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「──────ダイン!」

 私の手元で揺らめいている火の玉は、声に反応するように溶けていった。周囲に灰色の煙が広がる。目くらまし程度にはなるだろうか。

 数秒も経たないうちに、私の目の前には不機嫌そうな顔の少年が立っていた。煙はまだ晴れていない。

「……やっと、喋る気になったのか。本当にお前は昔から面倒な奴だな。さっきから、何回声をかけたと思ってるんだ?」

 とうとう声も出せなくなったのかと思ったぞ、と言いながら彼は私の両頬に手を伸ばした。私は反射的に彼の手を避けそうになりながら、思いとどまる。今は、時間がない。

「……ねえ、ダイン。申し訳ないけど、手早く済ませてくれない?」

「どうして私が、お前の希望を聞き入れないといけないんだ?」

 そう言いながら、彼は笑っていた。こういうときは、素直に下手に出る方がいい。何かと彼は、面倒なのだ。

「多分、私があなたと5分も話していたら倒れるからよ」

 じっとりと嫌な汗が吹き出している。小刻みに震えていた私の手を取り、彼はため息をついた。

「本当に、あいつは面倒なことをしてくれたな。────まあいい、お前に従ってやろう」

「助かるわ」

「────期間は?」

 いつもと同じ質問だった。以前と何も変わらないような気がして、私も同じように答える。

「いつも通り。1回きりに決まってるでしょ」

 答えたと同時に、背筋に悪寒が走った。これもいつものことだった。

「仕方がないな。近いうちに、もう少しいい返事を聞かせてくれ。エリカ」

 彼の両手がずぶずぶと体の内側に沈んでくるような感覚に、ぞっとする。ただ、これもいつものことだった。



 使えない精霊を元に戻す手段は、二つしかない。一つは時間経過で回復するのを待つこと。ただし、長ければ数十年単位で待たなければならない。

 もう一つの手段がこれだった。どうやら彼らは、人間の生気を吸い取るらしい。気まぐれなはずの精霊が、わざわざ使われるために人間のところにやってくるのも、それが目当てのようだった。

 精霊たちに話を聞くと、本来は力を貸す代わりにその身を差し出すというのが一般的な契約というものらしい。

 名前を交換する、契約内容を決めるなど、一定の条件を満たした場合に限り、彼らは人間の生気を吸い取れるのだという。その量は契約内容に比例している。答えを間違えると人間側が死ぬような話だが、確かにどちらかが一方的に利益を得るのは不自然かもしれなかった。



「────さあ、それで、私は何をしたらいいんだ?」

 ダインの声が聞こえたが、私は返事ができそうになかった。彼の手は、いつの間にか私の顔から離れている。どうやら、彼は順調に回復したらしい。

 ただ、私の体調は最悪だった。目まいや吐き気に加えて、息が苦しい。以前だったらそれでも歩けないことはなかったのだが、今は精霊と接していること自体が負担になっているのかもしれない。

 答えられないでいる私を見て、彼は呆れたような顔をしていた。

「まったく、面白くないな。まあ、お前は寝ていても問題ない。私が手を貸すんだ、分かっているだろう?」


 ダインは私の頭に手を伸ばそうとして、結局それを引っ込めた。それが私にとって、よくないということに気づいたのかもしれない。



 せめて、エリックがどうなっているのか確認しないといけない。そう考えてはみたものの、私の意識は遠のいていった。もし私の見込み違いなら、このまま目が覚めないかもしれない、と思いながら。
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