スカイ・コネクト

宮塚恵一

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第3話 杉並蓮司

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「ちょっと待っていてください」
 ベンチに座ると、真琴は黒のショルダーバックの中から一冊のノートを取り出した。
「おい、それ……」
「じゃん」

 自前の効果音を口にして、真琴は表紙を蓮司に見せた。
「つい先日、高校に演劇部のOBとして行ったんですけど、その時に部室に眠っているのを発見しまして」
「なんすかそれ?」
 真琴が持っているのは、高校の時に蓮司が書いた演劇の脚本だった。経年劣化で少し茶色くなっているが、表紙にしっかりと蓮司の字で、名前も書いてある。

「センパイが書いたんすか!? え、見たい!」
「見せるかアホ」

 誰が好き好んで昔自分が書いた文章を読ませようというのか。

「お前わざわざそんなもん見せにきたのかよ」
 何故そんな拷問じみた真似を。存在すら忘れていたが、確かに蓮司の実家にはなかった。
 そうか、ずっと高校の部室に埋もれていたのか。
「僕も悪いな、と思いながらも懐かしくなって中身読んじゃって」
「えー、ズルい」
「ズルかねえよ。結城は一旦静かにしてろ」

 花恋には死んでも読まれたくないが、そのノートには演劇部で公演したものや、それ以前の脚本案などが書かれている。真琴も内容は知っているし、今更恥ずかしさはない。と言いたいところだが、やはり昔の自分の書いたものが勝手に他人の手にある、というのは少しむずむずする。

「単刀直入に言うんですが、これ今度の公演の脚本に使っていいですか?」
「真琴、確か大学の演劇サークル入ってるんだっけか」

 前に会った時にそんな話をしたような気がする。高校の時から大学に入ってからもずっと演劇を続けているのだと。

「今は座長です」
「そりゃすごい」
「先輩はもう演劇に興味は? 脚本かいたりとかは?」

 いつの間にか、高校時代の時のように、真琴の呼び方が蓮司さんから先輩に変わっている。

「いや、そういうのはもう全然」
「……そうですか」

 真琴は少し寂しそうに一瞬俯いたが、すぐに蓮司に顔を向き直した。

「それはいいんですけど、先輩の脚本を今度の脚本に使いたいんですよね」
「わざわざそんなことを了承しに俺を探してたのか?」
「ええ、まあ」

 相変わらず律儀だな、と思った。高校の時も、別に服装や校則に厳しい学校でもなかったのに、真琴はきっちりと第一ボタンまでボタンを留めていたことを蓮司はふと思い出して、少しだけにやけた。

「んなもん勝手に使えば良かったんだ。そうしたところで、俺も別に気づかんし」
 大学の演劇サークルの公演の情報など、普通に生活していて入ってくるものではない。
「そういうわけにはいかないでしょう。ちらしのクレジットにも、先輩の名前書くつもりですから」
「なんでだよ。脚本ほにゃらら演劇サークル、とかでいいだろ。なんで部外者の俺の名前が入るんだ」
「駄目ですか?」
「駄目じゃねえけど」
「じゃあクレジットにも先輩の名前、書きます」
「……好きにしろ」
「ではありがたく」

 真琴はノートをショルダーバッグにしまい、今度はスマホを取り出した。

「公演がある日は、今度伝えるので」
「いいよ別に。勝手にしろて」
「あ、じゃああたしが伝えるっすよ。センパイ、ラインとかやらないし」
「おい」

 また勝手に口を出す花恋に文句を言おうとしたが、既に花恋もスマホを取り出して真琴と連絡先を交換し始めていた。

「よし、じゃあ先輩への伝言係、引き受けたっす」
「お願いします」
「お前ら勝手に……」
「ついでと言ってはなんすけど、さっきのノート読ませてもらってもいいっすか?」
「駄目だ。真琴ももう帰れ」
「わかりました。では先輩、また」

 あ、と真琴はそこで口元を手で押さえた。

「ぼく、いつから先輩って言ってました?」
「割と最初の方。脚本の話しだしてから」
「先輩の彼女さんにつられた……」
「彼女じゃねえから」
「とにかく、何かあればその彼女さん、じゃなかった。えーっと」
「結城花恋っす。彼女さんでもいいっすよ」
「なんでだ」
「じゃあ花恋さんに連絡するので、お願いします」

 真琴は律儀に蓮司にも花恋にもぺこりとお辞儀をして、走り去って行った。
 隣で座りながらにやにやしている花恋をよそに、蓮司はむしゃくしゃしてベンチの下に落ちていた、扁平型の小石を拾う。そして川に向かって平行に、ぶんと小石を投げた。

 ぽちゃんぽちゃんぽちゃんぽちゃん、かん、ぽちゃん。

 小石は川の向こう岸まで水を切って跳ね、向かいの岸にぶつかってから川底に沈んだ。

「おー、センパイすごい」

 その後ろでは花恋が目を輝かせながら、パチパチと手を叩いていた。
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