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第2話 三角関数
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◯ 教室内。
チャイムが鳴り響く。
教室での喧騒が聞こえる。
▽は席に座ってノートを見ている。
上手から▼が歩いてくる。両手でカバーのついた文庫本を持っている。
▼「読んだわ」
と、本を▽の机の上に置く。
▽「お、ほんと。どだった?」
と、置かれた本をパラパラとめくる。
▼「古典SFの話だったのにいきなり映画と漫画の話になったから、頭トチ狂ったのかと思ったけど」
▽「え、酷い」
▼「(一呼吸置いて)なるほど、わかったわ。確かに、どれもフィクションを使って、現実を変えようって話なのね。それにしても『ルックバック』の方は薄いと思うけど」
▽「薄い、かなあ」
▼「タランティーノはシャロン・テートを、ブラッドベリはヘミングウェイを救おうとしたけど『ルックバック』は特定の誰かを救う話じゃない。それゆえに普遍的な話と言えるのかもしれないけど」
▽「それは掲載当時色々あったからググッてほしい……」
▼「そうなの?」
▽「その話は今度ね。ちょっと今、意味のわからない授業を見直してるところだから」
▼「あらそうなの。邪魔したわね」
と、踵を返す。
▽「待って」
と、▼に向けて手を伸ばす。
▽「ねえ、▼ちゃん頭いいでしょ。ちょっと教えてくれない?」
▼「(また一呼吸置いて)いいわよ」
と、▽の前の席の椅子をひいて座る。
▼「さっきの授業?」
▽「そう」
▼「何がわからないの?」
▽「何って、全部?」
▼「(大きく溜息)ノート貸して」
ペラペラと一枚ずつノートをめくる▼。
▼「ノートの書き方は綺麗ね」
▽「うん。ノート点には自信があるんだよね」
▼「肝心の中身が伴ってなきゃ意味ないでしょうに……三角関数の合成?」
▽「それだ」
▼「これは素朴な疑問なので他意はないのですが、この程度の決まり事も理解できない人がSF小説の決まり事を理解できるのですか?」
▽「馬鹿にしてる?」
▼「他意はありません」
▽「小説と勉強とじゃ身の入り方も違うし、数学の知識が必要不可欠ってわけでもないし」
▼「空想上の公式や化学式を扱った作品なんていくらでもあるでしょ。ハインラインも『第四次元の小説』での短編ではフェルマーの定理やユークリッド幾何学を扱ってるのに」
▽「あの辺は雰囲気で読んでる。あ、でもサイモン・シンは読んだよ」
▼「作品を知っている数なら私にも負けてないのよね、あなた……数学的素養がないと読めない物だって少なくないわ。SF物でよくある入れ子構造なんか、フラクタル構造を想起せざるを得ない」
▽「フラクタル構造はわかる。あ、でも確かによく見るよね。ああいう話見てると、頭使ってるな~みたいな気持ちになれて好き。『千年女優』とか」
▼「あなた、最初に出てくるのがいつも映画なのよね……。私は『ドグラ・マグラ』が好きよ。数学的と結びつけるのは強引かもしれないけれど」
▽「でしょー? 数学的素養はもしかしたら必要なのかもしれないけど、数学そのものじゃない」
▼「あなたも読んだって言う『異常論文』で円城塔が寄稿していた『決定論的自由意志利用改変攻撃について』なんて数式しかないわよ」
▽「自分で計算しなきゃいけないわけじゃないから演算子とか代数をまとめておけば意味はわかるよ」
▼「あら、演算子なんて言葉知ってるのね」
▽「やっぱり馬鹿にしてるでしょ? いいから! 今は三角関数!」
▼「はいはい。書くもの貸して」
▼に▽がシャープペンシルと消しゴムを渡す。
▽のノートに書き込んでいく▼。
▼「先生は公式を覚えろって言ってたけど、覚えておかなきゃいけない公式なんてそんなにないのよ。加法定理は覚えたでしょ」
▽「覚えてないだな、それが」
▼「死ぬ気で覚えなさい」
▽「言ってることが違う……」
▼「何事も限度があるわ。アルファベットを知らずに英語の勉強ができますか?」
▽「ごもっともです」
▼「あなた、代数の意味はわかるって言ってたんだから、一度式の意味を理解しちゃえば問題ないのよ。ウチの学校の先生は流しちゃったけど、二点間の距離の式を使って一度、加法定理を導いてみればいいわ」
▽「そもそも三平方の定理を理解してないんだよね」
▼「二点間の距離がピタゴラスの定理使ってるのがわかってる時点であなたは暗記をサボってるだけよ! ほら! 良いから書きなさい!」
登場作品
『第四次元の小説』R.A.ハインライン
『フェルマーの最終定理』サイモン・シン
『千年女優』今敏監督作品
『ドグラ・マグラ』夢野久作
『ルックバック』藤本タツキ
『異常論文』樋口恭介編
『決定論的自由意志利用改変攻撃について』円城塔
チャイムが鳴り響く。
教室での喧騒が聞こえる。
▽は席に座ってノートを見ている。
上手から▼が歩いてくる。両手でカバーのついた文庫本を持っている。
▼「読んだわ」
と、本を▽の机の上に置く。
▽「お、ほんと。どだった?」
と、置かれた本をパラパラとめくる。
▼「古典SFの話だったのにいきなり映画と漫画の話になったから、頭トチ狂ったのかと思ったけど」
▽「え、酷い」
▼「(一呼吸置いて)なるほど、わかったわ。確かに、どれもフィクションを使って、現実を変えようって話なのね。それにしても『ルックバック』の方は薄いと思うけど」
▽「薄い、かなあ」
▼「タランティーノはシャロン・テートを、ブラッドベリはヘミングウェイを救おうとしたけど『ルックバック』は特定の誰かを救う話じゃない。それゆえに普遍的な話と言えるのかもしれないけど」
▽「それは掲載当時色々あったからググッてほしい……」
▼「そうなの?」
▽「その話は今度ね。ちょっと今、意味のわからない授業を見直してるところだから」
▼「あらそうなの。邪魔したわね」
と、踵を返す。
▽「待って」
と、▼に向けて手を伸ばす。
▽「ねえ、▼ちゃん頭いいでしょ。ちょっと教えてくれない?」
▼「(また一呼吸置いて)いいわよ」
と、▽の前の席の椅子をひいて座る。
▼「さっきの授業?」
▽「そう」
▼「何がわからないの?」
▽「何って、全部?」
▼「(大きく溜息)ノート貸して」
ペラペラと一枚ずつノートをめくる▼。
▼「ノートの書き方は綺麗ね」
▽「うん。ノート点には自信があるんだよね」
▼「肝心の中身が伴ってなきゃ意味ないでしょうに……三角関数の合成?」
▽「それだ」
▼「これは素朴な疑問なので他意はないのですが、この程度の決まり事も理解できない人がSF小説の決まり事を理解できるのですか?」
▽「馬鹿にしてる?」
▼「他意はありません」
▽「小説と勉強とじゃ身の入り方も違うし、数学の知識が必要不可欠ってわけでもないし」
▼「空想上の公式や化学式を扱った作品なんていくらでもあるでしょ。ハインラインも『第四次元の小説』での短編ではフェルマーの定理やユークリッド幾何学を扱ってるのに」
▽「あの辺は雰囲気で読んでる。あ、でもサイモン・シンは読んだよ」
▼「作品を知っている数なら私にも負けてないのよね、あなた……数学的素養がないと読めない物だって少なくないわ。SF物でよくある入れ子構造なんか、フラクタル構造を想起せざるを得ない」
▽「フラクタル構造はわかる。あ、でも確かによく見るよね。ああいう話見てると、頭使ってるな~みたいな気持ちになれて好き。『千年女優』とか」
▼「あなた、最初に出てくるのがいつも映画なのよね……。私は『ドグラ・マグラ』が好きよ。数学的と結びつけるのは強引かもしれないけれど」
▽「でしょー? 数学的素養はもしかしたら必要なのかもしれないけど、数学そのものじゃない」
▼「あなたも読んだって言う『異常論文』で円城塔が寄稿していた『決定論的自由意志利用改変攻撃について』なんて数式しかないわよ」
▽「自分で計算しなきゃいけないわけじゃないから演算子とか代数をまとめておけば意味はわかるよ」
▼「あら、演算子なんて言葉知ってるのね」
▽「やっぱり馬鹿にしてるでしょ? いいから! 今は三角関数!」
▼「はいはい。書くもの貸して」
▼に▽がシャープペンシルと消しゴムを渡す。
▽のノートに書き込んでいく▼。
▼「先生は公式を覚えろって言ってたけど、覚えておかなきゃいけない公式なんてそんなにないのよ。加法定理は覚えたでしょ」
▽「覚えてないだな、それが」
▼「死ぬ気で覚えなさい」
▽「言ってることが違う……」
▼「何事も限度があるわ。アルファベットを知らずに英語の勉強ができますか?」
▽「ごもっともです」
▼「あなた、代数の意味はわかるって言ってたんだから、一度式の意味を理解しちゃえば問題ないのよ。ウチの学校の先生は流しちゃったけど、二点間の距離の式を使って一度、加法定理を導いてみればいいわ」
▽「そもそも三平方の定理を理解してないんだよね」
▼「二点間の距離がピタゴラスの定理使ってるのがわかってる時点であなたは暗記をサボってるだけよ! ほら! 良いから書きなさい!」
登場作品
『第四次元の小説』R.A.ハインライン
『フェルマーの最終定理』サイモン・シン
『千年女優』今敏監督作品
『ドグラ・マグラ』夢野久作
『ルックバック』藤本タツキ
『異常論文』樋口恭介編
『決定論的自由意志利用改変攻撃について』円城塔
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