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 ダディアは、四方を敵に囲まれた小国だった。南北からは魔物が襲ってくる上に、東西には大国が位置している。

 精霊使いの育成に力を入れたことで、どうにかやっていけている状況だ。エリカ・メイヤーは、王宮の第一部隊の中でも、異色の存在だった。

 特に、精霊を回復させるだなんてことは、今のところ彼女以外にできた試しはない。もちろん、彼女は後方支援だけでなく前衛にも配置されていた。気まぐれだと言われている精霊でも、皆彼女の言うことをよく聞いたからだ。



 ただ、それは彼女が突然姿を消すまでのことだった。


 あまりにも突然すぎて、しばらく誰も気づかなかったほどだ。幸いに、と言えばいいのか、彼女はとりあえず前線の防衛がなんとかなるくらいの人員を配置した上でいなくなったから、これといった被害はなかった。


 ただ、彼女の場合、「いなくなりました」では済まなかったのだ。



「もう、1年だぞ。分かっているのか?」


 先程から、部屋の中を行ったりきたりしているのは、この国の王太子だ。彼は、いらだったようにエルドレッドに声をかけた。

「探してはいるんですよ」

「そんなことで、済むわけがないだろう!どういう状況か分かっていないのか?」

「彼女が優秀なのは、殿下が一番ご存じなのでは?本気で隠れようと思えば、そう簡単に見つけることはできないでしょう」

 エルドレッドは、エリカがいなくなって1ヶ月後に彼女を発見している。その時点で何とかなればよかったが、彼女は戻ってくる気もなかったし、そもそも精霊すら使えなくなっていた。

「お前は、無能なのか!?」

 ふざけたことを言うのもいい加減にしておけよ、と続けて、王太子は机を叩いた。今のところ、彼女の行方を必死に探しているのは、彼1人と言っていいだろう。他の人間はもう、「唯一と言ってもいい優秀な精霊使いを管理できなかった責任を誰が取るのか」と「それが他国に流出する可能性がある」という話に切り替わっている。エリカが戻ってこない以上、責任を取るのはこの王太子になるだろう。

 ただ、それは別にエリカのせいでもない。彼はずいぶん昔に王位継承権の争いから脱落していて、本当ならそのときに死んでいてもおかしくなかったからだ。

 しかし、数年前にエリカは彼を精霊使いを束ねる責任者として、この王太子を選んでいた。当時彼女は名実ともに精霊使いの筆頭とも言える存在で、そんな彼女の意向を無視できる人間はいなかったのだ。王太子と婚姻を結ぶとなれば、優秀な精霊使いが生まれる可能性も高い。

本当なら別の王太子をあてがいたかっただろうが、精霊がついている以上、彼女が選んでいない他の王太子を代わりにもできなかった。嫌だと言われればおしまいだからだ。

 彼女がなぜこの王太子を選んだのかはよく分からないが、そのとき彼は死にかかっていた。同情だったのか、それとも何か理由があったのか、エルドレッドが知ることではない。

「エリカに比べれば、そうなりますね」

「…………今年中に見つからなければ、どうなるか分かっているんだろうな?」

「重々、承知していますよ」

 エルドレッドには、王太子にエリカの行方を話すつもりは毛頭なかった。見つけた瞬間に心中でも図りそうな男を、誰が連れて行くというのだろう。

 そもそも、彼女がいなくなったのは、ほぼ確実にこの王太子が原因だった。一体何を思ったのか、彼女が大切にしていた精霊を壊すきっかけを作ったからだ。しかし、彼は何をしでかしたのか、今でも分かっていないのかもしれない。


 年末までには、エリカも多少は力を使えるようになっているだろう。そのために、彼女のよく知る精霊を連れていったのだ。エルドレッドは、彼女がここに戻ってこようと、国外に脱出しようとどちらでもいいと思っていた。

「分かっているなら、早く探しに行け!」

 半ば追い出されるようにして、エルドレッドは部屋を出た。

 エリカは、どうするつもりなのだろう。国を出ることを選んだのなら、ついていくのもいいかもしれない、と彼は考えていた。

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