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5. 漆黒/平田
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家の周りは、無数の怨児達で溢れかえっていた。黒々と地面を、壁を覆う。蟻の大群にも見える怨児達はしかし、家の中までは入れないようでいる。
「こいつらはな。力が強い妖者はその限りじゃない」
憂悟は邪魔な怨児を次々と斬り伏せていく。
一匹一匹相手している暇はない。
ぼくも憂悟も、怨児をとにかく斬りつつ先に先に進んだ。家の前には扉を囲むように更に無数の怨児が犇き合う。
匂いがキツい。ただでさえ悪臭を放つ怨児がこれだけ集まっているせいだ。涙も流れてきて、眼を開けることすら厳しい。
「どけえええ‼︎」
憂悟が叫び、刀を振り上げた。漆黒の刀身がまるで鞭のように伸びて唸り、怨児達を薙ぎ払った。
怨児が横に退き、家の入り口まで、真っ直ぐに続く道が出来る。
ぼくと憂悟は互いを見合って頷くと、全速力で駆けた。無数の怨児が、うじゃうじゃと未だ纏わりつこうとするのを振り払い、必死の思いで家の中に走り込むことが出来た。
玄関の前で、怨児は未だ犇き合っているが、中に入ってくることはない。
家の中は静かだった。
ぼくは汗を拭う。まだ怨児の匂いが室内でも仄かにする。しかし息が普通に出来ることは有り難い。ぼくは深呼吸をした。
憂悟は由李歌の部屋まで全速力で向かおうとしたが、憂悟の進路を何かが阻んだ。何もない筈の場所に、憂悟がぶつかり、頭を打つ。
「何だこれは」
憂悟はその場所をドンドンと殴りつけた。
見えない壁が、家の中に構築されている。
「畜生‼︎ 誰が⁉︎」
廊下の奥から、ぬううと影が伸びた。ぼくと憂悟は息を呑む。奥にいるその影の主に見覚えがあった。
「邪魔しないでおくれよう。ン十年ぶりの魔王の祝宴なのだから」
ねっとりと話すその声にも覚えがある。
「お前か、三五郎‼︎」
そこに居るのは平田だった。少女のような笑みをその顔に称え、ぼくらを見ている。
「そうさあ。私だよ」
「平田さん、どうして……」
ぼくも思わず声に出して訊いた。平田はぼくがこの家に来る以前からずっと、憂悟や由李歌のことを見ていた人だ。だから憂悟も、いけすかないと言いながら、彼女の腕を見込んで由李歌の主治医としてずっと信用していたのだ。
「簡単さあ。君達のことを知るよりずうっと前から、私は山ン本五郎左衛門に仕えるモノでしかなかったと言うだけさ」
「お前、妖者だったのか?」
「いいや、違う。私は人間さあ。だが、平田の家はずっと山ン本に仕えることを誓っているというだけ。他の一門には当然、バラしちゃあいないけどねえ」
平田はくすくす、と袖で口元を隠して笑った。
「神野の人間が山ン本を追っているってのは」
「嘘さあ。他の誰も、山ン本がお出でなすったことを知らない。君達以外は」
憂悟は見えない壁をもう一度殴りつけた。パリン、と小さく音が聞こえた。
平田もこれには驚いたらしく、目を丸くした。
「へえ。もう少しは耐えられるものかと思ったんだけどねえ。流石は憂悟さん。やっぱり惚れちゃいそうさあ」
「黙れ三五郎。この壁ぶち壊したら、テメェのその口引き裂いてぶち殺してやる」
音のした場所を二度、三度、と憂悟は殴り続ける。
パリン。今度はガラスが割れるような大きな音だった。
見えない壁が崩れた。
そのまま憂悟は、平田に掴みかかろうとした。
ドスン。憂悟の掌は平田まで到達することなく、また何かに遮られた。
憂悟は舌打ちをして、崩した壁の先に“もう一枚あった”見えない壁を拳で殴る。
平田は壁の向こうで、ころころと本当におかしそうに笑っている。その姿は楽しそうな少女そのものに見えた。
「そう急くなよ。もう少しお喋りしようよう。私なんかじゃ憂悟さんには敵わないからねえ。壁が一枚なわけないじゃないか」
「三五郎ォ……」
「嗚呼、嬉しいねえ嬉しいねえ。お勤めとは言え、君のその眼が私は好きだったよ。惚れちゃいそうさあ。君の眼は、君の眼は山ン本にもよーく似てる」
平田はうっとりと眼を蕩けさせて、見えない壁に手をついた。口を半開きしにして、怒りに燃える憂悟を見つめている。
憂悟は変わらず、何度も何度も拳を見えない壁に打ちつけていた。その手はもうボロボロで、血に塗れている。
ぼくだってただ呆けているために此処に来たのではない。憂悟を手伝おうと近づこうとしたが、憂悟に睨みつけられた。
「来るな‼︎」
憂悟の静止の声に、ぼくはびくりと立ち止まった。憂悟はまた真っ直ぐに平田を睨む。
平田はそれが辛抱堪らないようで、股の間に手を挟み、腰をくねくねと動かしていた。そして誰にと言うわけでもなく、言葉を紡ぐ。
「ふふ、山ン本は器を探していたのさ。自身の魂を入れ替える器。怨児の身体は此方の世界で長くいるには持たない。だから山ン本は幾度となく器を乗り継いで来た。その器は自身の血が注がれているモノでなければならない。だが、普通の人間では山ン本の血に耐えられない。その点、由李歌ちゃんは絶好の存在さあ。その身の半分以上を怨児に侵されている。山ン本の器たり得る山ン本の子を産むのに、最適な女だよ。だから私はこの日の為に、由李歌ちゃんを山ン本に犯させてやる為、華のように愛でてきたのさあ」
「旭、しばらく俺に絶対近付くなよ」
憂悟は、平田の言葉など耳に入っていないかのように、ぼくに話しかけた。
「んーん?」
平田は首を傾げる。そこではた、と平田の眼の色が変わった。
「おやおやあ。憂悟さん、それは」
「もう一度言う、三五郎。黙れ」
憂悟は両腕を天に突き上げる。
「お、おおおおおお‼︎」
叫ぶ憂悟の両腕が漆黒く染まっていた。
両腕だけではない。首元から漆黒が、憂悟の顔まで侵食する。
漆黒く、漆黒く。夜の闇よりも黒く。
遂に憂悟の身体全てが漆黒く染まる。ぎょろり、とその眼だけが漆黒に染まらず、平田を睨んでいた。
平田が息を呑む音が聞こえたかと思うと、続けて爆音が廊下中に響いた。
パリンパリンパリン。見えない壁が立て続けに割れる。
憂悟は目の前にあった壁を、一枚たりとも障害にすることなく、平田の首に掴みかかった。
「あ」
平田は何かを口にしようとしたが、その首が、漆黒く染め上げられた憂悟に捥ぎ取られた。
憂悟はゴミでも捨てるかのように、平田の首を適当に放り出す。
「✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎‼︎」
憂悟が叫ぶ。憂悟の口から出てきたのは、怨児の叫び声と同じものだった。
首を失った平田の身体が倒れそうになるところを、憂悟が掴んだ。そして口を大きく開ける。
ぐぱあ、と口を大きく開けたその顔は漆黒で何も見えないが、笑っているように見えた。
頭部のない平田の首元に、憂悟が齧り付く。ガツガツと平田の身体を喰い千切っていく。
ぼくは思わず、その場で吐瀉しそうになったが、喉元までせり上がって来たそれを、何とか押し戻し飲み込んだ。
捕食が行われていた。漆黒の憂悟が、動かない平田の身体を喰い破っていく。そして最後に、口の中に足を放り投げ、平田の身体を喰い終えた。
「憂悟さ……」
憂悟を呼び止めようとして、ふと彼の言葉を思い出した。
『しばらく俺に絶対近付くなよ』
ぼくは口元を両手で覆う。漆黒に染まる憂悟が、ぼくの方を振り向いた。
「✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎‼︎」
憂悟が天を仰ぐようにして叫び声をあげた。
ぼくは頭を抱えてしゃがみ込む。眼も瞑り一瞬、絶体絶命かと諦めた。
だが一向に、憂悟が此方へ来る様子はない。
ぼくは眼を開けて、憂悟を見た。
憂悟が頭を抱え、苦しみながらのたうち回っていた。憂悟の身体の漆黒が、徐々に引いて行く。
頭の方から段々と元のように、見知った憂悟の顔を現し、左腕以外の漆黒が全て引いた。
憂悟の額からは汗が流れ、憂悟は苦しそうに息を吐いていた。
「ハア、ハア、ハア……旭、いるか」
「は、はい!」
憂悟に呼び止められ、ぼくは返事をした。
「行くぞ、モタモタしている暇はない」
憂悟は酔っ払いみたいに頭を抱えながら廊下を進む。ぼくは憂悟の肩を支え、持ち上げた。
「すまんな」
「だ、大丈夫なんですか。今のは」
憂悟は、自身の身体を侵す怨児の漆黒を刀等の得物に移し、怨児を斬る。ぼくも憂悟のそのやり方を教わり、憂悟から怨児の殺し方を学んでいた。
だが今のは……。
あんな憂悟の姿は見たことがなかった。あれではまるで、憂悟自身が……。
「大丈夫だ。今のところは……だが。次俺が今みたいになったら直ぐに斬れ」
「そんな、無理です」
「斬れ」
声は小さかったが、強制力のある憂悟の言葉にぼくは思わず頷く。憂悟はそれを見て、満足気に口元だけで笑った。
「それでいい。急げ」
憂悟はぼくを振り解き、背筋を伸ばした。
「もう一人で行ける」
憂悟はそう言って由李歌の部屋へと早足で進み、その扉を開けた。
家の周りは、無数の怨児達で溢れかえっていた。黒々と地面を、壁を覆う。蟻の大群にも見える怨児達はしかし、家の中までは入れないようでいる。
「こいつらはな。力が強い妖者はその限りじゃない」
憂悟は邪魔な怨児を次々と斬り伏せていく。
一匹一匹相手している暇はない。
ぼくも憂悟も、怨児をとにかく斬りつつ先に先に進んだ。家の前には扉を囲むように更に無数の怨児が犇き合う。
匂いがキツい。ただでさえ悪臭を放つ怨児がこれだけ集まっているせいだ。涙も流れてきて、眼を開けることすら厳しい。
「どけえええ‼︎」
憂悟が叫び、刀を振り上げた。漆黒の刀身がまるで鞭のように伸びて唸り、怨児達を薙ぎ払った。
怨児が横に退き、家の入り口まで、真っ直ぐに続く道が出来る。
ぼくと憂悟は互いを見合って頷くと、全速力で駆けた。無数の怨児が、うじゃうじゃと未だ纏わりつこうとするのを振り払い、必死の思いで家の中に走り込むことが出来た。
玄関の前で、怨児は未だ犇き合っているが、中に入ってくることはない。
家の中は静かだった。
ぼくは汗を拭う。まだ怨児の匂いが室内でも仄かにする。しかし息が普通に出来ることは有り難い。ぼくは深呼吸をした。
憂悟は由李歌の部屋まで全速力で向かおうとしたが、憂悟の進路を何かが阻んだ。何もない筈の場所に、憂悟がぶつかり、頭を打つ。
「何だこれは」
憂悟はその場所をドンドンと殴りつけた。
見えない壁が、家の中に構築されている。
「畜生‼︎ 誰が⁉︎」
廊下の奥から、ぬううと影が伸びた。ぼくと憂悟は息を呑む。奥にいるその影の主に見覚えがあった。
「邪魔しないでおくれよう。ン十年ぶりの魔王の祝宴なのだから」
ねっとりと話すその声にも覚えがある。
「お前か、三五郎‼︎」
そこに居るのは平田だった。少女のような笑みをその顔に称え、ぼくらを見ている。
「そうさあ。私だよ」
「平田さん、どうして……」
ぼくも思わず声に出して訊いた。平田はぼくがこの家に来る以前からずっと、憂悟や由李歌のことを見ていた人だ。だから憂悟も、いけすかないと言いながら、彼女の腕を見込んで由李歌の主治医としてずっと信用していたのだ。
「簡単さあ。君達のことを知るよりずうっと前から、私は山ン本五郎左衛門に仕えるモノでしかなかったと言うだけさ」
「お前、妖者だったのか?」
「いいや、違う。私は人間さあ。だが、平田の家はずっと山ン本に仕えることを誓っているというだけ。他の一門には当然、バラしちゃあいないけどねえ」
平田はくすくす、と袖で口元を隠して笑った。
「神野の人間が山ン本を追っているってのは」
「嘘さあ。他の誰も、山ン本がお出でなすったことを知らない。君達以外は」
憂悟は見えない壁をもう一度殴りつけた。パリン、と小さく音が聞こえた。
平田もこれには驚いたらしく、目を丸くした。
「へえ。もう少しは耐えられるものかと思ったんだけどねえ。流石は憂悟さん。やっぱり惚れちゃいそうさあ」
「黙れ三五郎。この壁ぶち壊したら、テメェのその口引き裂いてぶち殺してやる」
音のした場所を二度、三度、と憂悟は殴り続ける。
パリン。今度はガラスが割れるような大きな音だった。
見えない壁が崩れた。
そのまま憂悟は、平田に掴みかかろうとした。
ドスン。憂悟の掌は平田まで到達することなく、また何かに遮られた。
憂悟は舌打ちをして、崩した壁の先に“もう一枚あった”見えない壁を拳で殴る。
平田は壁の向こうで、ころころと本当におかしそうに笑っている。その姿は楽しそうな少女そのものに見えた。
「そう急くなよ。もう少しお喋りしようよう。私なんかじゃ憂悟さんには敵わないからねえ。壁が一枚なわけないじゃないか」
「三五郎ォ……」
「嗚呼、嬉しいねえ嬉しいねえ。お勤めとは言え、君のその眼が私は好きだったよ。惚れちゃいそうさあ。君の眼は、君の眼は山ン本にもよーく似てる」
平田はうっとりと眼を蕩けさせて、見えない壁に手をついた。口を半開きしにして、怒りに燃える憂悟を見つめている。
憂悟は変わらず、何度も何度も拳を見えない壁に打ちつけていた。その手はもうボロボロで、血に塗れている。
ぼくだってただ呆けているために此処に来たのではない。憂悟を手伝おうと近づこうとしたが、憂悟に睨みつけられた。
「来るな‼︎」
憂悟の静止の声に、ぼくはびくりと立ち止まった。憂悟はまた真っ直ぐに平田を睨む。
平田はそれが辛抱堪らないようで、股の間に手を挟み、腰をくねくねと動かしていた。そして誰にと言うわけでもなく、言葉を紡ぐ。
「ふふ、山ン本は器を探していたのさ。自身の魂を入れ替える器。怨児の身体は此方の世界で長くいるには持たない。だから山ン本は幾度となく器を乗り継いで来た。その器は自身の血が注がれているモノでなければならない。だが、普通の人間では山ン本の血に耐えられない。その点、由李歌ちゃんは絶好の存在さあ。その身の半分以上を怨児に侵されている。山ン本の器たり得る山ン本の子を産むのに、最適な女だよ。だから私はこの日の為に、由李歌ちゃんを山ン本に犯させてやる為、華のように愛でてきたのさあ」
「旭、しばらく俺に絶対近付くなよ」
憂悟は、平田の言葉など耳に入っていないかのように、ぼくに話しかけた。
「んーん?」
平田は首を傾げる。そこではた、と平田の眼の色が変わった。
「おやおやあ。憂悟さん、それは」
「もう一度言う、三五郎。黙れ」
憂悟は両腕を天に突き上げる。
「お、おおおおおお‼︎」
叫ぶ憂悟の両腕が漆黒く染まっていた。
両腕だけではない。首元から漆黒が、憂悟の顔まで侵食する。
漆黒く、漆黒く。夜の闇よりも黒く。
遂に憂悟の身体全てが漆黒く染まる。ぎょろり、とその眼だけが漆黒に染まらず、平田を睨んでいた。
平田が息を呑む音が聞こえたかと思うと、続けて爆音が廊下中に響いた。
パリンパリンパリン。見えない壁が立て続けに割れる。
憂悟は目の前にあった壁を、一枚たりとも障害にすることなく、平田の首に掴みかかった。
「あ」
平田は何かを口にしようとしたが、その首が、漆黒く染め上げられた憂悟に捥ぎ取られた。
憂悟はゴミでも捨てるかのように、平田の首を適当に放り出す。
「✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎‼︎」
憂悟が叫ぶ。憂悟の口から出てきたのは、怨児の叫び声と同じものだった。
首を失った平田の身体が倒れそうになるところを、憂悟が掴んだ。そして口を大きく開ける。
ぐぱあ、と口を大きく開けたその顔は漆黒で何も見えないが、笑っているように見えた。
頭部のない平田の首元に、憂悟が齧り付く。ガツガツと平田の身体を喰い千切っていく。
ぼくは思わず、その場で吐瀉しそうになったが、喉元までせり上がって来たそれを、何とか押し戻し飲み込んだ。
捕食が行われていた。漆黒の憂悟が、動かない平田の身体を喰い破っていく。そして最後に、口の中に足を放り投げ、平田の身体を喰い終えた。
「憂悟さ……」
憂悟を呼び止めようとして、ふと彼の言葉を思い出した。
『しばらく俺に絶対近付くなよ』
ぼくは口元を両手で覆う。漆黒に染まる憂悟が、ぼくの方を振り向いた。
「✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎‼︎」
憂悟が天を仰ぐようにして叫び声をあげた。
ぼくは頭を抱えてしゃがみ込む。眼も瞑り一瞬、絶体絶命かと諦めた。
だが一向に、憂悟が此方へ来る様子はない。
ぼくは眼を開けて、憂悟を見た。
憂悟が頭を抱え、苦しみながらのたうち回っていた。憂悟の身体の漆黒が、徐々に引いて行く。
頭の方から段々と元のように、見知った憂悟の顔を現し、左腕以外の漆黒が全て引いた。
憂悟の額からは汗が流れ、憂悟は苦しそうに息を吐いていた。
「ハア、ハア、ハア……旭、いるか」
「は、はい!」
憂悟に呼び止められ、ぼくは返事をした。
「行くぞ、モタモタしている暇はない」
憂悟は酔っ払いみたいに頭を抱えながら廊下を進む。ぼくは憂悟の肩を支え、持ち上げた。
「すまんな」
「だ、大丈夫なんですか。今のは」
憂悟は、自身の身体を侵す怨児の漆黒を刀等の得物に移し、怨児を斬る。ぼくも憂悟のそのやり方を教わり、憂悟から怨児の殺し方を学んでいた。
だが今のは……。
あんな憂悟の姿は見たことがなかった。あれではまるで、憂悟自身が……。
「大丈夫だ。今のところは……だが。次俺が今みたいになったら直ぐに斬れ」
「そんな、無理です」
「斬れ」
声は小さかったが、強制力のある憂悟の言葉にぼくは思わず頷く。憂悟はそれを見て、満足気に口元だけで笑った。
「それでいい。急げ」
憂悟はぼくを振り解き、背筋を伸ばした。
「もう一人で行ける」
憂悟はそう言って由李歌の部屋へと早足で進み、その扉を開けた。
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