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ウチの妻のネット激論
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夕食時、妻の和子が熱心にスマホに手慣れたフリック入力で文字を高速に打ち込んでいた。
僕は自分もアカウントを登録している、SNSアプリを立ち上げた。
思った通り、和子はいつものようにあの人とネット上で激論を戦わせていた。
後追いだと議論の中身を類推するのも難しいが、どうも子供にそろばん教育は必要か? と言った内容のようだ。
うちに子供はいないが、和子は珠算検定3級も持っているくらいにはそろばんができる。
そろばんは数字に親近感を持てるようにできる習い事のひとつで、早いうちにそろばんを習うことは良いことだ、という和子の論。
それに対して、今はパソコンも電卓もあるのだしそろばん教室にまで行かせて計算力を養おうなんてのは時代がわかっていないバカ親、という論をぶつけていたのが和子の今のネット議論の相手。
相手は和子がよくネット上で議論を戦わせているユウユウさんだ。
僕と和子がアカウント登録をしているSNSは、ほとんどの人が実名登録をしているけれど、ユウユウさんは和子がネットで知り合った、名も知らぬハンドルネーム登録のアカウントだ。
嵐の大ファンである和子が、そのアプリ上の嵐ファンコミュである“松ぼっくり”というコミュニティで知り合った人で、普段から激論をよく交わしていた。
「夕食の時くらいはスマホ置いたら?」
僕がそう言うと、和子は首を縦に振ったが、まだ文字を打ち続けていた。
「待って。これだけ書いちゃうから」
和子は高速で文字を打ち込むと、ふうと溜息をついて、スマホをテーブルの上に置いた。
「ネットで話をするのも楽しいと思うけどほどほどにしなよ」
気付けばスマホを触ってばかりいる和子だが、彼女は仕事もよくできているみたいだし、家での家事当番の時も家事は完璧にこなす。
今日は僕が夕食を作る当番だったので、僕が夕食にハンバーグを作っている間はずっと和子はスマホと睨めっこをしていた。
「わかってるよ。でもさあ、ユウユウさんわかってないんだもん」
「ネットでの議論なんて基本平行線なんだから、そうムキになるもんじゃないって」
「それもわかってるけどー」
和子は自分のお皿にあるハンバーグを、箸で上品に割って、一口大にして食べた。
「うん、リョウくんのつくるハンバーグ美味しい」
ご飯を食べる時だって、和子はこうやっていつも嬉しい言葉をくれる。スマホばかりいじくっているのは気になるっちゃ気になるが、そう目くじらを立てるほどのものでもない、と思っていた。
ただ、ある日の夜のこと。
普段は寝つきの良い方だが、その日はたまたま夜中に目覚めた。お酒を飲んですぐに布団に入ってしまったので、尿意を催して起きてしまったのだ。
トイレに行こうと、布団から出ようとするとほのかな明かりが隣から漏れているのに気付いた。
「和子?」
かなり遅い時間のはずだが、和子はいつものようにスマホに熱心に文字を打ち込んでいる。
「あ、リョウくんおはよう。どうしたの?」
「トイレ行きたくなってね。和子こそまだ起きてたの」
僕は自分のスマホの画面で時刻を確認した。
「もう夜中の3時だよ」
「わかってる。寝ないとねー」
「またSNS?」
「そんなとこ」
「ほどほどにしなって言ったのに」
僕の方は早くトイレに行かないと漏れそうだ。あくびをして、僕は股間をおさえながらトイレに行った。
トイレから戻っても、和子はまだスマホをいじっていた。
「和子、明日早いんじゃなかったっけ?」
「これだけ。これだけ書くから」
「そう? じゃあ僕はもう寝るよ」
出すものを出したら強烈な眠気に襲われていた僕は、再び布団を被り眠りについた。
翌朝、目を覚まして時計を見ると朝の7時。
和子はまだ布団の中で寝ていたが、もう準備をしないと間に合わない時間のはずだ。
「和子、起きな」
「後5分……」
「もう7時だよ」
僕の声に、和子はガバリと起き上がった。
「マジで!? リョウくん、ありがと!」
和子は急いで布団から飛び起きて、洗面所に向かった。
「今日、朝ご飯当番リョウくんだっけー?」
洗面所から和子の声が聞こえた。
「そうだよー。でもごめん、僕も今起きた。いる?」
「大丈夫ー! 今日はいらない」
僕も和子も、それなりに規則正しい生活をしているから、これだけ慌ただしい朝は珍しい。
僕も出勤の時間になったので、まだ化粧をしている和子の背中に向かって行ってきます、を言って仕事に出た。
仕事に向かう通勤電車の中、僕は和子のことを考えていた。
これまでも色々と思うところはあったけれど、我が妻の悪癖が仕事にまで影響してしまうのはことだ。
僕はスマホを取り出して、SNSを開いた。
昨夜の和子のログを確認する。
「うわーお」
僕は電車の中で思わず声を上げた。
僕が寝た夜の11時から朝方の4時まで、妻とユウユウさんは激論を戦わせていた。
今回の議論は、夫婦別姓に賛成か反対か、といったものだった。
和子が賛成、ユウユウさんが反対意見で、海外の事例や、日本での姓変更の際の手続きについてなど、色々な例を出しながら議論を進めていたようだが、お互いの意見は真っ向からぶつかっていて5時間も激論していたと言うのに議論は全くの平行線。
SNSで他人と議論を交わすことは、べつに悪いことではないと思う。社会問題について自分の立場をはっきりさせて、社会に対して表明をするのも必要なことだ。
けれど、一人の相手とのネット上の激論にこんな風に時間を使って、それが仕事にまで悪影響を及ぼすとなると、それはどこかで歯止めをかけた方がいいのではないか、と思う。
「今度よく話し合ってみるかなあ」
ふと、和子がいつも激論を交わしているユウユウさんのことが気になった。
ユウユウさんも、和子の議論に毎度毎度付き合っているわけで、それも大したものだと思う。
僕自身はユウユウさんとはあまり言葉を交わしたことはなく、たまにタイムラインに流れてくる投稿にイイねをしたりするくらいの薄い繋がりしかない。
僕はユウユウさんのアカウントページに飛んでみた。
本人の顔がわかるような写真の投稿なんかは全くない。たまに外食の写真をあげているようだが、手や顔は映らないようにしているみたいだ。
「……あれ?」
ユウユウさんの写真投稿をさかのぼっているとある写真に気づいた。
「うちのワンコ」という投稿メッセージと共に、犬の写真が数枚あげられている。
写真の投稿は古く、3年くらい前のものだが、その犬には見覚えがあった。
「うちのペロだ」
僕の実家で母が飼っている犬だ。僕にも和子にもよく懐いていて、僕たち夫婦にとってもかわいい家族だ。
よく似ている犬? まさか。ペロを見間違えるとは思わない。本当にめちゃくちゃよく似ている犬という可能性も捨て切れないが。
僕は母に電話してみた。
「あ、お母さん? ごめん、ちょっと聞きたいことがあるんやけど」
「急になあによ。仕事の時間じゃないんけ?」
「いやね。お母さんってスマホ持ってたっけ?」
「持ってるわけなかろ。まだ辛抱強く昔の携帯電話使っとるよ。なんか佐藤さんの話によると、もうこれも使えなくなる言うてたけど」
「そうねー。僕もそれが気になって電話したんよ。まあまだ大丈夫やから、また今度相談しよー」
もしかしたらユウユウさんはウチの母、といつ可能性を考えたのだが、まあゼロだろう。
だが、ペロの写真は気になる。写真に映っているフローリングだって、実家のものと同じだ。
これはどういうことだ。
「和子、そういえばユウユウさんってさ、和子は実際に会ったことあるんだっけ?」
夕食当番で、カレーを煮込んでいた和子に僕はそう尋ねた。
「会ったことないよ。何度かライブとかオフ会で会えたらいいなー、みたいな話をしたりすることもないではないんだけど」
「そっかー」
「なんでー?」
「いや、和子ほんとにユウユウさんとよくネットでは話してるからさ。現実だとどうだったっけ、って気になっただけ」
ふうん、と和子はカレーの煮込みに戻った。
僕はその間、もう一度ユウユウさんのアカウントページを遡って見ていた。
ペロの写真以外にももう一つ気になる写真があった。
その写真に、僕は少しどきりとしたものを感じ、その日の夜、僕はスマホにイヤホンを繋げて眠った。
眠りについてから数時間経って、ピリリリ、とスマホのアラームがイヤホンから鳴り響く。僕は静かにむくりと体を起こして、隣で眠っている和子を確認した。
小さく吐息を出して、ぐっすりと眠っている。
夜の4時過ぎ。この時間ならさすがに起きていないだろうと踏んで、僕はこっそりイヤホンに音が流れるようアラームを設定していた。
僕はそっと和子のスマホを手に取り、和子の指を借りて指紋認証を突破する。
浮気調査をするみたいで罪悪感があったけれど、どうしても気になった。
ユウユウさんのアカウント、四年前の六月。
『今日は旦那と遊園地』という投稿とともに遊園地の写真が残っていた。
その日は、僕と和子もその遊園地に行った日だ。
僕は和子のスマホから、SNSアプリを立ち上げた。
もう和子とユウユウさんがお互いをフォローし合ってから、4年近くは経つと思うけど……。
僕はアプリを立ち上げ、ログインページを開く。
静かに、和子が起きていないのを改めて確認する。
心臓の鼓動がばくばくと早くなるのが胸を触らなくたってわかった。
他人のスマホを無理矢理開こうなんて、ドラマや映画なんかじゃたまに見るけど、僕にとっては人生で初めての経験なのだ。肝も冷える。
思った通りだった。
僕の背筋を、ヒヤリとしたものが走った。
和子のアカウント以外に、もう一人別の人間のアカウントへのログイン認証が残っている。僕はその認証をOKして、アカウントページに飛んだ。
「あ」
開かれたのはユウユウさんのアカウントだった。
そう。つまり……ユウユウさんとは和子のサブアカウントだ。
「見たな」
僕は背後からの声にぎょっと振り向いた。
そこには目を血走らせて、僕のことをじぃっと睨む和子がいた。
僕は自分もアカウントを登録している、SNSアプリを立ち上げた。
思った通り、和子はいつものようにあの人とネット上で激論を戦わせていた。
後追いだと議論の中身を類推するのも難しいが、どうも子供にそろばん教育は必要か? と言った内容のようだ。
うちに子供はいないが、和子は珠算検定3級も持っているくらいにはそろばんができる。
そろばんは数字に親近感を持てるようにできる習い事のひとつで、早いうちにそろばんを習うことは良いことだ、という和子の論。
それに対して、今はパソコンも電卓もあるのだしそろばん教室にまで行かせて計算力を養おうなんてのは時代がわかっていないバカ親、という論をぶつけていたのが和子の今のネット議論の相手。
相手は和子がよくネット上で議論を戦わせているユウユウさんだ。
僕と和子がアカウント登録をしているSNSは、ほとんどの人が実名登録をしているけれど、ユウユウさんは和子がネットで知り合った、名も知らぬハンドルネーム登録のアカウントだ。
嵐の大ファンである和子が、そのアプリ上の嵐ファンコミュである“松ぼっくり”というコミュニティで知り合った人で、普段から激論をよく交わしていた。
「夕食の時くらいはスマホ置いたら?」
僕がそう言うと、和子は首を縦に振ったが、まだ文字を打ち続けていた。
「待って。これだけ書いちゃうから」
和子は高速で文字を打ち込むと、ふうと溜息をついて、スマホをテーブルの上に置いた。
「ネットで話をするのも楽しいと思うけどほどほどにしなよ」
気付けばスマホを触ってばかりいる和子だが、彼女は仕事もよくできているみたいだし、家での家事当番の時も家事は完璧にこなす。
今日は僕が夕食を作る当番だったので、僕が夕食にハンバーグを作っている間はずっと和子はスマホと睨めっこをしていた。
「わかってるよ。でもさあ、ユウユウさんわかってないんだもん」
「ネットでの議論なんて基本平行線なんだから、そうムキになるもんじゃないって」
「それもわかってるけどー」
和子は自分のお皿にあるハンバーグを、箸で上品に割って、一口大にして食べた。
「うん、リョウくんのつくるハンバーグ美味しい」
ご飯を食べる時だって、和子はこうやっていつも嬉しい言葉をくれる。スマホばかりいじくっているのは気になるっちゃ気になるが、そう目くじらを立てるほどのものでもない、と思っていた。
ただ、ある日の夜のこと。
普段は寝つきの良い方だが、その日はたまたま夜中に目覚めた。お酒を飲んですぐに布団に入ってしまったので、尿意を催して起きてしまったのだ。
トイレに行こうと、布団から出ようとするとほのかな明かりが隣から漏れているのに気付いた。
「和子?」
かなり遅い時間のはずだが、和子はいつものようにスマホに熱心に文字を打ち込んでいる。
「あ、リョウくんおはよう。どうしたの?」
「トイレ行きたくなってね。和子こそまだ起きてたの」
僕は自分のスマホの画面で時刻を確認した。
「もう夜中の3時だよ」
「わかってる。寝ないとねー」
「またSNS?」
「そんなとこ」
「ほどほどにしなって言ったのに」
僕の方は早くトイレに行かないと漏れそうだ。あくびをして、僕は股間をおさえながらトイレに行った。
トイレから戻っても、和子はまだスマホをいじっていた。
「和子、明日早いんじゃなかったっけ?」
「これだけ。これだけ書くから」
「そう? じゃあ僕はもう寝るよ」
出すものを出したら強烈な眠気に襲われていた僕は、再び布団を被り眠りについた。
翌朝、目を覚まして時計を見ると朝の7時。
和子はまだ布団の中で寝ていたが、もう準備をしないと間に合わない時間のはずだ。
「和子、起きな」
「後5分……」
「もう7時だよ」
僕の声に、和子はガバリと起き上がった。
「マジで!? リョウくん、ありがと!」
和子は急いで布団から飛び起きて、洗面所に向かった。
「今日、朝ご飯当番リョウくんだっけー?」
洗面所から和子の声が聞こえた。
「そうだよー。でもごめん、僕も今起きた。いる?」
「大丈夫ー! 今日はいらない」
僕も和子も、それなりに規則正しい生活をしているから、これだけ慌ただしい朝は珍しい。
僕も出勤の時間になったので、まだ化粧をしている和子の背中に向かって行ってきます、を言って仕事に出た。
仕事に向かう通勤電車の中、僕は和子のことを考えていた。
これまでも色々と思うところはあったけれど、我が妻の悪癖が仕事にまで影響してしまうのはことだ。
僕はスマホを取り出して、SNSを開いた。
昨夜の和子のログを確認する。
「うわーお」
僕は電車の中で思わず声を上げた。
僕が寝た夜の11時から朝方の4時まで、妻とユウユウさんは激論を戦わせていた。
今回の議論は、夫婦別姓に賛成か反対か、といったものだった。
和子が賛成、ユウユウさんが反対意見で、海外の事例や、日本での姓変更の際の手続きについてなど、色々な例を出しながら議論を進めていたようだが、お互いの意見は真っ向からぶつかっていて5時間も激論していたと言うのに議論は全くの平行線。
SNSで他人と議論を交わすことは、べつに悪いことではないと思う。社会問題について自分の立場をはっきりさせて、社会に対して表明をするのも必要なことだ。
けれど、一人の相手とのネット上の激論にこんな風に時間を使って、それが仕事にまで悪影響を及ぼすとなると、それはどこかで歯止めをかけた方がいいのではないか、と思う。
「今度よく話し合ってみるかなあ」
ふと、和子がいつも激論を交わしているユウユウさんのことが気になった。
ユウユウさんも、和子の議論に毎度毎度付き合っているわけで、それも大したものだと思う。
僕自身はユウユウさんとはあまり言葉を交わしたことはなく、たまにタイムラインに流れてくる投稿にイイねをしたりするくらいの薄い繋がりしかない。
僕はユウユウさんのアカウントページに飛んでみた。
本人の顔がわかるような写真の投稿なんかは全くない。たまに外食の写真をあげているようだが、手や顔は映らないようにしているみたいだ。
「……あれ?」
ユウユウさんの写真投稿をさかのぼっているとある写真に気づいた。
「うちのワンコ」という投稿メッセージと共に、犬の写真が数枚あげられている。
写真の投稿は古く、3年くらい前のものだが、その犬には見覚えがあった。
「うちのペロだ」
僕の実家で母が飼っている犬だ。僕にも和子にもよく懐いていて、僕たち夫婦にとってもかわいい家族だ。
よく似ている犬? まさか。ペロを見間違えるとは思わない。本当にめちゃくちゃよく似ている犬という可能性も捨て切れないが。
僕は母に電話してみた。
「あ、お母さん? ごめん、ちょっと聞きたいことがあるんやけど」
「急になあによ。仕事の時間じゃないんけ?」
「いやね。お母さんってスマホ持ってたっけ?」
「持ってるわけなかろ。まだ辛抱強く昔の携帯電話使っとるよ。なんか佐藤さんの話によると、もうこれも使えなくなる言うてたけど」
「そうねー。僕もそれが気になって電話したんよ。まあまだ大丈夫やから、また今度相談しよー」
もしかしたらユウユウさんはウチの母、といつ可能性を考えたのだが、まあゼロだろう。
だが、ペロの写真は気になる。写真に映っているフローリングだって、実家のものと同じだ。
これはどういうことだ。
「和子、そういえばユウユウさんってさ、和子は実際に会ったことあるんだっけ?」
夕食当番で、カレーを煮込んでいた和子に僕はそう尋ねた。
「会ったことないよ。何度かライブとかオフ会で会えたらいいなー、みたいな話をしたりすることもないではないんだけど」
「そっかー」
「なんでー?」
「いや、和子ほんとにユウユウさんとよくネットでは話してるからさ。現実だとどうだったっけ、って気になっただけ」
ふうん、と和子はカレーの煮込みに戻った。
僕はその間、もう一度ユウユウさんのアカウントページを遡って見ていた。
ペロの写真以外にももう一つ気になる写真があった。
その写真に、僕は少しどきりとしたものを感じ、その日の夜、僕はスマホにイヤホンを繋げて眠った。
眠りについてから数時間経って、ピリリリ、とスマホのアラームがイヤホンから鳴り響く。僕は静かにむくりと体を起こして、隣で眠っている和子を確認した。
小さく吐息を出して、ぐっすりと眠っている。
夜の4時過ぎ。この時間ならさすがに起きていないだろうと踏んで、僕はこっそりイヤホンに音が流れるようアラームを設定していた。
僕はそっと和子のスマホを手に取り、和子の指を借りて指紋認証を突破する。
浮気調査をするみたいで罪悪感があったけれど、どうしても気になった。
ユウユウさんのアカウント、四年前の六月。
『今日は旦那と遊園地』という投稿とともに遊園地の写真が残っていた。
その日は、僕と和子もその遊園地に行った日だ。
僕は和子のスマホから、SNSアプリを立ち上げた。
もう和子とユウユウさんがお互いをフォローし合ってから、4年近くは経つと思うけど……。
僕はアプリを立ち上げ、ログインページを開く。
静かに、和子が起きていないのを改めて確認する。
心臓の鼓動がばくばくと早くなるのが胸を触らなくたってわかった。
他人のスマホを無理矢理開こうなんて、ドラマや映画なんかじゃたまに見るけど、僕にとっては人生で初めての経験なのだ。肝も冷える。
思った通りだった。
僕の背筋を、ヒヤリとしたものが走った。
和子のアカウント以外に、もう一人別の人間のアカウントへのログイン認証が残っている。僕はその認証をOKして、アカウントページに飛んだ。
「あ」
開かれたのはユウユウさんのアカウントだった。
そう。つまり……ユウユウさんとは和子のサブアカウントだ。
「見たな」
僕は背後からの声にぎょっと振り向いた。
そこには目を血走らせて、僕のことをじぃっと睨む和子がいた。
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