6 / 23
5.紅い空
しおりを挟む
教師になるのは、以前からの夢だった。
ヴォズィガが倒されてからの一年間は、復興の為にHERMも忙しなく動いていたから、協力者であった私もそれを手伝い、街の復旧や被害を受けた人々の手助けに奔走はした。
その後HERMが解体され、私は猛勉強の後に教育学部に入って、今年ようやく教育実習の年というわけだ。
6月の終わり頃から実習を始めて、梅雨明けもそろそろ。真夏の暑さには比べるべくもないが、今年は7月も始まったばかりだというのに暑く、我慢し切れずに私はアパートでは既にクーラーの稼働を始めてしまった。
だから一度家でまったりしてしまうと、外に出るのは億劫だ。特に週末の夕暮れ時であれば尚更である。
私の実習期間は3週間。終業式を前にして実習を終えることになるが、既にそのうちの2週間は本当に忙しかった。
朝は先生達同様、生徒の登校時間前に学校に着き、指導係についてくれた先生のもと指示に従って業務の手伝いをしながら、授業準備と研究授業の指導案や毎日の報告書も作成しなくてはならない。
それでいて私は(勝手に申し出たとは言え)女バレの朝練・放課後練にも続けて参加させてもらうことにしたので、朝から夕方までクタクタである。
それとは別に、先日の夜、先輩のことに思いを馳せて深酒をした夜から、断続的な頭痛にも苛まれていた。
薬を飲んで我慢していればいつの間にか消えてしまう程度で、疲れも溜まっているのだろう。たまの休日でしっかり休養を取るのは最重要事項だ。
けれど、女バレ顧問から「時間が空いたので前から約束していた食事、一緒にどうですか?」と連絡が来たのであれば、外出はやぶさかではない。
「うーん。まあ大丈夫か」
今日も今日とて、ズキズキとした頭の痛みと闘っていたところだった。
正直言うと、ここ数日で一番の痛みだった。
とは言えこういう頭痛は珍しいことではない。以前頻繁に感じていた痛みの後遺症のようなもので、怖い頭痛ではないし完治も難しいだろう、と医者からも言われていた。
「とにかく着替えよう」
朝からの頭痛を言い訳にして、休日であることを良いことに、寝巻き姿のままだった。
着替えもせねばならぬし、メイクにも時間がかかりそうだ。約束の時刻まではまだあるし、昼過ぎにベランダに干した洗濯物だけ取り込んでから外出の準備を始めるか、と。
そんなことを考えて立ち上がる。
ズキン。
「痛っ」
左の耳から脳幹を通って、一直線に走るような痛みを感じた。
今日は本当に頭痛が長引く。昔はよくあった。この痛みは、私にとって、そして周りにとっても気をつけなければならないものだった。
だから先輩がいなくなっても尚続く頭痛に、暫くの間ずっと怖がっていたものだ。
もしかして、終わっていないんじゃないかと。もしかして、この頭痛はまだ終わりでないことを教えてくれているんじゃないかと。
けれど一年が過ぎ、二年が過ぎ、ようやく先輩がもたらしてくれた平和は本物だと。
怪獣災害がまだ終わっていないなんて、私の杞憂に過ぎないと、そう思っていた。
思っていたのに。
「嘘」
ベランダ窓を開けて、空を見た。赤い地平線が広がる。だから私が見ているものもただの夕暮れだと、ただ落ちていく日の光に過ぎないとそう思おうとしたが、季節はまだ夏の始め。
太陽はまだ沈まない。
だからあれが、夕暮れである筈がなかった。
始めてあの空を見て、友人に伝えた時のことを思い出す。それまで見たこともない禍々しい紅。血に染まった雲が渦巻くような空。
私が必死にその空の様子を訴えても、友人は「そんなもの見えない」と怪訝そうな顔をするばかりだった。
友人も家族も、あの紅は見えないと。私の眼にははっきりと映っていた。まるで世界が吸い込まれそうな空だというのに。
怪獣災害においてHERMではシャッガイ領域と呼ばれるモノを、私の眼だけは知覚しているのだと知らされたのは、私が怪獣に食べられてから、半年以上過ぎた頃のことだった。
「嘘」
私はもう一度呟いた。誰に向けた言葉だろう。目を擦る。違う。幻覚だ。
私が見ているのはいつもの空。だって、朝には見えなかった。でもアレはそういうものだ。
時間帯なんて関係なく、脈絡すらもなく現れる災害の前触れ。
私は幻視した。怪獣の闊歩する街街を。幻聴が聞こえる。怪獣に襲われて悲鳴と共に逃げ惑う人間の群れの鳴き声を。
先輩がいなくなってしまう以前に飽きる程に見た、先輩がいなくなってからは決して見ることのなかった紅い空。
それが地平線に広がる様子を、嘘だと自分に言い聞かせたが、残念ながらどれだけ瞬きを繰り返そうが、紅い空は消えちゃくれなかった。
ヴォズィガが倒されてからの一年間は、復興の為にHERMも忙しなく動いていたから、協力者であった私もそれを手伝い、街の復旧や被害を受けた人々の手助けに奔走はした。
その後HERMが解体され、私は猛勉強の後に教育学部に入って、今年ようやく教育実習の年というわけだ。
6月の終わり頃から実習を始めて、梅雨明けもそろそろ。真夏の暑さには比べるべくもないが、今年は7月も始まったばかりだというのに暑く、我慢し切れずに私はアパートでは既にクーラーの稼働を始めてしまった。
だから一度家でまったりしてしまうと、外に出るのは億劫だ。特に週末の夕暮れ時であれば尚更である。
私の実習期間は3週間。終業式を前にして実習を終えることになるが、既にそのうちの2週間は本当に忙しかった。
朝は先生達同様、生徒の登校時間前に学校に着き、指導係についてくれた先生のもと指示に従って業務の手伝いをしながら、授業準備と研究授業の指導案や毎日の報告書も作成しなくてはならない。
それでいて私は(勝手に申し出たとは言え)女バレの朝練・放課後練にも続けて参加させてもらうことにしたので、朝から夕方までクタクタである。
それとは別に、先日の夜、先輩のことに思いを馳せて深酒をした夜から、断続的な頭痛にも苛まれていた。
薬を飲んで我慢していればいつの間にか消えてしまう程度で、疲れも溜まっているのだろう。たまの休日でしっかり休養を取るのは最重要事項だ。
けれど、女バレ顧問から「時間が空いたので前から約束していた食事、一緒にどうですか?」と連絡が来たのであれば、外出はやぶさかではない。
「うーん。まあ大丈夫か」
今日も今日とて、ズキズキとした頭の痛みと闘っていたところだった。
正直言うと、ここ数日で一番の痛みだった。
とは言えこういう頭痛は珍しいことではない。以前頻繁に感じていた痛みの後遺症のようなもので、怖い頭痛ではないし完治も難しいだろう、と医者からも言われていた。
「とにかく着替えよう」
朝からの頭痛を言い訳にして、休日であることを良いことに、寝巻き姿のままだった。
着替えもせねばならぬし、メイクにも時間がかかりそうだ。約束の時刻まではまだあるし、昼過ぎにベランダに干した洗濯物だけ取り込んでから外出の準備を始めるか、と。
そんなことを考えて立ち上がる。
ズキン。
「痛っ」
左の耳から脳幹を通って、一直線に走るような痛みを感じた。
今日は本当に頭痛が長引く。昔はよくあった。この痛みは、私にとって、そして周りにとっても気をつけなければならないものだった。
だから先輩がいなくなっても尚続く頭痛に、暫くの間ずっと怖がっていたものだ。
もしかして、終わっていないんじゃないかと。もしかして、この頭痛はまだ終わりでないことを教えてくれているんじゃないかと。
けれど一年が過ぎ、二年が過ぎ、ようやく先輩がもたらしてくれた平和は本物だと。
怪獣災害がまだ終わっていないなんて、私の杞憂に過ぎないと、そう思っていた。
思っていたのに。
「嘘」
ベランダ窓を開けて、空を見た。赤い地平線が広がる。だから私が見ているものもただの夕暮れだと、ただ落ちていく日の光に過ぎないとそう思おうとしたが、季節はまだ夏の始め。
太陽はまだ沈まない。
だからあれが、夕暮れである筈がなかった。
始めてあの空を見て、友人に伝えた時のことを思い出す。それまで見たこともない禍々しい紅。血に染まった雲が渦巻くような空。
私が必死にその空の様子を訴えても、友人は「そんなもの見えない」と怪訝そうな顔をするばかりだった。
友人も家族も、あの紅は見えないと。私の眼にははっきりと映っていた。まるで世界が吸い込まれそうな空だというのに。
怪獣災害においてHERMではシャッガイ領域と呼ばれるモノを、私の眼だけは知覚しているのだと知らされたのは、私が怪獣に食べられてから、半年以上過ぎた頃のことだった。
「嘘」
私はもう一度呟いた。誰に向けた言葉だろう。目を擦る。違う。幻覚だ。
私が見ているのはいつもの空。だって、朝には見えなかった。でもアレはそういうものだ。
時間帯なんて関係なく、脈絡すらもなく現れる災害の前触れ。
私は幻視した。怪獣の闊歩する街街を。幻聴が聞こえる。怪獣に襲われて悲鳴と共に逃げ惑う人間の群れの鳴き声を。
先輩がいなくなってしまう以前に飽きる程に見た、先輩がいなくなってからは決して見ることのなかった紅い空。
それが地平線に広がる様子を、嘘だと自分に言い聞かせたが、残念ながらどれだけ瞬きを繰り返そうが、紅い空は消えちゃくれなかった。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
ワイルド・ソルジャー
アサシン工房
SF
時は199X年。世界各地で戦争が行われ、終戦を迎えようとしていた。
世界は荒廃し、辺りは無法者で溢れかえっていた。
主人公のマティアス・マッカーサーは、かつては裕福な家庭で育ったが、戦争に巻き込まれて両親と弟を失い、その後傭兵となって生きてきた。
旅の途中、人間離れした強さを持つ大柄な軍人ハンニバル・クルーガーにスカウトされ、マティアスは軍人として活動することになる。
ハンニバルと共に任務をこなしていくうちに、冷徹で利己主義だったマティアスは利害を超えた友情を覚えていく。
世紀末の荒廃したアメリカを舞台にしたバトルファンタジー。
他の小説サイトにも投稿しています。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
異世界×お嬢様×巨大ロボ=世界最強ですわ!?
風見星治
SF
題名そのまま、異世界ファンタジーにお嬢様と巨大ロボを混ぜ合わせた危険な代物です。
一応短編という設定ですが、100%思い付きでほぼプロット同然なので拙作作品共通の世界観に関する設定以外が殆ど決まっておらず、
SFという大雑把なカテゴリに拙作短編特有の思い付き要素というスパイスを振りかけたジャンクフード的な作品です。
我らおっさん・サークル「異世界召喚予備軍」
虚仮橋陣屋(こけばしじんや)
青春
おっさんの、おっさんによる、おっさんのためのほろ苦い青春ストーリー
サラリーマン・寺崎正・四〇歳。彼は何処にでもいるごく普通のおっさんだ。家族のために黙々と働き、家に帰って夕食を食べ、風呂に入って寝る。そんな真面目一辺倒の毎日を過ごす、無趣味な『つまらない人間』がある時見かけた奇妙なポスターにはこう書かれていた――サークル「異世界召喚予備軍」、メンバー募集!と。そこから始まるちょっと笑えて、ちょっと勇気を貰えて、ちょっと泣ける、おっさんたちのほろ苦い青春ストーリー。
「メジャー・インフラトン」序章4/7(僕のグランドゼロ〜マズルカの調べに乗って。少年兵の季節JUMP! JUMP! JUMP! No1)
あおっち
SF
港に立ち上がる敵AXISの巨大ロボHARMOR。
遂に、AXIS本隊が北海道に攻めて来たのだ。
その第1次上陸先が苫小牧市だった。
これは、現実なのだ!
その発見者の苫小牧市民たちは、戦渦から脱出できるのか。
それを助ける千歳シーラスワンの御舩たち。
同時進行で圧力をかけるAXISの陽動作戦。
台湾金門県の侵略に対し、真向から立ち向かうシーラス・台湾、そしてきよしの師範のゾフィアとヴィクトリアの機動艦隊。
新たに戦いに加わった衛星シーラス2ボーチャン。
目の離せない戦略・戦術ストーリーなのだ。
昨年、椎葉きよしと共に戦かった女子高生グループ「エイモス5」からも目が離せない。
そして、遂に最強の敵「エキドナ」が目を覚ましたのだ……。
SF大河小説の前章譚、第4部作。
是非ご覧ください。
※加筆や修正が予告なしにあります。
基本中の基本
黒はんぺん
SF
ここは未来のテーマパーク。ギリシャ神話 を模した世界で、冒険やチャンバラを楽し めます。観光客でもある勇者は暴風雨のな か、アンドロメダ姫を救出に向かいます。
もちろんこの暴風雨も機械じかけのトリッ クなんだけど、だからといって楽じゃない ですよ。………………というお話を語るよう要請さ れ、あたしは召喚されました。あたしは違 うお話の作中人物なんですが、なんであた しが指名されたんですかね。
INNER NAUTS(インナーノーツ) 〜精神と異界の航海者〜
SunYoh
SF
ーー22世紀半ばーー
魂の源とされる精神世界「インナースペース」……その次元から無尽蔵のエネルギーを得ることを可能にした代償に、さまざまな災害や心身への未知の脅威が発生していた。
「インナーノーツ」は、時空を超越する船<アマテラス>を駆り、脅威の解消に「インナースペース」へ挑む。
<第一章 「誘い」>
粗筋
余剰次元活動艇<アマテラス>の最終試験となった有人起動試験は、原因不明のトラブルに見舞われ、中断を余儀なくされたが、同じ頃、「インナーノーツ」が所属する研究機関で保護していた少女「亜夢」にもまた異変が起こっていた……5年もの間、眠り続けていた彼女の深層無意識の中で何かが目覚めようとしている。
「インナースペース」のエネルギーを解放する特異な能力を秘めた亜夢の目覚めは、即ち、「インナースペース」のみならず、物質世界である「現象界(この世)」にも甚大な被害をもたらす可能性がある。
ーー亜夢が目覚める前に、この脅威を解消するーー
「インナーノーツ」は、この使命を胸に<アマテラス>を駆り、未知なる世界「インナースペース」へと旅立つ!
そこで彼らを待ち受けていたものとは……
※この物語はフィクションです。実際の国や団体などとは関係ありません。
※SFジャンルですが殆ど空想科学です。
※セルフレイティングに関して、若干抵触する可能性がある表現が含まれます。
※「小説家になろう」、「ノベルアップ+」でも連載中
※スピリチュアル系の内容を含みますが、特定の宗教団体等とは一切関係無く、布教、勧誘等を目的とした作品ではありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる