるのを見た。
「結城、今の……」
「センパイ! 今の! 今のっすよ。見ましたか!」
 二人がそう言っている間にも、もう一つ光の筋が流れた。
「見た。また流れたな」
「いやー、もうちょっと粘らないとかと思ってましたけどめっちゃすぐでしたね」
 電話越しの花恋のはしゃいだ声が響く。花恋の声につられて、蓮司も少しだけ、心が躍るような気になった。
「センパイ、どこでも空はつながってるんすよ」
「なんだその青春映画みたいな台詞」
「あ、ひどい。センパイも朝、鳥を見る時にそういうこと思うことないっすか」
 日々空を見ていると、留鳥だけでなく、渡り鳥や、雛鳥の観察の様子が見られる。
 春に近所の軒先で巣を作っていたツバメも、時には他のツバメに巣を奪われそうになったり、雛が巣の下に落っこちたりしながらも、子育てを終えて、先月には若鳥たちも南の方と巣立って行った。
 そうした様子を見ていると、確かに世界中空はつながっているのだ、ということを蓮司も痛感することは、ある。
「センパイが一人でいようとしても、あたしや真琴くんとか、同じ空を見られる場所にいる限り、センパイは誰かと繋がってるんすから、いつでも頼ってくれていいんすよ」
「この間は同じ空見ててもこっちの空、曇ってたし」
「む」
「南半球にいたら同じ空見れねえし」
「むむっ。もう。センパイはすぐそうやって屁理屈を言うー!」
 蓮司は思わず鼻を鳴らした。電話の先で、花恋がぶんぶんと腕を振り回している様子が見える気がした。
「いやでも、ありがとうな」
 夜も更けてくる頃だが、まだ空を見ていよう。
 蓮司はスマホの電話音声をスピーカーに変更する。そして落ちないように気をつけて、ベランダの塀近くに置いて、しばらくの間、夜空を見上げていた。
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