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第1話 結城花恋
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「待ってたっすよ、先輩」
今日は冷えるな、と先日買ったばかりで封を開けていなかったヒートテックのTシャツを着て、いつもよりも厚着で杉並蓮司がアパートの外に出ると、結城花恋がいつものように玄関先でスマホをいじっていた。
蓮司は花恋を一瞥すると、気にせずにアパートの階段を降りた。
花恋はスマホの電源を切ると、ポーチのなかにしまい、蓮司の後ろをつける。
「あ、センパイ。昨日発売のジャンプ読みました?」
「朝飯を食べながら読んだ」
「新連載面白そうだったすよね。あれは推し作品になるかもっす」
「どうだったかな、よく覚えてない」
「読んだばっかりじゃないっすか」
「流し読みだったからな」
昔から購読している週刊誌の感想なんて、普通そんなもんだろう。面白いから、というよりもはや朝起きたら歯磨きをする、程度の習慣で読んでいるに過ぎないので、よほど自身の琴線に触れなければ特に感想というほどの感想もない。
階段を降りると、ハクセキレイが二羽、駐車場を跳ねていた。
蓮治は脇に抱えたノートを開き、ハクセキレイと書き込むと、その横に正の字を二画目まで書く。
「あれ、ハクセキチョウでしたっけ」
「ハクセキレイな」
花恋が微妙に間違った名詞で聞いてきたので、蓮治は溜息をついて訂正した。
「そうでしたね。いやー、あたしも結構鳥の名前覚えてきたっすね」
「覚えてねえじゃねえか」
花恋が蓮治の朝の散歩についてくるようになって、もう3か月くらいになるか。
今年の4月から理学部の大学院入りだと聞いているし、決して頭は悪くないと思うのだが、鳥の名前の覚えは悪い。けれど、たまに自分の研究の話をする時は、蓮治にはわからない固有名詞をスラスラと連呼したりもするので、興味のないことを覚えるのが得意ではないというだけなのだろう。
「あ、あれはわかるっすよ」
花恋が少し歩いた先の家の軒下を指差した。
「ツバメっす、センパイ」
「さすがにツバメは誰でもわかるだろ」
蓮治は肩にかけた双眼鏡を手に、花恋が指差した軒下を見る。
小さな身体で翼をバタバタと忙しなく動かしながら、動くツバメがいた。
「今年は少し早いな。暖冬ってわけでもなかったのに」
「早いんすか?」
「この辺じゃ四月五月くらいが普通だ」
去年も同じ家に巣を作っていたから、おそらくは同じツバメだ。この家の主人とは顔を合わせたこともないが、去年は巣の下に新聞紙を敷いて糞の受け皿を作ったりしていたので、ツバメ達を歓迎していたようだ。
「しばらく経てば、巣が完成して結城もツバメの子育てが見られるかもな」
「お、それは楽しみっす」
言ってから、何を自分は花恋がこれからも朝の散歩に付き合うことを前提に話をしているんだ、と少し後悔した。
花恋はいつも勝手に朝、玄関先で蓮治を待ち、週刊漫画誌を読むのと同じように習慣となったバードウォッチについてくる。
既に蓮治の中でも、朝に花恋が横にいるのを当たり前に感じるようになっていたが、そもそも蓮治は花恋が散歩についてくるのを良い、とその口で了承したことは一度もない。
「いやー、毎日の楽しみがまた一個増えたっす。楽しみはいくつあってもいいっすからね」
花恋は蓮治のそんな複雑な気持ちなど知ったことはない、とでもいうように、呑気にからからと蓮治にそう笑いかけた。
今日は冷えるな、と先日買ったばかりで封を開けていなかったヒートテックのTシャツを着て、いつもよりも厚着で杉並蓮司がアパートの外に出ると、結城花恋がいつものように玄関先でスマホをいじっていた。
蓮司は花恋を一瞥すると、気にせずにアパートの階段を降りた。
花恋はスマホの電源を切ると、ポーチのなかにしまい、蓮司の後ろをつける。
「あ、センパイ。昨日発売のジャンプ読みました?」
「朝飯を食べながら読んだ」
「新連載面白そうだったすよね。あれは推し作品になるかもっす」
「どうだったかな、よく覚えてない」
「読んだばっかりじゃないっすか」
「流し読みだったからな」
昔から購読している週刊誌の感想なんて、普通そんなもんだろう。面白いから、というよりもはや朝起きたら歯磨きをする、程度の習慣で読んでいるに過ぎないので、よほど自身の琴線に触れなければ特に感想というほどの感想もない。
階段を降りると、ハクセキレイが二羽、駐車場を跳ねていた。
蓮治は脇に抱えたノートを開き、ハクセキレイと書き込むと、その横に正の字を二画目まで書く。
「あれ、ハクセキチョウでしたっけ」
「ハクセキレイな」
花恋が微妙に間違った名詞で聞いてきたので、蓮治は溜息をついて訂正した。
「そうでしたね。いやー、あたしも結構鳥の名前覚えてきたっすね」
「覚えてねえじゃねえか」
花恋が蓮治の朝の散歩についてくるようになって、もう3か月くらいになるか。
今年の4月から理学部の大学院入りだと聞いているし、決して頭は悪くないと思うのだが、鳥の名前の覚えは悪い。けれど、たまに自分の研究の話をする時は、蓮治にはわからない固有名詞をスラスラと連呼したりもするので、興味のないことを覚えるのが得意ではないというだけなのだろう。
「あ、あれはわかるっすよ」
花恋が少し歩いた先の家の軒下を指差した。
「ツバメっす、センパイ」
「さすがにツバメは誰でもわかるだろ」
蓮治は肩にかけた双眼鏡を手に、花恋が指差した軒下を見る。
小さな身体で翼をバタバタと忙しなく動かしながら、動くツバメがいた。
「今年は少し早いな。暖冬ってわけでもなかったのに」
「早いんすか?」
「この辺じゃ四月五月くらいが普通だ」
去年も同じ家に巣を作っていたから、おそらくは同じツバメだ。この家の主人とは顔を合わせたこともないが、去年は巣の下に新聞紙を敷いて糞の受け皿を作ったりしていたので、ツバメ達を歓迎していたようだ。
「しばらく経てば、巣が完成して結城もツバメの子育てが見られるかもな」
「お、それは楽しみっす」
言ってから、何を自分は花恋がこれからも朝の散歩に付き合うことを前提に話をしているんだ、と少し後悔した。
花恋はいつも勝手に朝、玄関先で蓮治を待ち、週刊漫画誌を読むのと同じように習慣となったバードウォッチについてくる。
既に蓮治の中でも、朝に花恋が横にいるのを当たり前に感じるようになっていたが、そもそも蓮治は花恋が散歩についてくるのを良い、とその口で了承したことは一度もない。
「いやー、毎日の楽しみがまた一個増えたっす。楽しみはいくつあってもいいっすからね」
花恋は蓮治のそんな複雑な気持ちなど知ったことはない、とでもいうように、呑気にからからと蓮治にそう笑いかけた。
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