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第4話 みずがめ座η
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センパイの脚本の劇、公演日決まったみたいっすよ、と花恋から連絡が来たのは、近くの桜並木の桜も散り始めた、5月のはじめだった。
「ていうかセンパイ、ライン再開しましょうよ。今ダウンロードしなおしても、あたし以外から連絡こないでしょ」
「もうパスワード忘れた」
「設定し直せばいいじゃないっすかー」
電話越しからも、後輩が溜息をついたのが聞こえた。
「因みに今センパイ何やってるんすか」
「何ヶ月か前のドラマを一気見してた」
最近は大抵の番組は見逃しても、何かしらの配信サービスで観れるのが良い。昔みたいに、一話見逃したから続き見るのがためらわれる、というときもこうやって一気見できる。
「結城は何してるんだ」
「あたしは空を見てるっすけど」
「今日何かあるのか?」
「みずがめ座イータ流星群が見れるかもなんで。南半球の方からのがよく見えるんで見れればラッキーくらいの……あ、違う。流れ星っす」
「別に言い直さなくていい」
「流星群っていうより、流れ星楽しみーとか言ってた方が女の子らしくないっすか?」
「別に自分が好きなもんは好きに話せばいいんじゃねえの。俺も結城に全然覚えねえ鳥の話してるだろ」
「……それもそっすね!」
花恋の声はいつものようにあっけらかんとした様子だったが、こいつがそういうところを気にすることもあるのだな、というのは蓮司は意外に思った。
「センパイの方からは見えないっすか?」
蓮司は部屋のカーテンを開けて、窓の外を見た。空には暗雲が立ち込めている。
「こっちは曇ってんな」
「あー、残念」
「何時ごろに大体見れる?」
「ピークはホントは昼間頃なんすよ。日本で見れるとしたら真夜中なんで、今日は徹夜の腹づもりっす」
「夜一人で大丈夫か?」
「家の真前なんで全然。っていうかセンパイ、心配してくれるんすね! きゃー!」
「わざとらしい声をあげるな」
蓮司は窓を開けて、ベランダに出た。春も半ばに差し掛かるがまだまだ寒い。
ぶるるっと身体を震わせて、目を凝らし空を見上げたが、やはり雲で星一つ見えない。
「そうそうセンパイ、公演日っす公演日。六月の中旬ですって。後でライン……は無理なんでした。メールでチラシの画像送るんで見といてください」
「暇なら」
「センパイいつも暇じゃないっすか……」
「時間はあるけど気力がな」
「公演一緒に観に行きましょうよ」
「……」
蓮司は花恋の申し出に、すぐに答えることができなかった。ちらりと部屋のちゃぶ台に置いてある薬箱を見る。びっしりと詰まる日割りの薬袋や頓服薬が並ぶそれを見て少しだけ手汗でスマホを握るその手が濡れた。
ここ最近、鳥を見る以外の理由でほとんど外に出ていない。
「公演の日は大学も休みなんで、朝のバードウォッチングに付き合ってるときみたいに迎えに行くっすから」
いつもなら、朝に関しては花恋が勝手についてくるだけだろう、などと軽口を叩くところであるが、自分の書いたものを元に誰かが劇をして公演する、というのは久しぶりだし、正直なところ、真琴と河原で話してからずっと気にしていたことだった。
花恋も観たいというのであれば、甘えてもいいのかもしれない。
「わかった、考えとく」
「やったー!」
電話の向こうで嬉しそうな声を響かせる花恋に、蓮司は思わず笑った。
「あ、センパイ! 流れました! 幸先良いっす!」
「願い事とかは?」
「そういう風習もそういやあったっすね……じゃあ次流れたらセンパイと劇観れるようにお祈りするっす!」
「そうか、じゃあ俺ももう切るぞ」
「うっす!」
花恋におやすみ、と一言伝えてから、蓮司はスマホを耳から離して、終話のボタンを押した。
ずっと外にいて、流石に冷えてきた。
蓮司は部屋の中に戻り、窓とカーテンを締め直すと、ちゃぶ台の上に放ったままにしているコップを手に取り、水道の蛇口から直接水を汲む。そしてちゃぶ台の前まで戻り、薬箱から就寝前の薬を手に取り出して水と一緒に一口で流し込んだ。
「ていうかセンパイ、ライン再開しましょうよ。今ダウンロードしなおしても、あたし以外から連絡こないでしょ」
「もうパスワード忘れた」
「設定し直せばいいじゃないっすかー」
電話越しからも、後輩が溜息をついたのが聞こえた。
「因みに今センパイ何やってるんすか」
「何ヶ月か前のドラマを一気見してた」
最近は大抵の番組は見逃しても、何かしらの配信サービスで観れるのが良い。昔みたいに、一話見逃したから続き見るのがためらわれる、というときもこうやって一気見できる。
「結城は何してるんだ」
「あたしは空を見てるっすけど」
「今日何かあるのか?」
「みずがめ座イータ流星群が見れるかもなんで。南半球の方からのがよく見えるんで見れればラッキーくらいの……あ、違う。流れ星っす」
「別に言い直さなくていい」
「流星群っていうより、流れ星楽しみーとか言ってた方が女の子らしくないっすか?」
「別に自分が好きなもんは好きに話せばいいんじゃねえの。俺も結城に全然覚えねえ鳥の話してるだろ」
「……それもそっすね!」
花恋の声はいつものようにあっけらかんとした様子だったが、こいつがそういうところを気にすることもあるのだな、というのは蓮司は意外に思った。
「センパイの方からは見えないっすか?」
蓮司は部屋のカーテンを開けて、窓の外を見た。空には暗雲が立ち込めている。
「こっちは曇ってんな」
「あー、残念」
「何時ごろに大体見れる?」
「ピークはホントは昼間頃なんすよ。日本で見れるとしたら真夜中なんで、今日は徹夜の腹づもりっす」
「夜一人で大丈夫か?」
「家の真前なんで全然。っていうかセンパイ、心配してくれるんすね! きゃー!」
「わざとらしい声をあげるな」
蓮司は窓を開けて、ベランダに出た。春も半ばに差し掛かるがまだまだ寒い。
ぶるるっと身体を震わせて、目を凝らし空を見上げたが、やはり雲で星一つ見えない。
「そうそうセンパイ、公演日っす公演日。六月の中旬ですって。後でライン……は無理なんでした。メールでチラシの画像送るんで見といてください」
「暇なら」
「センパイいつも暇じゃないっすか……」
「時間はあるけど気力がな」
「公演一緒に観に行きましょうよ」
「……」
蓮司は花恋の申し出に、すぐに答えることができなかった。ちらりと部屋のちゃぶ台に置いてある薬箱を見る。びっしりと詰まる日割りの薬袋や頓服薬が並ぶそれを見て少しだけ手汗でスマホを握るその手が濡れた。
ここ最近、鳥を見る以外の理由でほとんど外に出ていない。
「公演の日は大学も休みなんで、朝のバードウォッチングに付き合ってるときみたいに迎えに行くっすから」
いつもなら、朝に関しては花恋が勝手についてくるだけだろう、などと軽口を叩くところであるが、自分の書いたものを元に誰かが劇をして公演する、というのは久しぶりだし、正直なところ、真琴と河原で話してからずっと気にしていたことだった。
花恋も観たいというのであれば、甘えてもいいのかもしれない。
「わかった、考えとく」
「やったー!」
電話の向こうで嬉しそうな声を響かせる花恋に、蓮司は思わず笑った。
「あ、センパイ! 流れました! 幸先良いっす!」
「願い事とかは?」
「そういう風習もそういやあったっすね……じゃあ次流れたらセンパイと劇観れるようにお祈りするっす!」
「そうか、じゃあ俺ももう切るぞ」
「うっす!」
花恋におやすみ、と一言伝えてから、蓮司はスマホを耳から離して、終話のボタンを押した。
ずっと外にいて、流石に冷えてきた。
蓮司は部屋の中に戻り、窓とカーテンを締め直すと、ちゃぶ台の上に放ったままにしているコップを手に取り、水道の蛇口から直接水を汲む。そしてちゃぶ台の前まで戻り、薬箱から就寝前の薬を手に取り出して水と一緒に一口で流し込んだ。
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