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竜を喰らう。
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足音を立てぬよう、気配を悟られぬよう、草鞋を履いた足をジリジリと動かす。
銃を手にした状態では木葉を揺らすまいと神経を尖らせるのも大変だ。
だが辛抱強く息を殺して、獲物との距離はもう10フィートにまで縮んでいた。
今だ。
構えた銃のスコープ越しに獲物を視野に入れる。
その瞬間、獲物もこちらの存在に気付き逃げようとしたが、逃げる方向は分かっている。
獲物が逃げる方向に少しだけ照準をずらし、引き金をひいた。
ズドンという重い音と共に獲物が地に倒れる。
それを見て私はふうっと溜息を吐いた。捕えた獲物に近づき、銃痕を確認する。
獲物はジャッカロープ、角のついた兎だ。
ちょうど脳天に弾がヒットしたらしく、小柄なジャッカロープは既に息の根を止めていた。
私は腰に巻きつけていたナイフを取り出し一度合掌してから、ジャッカロープの腹を裂いた。
生命を讃える赤い液体が勢い良く流れたが、それは小瓶に溜めた。
これから狙う獲物はこのジャッカロープとは比べ物にならない程の大物だが、そいつをおびき寄せる罠に使えるからだ。
既に容積の3分の2まで血が溜まっていた瓶は、今回の分でいっぱいになった。
小瓶の蓋を締め、バックパックに収納する。
腹の裂かれたジャッカロープの足を持つと、今度は杖を取り出した。
簡単な魔法を封印した、使い捨てのインスタントワンドだ。
杖をひと振りすると、杖がボロボロに崩れて土くれになるのと引換に、目の前に焚き火が現れた。
私は焚き火の前で腰を降ろし、ジャッカロープに枝を突き刺し、その枝の先を持ってジャッカロープの肉を焼いた。
「人間はな、普通の動物と違って簡単に殺戮が出来る生きモンだ」
シャム爺が酒の入った赤ら顔で語っていたことだ。
根っからの猟師であるシャム爺は酔うといつも猟師としての生き方を話した。
幼い頃からシャム爺のことばを私はわくわくしながら聞いていた。
その中で最も心に残っているのが、このことばだった。
正確に言うと、シャム爺のこのことばは、その後に続くことばと共に私の生き方の指針になっていた。
「だが俺達猟師はその殺戮をやっちゃあいけねえ。生きるためと、食べるため以外に命を奪っちゃあなんねえ。それは俺達の絶対のタブーだ。必要以上の殺しはしちゃあいけねえ。遊びのためだけなんてのは以ての外だ」
だけどシャム爺。
私は心の中で呟いた。
今の俺は殺戮に手を染めないとダメだ。
私を一人前の猟師になるまで育て上げてくれたシャム爺は、去年の暮れに帰らぬ人となってしまった。
それは、森の奥深くで7年に一度目覚めるドラゴンの仕業だった。
ドラゴンは7年に一度、長い眠りから目覚めると、産卵と子育ての為に森の動物達を狩る。
その間にドラゴンの縄張りに入ってしまうと、ただでさえ獰猛なドラゴンは自分の生きる目的の為に縄張りへ入ったものを容赦なく殺してしまう。
シャム爺はドラゴンの縄張りに入ってしまった。
起きたドラゴンの鱗を剥ぐと高く売れるとの噂を聞き、森に軽率に入った村の若者を助ける為に、シャム爺は危険と知りながら、毎日仕事終わりに呑む酒も忘れ、ドラゴンの縄張りに猟銃一つで乗り込んだのだった。
結局シャム爺は死に、若者も戻ってこなかった。
もしその若者が生きていれば私は彼を容赦なく殴り倒しただろう。
だがシャム爺を死に追いやった若者はもういない。
残っているのは、シャム爺を殺したドラゴンだった。
シャム爺が死んだ手向けを残さねば気が済まなかった。
だから私は、森に入りドラゴンを狩りに来たのだ。
まずはシャム爺が死んだドラゴンの縄張りである洞穴を調べた。
まだドラゴンは産卵の為の栄養を摂る為に森を歩き回っている段階だった。起きてから1年間はこの段階が続く。
毎日夜になる度にドラゴンは洞穴に戻るが、洞穴でのドラゴンの神経は異常な程鋭く、簡単にやられてしまう。
そこで私は、昼間堂々と森を歩き回るドラゴンに勝負を仕掛けることにした。
森を徘徊中のドラゴンは獲物を探すことに己の神経を集中している為、自分を襲う存在へ向く意識は薄い。そこを狙い殺すつもりだった。
まずは、ドラゴンの巡回ルートを調べた。
ドラゴンが通った獣道や、糞を追ってドラゴンが通る道に法則性はないか、また法則性があるならばドラゴンを簡単に仕留められる場所はないかを探すのだ。
1週間調査した段階では、当てもなくただ徘徊しているだけのように見えたが、1ヶ月が経つとドラゴンはしっかりとある法則に従って巡回ルートを決めていることが分かった。
そのルートの中で、安全な場所はないかを探すのにまた1ヶ月かかり、小さな丘の下をドラゴンが通る日に丘の上から狙い撃つのが最も安全だとの結論に至った。
そして明日、ドラゴンは丘の下を通る。
私は今、明日丘の下を通るドラゴン襲撃のための前準備をしているのだった。
ジャッカロープの肉から溢れるこんがりと美味しそうなかおりが鼻に届いた。
そろそろ良いだろう。
私は肉を火から離し、枝を少し振って肉を覚ましてからその兎肉にかぶりついた。
旨い。
ジャッカロープはこの辺で一番狙い易い獲物だが、その肉は柔らかく好む者が多い。
村から少し離れた都会でもなかなかの値段で売れる為、ジャッカロープを専門に捕える猟師もいる程だ。
勿論、シャム爺の教え通り村の猟師が一日に獲っていい獲物の量は決まっているが。
兎肉で腹いっぱいになったところで私は明日、勝負の場所となる丘に向かった。
明日は丘の上に陣取りドラゴンを待つことになるが、今日はドラゴンの巡回ルートである丘の下に向かう。
いつもと違う匂いを与えると警戒される可能性があるため予め使い捨ての魔法杖で完全に自分の匂いを消しておいた。
だが、効き目はそう長くはないのですぐに仕事を終えなければならない。
私は自分の手書きの地図を見て、獲物をおびき寄せるべき場所を確認した。
ドラゴンを一発乃至猟銃のリロード限界の3発までの数発で仕留める為に確実にドラゴンの頭を狙う必要がある。
丘の上からドラゴンの頭を狙う為、ドラゴンが丘の方角に顔を向けるよう、木にジャッカロープの血を塗りたくった。
これでドラゴンは血の匂いに惹かれ私の前にその無防備な頭を差し出すだろう。
私はほくそ笑み、血の塗られた木を見つめた。魔法の効果がなくなる前に丘を後にして、明日の為に狩猟小屋に帰る。
たっぷりと睡眠をとる為、帰るやいなや寝袋に体を埋めたが、目が冴えて仕方なかった。
シャム爺がもし生きていたら今私がやっていることには反対するだろう。
けれど、もう止められないのだ。ここまで来てしまってはもう奴を仕留める他ない。
私の心は復讐を達成できる高揚感に燃えていた。
朝になって朝食を腹八分目まで身体の中に満たすと、猟銃を手に私は丘に向かった。
昼過ぎになるまではドラゴンが此処を通ることはないが、今日の風向きや天候、鳥の動きまで把握する為に早めに猟に出るのが私の日課だ。
憎しみの相手とは言え、ドラゴンに対しても万全を帰す為にやれることは全てやる必要がある。
今日は清々しいほどの晴れで、特に猟に問題はない。
ドラゴンが丘の下を通るまでいつものように辛抱強く待つだけだ。
太陽が私の真上に登るまでの時間はあっと言う間だった。
早く奴を仕留めたくて仕方がない。
私の心臓は、隣にいれば聞こえるんじゃないかと思えるほどにうるさく高鳴っていた。
ズシン。
大きな質量が森の土を踏む音がした。
来た!
ドラゴンだ。
私は草むらの中で神経を尖らせる。
息を殺せ、汗もかくな。
自分と自然を一体にしろ。
ズシンズシンと大きな音と共に森の奥から、巨体が現れる。
蛇のような頭とずんぐりと太った蛙のような胴体を持ったその巨体は、舌をちろちろと出し入れしながら当たりに獲物がいないか探っていた。
しばらく首を左右に揺らしてから、ドラゴンは一定方向に向かって歩き出した。
木に塗ったジャッカロープの血の匂いを感知したらしい。
いよいよだ。
思わず猟銃を握り締める手に力がこもった。
ドラゴンと血の塗られた木までの距離は1ヤード。
まだまだ遠い。
確実に頭の狙える距離になるまで辛抱強く待たなくては。
しかし、ドラゴンはおもむろに首を持ち上げた。
どうした?
ドラゴンは私の導く方とは別方向に体を動かした。
私はそれを見て、瞬時にドラゴンの向き直った方角に銃を向ける。
見ると、ドラゴンの視線の先には小さな子供が腰を抜かしていた。
母親に言われて木の実を取りに来て迷ってしまった少年だろうか。だが、こんな森の奥深くまで来るとは。
しかもドラゴンに遭遇してしまうとは運が悪い。
ドラゴンはその鋭い眼光で少年を睨みつけ、熊のような咆哮を上げた。
まずい!
此処からではドラゴンの頭に確実に弾を当てることが出来ない。
しかし、己の縄張りに入った人間に対してドラゴンは不寛容だ。それは私が一番よく知っている。
もし何もなければ少年は殺されてしまう。
ええいままよ!
私は一発引き金をひいた。
その音に驚いて、ドラゴンがこちらを向く。
かつてないほどに心臓の鼓動が速くなる。さっきドラゴンを討つのを待っていたときとは比べものにならないくらいに胸の奥で暴れているのがわかる。
しかし今手を休めるわけにはいかない。
ドラゴンがこちらを向いた瞬間に、私は今度は慎重に狙いを定めた。
ドラゴンがこちらの存在に気がついた。鬼の形相で、自らを狙った私と言う存在に突進してくる。
私は流れてくる冷や汗を振り払いながら照準を合わせ、二発目をドラゴンの頭に撃ち込んだ。
ズドン。
ドラゴンの身体に弾が当たった音がした。
やったか?
だが、弾はドラゴンの右目を掠めただけだった。
ドラゴンは痛みでまたも、熊に似た咆哮を上げた。
右目からはドラゴン特有のピンク色の血液がだらだらと流れていたが、まだ身体はピンピンしている。
ドラゴンは、怒り狂ったように蛙に似たその胴体で私に向かって突進してきた。
そして蝙蝠のような羽で羽ばたき、丘の上まで飛んでくる。
ドラゴンと私の距離、僅か1フィート。
ドラゴンは私の姿を確認するとその蛇のような首を伸ばして私に食いつこうとしてきた。
私は突撃するドラゴンの喉に向かって3発目を撃ち込んだ。
3度目の咆哮と共にドラゴンが丘の上に倒れる。
今度こそ。今度こそやったのか?
私は薬莢を捨て、新しい弾を猟銃に込める所だった。
だが、その時だった。
ドラゴンの左目が輝き、その身体は大きく弧を描いて回った。
尾っぽが私の横っ腹にぶつかり、私はその重みで吹き飛ばされた。
何がなんだかわからなくなっている所に、ドラゴンは容赦なく私に食いつこうとする。
万事休すか。
そう諦めかけた私の右手にちょうど猟銃が転がっていた。
ドラゴンに吹き飛ばされる前にかろうじて弾は一発込められていた。
私は無我夢中で銃を構え、目を瞑り引き金をひいた。
咆哮は聞こえなかった。
代わりにズドンと重い音と衝撃が当たりに響く。
目を開けてみると、ドラゴンが左目を見開き舌をだらしなく出して果てていた。
やった。
私は溜息をつく。同時にドラゴンに狙われそうになっていた少年のことを思いだし、そちらの方を向いた。
少年はまだ同じ所にへたりこんでいた。私は痛む脇腹を手で支えながら、少年の元へ向かう。
「大丈夫かい?」
私が少年にそう尋ねるやいなや、少年は何かが切れたかのように目一杯泣き出した。
私は泣く少年の肩を抱き、もう大丈夫だよと安心させる。
少年は長い間涙を地面に流していたが、急にその泣き声を止めた。どうしたんだ、と私は少年の顔を見る。
すると、少年は丘の上で倒れているドラゴンを見つめていた。
「すごい」
少年は静かにそう言った。
「あれ、お兄ちゃんが倒したの?」
少年の言葉に、私は頷いた。
「すごいや!」
少年は今まで泣いていたことなど忘れたかのように目を輝かせて言った。
「お兄ちゃん、ありがとう」
私は少し戸惑いながら、少年に微笑みかけた。
良かった。
もし私が此処にいなければ、少年はどうなっていただろう。
為す術もなく、ドラゴンに食われてしまっていたに違いない。そう思うと、私の中に良い考えが浮かんだ。
「君、ドラゴンの肉って食べたことある?」
「ううん、ない。お兄ちゃんは?」
「俺もないんだ」
私は少年を見て、にやりと笑った。
「一緒に食べてみようか、村の皆と一緒に」
少年は楽しそうな顔で、いいね! と私のことばに答えた。
私は腰に巻き付いたナイフを取り出して、1ヤードも離れていないドラゴンの下に歩いていった。
銃を手にした状態では木葉を揺らすまいと神経を尖らせるのも大変だ。
だが辛抱強く息を殺して、獲物との距離はもう10フィートにまで縮んでいた。
今だ。
構えた銃のスコープ越しに獲物を視野に入れる。
その瞬間、獲物もこちらの存在に気付き逃げようとしたが、逃げる方向は分かっている。
獲物が逃げる方向に少しだけ照準をずらし、引き金をひいた。
ズドンという重い音と共に獲物が地に倒れる。
それを見て私はふうっと溜息を吐いた。捕えた獲物に近づき、銃痕を確認する。
獲物はジャッカロープ、角のついた兎だ。
ちょうど脳天に弾がヒットしたらしく、小柄なジャッカロープは既に息の根を止めていた。
私は腰に巻きつけていたナイフを取り出し一度合掌してから、ジャッカロープの腹を裂いた。
生命を讃える赤い液体が勢い良く流れたが、それは小瓶に溜めた。
これから狙う獲物はこのジャッカロープとは比べ物にならない程の大物だが、そいつをおびき寄せる罠に使えるからだ。
既に容積の3分の2まで血が溜まっていた瓶は、今回の分でいっぱいになった。
小瓶の蓋を締め、バックパックに収納する。
腹の裂かれたジャッカロープの足を持つと、今度は杖を取り出した。
簡単な魔法を封印した、使い捨てのインスタントワンドだ。
杖をひと振りすると、杖がボロボロに崩れて土くれになるのと引換に、目の前に焚き火が現れた。
私は焚き火の前で腰を降ろし、ジャッカロープに枝を突き刺し、その枝の先を持ってジャッカロープの肉を焼いた。
「人間はな、普通の動物と違って簡単に殺戮が出来る生きモンだ」
シャム爺が酒の入った赤ら顔で語っていたことだ。
根っからの猟師であるシャム爺は酔うといつも猟師としての生き方を話した。
幼い頃からシャム爺のことばを私はわくわくしながら聞いていた。
その中で最も心に残っているのが、このことばだった。
正確に言うと、シャム爺のこのことばは、その後に続くことばと共に私の生き方の指針になっていた。
「だが俺達猟師はその殺戮をやっちゃあいけねえ。生きるためと、食べるため以外に命を奪っちゃあなんねえ。それは俺達の絶対のタブーだ。必要以上の殺しはしちゃあいけねえ。遊びのためだけなんてのは以ての外だ」
だけどシャム爺。
私は心の中で呟いた。
今の俺は殺戮に手を染めないとダメだ。
私を一人前の猟師になるまで育て上げてくれたシャム爺は、去年の暮れに帰らぬ人となってしまった。
それは、森の奥深くで7年に一度目覚めるドラゴンの仕業だった。
ドラゴンは7年に一度、長い眠りから目覚めると、産卵と子育ての為に森の動物達を狩る。
その間にドラゴンの縄張りに入ってしまうと、ただでさえ獰猛なドラゴンは自分の生きる目的の為に縄張りへ入ったものを容赦なく殺してしまう。
シャム爺はドラゴンの縄張りに入ってしまった。
起きたドラゴンの鱗を剥ぐと高く売れるとの噂を聞き、森に軽率に入った村の若者を助ける為に、シャム爺は危険と知りながら、毎日仕事終わりに呑む酒も忘れ、ドラゴンの縄張りに猟銃一つで乗り込んだのだった。
結局シャム爺は死に、若者も戻ってこなかった。
もしその若者が生きていれば私は彼を容赦なく殴り倒しただろう。
だがシャム爺を死に追いやった若者はもういない。
残っているのは、シャム爺を殺したドラゴンだった。
シャム爺が死んだ手向けを残さねば気が済まなかった。
だから私は、森に入りドラゴンを狩りに来たのだ。
まずはシャム爺が死んだドラゴンの縄張りである洞穴を調べた。
まだドラゴンは産卵の為の栄養を摂る為に森を歩き回っている段階だった。起きてから1年間はこの段階が続く。
毎日夜になる度にドラゴンは洞穴に戻るが、洞穴でのドラゴンの神経は異常な程鋭く、簡単にやられてしまう。
そこで私は、昼間堂々と森を歩き回るドラゴンに勝負を仕掛けることにした。
森を徘徊中のドラゴンは獲物を探すことに己の神経を集中している為、自分を襲う存在へ向く意識は薄い。そこを狙い殺すつもりだった。
まずは、ドラゴンの巡回ルートを調べた。
ドラゴンが通った獣道や、糞を追ってドラゴンが通る道に法則性はないか、また法則性があるならばドラゴンを簡単に仕留められる場所はないかを探すのだ。
1週間調査した段階では、当てもなくただ徘徊しているだけのように見えたが、1ヶ月が経つとドラゴンはしっかりとある法則に従って巡回ルートを決めていることが分かった。
そのルートの中で、安全な場所はないかを探すのにまた1ヶ月かかり、小さな丘の下をドラゴンが通る日に丘の上から狙い撃つのが最も安全だとの結論に至った。
そして明日、ドラゴンは丘の下を通る。
私は今、明日丘の下を通るドラゴン襲撃のための前準備をしているのだった。
ジャッカロープの肉から溢れるこんがりと美味しそうなかおりが鼻に届いた。
そろそろ良いだろう。
私は肉を火から離し、枝を少し振って肉を覚ましてからその兎肉にかぶりついた。
旨い。
ジャッカロープはこの辺で一番狙い易い獲物だが、その肉は柔らかく好む者が多い。
村から少し離れた都会でもなかなかの値段で売れる為、ジャッカロープを専門に捕える猟師もいる程だ。
勿論、シャム爺の教え通り村の猟師が一日に獲っていい獲物の量は決まっているが。
兎肉で腹いっぱいになったところで私は明日、勝負の場所となる丘に向かった。
明日は丘の上に陣取りドラゴンを待つことになるが、今日はドラゴンの巡回ルートである丘の下に向かう。
いつもと違う匂いを与えると警戒される可能性があるため予め使い捨ての魔法杖で完全に自分の匂いを消しておいた。
だが、効き目はそう長くはないのですぐに仕事を終えなければならない。
私は自分の手書きの地図を見て、獲物をおびき寄せるべき場所を確認した。
ドラゴンを一発乃至猟銃のリロード限界の3発までの数発で仕留める為に確実にドラゴンの頭を狙う必要がある。
丘の上からドラゴンの頭を狙う為、ドラゴンが丘の方角に顔を向けるよう、木にジャッカロープの血を塗りたくった。
これでドラゴンは血の匂いに惹かれ私の前にその無防備な頭を差し出すだろう。
私はほくそ笑み、血の塗られた木を見つめた。魔法の効果がなくなる前に丘を後にして、明日の為に狩猟小屋に帰る。
たっぷりと睡眠をとる為、帰るやいなや寝袋に体を埋めたが、目が冴えて仕方なかった。
シャム爺がもし生きていたら今私がやっていることには反対するだろう。
けれど、もう止められないのだ。ここまで来てしまってはもう奴を仕留める他ない。
私の心は復讐を達成できる高揚感に燃えていた。
朝になって朝食を腹八分目まで身体の中に満たすと、猟銃を手に私は丘に向かった。
昼過ぎになるまではドラゴンが此処を通ることはないが、今日の風向きや天候、鳥の動きまで把握する為に早めに猟に出るのが私の日課だ。
憎しみの相手とは言え、ドラゴンに対しても万全を帰す為にやれることは全てやる必要がある。
今日は清々しいほどの晴れで、特に猟に問題はない。
ドラゴンが丘の下を通るまでいつものように辛抱強く待つだけだ。
太陽が私の真上に登るまでの時間はあっと言う間だった。
早く奴を仕留めたくて仕方がない。
私の心臓は、隣にいれば聞こえるんじゃないかと思えるほどにうるさく高鳴っていた。
ズシン。
大きな質量が森の土を踏む音がした。
来た!
ドラゴンだ。
私は草むらの中で神経を尖らせる。
息を殺せ、汗もかくな。
自分と自然を一体にしろ。
ズシンズシンと大きな音と共に森の奥から、巨体が現れる。
蛇のような頭とずんぐりと太った蛙のような胴体を持ったその巨体は、舌をちろちろと出し入れしながら当たりに獲物がいないか探っていた。
しばらく首を左右に揺らしてから、ドラゴンは一定方向に向かって歩き出した。
木に塗ったジャッカロープの血の匂いを感知したらしい。
いよいよだ。
思わず猟銃を握り締める手に力がこもった。
ドラゴンと血の塗られた木までの距離は1ヤード。
まだまだ遠い。
確実に頭の狙える距離になるまで辛抱強く待たなくては。
しかし、ドラゴンはおもむろに首を持ち上げた。
どうした?
ドラゴンは私の導く方とは別方向に体を動かした。
私はそれを見て、瞬時にドラゴンの向き直った方角に銃を向ける。
見ると、ドラゴンの視線の先には小さな子供が腰を抜かしていた。
母親に言われて木の実を取りに来て迷ってしまった少年だろうか。だが、こんな森の奥深くまで来るとは。
しかもドラゴンに遭遇してしまうとは運が悪い。
ドラゴンはその鋭い眼光で少年を睨みつけ、熊のような咆哮を上げた。
まずい!
此処からではドラゴンの頭に確実に弾を当てることが出来ない。
しかし、己の縄張りに入った人間に対してドラゴンは不寛容だ。それは私が一番よく知っている。
もし何もなければ少年は殺されてしまう。
ええいままよ!
私は一発引き金をひいた。
その音に驚いて、ドラゴンがこちらを向く。
かつてないほどに心臓の鼓動が速くなる。さっきドラゴンを討つのを待っていたときとは比べものにならないくらいに胸の奥で暴れているのがわかる。
しかし今手を休めるわけにはいかない。
ドラゴンがこちらを向いた瞬間に、私は今度は慎重に狙いを定めた。
ドラゴンがこちらの存在に気がついた。鬼の形相で、自らを狙った私と言う存在に突進してくる。
私は流れてくる冷や汗を振り払いながら照準を合わせ、二発目をドラゴンの頭に撃ち込んだ。
ズドン。
ドラゴンの身体に弾が当たった音がした。
やったか?
だが、弾はドラゴンの右目を掠めただけだった。
ドラゴンは痛みでまたも、熊に似た咆哮を上げた。
右目からはドラゴン特有のピンク色の血液がだらだらと流れていたが、まだ身体はピンピンしている。
ドラゴンは、怒り狂ったように蛙に似たその胴体で私に向かって突進してきた。
そして蝙蝠のような羽で羽ばたき、丘の上まで飛んでくる。
ドラゴンと私の距離、僅か1フィート。
ドラゴンは私の姿を確認するとその蛇のような首を伸ばして私に食いつこうとしてきた。
私は突撃するドラゴンの喉に向かって3発目を撃ち込んだ。
3度目の咆哮と共にドラゴンが丘の上に倒れる。
今度こそ。今度こそやったのか?
私は薬莢を捨て、新しい弾を猟銃に込める所だった。
だが、その時だった。
ドラゴンの左目が輝き、その身体は大きく弧を描いて回った。
尾っぽが私の横っ腹にぶつかり、私はその重みで吹き飛ばされた。
何がなんだかわからなくなっている所に、ドラゴンは容赦なく私に食いつこうとする。
万事休すか。
そう諦めかけた私の右手にちょうど猟銃が転がっていた。
ドラゴンに吹き飛ばされる前にかろうじて弾は一発込められていた。
私は無我夢中で銃を構え、目を瞑り引き金をひいた。
咆哮は聞こえなかった。
代わりにズドンと重い音と衝撃が当たりに響く。
目を開けてみると、ドラゴンが左目を見開き舌をだらしなく出して果てていた。
やった。
私は溜息をつく。同時にドラゴンに狙われそうになっていた少年のことを思いだし、そちらの方を向いた。
少年はまだ同じ所にへたりこんでいた。私は痛む脇腹を手で支えながら、少年の元へ向かう。
「大丈夫かい?」
私が少年にそう尋ねるやいなや、少年は何かが切れたかのように目一杯泣き出した。
私は泣く少年の肩を抱き、もう大丈夫だよと安心させる。
少年は長い間涙を地面に流していたが、急にその泣き声を止めた。どうしたんだ、と私は少年の顔を見る。
すると、少年は丘の上で倒れているドラゴンを見つめていた。
「すごい」
少年は静かにそう言った。
「あれ、お兄ちゃんが倒したの?」
少年の言葉に、私は頷いた。
「すごいや!」
少年は今まで泣いていたことなど忘れたかのように目を輝かせて言った。
「お兄ちゃん、ありがとう」
私は少し戸惑いながら、少年に微笑みかけた。
良かった。
もし私が此処にいなければ、少年はどうなっていただろう。
為す術もなく、ドラゴンに食われてしまっていたに違いない。そう思うと、私の中に良い考えが浮かんだ。
「君、ドラゴンの肉って食べたことある?」
「ううん、ない。お兄ちゃんは?」
「俺もないんだ」
私は少年を見て、にやりと笑った。
「一緒に食べてみようか、村の皆と一緒に」
少年は楽しそうな顔で、いいね! と私のことばに答えた。
私は腰に巻き付いたナイフを取り出して、1ヤードも離れていないドラゴンの下に歩いていった。
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